第3章 誘導-その7
白イ卵の知人はちょうど家にいたそうで、事情を説明して協力を求めたところ、二つ返事で引き受けてくれたという。
「三十分でできる、である」
「え、そんなすぐに? すげえな」
「たかが数千の書き込み、ミニミニミニミニミニデータ、である」
ビッグデータと呼ばれるのは、通常は億単位のデータだ。それに比べれば数千の書き込みなど、取るに足らないデータ量に違いない。
プロの技術とは、すごいものである。
「ところで……白イ卵ちゃん、どうしたの?」
「白は神殿にこもった、である。なので、また黒が来た、である」
なんでも白イ卵は、伊賀海栗に誹謗中傷を浴びせたやつらに対してひどく怒っているらしく、「ウニ様をイジメたやつらを呪い殺してやりますわ!」と言って「神殿」にこもったそうだ。
「神殿? なにそれ?」
「我が家には、偉大なる神の神殿がある、である」
「あー……そうなの」
色々ついていけそうにないので、花水木はそれ以上突っ込むのはやめた。
そんなわけで、白イ卵に代わって戻ってきた黒イ卵だが、「お腹が減った、である」と喚き始めた。
確かに、もう午後三時だ。花水木もよしあきも、バタバタしてお昼は食べていないので、だいぶお腹が空いていた。
「腹が減っては戦はできねえ。ファミレス行こうぜ!」
よしあきの提案で、花水木たちは近所のファミレスに行くことにした。
「ごはんー、ごはんー、ご・は・ん♪ である♪」
スキップで進む黒イ卵の少し後ろを、花水木とよしあきは付いていく。そもそも、黒イ卵が伊賀海栗を尋ねてきたのは、お腹が減ったからご飯を作ってもらおうと思ってだったらしい。
「ウニ、一人にして大丈夫かな?」
「大丈夫だろ」
心配する花水木に、よしあきは「ほれ」とスマホを見せた。
「感度良好。よく見えるぜ」
スマホの画面には、毛布にくるまって眠っている伊賀海栗が映っていた。
よしあきが用意して持って来ていた、犬のぬいぐるみに偽装したカメラの映像だった。四日前に伊賀海栗がリストカットしかけたのを受けて、万が一に備えてカメラをつけさせてもらおうと用意していたという。
「すげーよく見えるな。これ、いいのか? 盗撮じゃねえの?」
「まあ、緊急事態ということで。ウニが落ち着いたらすぐ外すさ」
ファミレスで料理を注文し半分程食べたところで、白イ卵の知人から連絡が入った。分析結果をメールしたとのことだ。
急いで戻って確認しようとなったが、どこで見るか、というのが問題になった。伊賀海栗をここまで追い込んだ書き込みの分析結果だ、伊賀海栗の部屋で見るわけにはいかない。もしも見ている最中に伊賀海栗がトイレにでも起きてきて、中身を見たらまた暴れ出しかねない。
それに、あの狭いところで立ち話というのは、もうしんどかった。
そんなわけで花水木とよしあきは、黒イ卵に頼んで彼女の部屋で分析結果を確認させてもらうことになった。少々渋った黒イ卵だが、「ウニのため、である」と了解してくれた。
「なんか、とんとん拍子で話が進むな」
アパートへ戻る途中、花水木はなんとなくそんなことを思い、口にした。特に深い考えがあったわけではない。
「……いきなり、何言ってるんだ?」
「いや、なんとなくそう思ったんだけど……」
「解決策が早く見つかるのはいいことじゃねえか」
「ん、まあ、そうだけどな」
「なんだよ花水木、何か疑問でもあるのかよ? だったら言えよ」
「いや別に……お前、なんで怒ってるんだ?」
よしあきの予想外の反応に花水木は面食らった。何か怒らせるようなことを言っただろうか、と首をかしげていると、黒イ卵がいきなり「ああっ!」と大声を上げた。
「うわっ、ビビった。なんだよ」
「よしあき、ワレ、カルピス飲みたい、である。おごれ、である!」
言うや否や、黒イ卵は有無を言わさずよしあきを引っ張り、目の前のコンビニに向かって歩き出した。
「え、ちょっ、待て待て! なんで俺が!」
「変態は美少女に貢ぐもの、である!」
「む、そうか……それは仕方ないな」
「なに認めてるんだよ、よしあき」
花水木があきれて突っ込むと、よしあきはへらへら笑って手を振った。
「まあまあ。ほれ、お前も今は美少女だ、おごってやるからこいよ」
すでによしあきの様子はいつも通りに戻っていた。
伊賀海栗が大変なことになって、よしあきもイライラしてるんだろう。
花水木はそう考えてホッとし、せっかくだからおごってもらうか、と二人に続いてコンビニに入った。




