第3章 誘導-その3
とりあえず目につくところを片付けた後、花水木とよしあきはダイニングの椅子に座り込んで茫然とした。
どうすればいいか、わからない。
花水木は伊賀海栗を医者に連れて行こうと提案したのだが、よしあきは「無理に連れて行くとまた暴れるかもしれない」と、「少なくとも明日までは待とう」と言った。
「家族に連絡した方がいいんじゃねえか?」
「……それこそ、待ってくれ」
「なんでだよ?」
よしあきは言いにくそうにしていたが、花水木が重ねて問うと、「ウニは二年前から家族と揉めている」と声を潜めた。
「卒業したら実家に戻って家業を手伝う、ていう約束でこっちに来てたらしいんだ。でも、ウニ、そのまま就職しちまっただろ? それで、家族とモメているらしい」
もし今の状態を家族に知られたら、強制的に連れ戻されるのは目に見えていた。
「彼氏が海外赴任から戻って来たら結婚しよう、て話も出てるらしいんだが……まだ家族に話してないらしくてな。今連れ戻されるのは非常にマズイ」
「そうは言ってもな……」
「いや、わかってる。もうそういう状態じゃねえ。だけど、せめて本人が落ち着いて、連絡を取ることを伝えてからの方がいい」
結局全部そこかよ、と花水木は頭を抱えた。
「昨日の様子じゃ、大丈夫だと思ったんだけどな……」
「すまねえ、俺が……」
「もう言うな」
直接の原因はよしあきがタブレットを忘れたことだろう。だが、根本的な原因はネットの書き込みだ。それがある限り、今後も伊賀海栗がこうなることは避けられない。
「一体、なに書かれてるんだろうな」
「……見てみるか?」
「どうやって? IDとかパスワードとか、わかんねえだろ」
「いや、わかる……というか、ログイン済だ」
よしあきはリュックの中からタブレットを取り出した。
「ウニ、これでネット見てたから。ログアウトはしていない」
どうする? とよしあきはタブレットを花水木の前に置いた。
「プライバシーの侵害……じゃねえの?」
「そうだけどよ……」
「しかも女性のだぞ? さすがに……」
「いやお前は今、女の子みたいなもんだし」
「そういうオフザケやる気分じゃねえよ」
「……すまん」
伊賀海栗があそこまで追い込まれる書き込みとはどんなものか。
それを見れば、伊賀海栗を助けるヒントがあるかもしれない。しかし、SNSは個人的な空間だ、それを他人である花水木とよしあきが、許可もなくのぞくというのはさすがに気が引けた。
「……ウニに、見ていいか聞くか?」
「あいつに今、ネットのことを言えるかよ」
「そうだな、すまん」
リンゴーン。
どうしたもんか、とタブレットを前に悩んでいると、玄関のチャイムが鳴らされた。
花水木とよしあきは同時に顔を上げ、お互いを見る。
「誰だろ?」
リンゴーン。
二人が出るべきかどうか悩んでいると、再びチャイムが鳴った。
「だいぶ派手にやったからな……警察に通報されたか?」
「だとしたら、出ないのマズイんじゃね?」
花水木の言葉によしあきはうなずくと、そっと玄関に近づいてのぞき窓から確かめた。
「お、卵ちゃんか」
リンゴーン。
リンゴーン。
「卵ちゃん?」
「上の部屋に住んでる子だよ。ウニの知り合いだ」
リンゴーン。
リンゴーン。
リンゴーン。
リンゴーン。
「あーはいはい。今開けるから」
よしあきが返事をし、鍵を開けて扉を開くと。
「……遅い、である」
もさもさと長い金髪に卵の形をした黒い帽子をかぶった、黒いツナギ姿の女の子が、不機嫌そうな顔で立っていた。




