第3章 誘導-その4
なんか、こういうキャラクターいたよな?
花水木がそう思っていると、卵ちゃんはズカズカと上がり込んできて花水木の前に立ち、花水木に顔を近づけてきた。
その距離、約十センチ。
「なんだこの美少女は、である」
人形のように整った顔立ちに一瞬ドギマギした花水木だが、相手は明らかに敵意むき出しでメンチを切ってくる。こんなことをされて、おとなしく目をそらす花水木ではない。
「近けえんだよ、コラ」
花水木はメンチを切り返した。年季の入った、実に堂に入ったメンチである。
にらみ合うこと、数十秒。
隣で「美少女同士のメンチの切り合い……ごち」とよしあきがつぶやくのが聞こえ、あとでシバク、と花水木は固く誓った。
「よしあきの彼女か? である」
「うん」
「違えよ! お前なにシレッと嘘ついてんだよ!」
「あん? お前……男か? である」
いちいち語尾に「である」をつけるのが卵ちゃんのようだ。
「……そーだよ」
「ふーん」
卵ちゃんは眉をひそめ、不機嫌そうな顔でジロジロと花水木を見つめた挙句、頬やら胸やらをツンツンつついてくる。「やめろ」と花水木が語気を荒げると、「ああん? やるか? である」とまたメンチを切ってきた。
「卵ちゃん、卵ちゃん」
「卵ちゃんではない、である。『黒イ卵』、である」
「あー、じゃ、黒イ卵ちゃん。大丈夫、そいつウニの友達だから」
「見たことない、である」
「ここ来るのは初めてだよ。そいつ、山にこもって修行してるんだよ」
よしあきの説明に、卵ちゃん改め黒イ卵は目を見張り、花水木をマジマジと見つめた。
「そうか、それでこの見事な女装、であるか」
「……違う」
と言い切れず、語尾が弱くなるのが花水木は悔しかった。
「ううむ、ウニの友達は、変態ばかりか? である」
「なんでそうなるんだよ」
花水木の抗議に対し、黒イ卵は黙ってよしあきを指差した。
「くそっ、反論できねえ」
「おいこら、花水木」
「まあ、お前などどうでもいい、である。ウニは? ウニー、ウニー!」
「あ、ちょっ……」
花水木が止める間もなく、黒イ卵は奥の部屋へと入っていった。
「なんだ、この部屋は? である」
部屋の惨状を目の当たりにした黒イ卵だが、ひるむことなく奥で毛布にくるまっている伊賀海栗に突撃した。
「ウニー、ウニー、どうした、である? 遊ぼう、である。また挿絵書いたぞ、である」
「黒イ卵ちゃん! 待って、ちょっと待って!」
「どうしたウニ? 返事がない……ただのシカバネ、であるか?」
黒イ卵の言葉に伊賀海栗がビクッと震えた。
「黒イ卵ちゃん!」
止めるか、と花水木が腰を浮かしかけたとき、よしあきが駆け寄り、黒イ卵を抱き止めた。
「……なんだお前、離せ、である」
「ごめん、ウニ、ちょっと今ヤバイんだよ」
「あん? ヤバイ? 何が? お話つまった、である? スランプ、である?」
「そうじゃねえっ!」
今、伊賀海栗に小説の話はダメだ。
思わず花水木が叫ぶと、毛布にくるまった伊賀海栗がまた震えた。まずい、と慌てて口を閉じたが、一度出た言葉はもう戻らない。
「スランプでない? である?」
「ごめん、黒イ卵ちゃん、ちょっとこっちきて」
「おい、よしあき。ウニどうした? である。なんで毛布被ってる? である」
「あー、えーと、あのな、黒イ卵ちゃん」
「おい」と再び声を上げた花水木を目で制し、よしあきは黒イ卵に諭すような口調で告げた。
「ウニ、ちょーっと都合悪くてな。そうだな、いろいろ説明するから、白イ卵ちゃん、呼んできてくれねえ?」
「……黒はダメか? である」
「ごめんな。黒イ卵ちゃん、難しい話嫌いだろ?」
「キライ、である」
黒イ卵はむくれた顔になると、「わかった、である」とうなずいた。
「なら、白、呼んでくる、である」




