第3章 誘導-その9
数時間かけて四人の発言を確認したものの、これといった手掛かりは見つからなかった。
「あー、ちくしょう」
花水木は盛大にため息をつき、床に寝転がった。
ネット上の議論の傾向は、大体つかめた。
最初の頃は、Union_Abure が伊賀海栗本人に難癖をつけ、それに対して伊賀海栗が反論、というのがほとんどだった。議論が白熱してくると Kisikawa が参戦し、冷静で理知的な意見に Union_Abure は撤退して議論が終わるが、また別の難癖をつけてきて議論が始まる、というのが何度も繰り返されていた。
しかし、様相が変わったのは、半年ほど前に YUHONASIN が発言するようになってからだ。
YUHONASIN は、最初から伊賀海栗に対し人格攻撃を繰り広げていた。Kisikawa がかなり強い口調でたしなめ、伊賀海栗もサーバ管理者への通報をちらつかせて警告していたが、ひるむことなく攻撃を続け、いつしか YUHONASIN に便乗したやつらが面白半分で伊賀海栗を攻撃し始める状態となっていた。
「一体誰だ、YUHONASIN ってのは?」
「おい花水木。こいつ、ウニに対する攻撃しか発言してないぞ」
「マジか?」
「ひょっとして、ウニへの攻撃専用アカウントかもな。そんなの作るやつがいるのかよ」
どんだけ暇なんだよ、とぼやきつつ、よしあきはしばらくそのアカウントの発言を追っていたが、やはり手掛かりは見つからず、「だめだー」と叫んでスマホを放り投げた。
「……どうするよ、よしあき」
「どうもこうも……お手上げだ」
「だよな」
すでに、午後九時を過ぎていた。
花水木が下山を許可されたのは五日間だけだ。すでに二日を消費した。最終日は山へ帰る移動の日だから、事実上あと二日しか動けなかった。
SNSの発言と投稿サイトの感想から手掛かりを得よう、その発想自体がおかしかったか、と悔やんだ。そんなことで「敵」を特定できるなら、誹謗中傷に悩んでいる人はもっと少ないかもしれない。もっと時間をかければ特定できるのかもしれないが、その時間が花水木にはなかった。
「おいこら、人の家で寝るな、である」
伊賀海栗の様子を見に行っていた黒イ卵が戻ってきた。床で寝転んでいる二人に眉をひそめ、「うざい、起きろ、である」と容赦なくケリを入れてきた。
「卵ちゃん、痛いってば」
「ワレは卵ではなく、黒イ卵、である」
「いたたたたっ! 悪かった、黒イ卵ちゃんな、もう間違えない!」
よしあきを蹴りながら「ぷんすか」とつぶやいて頬を膨らませる黒イ卵。だから口で言うなよ、と心の中でだけ突っ込んで、花水木は黒イ卵に問いかけた。
「んで、ウニはどうだった?」
「少し落ち着いていた、である。ふふん、ワレは一緒にご飯を食べた、である。至福の時だった、である」
「そっか」
嬉しそうに報告する黒イ卵を見て、花水木は少し安心した。
どうやら何かを食べようという気力は出てきたらしい。それならいい、と花水木は思う。人間、食欲がある限り何とかなるものだ。
明日になったら、医者に連れて行くか。
今回、花水木ができるのはそこまでだろう。専門家の診断を受け、しかるべく処置をしてもらい、とにかく心を回復させる。まずはそれが第一で、伊賀海栗を追い詰めた相手の特定はその後だ。
「おお、そうだ、である」
花水木が考え込んでいたら、黒イ卵が「ぽん」と言いながら手を打った。
「分析結果、追加ファイルが届いた、である」
「追加ファイル?」
「うむ、である」
黒イ卵から「あまり手掛かりにならなかった」と報告を受けた知人は、ならばと少し凝った方法で分析してくれたらしい。
「興味深い結果が出たと言われた、である」
「そうなのか?」
「見る、であるか?」




