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妖魔の軍勢との戦い

 生き残りの青年たちとその家族は、俺の拠点(最初に作った自宅周辺)で過ごすことになった。

 人族に強い忌避感を持っているダークエルフたちのこともあるし、ギルドを利用している冒険者たちであれば(見た目は)人族のギルド職員とも接しているため、少年たちに肩身の狭い思いをさせるようなことはないだろうからだ。


 自宅の西側はそこそこ広いスペースがあるので、そこに仮住居を用意して生活してもらおうと思っていたのだが……驚いたことに、彼らは拠点にあった建物を持ち歩いていたという。


 なんでも、建築物をアイテム化する機能がセーフティエリアにはあるそうで、かつて市街地があった地域に向かう際、全ての建物をアイテム化したとか。


 それで移動したときに小さなセーフティエリアを作り、建物を出して野営(?)をしていたそうな。

 いやあ、まだまだ知らないことがあるねえ。


 さておき、リーダー青年とその祖父の自宅でもある剣術道場、女医さんの診療所、そして元は校舎であったという巨大な宿泊施設を空いた土地に設置し、彼らはそこを生活の拠点とすることになった。


 しかし剣術道場か……魔物との戦いが終わったら、俺も指導してもらえるように頼もうかな?



『サドンクエスト、妖魔の進撃が発生した!』


 毎日マップを確認し、東の防壁前で捕らえた人族の檻をチェックすること四日。魔物の軍勢が西の防壁に到達した。

 移動方向であることと、山と山の間隔が最も広いことから、地平線まで埋め尽くす妖魔の群れがひっきりなしに門を破ろうと殺到している。


 とはいえ最前列はゴブリンばかりであり、現在迎撃を行っているアイアンドールにとっては大した相手ではない。

 それも五メートルほどの高さの壁上から岩を投げ落としているのだから、苦戦などしようはずもなかった。


 それでも門自体は徐々に傷ついているのだが……実のところ門の内側は壁と一体化した石になっているので、門を壊したところで通り抜けることはできない。完全に徒労である。


 しばらくすれば山を直接登るモノも出てくるだろうから完全に気を抜くことはできないが、現段階では慌てる必要もない。

 ということで、まだレベルが低い者を中心に、アイアンドールとともに石の投擲をさせる。レベリングしつつ、彼らに『戦える』と自信をつけさせるのだ。


 ……まあ、これは各種族の長たちの考えで、俺が提案したわけではないが。

 ともあれ、妖魔軍の後方からオーク以上の魔物が出てくるまでは、特に問題は起きないだろう。



二日ほどが経ち西が完全にすし詰めになった頃、魔物は徐々に南北方向へと広がっていた。

 拠点群の南北はいくつもの山が連なっているので、ごく狭い山間からしか防壁内に入り込むことはできない。そのため、やはり上から一方的に攻撃し放題になっている。


 さらに翌日になると、山を回り込んで東側にも妖魔たちが到達した。

 こちら側は大河沿いであるため、やはり狭い範囲からしか入り込めない。防壁を避け、一度対岸に渡ってから防壁内に入るということも可能ではあるが、最も深い場所はゴブリンの身長では足が着かない深さがあるはずなので、考える必要はないだろう。


 とはいえ、昼夜を問わず襲ってくる魔物の声と足音が常に響き渡っており、精神的な疲労が募る者も出始めていた。特に女子供はいつも不安げな顔をしている。


 実際には四方の防壁を越えられてもその先にはセーフティエリアの城壁が幾重にも張り巡らされているので心配はいらないと思うのだが、戦士でない者たちにはつらい状況であるのは事実か。


 早く決着をつけたいが、戦える人数が五百人いるかいないか対数十万だ。下手をすれば、一月くらいはかかるかもしれない。

 要所要所で、俺とシロクロコンビが一気に削る必要があるだろう。



 気がつくと捕らえた人族たちは全員が死んでいた――いや、正確には日本人の死体以外は何も残っていなかったから、消えていたと言うべきか。


 よくよく考えると、俺はこれまでダンジョンとともに現れた種族が死ぬところを見ていない。

 最も多数の犠牲を出してダンジョンから脱出したのは獣人かダークエルフだろうが、彼らも「死んだ」とは言っても「消えた」とは言っていなかった。


 これは一体、どういうことなのだろうか。

 単純に考えれば、あの教国騎士団は魔物と同じで人々の『敵』と規定されて生み出されたってことなんだろうが……なんでそんな事をしたのかと考えると、よくわからない。


 あらゆる種族共通の敵であったという人族。それを地球でも敵として生み出す、その目的は……団結させること、か?

 ううーむ……もしそうだとするなら、ありがた迷惑と言わざるを得んな。


 まあ、ダークエルフに限っては、人族の存在がプラスに働いた面もあるが。

 ……なんにせよ、今後は人族が出てこなければ良いなあ。



 その翌日、とうとう魔物が全方位で地平線までを埋め尽くした。

 こちらからは主力となる戦士たちが前に出、基本的には防壁上から魔法をぶっ放し、たまに山の上からも魔法をぶっ放す形になっている。


 使うのは水属性の魔法・ウォーターストリームがメインだ。

 比較的山に与える影響が低く、その勢いでゴブリン、コボルト辺りを一気に押し流せる。


 まれに現れるオークより上位の魔物には大体踏みとどまられてしまうが、それでも山肌がぬかるむため山を登ってくるのを制限できるのだ。後は地属性魔法を使ってやれば、自然と歩きにくい地形になる。


 山の動植物たちにはいい迷惑だろうが、戦後にある程度片付けるつもりだから我慢してもらおう。

 もしくは山沿いに防壁を増設して、巨大なセーフティエリアを作ってしまうのも良いかもしれないな。


 色々考えながら、俺はシロクロコンビと手分けして四方の山々と防壁を走り回った。



 それから一週間ほどが経過し、ようやく西の地平線が見える様になった。数そのものもそうだが、魔物の軍勢の移動速度が遅いために予想通り長い時間がかかっている。


 とはいえ、本命とも言えるオーガや各妖魔の上位種がやってくるのも、もう間もなくだろう。そうなれば、戦闘は一気に激しくなる。

 場合によっては、拠点まで退いて戦ったほうが良いかもしれない。


 ただ、その場合それぞれの集落にこもって戦うか、それとも俺の拠点に集まって戦うかという問題が出てくる。

 一応、女子供、そして老人たちはすでに俺の拠点に避難してはいるが、だからといってようやく得た新たな故郷を放棄しろとも言えないし……悩ましいところだ。


「来たか」

「リョウジ、どうするの?」


 考えている間にもこちらの攻撃で魔物が減ってゆき、ついにオーガを頂点とした上位妖魔の群れが現れた。

 隣に立つリリーが不安げに問いかけてくるが、やることは至って単純だ。


「もちろん、蹂躙するよ」

「え?」


 驚くリリーを尻目に、俺は新たな石壁を伸ばしながら上位種の群れに向かって駆ける。

 上位の魔物は、数十万の軍勢からすれば一割にも満たないだろう。だからここで蹴散らしたところで大局に影響はないと思う。とはいえ統率が乱れれば対処しやすくなるのは確実だし、防壁内になだれ込まれても、レベルの高い戦士たちなら各個撃破に近い戦い方が可能になるはずだ。


 ということで、一気に本陣(?)に切り込んで上から魔法をブッパしまくる。

 俺が足場として作った石壁によって軍勢は分断され、混乱した所に魔法を打ち込めば面白いように魔物が消えてゆく。もちろんシロとクロも同じことをしているので、一分で百体くらいは倒せているか。


 あとは『大将』的な存在がいるかどうかだが……。


「あ、いた」


 俺の耳に、怒りの咆哮が届いた。

 それは軍勢の最奥、体格のいいオーガの上位種――おそらくはロード――の近衛に囲まれていても尚、腰から上が見えるほどの巨体を誇るオーガの王だった。


 オーガで三メートル超、オーガロードが四メートル近い身長ということは八メートルくらいか? 妖魔と言うよりは巨人だな。あ、そういえば巨人の迷宮にオーガがいたから、巨人のカテゴリに含めるのも間違いじゃないのか? よくわからんな。


 さておき、普通なら大軍勢にこんな大物が含まれていたら絶望しか無いだろうが……。


「まあ、ドラゴンよりは弱いだろう」


 というのが、俺たちの共通認識だ。

 これまでのイレギュラーな――最初のダンジョン氾濫を始めとした数度のサドンクエストに、グリーンドラゴンとの戦いを経、そのすべてをクリアしてしまった俺達にとっては、オーガの王ごとき取るに足らない存在だ。


 ということで、怒りのままに駆けてきた魔物に上空から炎の剣を落っことして串刺しにし、俺たちはさっさと防壁へと戻った。



 大ボスを倒した効果は予想より遥かに大きく、それ以後は完全に統制を欠いた魔物の群れを防壁上、あるいは山の上から攻撃し追い散らす形に戦闘は推移した。


 結果的には多くの妖魔が広範囲に生息することになるだろうが、ここをしのぎさえすれば後は順次対応していけば大きな問題にはならないだろう。


 おそらく冒険者ギルドで妖魔の討伐依頼が常設で出されるだろうから、冒険者たちはそれをこなして生活することも可能になるはずだ。


 拠点周辺の魔物分布的に考えて飛竜が襲来する北と個体数の多い虫系がいる西は妖魔たちには暮らしにくいはずで、大河のある東も除けば後は南側しか残らない。


 そうと分かっていれば、南を中心に狩っていけばいいのだ。そうしていれば、徐々に数を減らせることだろう。

 実に簡単なお仕事である。



『サドンクエストをクリアした!』


 先陣の襲来から実に二十六日、ようやく完全に防壁周辺の妖魔を駆逐し終えることができた。

 ここから始まるのは、本格的なドロップアイテムの回収作業である。


 数十万の軍勢からのドロップだが、その大半は妖魔たちの手にしていた武具。そのまま使うには適さないが、鋳潰せば金属素材にはなる。


 オーガ系は皮と魔石を落とすので、そこそこ良い収入になるだろう。

 あと、上位のオーガ(ロードとキング)は、驚いたことに魔剣を持っていたらしい。といっても多少、切れ味が増すといった程度の物だが。


 各種族にちょうど行き渡る数が拾えた(キングの剣が一本にロードの剣が四本)ので、分配時に話し合って欲しい物を選んでもらうとしよう。まあ、キングの剣はでかすぎて使えないかもしれんけど。


 なにはともあれ、長かった戦いもこれで終わった。

 しっかり休もうっと。



「我が同胞たちを受け入れてくれて感謝する」


 冒険者ギルド内の酒場で、対面に座ったダークエルフの族長・ウタラマが俺に頭を下げる。

 先日のサドンクエストを乗り越え、彼らも俺に二心がないと判断したのだろう。


 これから彼らの拠点を作ることになるが、ダークエルフもエルフと同じで森で暮らすのが常だったそうで、西側の山間部が良さそうな感じだ。


 それと同時に、防壁の延伸もしなければならない。

 今回は何事もなく乗り切れたが、それぞれの種族の拠点がある程度離れていることから、防壁を越えられたら対応が難しいと実感したからだ。


 まずは西側、深緑の迷宮の周辺から手を付けることになるだろう。

 できることなら全方位に渡って幾重にも城壁を張り巡らせたいが、まあ、いきなり全てやっつけるのは無理だ。じっくりやっていくとしよう。


「どういたしまして。拠点の構築が完了したら、また細かいことを話そう」

「承知した。……それと、できればこの者を側に置いてもらいたいのだが」


 俺の言葉にホッとしたように息を吐いたウタラマが、一人のダークエルフを手招きするとそう言う。

 長い銀髪に褐色の肌、そして扇情的なボディラインの女性だ。


「彼女はサベルタ、私の養子だ。リョウジ、そなたの考えや技術を学ばせたい」


 うーむ……ハニトラってわけではない、か?


「それは構わないけど……危ないところに行くときは無理だよ?」

「それで良い」


 俺の答えにウタラマが頷く。実際のところ数十万の大群と戦った後でも、俺たちと他の戦士たちのレベル差は縮まっていない。合流したばかりのダークエルフたちは尚更だ。


 何をするにしても、ある程度はレベル差を埋めてからでないと足並みは揃えられないだろう。

 まあ、それぞれの種族によって寿命やレベルの上がり方にも差があるようなので、これから長い時間をかけて協力体制を作っていくしかあるまい。



 リーダーの青年――ライトの祖父であるジュウゾウ氏の自宅兼剣術道場で、激しい剣戟の音が響き渡る。

 それは現在、俺とジュウゾウさんの稽古の真っ最中だからだが……。


「まだまだあ!」


 気合の声を発し、ジュウゾウさんの木刀が閃く。

 最初は俺にきちんと型の指導などをしてくれていた彼は「ちょっと手合わせしてみよう」と提案してきて以降、一撃ごとにどんどんテンションが上がって、もう指導もクソもない状態になってしまっている。


 というのも、俺が彼の攻撃に単純な身体能力で対処してしまえたせいだ。

 普通であればどう考えても間に合わないタイミングの攻撃を防御したりかわしたりする俺に、ジュウゾウさんは遠慮なく奥義をブッ放して来るようになってしまった。


 すごく勉強にはなるのだが……もうちょっとこう、普通の指導をしてもらいたかったよ。


「ぬん!」


 ――バキィッ!


 乾いた音が木霊し、互いの木刀が微塵に砕けた。


「ふう……ここまでじゃな」

「ありがとうございました」


 稽古の終了を告げられ、俺は頭を下げる。そして木剣の欠片を風の魔法で道場の外へと掃き出した。


「次からは鉄芯入りの木刀にするかのう」

「……エルダートレントのドロップアイテムの方が無難では」


 顎をさすりながら無茶なことを言うジュウゾウさんに、穏当そうな代替案を提示する。

 トレント系の素材はものすごく硬いから、今のところセーフティエリアの門扉くらいしか使いみちがないしね。


 現在、サドンクエストをクリアして大体一月。

 そろそろ初夏というところだが、今のところ何事もなく平穏な日々を過ごしている。


 結局、生き残りの青年たちとその家族は、うちの拠点に定住することになった。

 今更だが、青年たちの構成は元高二男子二人、元高三男子一人、元高一女子三人、元高二女子一人、元高三女子二人、元中一女子一人、そして保護者が女性一人、お爺さん一人、女医さんが一人の計十三人だ。


 聞いた話によると、女医さん以外の大人二人はどちらも武術の指導者だったそうで、子どもたちに指導してスキルを覚えさせたとか。初期の段階ではスキルの有無はかなり大きかっただろうから、なかなか幸運だったと言えるだろう。


 もうさんざんサドンクエストもこなしたし、このまま平穏無事に暮らしていきたい。

 が、そんな俺の願いは叶わないのがお約束なようだ。


 ――カンカンカンカン!


 西から警鐘がどんどん近づいてくる。

 この鳴らし方は『魔物襲来』だ。

 まったく……一難去ったらまた一難がやってくるのには、辟易させられるよ……。


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