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第1章 下山-その1

 「おっせーな、よしあきのやつ」


 ほんと時間にルーズな奴だ、と舌打ちしつつ、花水木(はなみずき)はソフトクリームをペロリと舐めた。

 時刻は九時半、深夜の入口。場所は某コンビニの前。道ひとつ入れば飲み屋が並ぶ大人の街。普段の彼であれば気にしないのだが、今日は少々事情が違った。


 「しっかしまあ……」


 コンビニの窓ガラスに映った自分の姿を見て、花水木はため息をついた。

 藤色の着物に袴、まるで「卒業式の帰りでーす♪」と言わんばかりの、セミロング黒髪ストレートの美少女が映っていた。

 「誰だこれ」と言いたくなるが、確かに間違いなく花水木本人なのである。どこにでもいるフツーの男が、こんな見た目になっていく過程を見ていなければ、魔法にでもかけられたとしか思えないだろう。

 おそるべし、化粧技術。VRなんて使わなくても人は変身できるのだ。


 「あーもー……なんでこの格好なんだよ、師匠」


 この辺、治安悪いんだよなあ、と花水木がため息をついた矢先。


 「あっれー、こんなところにかわいい子がいるぞー?」


 ほら来た、と花水木は深くため息をついた。

 振り向けば「いかにも」な男が三人もいた。明らかに酔っている。そして、明らかにヤバイ。女を性欲の対象としか見ないような、そんなサイテー野郎の見本みたいな男たちだ。


 「学生かなぁ? よかったら遊びに行かね? 大丈夫、俺たち着付けできるから!」


 なぜ着物を脱ぐ前提なんだ、と花水木はあきれ返る。


 「いいだろ、おごるからさー」

 「悪い、俺、男なんだ」


 花水木が口を開くと、三人の男はあんぐりと口を開けた。「おもれー顔するな」とちょっとおかしくなりながら、花水木はアイスのコーンをサクサクかじった。


 「ついでに言うと、二十五歳で、学生ですらない」

 「なっんだよてめえ、キモチワルイんだよ!」

 「そうか? よくできてると思うぞ?」


 外見だけは。これが自分でなければ、SNSで拡散&絶賛していたに違いない、と花水木は思う。


 「うっせえ、人間はな、外見じゃなくて中身が重要なんだよ!」

 「イイコト言うなあ」


 思わず感心した。だがこいつらの場合、中身=女の体、であって性格の話ではないだろう。実に惜しい。


 「あーキモチワル。おい、俺たちに精神的慰謝料として、財布の中身全部出せ!」

 「慰謝料は、もともと精神的なものに対する損害賠償だぞ?」

 「うっせえんだよ!」


 右側にいた男が声を荒げ、花水木の胸ぐらをつかんだ。


 「さっさと出さねえと、ボコボコにするぞ!」

 「……その前に一つ言っておくが」

 「なんだぁ?」

 「俺、ケンカめっちゃ強いからね。胸ぐらつかんでる腕をキメて折るぐらい、一瞬でできるよ」


 花水木の言葉に、男が慌てて胸ぐらを離した。

 よしよし、と花水木はうなずき、襟元を直して三人に向き直る。これで引き下がってくれれば楽なのに、と思ったが、三対一という数の有利が男たちを強気にさせているのだろう。怯んだのは一瞬だけで、むしろ怒りを増幅させているようだった。


 「ハッタリかましやがって。ボコボコにしてやらあ」


 ハッタリじゃないんだけどなあ、と花水木は腰に手を当てる。一応、念のため、もう一度だけ警告をしてやることにした。


 「無理無理。俺、ホンッとに強いからね。学園都市へ行っても、十位以内を狙えると思ってるし」

 「学園都市? 何言ってんだオメー?」

 「あ、通じない?」


 わかりやすい例えだと思ったんだがなあ、と花水木は頭をかく。やはり三年は長かったらしく、「学園都市」はイマドキの若者には通じないネタになったようだ。


 「えー、読書してる? まあ、ちょっと古い作品だからかなあ。でも名作だから一度読んでね。アニメもあるし」

 「わけのわからんことを……」

 「まてまて、こんな人目の多いところでやったら警察沙汰だ」


 今にも殴りかかってきそうな三人を制し、花水木は指で周りを示した。

 すでに何人かが遠巻きにして花水木たちを見ていた。コンビニの店内にちらりと目をやれば、店長らしき男が電話をしている。おそらく警察だろう。


 「警察はマズイんでね。人目のつかないところに行こうか」


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