第3章 誘導-その8
当たり前だが、黒イ卵の部屋は伊賀海栗と同じ間取りだった。違うのは、入ってすぐのダイニングキッチンが寝起きの場となっており、奥の部屋が創作活動部屋となっていることだ。
奥の部屋の窓際には、パルテノン神殿風のミニチュアが置いてあった。家に入った花水木とよしあきは、まずはそこに礼拝させられた。
「白は今、ここで祈りをささげている、である。邪魔しないよう、声は小さく、である」
「……了解」
作法がわからないので二拝二拍手一拝と、神社の作法でお祈りしたが、怒られはしなかった。敬意を示せばそれでいいらしい。
「これが、報告、である」
礼拝を済ませて床に座ると、黒イ卵がパソコンの電源を入れ、メールソフトを起動した。
メールに添付されていたファイルは、二つあった。
一つ目は、書かれたメッセージに着目したもの。
メッセージに出てくる単語を抽出し、多い順にウエイトをつけるとともに、単語間の関連を可視化していた。
二つ目は、書いた人に着目したもの。
コメント者のIDを、やはり多い順にウエイトをつけ、返信や引用をもとにID同士の関連を可視化していた。
「すげー、これを三十分でやったのか」
「うむ、あやつはヤルヤツ、である」
「たいしたもんだ」
黒イ卵がドヤ顔で知人を自慢する。花水木もよしあきもその知人を手放しで絶賛しつつ、さっそく分析結果を確認した。
「メッセージの方は……ああもう、やっぱ胸糞悪いな」
投稿した小説に対する批評というよりは、作者である伊賀海栗に対する人格攻撃と思われる単語がズラリと並んでいた。関連図は大きく「善意」と「悪意」のカテゴリに分けてあり、圧倒的に「悪意」カテゴリが多い。これを一人で受け止めていたとすれば相当なストレスだっただろう。
「これを見る限り……少なくともここ最近は、小説へのまっとうな批評はほとんどない、てことか」
「だな。こんなのが毎日届いてたら、精神おかしくなるって」
「IDのはどうだ?」
こちらは「本人」「支援者」「敵対者」にカテゴライズされていた。
「敵対者」の中で最も大きく描かれているのが、「YUHONASIN」と「Union_Abure」との二つのアカウント。その二つを取り巻くように、捨てアカウントと思われるアルファベットの羅列IDがたくさんあった。
「ゆーほーなしん、て読むのかな? 名前かな?」
「意味ないんじゃね?」
「もう一つは、ユニオン……アブレ、かな? アブレってどういう意味だ?」
「アプレ、ならフランス語、である」
「それだと p だろ。これ b だし」
「そこは重要じゃねえだろ。どうせ適当につけたIDだって。支援者の方はどうだ?」
「支援者」は「敵対者」に対して圧倒的に少なく、発言量も少ないのか全体的に小さく描かれていた。
中心となっているのが「Kisikawa」「Yosiaki」「Kuro_Tama」の三アカウント。それよりずっと小さく「K_Rei」「Tsuko_san」の二アカウントが描かれている。それ以外のアカウントはさらに小さくて、発言自体が一、二回のようだ。伊賀海栗を応援するメッセージを一度は発信したものの、巻き込まれるのを避けて遠ざかった、といったところか。
「あれ、Yosiaki と Kuro_Tama って……」
「おう、俺だ」
「ワレ、である」
フンス、と鼻息荒くドヤ顔を決めたよしあきと黒イ卵。伊賀海栗を助けるべく、二人なりにがんばっていたらしい。きっと伊賀海栗も心強かったことだろう。
「この Kisikawa って人が、一番ウニを援護していたみたいだな」
きしかわ?
はて、と花水木は首をひねった。最近どこかで聞いた名前のような気がした。しかししばらく考えても、どこで聞いたのか思い出せなかった。
Kisikawa のコメントは非常に冷静で的確なものだった。批評とはかくあるべし、というお手本のような内容で、花水木が読んでも「なるほど」と思う示唆に富んだものだ。「敵対者」たちにとっては舌鋒鋭い反撃となっていただろう。
「あとは、K_Rei と Tsuko_san か……」
しかしこの二人、発言がやや多いというだけで、Kisikawa ほど積極的に援護しているようではなかった。最近の発言をいくつか拾ってみたが、「少し冷静になりませんか?」「お酒でも飲んで楽しく話そう!」「おいしいディナーで心を落ち着かせましょう」と、反論というよりは場を和ませようとしている発言が多かった。
「うーん、やっぱり支援者の中心は Kisikawa か……」
「伊賀海栗と Kisikawa、YUHONASIN と Union_Abure。この四人の発言を中心に見てみようか」
「だな」




