第3章 誘導-その5
「卵ちゃん」は自称「芸術家の卵」で、伊賀海栗の小説に挿絵を描いている子だった。
「ちょっと変わった子でな。被っている帽子の色で性格が変わるんだ」
それが「設定」なのか、本当に人格が変わっているのかは、よしあきにもわからないらしい。
黒イ卵は、五分ほどして戻ってきた。
先ほどまでかぶっていた黒い卵の帽子ではなく、白い卵の帽子になっていた。ツナギは黒のままだから、まさにあのキャラクターを彷彿とさせる外見だ。
「初めまして、白イ卵と申します」
「黒イ卵」改め「白イ卵」を名乗った卵ちゃんは、打って変わってしおらしい性格で、礼儀正しく挨拶をした。
「ごめんねー、白イ卵ちゃん」
「いえ、あの……」
白イ卵は、花水木をちらちら見ながら、おどおどとした感じで目を伏せた。「こっちはちょっと人見知りなんだ」とよしあきに囁かれ、なるほどと花水木はうなずいた。
とりあえず座ってお茶でもと思ったが、1DKのダイニングキッチンには三人が座ってお茶を飲めるようなスペースはない。やむなく、ペットボトル片手に立ち話となった。
「実はね……」
よしあきが伊賀海栗のことを話すと、白イ卵は「そんな!」と驚いていた。
「ど、どこのどなたですか、伊賀海栗さまをそんな目に遭わせたのは!」
「いや、それはわかんねえんだけど」
「探し出しましょう! そして天罰を与えましょう! 私がその方のハラワタを引きずり出して、絵具と混ぜてグチャグチャにしてやりますわ!」
「こらこら、白イ卵ちゃん」
「いいえ、それだけでは物足りませんわ!」
よしあきがたしなめるのなど意に介さず、白イ卵はさらに盛り上がっていった。
「全身をズタズタにして、ミンチにしましょう。それでハンバーグを作って、お仲間たちに食わせてやりましょう。ええそうです、人として存在できない罪を負わせてやりましょう!」
しおらしい性格ではあるが、過激さはこちらが上らしい。「あぶねー子だなあ」と、花水木はやや引くと同時に、あまり怒らせないようにしようと心に誓った。
「まあまあ、落ち着いて」
「落ち着いてなどいられません! 伊賀海栗さまをお助けしないと!」
「そう思って、手掛かりにならないかとウニのSNSをのぞこうかと思ってるんだがな。ただ、プライベートだろ、のぞいていいかどうか……」
よしあきがそう言うと、白イ卵はきょとんとした顔で首をかしげた。
「別にいいと思いますけど?」
「いや、よくないだろ」
「いえいえ、花水木さま。伊賀海栗さまのSNSは鍵垢ではないですよね? であれば、最初からさらけ出しているようなものですので、のぞいたところで問題はないかと」
「あ」と花水木もよしあきも、目が点になった。
「小説投稿サイトの感想も、基本公開ですし。のぞき放題ですわよ?」
「そーだった」
「山にこもってたから……基本中の基本、忘れてたよ」
どうするよ、と花水木がよしあきに目をやると、よしあきは花水木を見返し、うなずいた。
「よし、のぞこう」
よしあきの言葉に、花水木も白イ卵もうなずいた。
そしてアプリを立ち上げ、そこに書き込まれたメッセージを見て。
人間の悪意というものがどれだけ胸糞の悪いものなのかを、まざまざと見せつけられることになった。