聖竜の話と竜の島
「まずは我らの不手際で迷惑をかけたであろう事を謝罪させてもらう。申し訳なかった」
穏やかな冬の時間をぶっ壊して突如現れた白い竜――ホーリードラゴンは、きちんと頭を下げてからグリーンドラゴン襲来に関する詳しい経緯を説明した。
あの緑竜は、いわば粋がった若造だったそうだ。
まだ百歳程度で若く、自分より強い者を知らなかったグリーンドラゴンは、愚かにもホーリードラゴンに挑んだ。
そして傷一つ付けられず一蹴され、その時近づいていた台風の力を使って逃げ出した。
まさか別の島まで飛んで逃げるとは誰も思っていなかったらしく、見逃されたグリーンドラゴンは荒ぶったまま東の監視塔に飛来し、俺と戦うことになったわけだ。
で、ドラゴンたちとしては尻尾を巻いて逃げ出した若造は、ほっといても帰ってくるだろうと考えていた。しかし、いつまで経っても帰ってこず、これは生きているにせよ死んでいるにせよ確実に面倒事を起こしていると判断。
手分けして方方を探し回り、たまたまホーリードラゴンの担当した方角にあった島(日本列島のことらしい)に竜の気配を感知した。
そちらに向かって移動した結果、この拠点に到達したとのこと。
ちなみに感知した竜の気配というのは、俺の持つドラゴンキラーと緑竜装備のものだそうな。
そして近くに降り立った聖竜は、それにプラスして幼い竜の気配を感じ、グリーンドラゴンは倒されたのだと理解した。
「なんで、グリーンドラゴンが倒されたと思ったの?」
「それを説明するには、我ら竜の生態から知る必要がある」
俺の疑問から始まった竜の生態に関する話は以下の通りだ。
竜は卵から孵るが、番の竜によって生み出されるだけでなく、死んだ竜が転生する場合にも卵の形になる。
そして周囲の生き物や環境に影響を受けながら卵の中で成長し、より強く変化・進化した姿として生まれてくる。
大体において自身を倒した者に対応したり、その場所の強い属性の特徴を得たりするそうな。
つまり色は、その竜が生まれた環境を表している。
黄土色は地、青は水、赤は火、緑は風、白は光、黒は闇属性の影響を強く受けた結果ということだ。
ちなみに色竜はそういったドラゴンの一番下に属するらしい。その上を属性竜、そしてそのさらに上を自然竜と呼ぶ。
もちろん、属性に依らない竜もいて、そういった個体は見た目のイメージから分類分けされる。
木のような特性を持つ者を木竜、蛇のような姿をした者を蛇竜、泥の中に棲む者を泥竜と呼んだりするとか。
「まれに姿からは何の特徴が現れているのか判断がつかない者もいるが、そういった者は単に竜と呼ばれている」
「なるほど……ヒドラとかは?」
「あれは竜ではなく蛇とトカゲの中間、いわば成り損ないのようなものだ」
なんと、そういう存在なのか。まあ、いるだろうとは思ってたけど、まだ遭遇したことはないんだよね。ヒドラ。どこかの山奥とかに生息しているのかな?
姿からしてワイバーンほど行動半径は広くないだろうし、面倒そうだから近くに移動してこないでくれると良いんだが。
蛇といえば毒だから、毒のブレスとか吐かれたら環境破壊が大変なことになりそうだしねえ。
……そういえばワイバーンが飛んできた方角は、まだちゃんと調べていなかったな。春になったら行ってみるべきか。
「ところで……あの若竜の被害は、どの程度出たのか聞いても良いか?」
「ああ、もちろん。えーと――」
ホーリードラゴンの問いに、俺はあの日のことを話した。
東の監視塔が一撃で破壊され、俺がグリーンドラゴンをひきつけている間に皆の避難をさせたこと。手と品を尽くして戦い、最終的にはシロとクロの助力で倒したこと。
戦いでボロボロになった山や平原を皆で整え、新たなセーフティエリアを作ったこと。
――そして一人の犠牲者も出なかったこと。
「確かに、戦っているときは『なんでこんな事に』とは思ったけど、誰も怪我しなかったから、そこまで申し訳なく思う必要はないよ」
俺は何度か大怪我したけどね。まあ、それは言わぬが花だ。
「そなたは……いや、言うまい。気遣いに感謝する」
聖竜は彼の目の前、城壁上に立つ俺を見て何か言おうとして途中でやめた。
何となく考えを読まれたような気がしたけど……深くは考えないでおこう。
「こ、こら! ダメよ、レグルス! 危ないんだから!」
ドラゴンも俺も沈黙し、微妙な空気が流れたときリリーの声が聞こえてきた。
振り返ってみると、駆け出すレグルスを捕まえては逃げられ、捕まえては逃げられしているようだ。
「ミャウ!」
二人の追いかけっこ? は、ついにレグルスが城壁に上ってきたことで終了した。彼は勝ったと言わんばかりに一鳴きし、俺の足元にすり寄る。
少し遅れてリリーもやってきたが、彼女はホーリードラゴンの威容に圧倒されてか顔色が悪い。
「この子が竜の卵から生まれた子だよ。名前はレグルス、獅子王の名を付けた」
それと彼女はグリーンドラゴンと遭遇した時に一緒にいて、皆に避難するように伝えてくれたエルフ族の族長の娘だ――とリリーをレグルスとともに紹介する。
レグルスを抱き上げ聖竜によく見えるようにすると、彼は興味深げに顔を寄せてレグルスの姿を確認した。
「確かに、幼竜で間違いないようだな……獣に近い竜が生まれることは稀にあるが、ここまで獣と変わらぬ姿を見たのは初めてだ。実に面白い。……そして、その娘がそなたの番か」
「つ、つがい!?」
堂々と見上げるレグルスの姿に、感心したように言うホーリードラゴン。
ついでに変なことを言いだした。当然、リリーは慌てふためき真っ赤になっている。
「いや……まあ、一番親しい女性ではあるけど、番ではないよ」
「なんだ、そうなのか。想い合っているのなら、さっさと子をなせば良いものを」
「子をなす!?」
もー、また変なこと言うー。リリーがぐるぐるお目々になりそうだよ。
「ドラゴンがどうかは知らないけど……俺は、そんなに単純には考えられないんだよ。自分や相手の立場とか、もし子供ができたらちゃんと育てられるのか? とか、そもそも今現在、十分な備えができているのか? とかね」
なにしろ、俺はファンタジーな世界で体を張って生きるなんて経験はこの一年ほどしかない。しかもやたらと大変な思いをして過ごしてきたのだから、そんな環境で他人の人生まで背負えるとは到底いえない。
もちろんレベルやスキルのおかげで強くなってはいるだろうが……強くなったところでもっと強い魔物は多くいるわけで、不安が払拭されることはないのだ。
「ふむ……竜殺しにしては随分と細心なことだ」
「あの竜を倒せたのは、ただの結果だよ。俺は別に、戦うのが好きなわけじゃない」
ぶっちゃけ死にたくないから、あがいただけだ。
そんな俺に、聖竜は愉快なことを聞いたと言わんばかりに目を細めた。まぶたが下から閉じるから笑っているようにも見える。
……そういえば最初は怖かったのに、すっかり彼を怖く感じなくなったな。称号『ドラゴンスレイヤー』のおかげかな?
「ところで、竜の島ってどんなところなの?」
変な流れを変えるため、俺は疑問に思ったことを聞くことにした。
「ふむ……そうだな。隠す意味もないか」
ホーリードラゴンは、そうつぶやくと「基本的なことから説明しよう」と話し始めた。
竜の島は日本から南東の方角にあり、沢山のドラゴンが暮らす大きな島。
下級の色竜――レッド、ブルー、グリーンなど。
中級の属性竜――ファイア、ウォーター、ウィンドなど。
そして上級の自然竜――マグマ、シー、スカイなど。
そういったドラゴンが、下級ほど多く生息している。
もちろん、それぞれの区分に亜種とでもいうべき竜も存在し、同じ等級でも個体によって強さが異なったりもするそうだ。(ファイアドラゴンが強力になったようなフレイムドラゴンなど)
ちなみにホーリードラゴンは光属性中級の竜で、ホワイト→ホーリー→ライトと進化するそうな。
これまで光属性の魔法は今ひとつどういうものなのか分からなかったが、この話でアンデッドとかによく聞きそうな気がした。なにしろホーリーだからね。
そして島の環境はあらゆる属性の竜が住みやすいもので、場所によって属性の強い地域が点在しているらしい。
赤道に近いっぽい立地なのに、寒い雪山とかもあるというのだから不思議だ。もしかしたら自然環境とドラゴンが相互に影響しあって、徐々に属性が強まっていったのかもしれない。
まあ、地球が変容した時、元になった場所がデータから再現されたんだろうけど。
身もふたもない話だけどもねー。
あと下級は普通に食事するけど、中級・上級は周囲の魔力を吸収するだけで生きられるんだと。
食事は娯楽だというから不思議な生き物だ。
なんにせよ、最も数が多く、外界に出てしまいやすい色竜は、どこに住んでいても現れる可能性のある脅威だということで、やっぱり今後もレベル上げをしておかないといけないということだな。
「レグルスよ、竜の島を見てみたくはないか?」
ふと聖竜がそんな事を言い出した。……まさかとは思うが、連れ帰るつもりじゃないだろうな?
「ミャーミャーウ」
当のレグルスはのんきに鳴いていて、何を考えているのか分からない。
「ふふふ、そうか……」
でもホーリードラゴンには何を言っているのか分かるらしく、笑って頷いている。
……どういう答えだったのか聞いてみるか。
「レグルスは、なんて?」
「みんな一緒なら行っても良い、だそうだ」
これはまた、なんとも剛毅な答えだ。そして嬉しい言葉でもある。
「そっか……レグルスは良い子だな」
竜と話していたのだから俺の言葉も分かるだろうということで、ちゃんと言葉にして褒めることにした。するとやはり伝わったようで、レグルスは嬉しそうに頬ずりしてきた。かわいい。
リリーも聖竜にからかわれたおかげか肩の力が抜けたようで、笑顔でレグルスをなでている。
「ふむ……では、そなたらも島に来るか?」
「え?」
いきなりの提案に驚いた俺だったが、詳しく聞いた結果、竜の島に行ってみることにした。
というのも、島には色竜が多くいる=餌となる強い魔物も多くいる、という話だからだ。
あまり長期間、拠点を留守にしたくはないが……幸いにも今は冬で、春夏秋に比べれば魔物の動きは活発ではない。
であれば、これほどのレベルアップの好機を逃す手はないと思う。
「五人ほどであれば、我の背に乗せて連れて行くことが可能だ」
竜が飛ぶときは自然と身を守る結界のようなものが張られるそうで、全力で飛んでも吹き飛ばされたりする危険はないらしい。
まあ、落下防止の命綱くらいは用意しておくべきだろうけどね。
「……じゃあ、ちょっと皆に聞いてくるよ。その間は、何か飲み物とか食べ物を持ってくるから、ゆっくりしててもらえる?」
「うむ、人の作った物を食す機会は少ないからな。遠慮なく楽しませてもらうとしよう」
ということで、俺とリリーはギルドの酒場で大量の料理と酒を購入し、ホーリードラゴンに提供してから各種族に事の次第を説明することにした。
◇
それぞれの拠点に赴き、ホーリードラゴンの事を話してから『竜の島』に行きたい人がいたら俺の拠点に来てくれと伝えた。
その結果、エルフからはリリー、ドワーフからはダリオ、獣人族からはクルスス、そして小人族からはペスタスが参加を申し出た。
どうやら、各種族とも「今後のことを考えれば、共通の経験は必要」と判断したようだ。
あとシロとクロだが、ホーリードラゴンによれば「ウサギくらいなら誤差だから問題ない」との話しで同行できることになった。良かった良かった。
ということで各種族から一人ずつの五人+シロクロコンビにレグルスが『竜の島』へ行く。
まずはそれぞれの装備と食料などを用意するわけだが、リリーとダリオはすでにミスリル装備になっているので問題ない。リリーは弓と短剣がメインで、ダリオは戦斧とメイスがメインだそうだ。
で、クルススとペスタスだが、これまでに作るだけ作って使っていない物を体に合うように手直しすることに。
貧弱な装備のままでは心もとないので、聖竜にはしばらく待ってもらうことになった。
頭を下げに行ったら、「別に急がないから気にするな」と鷹揚に応えてくれた。ありがたい。
まあ、もうすぐ夕方だから、今すぐ出発というわけにもいかなかったのだが。
クルススとペスタスは、どちらも身軽に動ける方が良いということで皮メインの防具に短剣・短刀を設える。
魔獣の迷宮と地魔の迷宮を踏破した際に色んな皮が大量に拾えたので、どの素材がどんな性能になるかを確認する意味も込めて作った物がいっぱいあるからね。
その中から、クルススは高い防御力を誇る【首領大熊の革鎧】と、隠身スキルを強化する効果のある【影狐のコート】を。
ペスタスは足が早くなる【首領大狼の革鎧】と、【影狐のコート】を選択した。
武器は二人共ミスリルの短剣を二本ずつ持つ。
クルススは二刀流にするようだが、ペスタスは一本を予備にするつもりのようだ。安全策は大事だよね。
サイズの調整を済ませ、その他の必需品を冒険者ギルドの売店で購入した翌朝、俺達はホーリードラゴンの背に乗って一路、竜の島へと旅立った。
はてさて、いったいどんな魔物が待ち受けているのやら。
◇
地上を離れたドラゴンは、あっという間に雲を飛び越えて高空へと到達、水平飛行に移った。
こうして空から見下ろしてみると、地上の変わりっぷりがよく分かる。
なにしろ、人工物の類がまったく見当たらないのだ。
以前は宇宙からでさえ地上に大量の建築物があるのを確認できたという話なのに、今や草木の緑と海の青しか目に映らない。
このまま周辺の偵察を頼みたくなる衝動を抑え、俺は進行方向に視線を移した。見渡す限り真っ青の空――一点の曇りもない、といった感じだ。
変容とともに環境汚染も消え去ったということなのだろうが……汚染物質は一体どう処理されたのかが気になる。
何となく、汚れが酷い地域ほど強い魔物が発生したのではないかと考えた。瘴気とか陰の気が魔物や鬼を生む……みたいな話はよくあるしね。
かつての地球は先進国ほど汚れていただろうから、そこに近づきさえしなければ、ある程度は大丈夫だろうと思いたい。
まあ、日本も隣国も大概汚かったはずだから、拠点が日本にある時点でどうにもならない可能性も無いではないが……いまさら安全そうな所に拠点を移す気にはならないしねえ。
そもそも移動手段もないし、調査することもできない。
今は竜の島への旅行? を楽しむことにしよう。




