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新たな邂逅、人族の処遇

 拠点に避難してきたダークエルフたちは当初かなり警戒していたものの、三日も経つ頃にはそれなりに肩の力が抜けてきたようだ。

 おそらく俺とギルドの三人以外は全て人族ではなかった――厳密には俺たちも人族ではないが――ことが良かったのだろう。


 彼らの面倒はエルフ族と小人族が中心になって当たった。というのも、例によってエルフの拠点を作る際に使った居住区をダークエルフたちの仮住まいとしたからだ。


 拠点の中心とは防壁で隔てられているから、世話をする者以外とは顔を合わせずに済むのもプラスに働いたのかもしれない。

 いずれは交流を持てるようになればいいのだが……。



 ある程度余裕があると思っていた俺だが、人族の生き残りが現れたことで面倒な対処を迫られることになった。

 言わずもがな彼らの処遇に関してだ。


「……なんで人数が増えてるんだ?」


 東の防壁で警戒にあたっていたアイアンドールからの連絡――半鐘の鳴らし方で大まかな事態を判断できるようになっている――で、『来訪者アリ』と知った俺は、すぐにそちらに向かったのだが……十人であったはずの生き残りが二十人に増えているのを訝しむことになった。


 それも増えた者は、ある程度以上にしっかりと武装している。つまりどうにか変容した世界を戦って生きてきた者たちということになる。


「俺たちは、鉄川高校から市内に移動していたんです」


 俺の疑問に答えたのはリーダー格らしき青年。

 彼の話によると、ここから北東にあった高校の生き残りで助け合いながら、それぞれの家族を探すために市街地方面へ探索を行っていたという。


 結局、家族は二人しか見つからなかったが、それでも一定の納得を得られたことと、市内は比較的強力な魔物が多いことから高校跡地に戻ることにしたそうだ。


 そして移動を始めたところ、西から魔物の大群が近づいてきていることに気づき大急ぎで北上。俺が防壁を築いた地点(ダークエルフたちと出会った場所)を魔法で階段を作って越え、川沿いに北上している生き残りの集団と出会った。


 そこで助けを求められた彼らは、集団を護衛しながらここまで移動してきた。


「それで、完全に壁で塞がれていたので、どうにか通してもらえないかと……」


 ダメ元でアイアンドールに声をかけてみた、というわけか。


「なるほどねえ……それは大変だっただろう。うん、まあ、通り抜けるのは構わないよ」

「あ、ありがとうございます」

「ただ、君たちが護衛してきた奴らは通すわけにはいかない」

「え?」


 話を聞いた限りでは彼らは生き残り集団の内情を知らないと判断し、俺はダークエルフと人族の一件を説明した。

 人族はダークエルフを奴隷として捕らえようとし、生き残りたちは人族と行動をともにしていた事を、だ。


「な……」

「本当なのか……?」

「嘘を言ってもしょうがないでしょ? 事実、俺の拠点には保護したダークエルフ三百人ほどがいるわけだしね」


 驚くリーダーの青年と、もう一人の体格のいい青年に答える。通り抜ける際に拠点に行ってみれば、すぐに分かることだしね。


「で、まあ、俺はそいつらに『自力で逃げてこい』と言ったんだけど……君たちに助けてくれって言ったわけでしょ?」

「はい……」

「てことは、約束は破られたってわけだ」


 他の種族を奴隷とすることを許容した上に、約束を守らなかった者たちを受け入れてやる理由はどこにもない――俺は、そう断言した。


「ということだから、そいつら下がらせてくれる?」

「ま、待ってくれ! ちゃんと騎士団とは別れてきたじゃないか!」

「嘘を言うな」

「え……」


 念を押す意味で指示を出すが、生き残りたちは言い訳をしようとする。しかし、それが嘘であろうことは俺には分かっていた。


「俺には半径五キロの範囲を探るスキルが有る。それによると、例の人族はここから二キロ川下にいるんだよ。袂を別ったなら、なんで後ろからついてきてるんだ?」


 俺の指摘に、生き残りたちは誰もが絶句する。それは取りも直さず、やましいことがある、ということだ。


「下がらないなら、実力で排除するぞ?」

「わ、わかった、下がる……」


 俺の言葉に、生き残りたちは渋々といった様子で防壁から離れた。だが、中の一人が懐から取り出した何かを宙に投げると、それはあっという間に上空に打ち上がり、激しい閃光を放った。


 それと同時に、マップ上で川下にあった青い光点が北上を始める。


「あー……やっちゃったか」

「な、なにが……?」

「なんたら騎士団が、こっちに向かいはじめた」


 俺のつぶやきにリーダーの青年が疑問の言葉を漏らしたので、現状を伝えた。

 おそらく、事前に打ち合わせがしてあったのだろう。うちの拠点を武力で奪うために、生き残り立ちに案内させた……いや、むしろ生き残りのほうが『案内するから占拠後に便宜を図れ』くらいは言ってるかも。


「三百ぽっちで、うちを落とせると考えてるとは……なめられたもんだ」


 あの時見た限りでは、ハッキリ言って俺一人でも殲滅できる程度の武力でしかない。まあ、道具や魔法、スキルなどは俺の知らない物を持っている可能性があるから、わざわざ拠点から出てリスクを負う気はないが。


「あー、とりあえず君たちは、ご家族と一緒に中に入って。直に戦いになるから」

「わ、わかりました」


 俺の言葉に従い、少年たちとその家族は防壁の門をくぐった。

 さて……十分もすれば教国の騎士団もやってくるだろうが、どう攻撃してここを抜くつもりなのかな?


「あの……」

「ん? どうかした?」


 てっきり、すぐに通り抜けていくものと思っていた青年たちは、なぜか門のそばに残ったままで俺に声をかけてきた。

 大河沿いに上流へ行くだけで高校跡地にたどり着けることは、地元にいたならわかるはずだが……。


「本当に三百人を相手に、一人で戦うんですか?」

「ああ、それか……」


 どうやら、彼らには俺のつぶやきが聞こえていたようだ。

 まあ、常識的に考えれば、一人で三百人に勝てるとは思えないよねえ。


「分かりやすく言うと……低位のドラゴン一匹で、街が滅ぶって言われてるんだけど、俺はそのドラゴンに一人で勝てる」

「……え?」

「要は、俺はドラゴンと同等の力を持ってるってこと。だから並の戦士三百人くらいなら、どうってことないんだよ」


 会ったばかりの生き残りを無償で助け、今また俺の心配までしている彼らは本当に善良な人たちなんだろう。きっと、全員で助け合って生きてきたに違いない。


 対して俺は、この二年の半分ほどを(ウサギたちはいたけど)ほぼ一人で生きてきた。だからピンチの尺度が違っているのだ。

 俺にとって『今の状況くらい、ピンチでもなんでもないのだ』という意味を込め、俺はことさら軽い調子で説明した。


「そう、ですか……」

「うん。だから君たちは当初の目的を果たすといい」


 まだ納得しきれないという様子の青年にそう告げ、俺は話を切り上げた。

 というのも、予想外に騎士団の一部が間もなく到達しそうだからだ。


 門が開いてるところを強襲したかったのかな? まあ、もう閉まってるんだけど。

 そんな事を考えてる内にも、先頭集団が川沿いの小山を迂回して目視できる場所に現れた。


 そこで奴らは急に足を止め、驚愕の表情を浮かべる。

 思惑が外れたか、それとも防壁の強固そうな様子に度肝を抜かれたか? まあ、高さ十メートル、厚さ五メートル、そして長さは大河を東西に横断して百メートルはあるから、驚くのも納得だ。


 それから五分ほど経過し、騎士団の本隊も姿を表す。

 さあて、どういう行動に出てくるかな。


「門を開けよ!」

「断る」


 いきなり偉そうなヒゲの騎士が前に出て命令してきたから即座に断った。

 まさか、そんな返し方をされるとは思っていなかったのか、偉そうな騎士は絶句する。今まで命令して拒否された経験がないんだろうなあ。呆れるわ。


「……ふ、フン! 仕方あるまい。魔法兵前へ! 奴を神の裁きで焼き尽くしてしまえ!」


 おー、わかりやすい反応。プライドを傷つけられて相手を排除する方に動くか。


「撃て!」


 悠長に十秒ほども魔力を高めた魔法兵に、偉そうな騎士が号令を下す。すると魔法兵の持つ杖から一斉に魔法が放たれた。焼き尽くせと言っていた通り、火属性の魔法だが……あまりに弱々しかった。


 ――ボンボボンボン!


 避けもしなかった俺に、いくつもの火の玉が着弾する。

 そこそこ大きな音が周囲に響き、火の粉が舞い散った。


「お、お兄さん!」


 後ろから慌てたような声が聞こえてきた。この声はリーダー青年だな。


「はははっはあ! 馬鹿め! 焼け死におったわ!」

「誰が?」

「へあ……?」


 俺を殺したと大喜びのヒゲ騎士に、誰が焼け死んだのか聞いてみた。すると死んだと思っていた相手が無事なことにヤツは素っ頓狂な声を上げる。


 埃と草が火の粉に焼かれて焦げ臭いので、俺は風魔法で周囲の空気を入れ替えた。軽くやったつもりだったが、俺の起こした風はかなりの勢いで騎士団にまで届いたようで悲鳴が上がっている。


「ば、馬鹿な! 火属性第三階梯の火球だぞ! それを何発も食らって、なぜ生きている!?」


 第三階梯……スキルレベル3ってことか? にしては随分、威力が低かったが……俺とは違う基準があるのか?


「……お兄さん、大丈夫なんですか?」

「ん? ああ、何ともないよ。予想よりしょぼかったし、ほんのり熱い程度? ストーブに近づきすぎたみたいな」


 青年に問われ、感想を言う俺。すると青年たちとその家族から、呆れたような空気が漂う。

 ……しょうがないだろ、実際なんともないんだから。


「化け物め……!」

「失敬な、お前らが弱いだけだ。今近づいてきてる魔物の軍勢じゃあ、最弱のゴブリンにしか効かないような威力だぞ」


 つまり、お前らが襲われれば、あっという間に全滅させられるってことだ――そう言ってやると、騎士たちは皆、顔を真っ青にして震え始めた。そしてそれは、日本人の生き残りも同様だ。


「まあ、俺の拠点に手を出したんだ。ここで死ぬか、逃げて魔物に殺されるかの違いしかないよ。――どちらにせよ、お前たちは一人残らず死ぬ」


 ついでに奴らの末路を教えてやると、今度は顔面蒼白になって誰もが膝をついた。

 どうやら、今頃になってようやく現実が見えてきたらしい。


「ま、待ってくれ! 俺たちは――」

「同胞じゃあない」


 生き残り日本人の一人が声を上げたところで、俺はそれを遮るようにハッキリ突きつけた。


「仏の顔も三度って諺があるが、もうすでにお前らは三度俺を舐めた行動をとってる。知ってるか? 『三度っ』てのは、仏ですら三度目には全力で殴り返すって意味なんだ」


 ――お前らを助ける助けないって次元は、とっくに過ぎてるんだよ。


「ひっ……!」

「い、いやだ……!」


 俺の言葉の意味を理解し、生き残りたちは逃げようと動き始めた。しかし逃がすつもりはない。もちろん教国騎士団とやらも。


「アイアンウォール」

「うわっ!?」

「な、なんだ、この魔法!?」


 侵略者全てを囲う鉄製の檻を、俺は作り出した。格子の幅は狭く、一本一本が直径二十センチほどある頑強な代物だ。総延長が五百メートル近くあるため、さすがに魔力の大量消費で疲れた感じがある。


「ふう……運が良ければ魔物に殺されて、すぐに楽になれるだろう。運が悪ければ殺されずに生き残り、餓死するまで苦しむことになるかな」


 疲労感にため息をつきながら、俺は人族たちに死刑宣告をした。

 するとそれまで騒いでいた彼らは急に静かになり、ガタガタと震え始めた。


 まあ、しばらくすれば落ち着いて、檻を壊して逃げようとするだろう。

 魔物がやってくるまでに、おそらくあと数日ほど。その間に逃げられるかどうかは彼らのレベル次第……いや、専門の魔法兵があの程度のレベルでは無理か。


 どちらにせよ毎日、檻の補強に来るつもりだから無駄なあがきだけどね。


「……ここまでする必要があるんですか?」


 壁から降りた俺に、まだ立ち去っていなかった青年が非難のこもった言葉を投げかけてきた。

 現代日本に生きる高校生なら当然の反応だろうな。


「うーん……一応、この拠点のことを話しておこうか」


 ということで、俺は拠点が現在の規模になるまでの経緯と、いくつの種族、何人の人々が暮らしているかを話した。


「それで俺は、まあ……なし崩し的に代表的な立場になっちゃったんだよね。それが一番まとまり易かったってことなんだけど」


 ――そうなってしまったら、俺の判断は一つ間違っただけで何十人、何百人の犠牲を生みかねない。

 だから俺は、仲間たちを脅かす存在を決して許容してはならないのだ。


「要は、仲間の命と敵の命どっちが大事なのか? ってことなんだよ。君たちは、仲間を見捨ててまで敵を助けようと思うかい?」

「それは……」


 俺の言葉に反論できないのか、青年とその家族は黙り込む。

 彼らとて、この二年余で何百という魔物を倒してきただろう。場合によっては、他の生き残りと争うこともあったかもしれない。


 そして、その果てに今ここにいる十人程度が残った。

 つまり俺の行いは、彼らのしてきた取捨選択と何ら変わらないはずなのだ。


 それが理解できたからこそ、彼らは何も言えなくなっているのだろう。


「……あんたが正しいと思う」


 しばしの沈黙の後、口を開いたのは体格の良い青年だ。その後ろにいる少女の一人も無言で頷き、俺に強い視線を向けている。

 ……なんかこの娘、すごい覚悟が決まった顔してるような。もしかしたら、俺なんかよりずっと辛い経験をしているのかもしれないなあ。


「まあ、完全に納得はできないだろうし、俺も考えを押し付けるつもりはないよ」


 ともあれ自分の考えは伝えた、と話を打ち切り、俺は拠点に戻るべく踵を返す。


「待ってくれ、魔物の詳しいことを教えてもらえないか?」


 しかし、そこで体格のいい青年から再び待ったがかかった。

 ……よく考えたら、彼らは魔物の軍勢全体の規模は知らないんだったわ。


 ということで、俺は現在数十万の魔物が西から迫ってきていて、十日もせずこの周囲は魔物の軍勢に覆い尽くされるだろうと説明した。


 いやホント、この状況で「ここ通って高校跡地に行っていいよ」とか、よく言ったな俺……あまりに冷たい対応だった。


「あー……ごめんね。俺も、だいぶテンパってたみたい。高校よりは安全だろうから、君たちさえ良ければ、ここにとどまってくれて構わないけど……どうする?」


 バツの悪さに相手の顔色を伺うような物言いになってしまったが、どうにか滞在を促す。


「よろしくお願いします」


 対するリーダー青年の返答は、躊躇のまったくないものだった。

 いやー器が違うわ、これは……。


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