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生き残りとダークエルフと魔物の軍勢

 恐ろしい数の魔物の軍勢に気づいた俺は、即座に拠点に戻る――というわけにはいかず、途中で足を止めた。

 というのも、新たにマップの端に引っかかる者があったからだ。


魔物の赤い光点が概ね西から東へ移動しているのに対し、青い光点――種族はわからないが『人』だ――は南から北へと移動している。

 場所的には地魔の迷宮がある山から南南西に直線距離で四キロほど――かつての市街地への入り口とでもいうべき地域の辺り。


 マップの人口を確認したところ特に大きな変化はない。ということは生き残りの可能性が高いが……人の集団は大きく二つに分かれている。どちらも人数は三百ほどだ。


 単に別々の生き残り集団なのか、それとも種族ごとの集団なのか……マップ上からでは判断がつかない。

 どちらにせよ、かなりの速度で動いているということは、そちらの方角からも魔物の軍勢が迫っていると考えるべきだろう。


「……確認しに行くか」


 俺はシロクロコンビとともに、一路、南南西へと向かった。



「……ダークエルフ、か?」


 光点を目視できる山頂まで移動し『人』の集団を確認したところ、それは褐色からほぼ真っ黒、あるいは青みがかった肌とエルフ同様に尖った耳を持つ種族の集まりだった。


 なにかに追い立てられるように、何度も後ろを振り返りながらも休むことなく歩き続ける彼らは、みな一様にボロボロで薄汚れている。

 集団の最外縁を固めるのは、戦士と思しき武装した男たち。彼らが他の者を守りながら移動してきたのだろう。


 問題は、『何から守っているのか』だが……。


「くそっ、追いつかれる!」

「忌々しい、人族どもがっ!」


 戦士たちが漏らした怨嗟の声と、かすかに見えた後方の集団の姿からその正体が知れる。

 ダークエルフたちを追っているのは、魔物ではなく『人』だ。


 しかし、見える範囲の『人』は西洋人のようで、地球の生き残りというわけではなさそうだ。

 ――異世界の人族まで、ダンジョンで生み出されたのか?


 そうであるなら、現状を鑑みるに元の世界での行状をそのまま地球でもやっているということか。


「こりゃあ、助ける以外ないな! ……ストーンウォール!」


 俺は即座にダークエルフたちの後方に飛び出し、石で巨大な防壁を作り出した。今や一瞬で高さ十メートル、厚さ二メートル、幅三十メートルほどの石壁を苦もなく発生させられる。


 ウサギたちも東西に分かれ、更に防壁を伸ばした。それで二つの集団が進んでいた川沿いの道は完全に分断され、北上するには山を登るしかなくなる。


「な、なんだ!?」

「こんなところにも人族が!」


 防壁上に立つ俺の姿に気づき、ダークエルフたちが驚き慌てふためく。

 一方、人族の方もいきなり進路を遮られ動揺している。こちらは俺の姿を見ても、過剰な反応はない。


「何のつもりだ貴様!」

「我らを教国神聖騎士団と知っての狼藉か!」


 なんとなく想像はついていたが、やはり人族の方は話に聞いた宗教国家の兵隊のようだ。


「このまま川沿いを上流に向かえ! そうすれば他の種族たちがいる拠点にたどり着ける! あと少しの辛抱だ!」


 俺は神聖騎士団とやらの声を無視し、ダークエルフたちに呼びかけた。


「人族の言うことなど信じられるか!」

「そうだ! 罠かもしれん!」


 まあ、そうなるよねえ……。


「信じられないのも仕方がないな……じゃあ、ちょっとエルフ、ドワーフ、獣人、小人を一人ずつ連れてくるから、しばらく待ってくれ」

「は?」

「おい、貴様! 我らを無視するな!」


 俺の言葉に驚くダークエルフと、喚く人族の様子をスルーし、石壁の北側にごく小さいセーフティエリアを作る。

 するとすぐに転移小屋が現れ、俺はさっさと中に入って拠点へと転移した。



「お待たせ、彼らが俺の仲間たちだ」


 リリー、ダリオ、クルスス、ペスタスに声をかけた俺は、彼らとともに仮拠点へと戻った。

 転移小屋に入ったと思ったら増えて出てきたことに、ダークエルフたちは目を見開いて驚いている。


 ……よくよく考えれば、転移小屋使ってもらえばいいじゃん。あ、でもCP持ってるかどうかわからないか。


「一体、どうやって……」


 ダークエルフの戦士の一人が絞り出すようにつぶやく。

 まあ、なにやってるか分からなければ混乱する状況だよねえ。


「あー、これは――」


 ということで、俺は大雑把に拠点のことと転送小屋の事を説明した。それでも彼らは半信半疑――いや、まだ八割疑心といったところか。


「いきなり信じろとは言わないけど、とりあえず逃げるだけ逃げてもらえないかしら?」


 リリーがそう話しかけ、CPに余裕があるか確かめたところ、これまで使う機会もないまま貯まっていたらしく、転移小屋はなんとか使えそうだ。


「……少し待ってくれ。皆と話し合う」


 突然の事に戸惑いながらも人族以外からの提案とあってか、彼らはこちらの話に乗るかどうか考える気にはなったようだ。

 で、問題は壁の向こうの人族たちだが――。


「おい! 何をしている!」

「まさか、亜人などに味方するつもりではあるまいな!」


 現状を理解しているのかいないのか……彼らは口々に恫喝するような言葉を発している。


「うるさいなあ……少しは静かにできないのか」

「なにい……!」

「貴様こそ、いきなりこんな壁を作りおって! 何のつもりだ!」

「人を見下ろすなど無礼であろう! そこから降りてこい!」


 どうやら自分が上の立場でないと我慢ができないらしい。


「争ってる場合じゃないから止めたんだよ。あんたら、魔物の大群が迫ってきてることに気づいてないのか?」

「ふん! 魔物ごとき我らの敵ではない!」

「いざとなれば亜人どもを肉の壁にすればよいのだ!」


 うん、話にならないね。


「そうかい。じゃあ、あんたらはここで死んでくれ」


 俺は宣言とともに、再び石壁を発生させる。それは東西の山を登れなくするための物で、山肌を切り立った崖に変えてゆく。

 さらに山を迂回しても北上できなくするため、西へ走りながら山の向こうにもドンドン石の壁を伸ばす。ちょっとした長城って感じだ。


 俺の行動に反応し、シロクロコンビも協力して東へ東へと石壁を伸ばしている。まさにツーカーの仲という感じで嬉しいね。

 最終的には総延長三キロほどの防壁が完成し、人族たちはその様を呆然と見つめていた。


「これで簡単には追ってこれなくなったな。ああそうだ、魔物の数だけど、数十万はいるよ。生き残れるよう、頑張ってね」

「なっ」

「す、数十万だと!?」


 俺の言葉に盛大に動揺する人族の集団。

 魔物と遭遇はしていても、全容までは掴んでいなかったか。

 ざわつく人族からダークエルフたちに視線を移すと、どうやらリリーたちを信じることにしたらしく、次々に転移小屋へと消えてゆく。


 魔物の軍勢の平均的な強さにもよるが、拠点に避難してくれさえすれば大丈夫だろう。

 移動速度と動きからして魔物は地上を歩いているようなので、面倒な対空戦は想定しなくて良さそうだし、数を揃えられる魔物となるとダンジョンから湧くにしてもせいぜいアイアンゴーレム級が上限だろうからだ。


 それに冬の間に、ドワーフの建築班が大河沿いを始めとして、あちこちにしっかりした防壁を築いてくれている。

 拠点周辺には大小の山が多いので、大群の侵入経路は限定的であることからも、手間はかかっても対処できないということはないだろう、と俺は考えているのだ。


「待ってくれ! 俺たちは人族じゃない!」


 もう神聖騎士団とやらは放置で良かろうと壁から離れようとしたところで、集団の中から黒髪黒目の人物が現れた。その周辺には十人前後の同様の特徴を持つ人々がおり、こちらを不安げに見上げている。


 ――とうとう生き残りが現れたか。


「あ、そう。それで?」

「それで、って……俺たちは日本人、地球人だ! あんたもそうだろ? だったら――」

「同胞だから、他の種族を虐げる集団に属していても、無償で助けろ……とでも言うつもりか?」


 あまりに愚かで身勝手な振る舞いに、俺の心がどんどん冷えてゆく。

 身を守るためであろうと、他の種族を奴隷扱いするような集団に身を寄せている奴らを助けるという選択肢は、最初からない。


「う……」


 冷たい言葉に乗った威圧に、全ての人族と生き残りたちが沈黙する。低位であればドラゴンとすら戦える俺の覇気に耐えられる者は、この集団にはいないようだ。


 もっとも、そんな人物がいれば他者を利用しようなどとは考えないだろうが。


「助けてほしければ、そのクソッタレ騎士団と袂を分かち、自らの力のみで逃げてくるんだな。ここでウロウロしていれば、十日ほどで魔物の軍勢に飲み込まれるだろう。決断は早いほうが良いと思うぞ」


 それだけ言い放つと、俺は壁の北側へと飛び降りた。背後からは「待ってくれ!」「助けて!」などという言葉が聞こえてくるが、そんな義理はない。


 シロとクロも俺に続き、転移小屋に向かう。

 ダークエルフたちは、すでに大半が転移し終えているようで、数人しか残っていない。それもどうやら戦士ばかりらしく、殿を受け持つという意味合いが強そうだ。


「……良いのか?」

「良いさ、恥知らずにも他者を貶める集団に混じっていたんだ。罪には罰が必要だ。……まあ、そんな事を言えるのも、たまたま俺が生き延びて力を得たからにすぎないけどね」


 ダークエルフの一人に問いかけられ、俺は端的に答えた。我ながら偉そうなことだと思うが、ここでナアナアにするわけには行いかない。何しろ、二千人以上の今後に影響を与えるであろう局面なのだから。


「おかしな人族……いや、違うんだったか」

「なんでもいいさ。種族の違いなど、大したことじゃない」


 俺の答えに苦笑するダークエルフだったが、さっきまでに比べれば態度が柔らかくなっている。俺の人族への対応は無駄ではなかったようだ。


「では、我らも退かせてもらう」

「そうしてくれ。リリー、俺は魔物の方を確認してから戻る。彼らのことは頼むよ」


 ダークエルフの戦士たちの言葉に頷き、俺は案内役として残っていたリリーに行動方針を告げた。


「了解よ。……気をつけてね」


 俺の頼みを受け入れた彼女は少しだけ心配そうな顔をし、踵を返した俺の手をとって引き止めた。何事かと振り向くと、リリーはおもむろに俺に口づける。


「な……」

「勝利の女神のおまじないよ」


 驚き戸惑う俺に、リリーは真っ赤な顔でそううそぶき、小走りに転移小屋へと駆け去った。


「まいったな……」


 こりゃあ、キッチリ調べて帰らないとな。



 しばらく調べた結果、魔物たちは時速一キロにも満たない速度で南北に何度も行ったり来たりしつつ山間を縫って東に進んでいることが分かった。


 何度も止まっては別種の魔物と戦っているようで、西の地方でも同じことをしていたとすると……発生源からここまでが魔物の軍勢の勢力圏になってしまっている可能性も考えられる。


 例外的なのは南西――かつての市街地があった辺りで、広い平野部であるため移動が速い。

 目視できる距離まで近づいたところ、群れを構成するのはゴブリン、コボルト、オーク、オーガ、そしてそれらの上位種だと確認できた。


 大雑把にそれぞれの種族で固まっていて、動き方を見た限りではゴブリンが最下位、コボルトとオークが中位、オーガが最上位といった印象を受ける。


 行軍が遅いのは前述の通り他の魔物と戦っているからだが、それは食事のためらしい。

 まあ、数十万は下らない大軍勢なのだから、維持するだけでも文字通り山のような食料が必要になる。


 時折、空を飛ぶ天使――と言うにはひどく醜悪な姿(禿頭に猫背で真っ白な体に真っ赤な血管のような模様が浮き出した人型)だが、翼と天使の輪があるから天使だろう――の群れと大規模な抗争を繰り広げているが、殺される数より殺す数のほうが勝っているようだ。


 妖魔の軍勢もそうだが、天使の群れは一体全体どこから湧いてきたのやら……。

 確か市街地には大きな教会があったはずだが、まさか信者が魔物化した姿なのか? だとしたら酷い皮肉だ。


 ダンジョンから溢れたにしては数が多すぎるし、他所の地域から集まってきたのかもしれないが……まあ、考えても答えは出ないか。

 とりあえず報告に戻りますかね。



 拠点に戻り、各種族の族長たちに現在分かっている魔物の大雑把な数と移動速度を報告した俺は、即座に防衛戦力の拡充に着手した。


 何をするのかというと、ドールの制作だ。これまでに大量に集めた各種ゴーレムの魔核が手元にあるから、その数だけ疲れも眠りもしない兵力を得られる。


 もちろん素材となる鉱石は必要だが、ぶっちゃけアイアンゴーレムを倒せば鉄と魔核がセットで手に入ることは多いから全く問題にならない。


 それでアイアンドールを作れば、オーガ程度となら五分に戦える。

 現状分かっている最高戦力(リーダーやジェネラルなどの上位種がいる可能性を考えれば、一つ二つ下か?)と同等に近い兵が百体も増えれば、夜間の警戒や戦闘への対処も随分楽になるはずだ。


 そして東西南北に建設された防壁に歩哨として配置しておけば、どこから近づかれても見逃すことはあるまい。

 おそらく東以外の三方向――特に南と西が魔物に攻撃されることになるだろうな。


 魔物がどこかの防壁に到達するまで、まだそれなりの時間があるはずだが……出来る限りのことをしておこう。



 作業すること四日、東側の防壁にやってきたのは――先日、出会った日本人の生き残り。そして、それとはまた別の生き残りたちだった。


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