聖堂
聖堂とは詰まるところ都市機能の中枢である、宗教色はそこかかしこに散りばめられているのを気にしなければ役所みたいなものなのだ。
「この依頼を達成した」
神殿を思わせる入り口から入るとそこには受付があり、同じ顔をした2人の人間が座っていた。髪型が同じであれば見分けることは不可能だろう。年の頃は15歳ほどだ。
「あら」
「そうですか」
「依頼達成の」
「証拠はありますか」
同じ声で2人が交互に喋るという特徴的な話しかたをしている、ヨーヘイの頭の中がこんがらがる前にヒルデは懐から小さなランタンのようなものを取り出した。
「これで良いか?」
安定した炎が宿っているだけで別段変わっているようには見えない。
「結構です」
「スルラトス溶岩湖の識別番号確認」
「精霊灯の鎮静化を確認」
「依頼達成を認めます」
「報酬をどうぞ」
「またのお越しを」
流れるように皮袋を用意すると目の前のどさりと置く、2人のコンビネーションは息が合うとかそういうレベルではなかった。
「いや、今日はまだ用がある」
「はて?」
「ヒルデガリア様は無駄な会話を好まないはず」
「何の」
「ご用ですか」
「このお方の登録をしたい」
4つの瞳がぎょろりと動く、見つめられたヨーヘイはただ立つほかにやることはない。
「この方は」
「もしや」
「グレゴリア様の」
「きっとそう」
「なれば」
「半分では手に余る」
そう言うと受付の人物は両の手のひらを合わせた。すると身体の輪郭が崩れ始め、溶け出してしまう。
「うおっ!? なんだ!? ヒルデこれ大丈夫か!?」
「お気になさらず、これが彼女が難しい仕事をする時のものですから」
「え、いや、だって、溶けたぞ?」
「あなたはスライムを見るのは初めてかしら? だとしたらごめんなさいね。驚かせてしまったわ、私の名前はヌルよ。よろしく」
いつの間にか25歳くらいの女性が受付に出現している、ヒルデが言うことを信じるならばさっきの2人が融合したことになる。
「簡単な仕事なら2人でやったほうが楽なの、でもあなたの登録は骨が折れそうだから。まあ、骨はないけれどね?」
「これが、スライム……」
「細かいことはそっちの子に聞いて頂戴ね、知能が上がっても難しい事は嫌いなの。それじゃあ登録を……ってもうされてるわよ。ゴーレムのヨーヘイでしょうあなた」
「そんなはずは……まさか」
聖堂の奥からカツカツと音がする、聖堂の最奥から自由に出入りできる人物など1人しかいない。
「これはこれはヨーヘイ様、こんなにすぐにきていただけるなんて。これは神のお導きと言う他ありませんね」
「嘘をつくな。ここに来ることは予想できた筈だ。何を企んでいる」
「怖い顔をするものではありませんよヒルデガリア、私はお願いをしにきただけなのですから」
「お願い? それはお前の願いか、それとも要女の願いか」
「うふふ、どうでしょう? どちらとも言えますね」
いきなり始まった舌戦に参加するわけにもいかないので、大人しくヨーヘイはヌルに聞くことにした。
「もしかしてあの2人仲悪いのか」
「そうねえ、仲が悪いというか複雑なのよ」
「腹違いの姉妹って言ったところか」
「っ!? あなたそれをどこで」
「カマをかけただけだ。共通点なんて名前の母音ぐらいしかないしな。強いて言えばなんとなく似ているだろう?」
「すごい目と勘ね……流石はゴーレムだわ」
実はこれはカマでもなければ勘でもない、ヒルデに触れた際に付着した細胞とグレゴリアにナイフを突きつけた際の接触で得た細胞を分析にかけただけである。遺伝子の構造や形成因子に未知の部分が多くともどれくらい同じかということは判明していた。顔にしても映像を重ねれば類似性が分かるのだ。
「つまりは姉妹喧嘩か、こりゃ荒れるぞ」
「それについては大丈夫、ヒルデガリアが来ると聖堂の中は防御体制に入るから」
「おいおい、つかみ合いの喧嘩ってわけじゃなさそうだな」
「なまじ2人とも強いのが悪いのよ。だから受付も私だけでしょ? 本当はもっといるんだけど避難させたの」
グレゴリアとヒルデが話していた地点で爆発が起こる。開戦したようだ。
「爆発って、火薬か何か仕込んでんのか」
「かやく? そんな古いもんよく知ってるわね。そんなのなくても爆発は起こせるわ。魔力でちょちょっとね」
「魔力……魔力ねえ」
「あなたが動いているのだって炉心があるからでしょ? 魔力の使い方によっては爆発ぐらい起きるわ」
「ファンタジーに迷い込んじまったみてえだな……どこまで通用するもんかねえ」
「どこまでって……あなたのそれなら大抵の奴は近づく前に殺せるわよ」
ヌルが指さしたのは国崩しである、デモンストレーションで撃ったものよりも強い武器であることは察しているようだ。
「それなら良いが」
「あ、そろそろ私も逃げようかしらね」
ヌルが見ている方向では2人の戦闘が激化しつつあった。火・水・風・土・光・闇などなどの魔法の乱れ打ち状態である。
「止めるか……流石に殺し合いになったら笑えねえ」
「やめときなさいって、あれはガス抜きみたいなものなんだから」
「いや、止める。いがみ合ったまんまで死に分かれることなんざザラにある。その後悔は取り返しがつかねえからな、姉妹なら尚更だ」
「あら良いこと言うわね」
我者髑髏の目が怪しく光る、高機動モードに入った証である。右目にあたる部分は紫に、左目にあたる部分は赤に。このカラーリングもただの設計者の趣味である。
「ぜぁっ!!」
気合と共にブースターが起動する。一瞬で加速したヨーヘイは爆心地に突っ込んだ。
「ヒルデガリアぁあああああああ!!!」
「グレゴリアぁああああああああ!!!」
ちょうど至近距離で大技を撃ち合っているところにヨーヘイが入ったものだから両者の攻撃をまともに喰らうことになる。
「ま、こんなもんなら余裕で耐えるか」
が、我者髑髏に一切の傷なし。そして両者に鋼鉄の拳骨が降る。
「喧嘩両成敗だ」
「がぅん!?」
「ぐがっ!?」
乙女にあるまじき声を出しながら地に伏せる2人。鋼鉄の拳骨は一撃で両名の意識を刈り取っていた。
「……やりすぎたか」
爆心地の中心に立つヨーヘイの呟きは妙に聖堂に響いていった。
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