獣人族を追って魔物の群れがやってきた
アホどもを外に投げ捨てた俺は、冒険者ギルドの前に戻ってきた。
まずは受付嬢のケアをしなければ。
「ごめんな、俺のせいで怖い目にあわせて」
見た感じ落ち着いているようだが、大丈夫とは限らない。ということで謝罪から入る。
「いえ、気にしないでください。ちょっと、お姫様気分が味わえましたし」
いつもどおりの笑顔で彼女は答えた。
どうやら本当にショックは抜けているようで、ちょっと顔が紅潮している。
「そっか……。ああ、そうだ、皆にも伝えておくけど、一旦、獣人族は入れなくしたから」
俺たちの様子を伺っていた人々に、俺は事の次第を伝える。
とりあえずは獣人族が反省なり謝罪なりするまではうちの拠点には入らせないこと、それと他の拠点でも獣人族が悪さをしないとは限らないから気をつけてほしいということ。この二つだ。
まあ、エルフとドワーフは仲間だと思ってるようだから、今回のバカみたいなヤツでもない限り悪さはしないと思うが。
しかし、印象が悪かったエルフでも直接的な悪さはしなかったのに、獣人族は短絡的なやつが多いのかねえ……。
あー、こういう種族による括りで考えるから対立が深まるんだろうな。……俺も気をつけないと。
◆
「何があった!?」
息子であるストルトを含む六人の若者が、我らが急拵えした集落に怪我をして戻ってきた。
彼らは、人族が作ったという拠点に行っていたはずだ。
「イオクス族長……」
「人族にやられた……」
ワシはストルトの言葉に、雷に打たれたようなショックを受けた。
直接、顔を合わせたのは一度きりだが、あの人族は穏やかそうな印象を受けた。
エルフとドワーフの長たちも、あのリョウジという男は信頼の置ける人物だと言っていたのだ。何度となく助けられていると。
――それがなぜ、こんなことをした?
「……なぜ、やられたのだ?」
「え?」
「理由があるだろう。全員が腕を折られるに足る、理由が」
人族にやられた、それはわかった。だが、何がきっかけで争うことになったのかをストルトたちは言っていない。
「それは……」
「言えんのか?」
一人として自ら話そうとはしない様子は、自分たちが何かをしたと言っているようなものだ。
こやつらは素行が悪いからな……。
「い、いや、言うよ親父」
ワシに睨まれ観念したか、ストルトは口を開く。
曰く、ドワーフの畑が荒らされ、その犯人扱いを受けた。
反論したら問答無用で腕を折られ、拠点から放り出されたという。
……ドワーフの畑を荒らす必要がある者は獣人族しかいない。これは事実だ。何しろ我らは住処を失い逃げてきたため、必需品も食料もまったく足りていない。
エルフやドワーフたちの好意で様々な物資を分けてもらっているが、それだけでは足りない。
だから魔物を狩り、人族の拠点にある冒険者ギルドでドロップアイテムを売ることでCPを得、必要なものを購入しているのだ。
それで最低限生きては行ける。だが、誰もが飢えている。
「……ストルト、お前、腹は減っているか?」
「は? いや、減ってねえけど……」
ワシは、ふと疑問に思ったことを問うた。
息子から返ってきた答えは微妙なもの。
「ほう……それは不思議だな。朝、食わずに出かけ、出先で問題があったなら飯を食う時間もなかったろうに」
「!?」
この六人が出かけて怪我をして帰ってくるまで、一時間も経っていない。
あの拠点まではゆっくり歩いても十分とかからない距離ではあるが、怪我をして戻ってくれば三十分やそこらはかかるだろう。
となると四十分は移動に費やすことになる。
ならばトラブルが起き、問答をし、戦って放り出されるまで二十分も猶予はない。
相手が恐ろしく強いとはいえ、話をすれば数分は使うだろう。
ならば六人が食事を急いで取らなければ、最短でも時間が足りるかどうか微妙なところなのだ。
――『移動しながら食った』のなら話は別だが。
「何も食っていないはずなのに、なぜ腹が減っていないのだ? それにお前達、昨夜はどこに行っていた」
「……」
ワシの問いに顔を青くする若者たちを、さらに問い詰める。
誰もが目を泳がせ、うつむき、黙り込む。
――もはや、彼らがやったことは明白だ。
「そうか、答えんか。ならば貴様らは、この集落から追放する」
「なっ!?」
「そ、そんな!」
突然の宣告に青年たちは驚愕し、口々に不満を漏らす。
「お、親父! 俺は次期族長だぞ! それを追放なんてしたら……」
「ワシがいつ、お前を族長にすると言った? 族長は民を守り、導く者。強く、信頼される者でなければ任せられん。お前では務まらんのだ」
ストルトが見当外れな事を言いだしたため、ワシはハッキリと否定した。
息子だから後を継ぐのが当然だと思っていたのか、ワシの言葉に絶句している。
そもそも魔物の群れに襲われて、真っ先に逃げるような愚か者に権力を持たせるなどあり得ない話だ。
ストルトの仲間たちも同様に、戦うことも他者を守ることもしない、獣人族の誇りを持たぬ者だ。
そして、誰もが苦しんでいる現状で、しかも助けてくれている者たちから盗みを働いて腹を満たすような恥知らずを置いてはおけない。
「今日一日は時間をやる、明朝になったら出ていけ。このことは族長の決定として皆に周知する」
ストルトがまだ文句を言っているが、ワシは自宅へ戻ろうと踵を返した。
――だが、そこで予想外のことが発生した。
「族長! 魔物の群れが近づいてきてます!」
見張り台に上っていた戦士の一人が、叫びながら駆けてきた。
彼の話では、魔物は北東側から山を回り込んで近づいてきているという。
――我らの足跡を辿られたのか?
「数は?」
「少なくとも五百はいるかと……」
前回、我らの集落を襲った数と同程度か……そうなると倒した分だけ増えたということになる。
我らだけでは全滅は必至だ。
「エルフとドワーフに救援を要請しろ! すぐに使者を送るのだ!」
「は? あの人族には――」
「無理だ。このバカどもが喧嘩を売って、返り討ちにあってきおったからな」
ワシの言葉に戦士は絶句する。それも当然だろう、なにしろあの男はドラゴンとすら一人で戦うほどの豪傑だ。
族長の息子が中心となって悪事を働き、その人物の助力を得られなくしようなどと、誰が予想できようか。
「……そうですか。では二人の使者を出します」
「頼む」
戦士はしばし怒りと侮蔑のこもった視線を六人の愚か者に向けていたが、己の仕事を果たすべく駆け去った。
最悪に最悪を重ねた事態に、ワシは我知らずため息をつく。
――我らも、もはやこれまでかもしれん。だが、一人でも多くの民を生かすため、ワシは死力を尽くして戦おう。
◇
――カンカンカンカン!
ドワーフの畑を耕し直し、新たに種を植えようとしていると、警報用の半鐘が激しく打ち鳴らされた。
誰もが突然のことに顔を見合わせるが、すぐ弾かれたように東側の防壁へと走り出す。
今、鳴っているのは、東側の半鐘だ。
ということは、平原の方で緊急事態が発生していることになる。
そして東という方角で真っ先に思いつくのは、獣人の集落。
「まさか」
元々獣人の集落があった場所は、ここから北にある山を超えた、大河に注ぐもう一本の小川がある場所の更に北、大体五キロほど離れた地域にあった。
今までの例から言って、そこもダンジョンであろうことは予想がついている。
だがそこそこ離れているし、大半は広範囲に拡散しているだろうから、大した数が来ることはあるまいと高をくくっていた。
――それが間違いだったら?
「マジか……」
最東端の防壁から平原の方を見た俺の目に飛び込んできたのは、獣人族の集落に雲霞のごとく群がる魔物の姿だった。
サドンクエストが終わっていなかったとしたら、獣人が全滅するか魔物を退けるか――その二者択一しかないのかもしれない。
俺は防壁から飛び降り、全力で走り出した。シロとクロもついてきている。
「これは、俺の怠慢でもあるよな……」
獣人族の生活が安定するまで見届けようなんて考えたのが、そもそもの間違いだったのだ。
そんなこと考えずに、さっさと魔物を間引くなりダンジョンを攻略するなりすればよかった。
「間に合ってくれよ!」
もし死者が出れば、寝覚めが悪くなる。
利己的な理由だが、俺なんてそんな人間なのだ。
勇者でも英雄でもない、ただ幸運に恵まれて生き延び、力を得ただけの存在。
「ファイアストーム!」
考えている間にも獣人族の集落に到着し、俺は即座に広範囲に及ぶ攻撃魔法を放った。
シロとクロは炎の竜巻を迂回し、魔物の群れに後方から襲いかかる。
「ストーンウォール!」
俺は続けて、自ら放った魔法を突っ切って集落の外周に到達、木製の柵に沿うように石壁を建て始めた。
獣人族は人族と関わりたくない、力を借りたくないという意識が強く、エルフとドワーフにもあまり助力を請わなかった。
そのため、集落は粗末な木製の家々と防柵しか作られていない。
籠城するには全く不向きなのだ。
石壁を張り巡らせれば、その弱点は解消される。
「これでよし……! 回復薬を置いておく! 怪我人に使え!」
わずか数分で石の防壁を構築し終え、俺は集落内に上・中・低級回復薬、解毒薬、万能薬をありったけ放出した。
あとは魔物を片付けるだけだ。
ここにいる魔物の群れは、全て四足歩行の獣。それも肉食獣ばかりだ。
七割以上は狼系、二割が牙の長いジャガー、一割がサソリのような尾を持つライオンか。
今のところ指揮官的な個体は見当たらないが、どこかに潜んでいるかもしれない。
シロとクロが、すでに結構な数を蹴散らしている。俺も参戦しよう。
「シロ! クロ! デカイの行くぞ!」
警告を発し、二匹が距離を取るのを待つ。
そして――。
「プレッシャーカノン!」
そして、グリーンドラゴンの使った圧縮空気砲弾を風属性で再現した、広範囲に破壊が及ぶ魔法を放った。
――ドォン!
地面に着弾し、圧縮された空気が轟音を上げて破裂する。
流石に破壊力まで完全再現とは行かないが、直径百メートルくらいは吹き飛ぶ威力だ。
この一発で、五十匹くらいは倒したか?
「まだまだあ!」
俺は景気よくプレッシャーカノンを二発、三発とぶっ放した。
着弾する度に数十匹の魔物が宙を舞い、落下中にドロップアイテムになって消える。
生き残った魔物もウサギたちが倒してくれているし、そう時間をかけず片付けられるだろう。
◇
『サドンクエストをクリアした!』
大体二十分ほどで、全ての魔物を倒し終えた。
ちなみに、指揮官的な個体はマンティコアだった。
顔が老人で胴体がライオン、尾はサソリでコウモリの羽が生えてるアレだ。
一匹だけ空を飛んでいたので見つけるのが遅れたが、魔物の数が減ってくると魔力反応がモロ分かりだったよ。
まあ、なにはともあれ一区切り着いた。
一旦、拠点に帰ってキッチリ用意をしてから、元獣人族の集落を探ってみますかね。
「シロ、クロ、帰ろう」
誰にも声をかけられることもなく、俺達はその場を立ち去った。
◆
それは恐ろしい男たちだった。
突然現れて、瞬く間に魔物を殲滅してしまう力を持った人族。
そしてその男に付き従う愛らしいウサギたち。
ドラゴンとすら単身で戦えるという話は聞いていたが、それは真実だったと誰もが目撃した。
『セーフティエリアを得た!』
突如、謎の声が響き、俺たちはこの集落が人族の男によって救われ、安全までも確保してもらったと理解した。
あの男が立てた石壁が、セーフティエリアとなる範囲を確定させたのだ。
これほどの恩恵を得て尚、俺たちは人族への忌避感を捨てられない。
しかし、それと同時に強烈な憧憬も覚えた。獣人族は強さに惹かれる者が多いし、集落を守る戦士ともなれば強者とは従うべき存在なのだ。
そもそも俺たちに、言い伝えの内容を実際に体験したものは一人もいない。もう大昔に死んだ先祖たちの、昔話なのだ。
なのに人族は非道だ、外道だ、我らを動物と同列に扱うだ、多くの者が奴隷にされただ――と信じ切っている。
それはそれで事実だろうし、俺たちも人族を嫌ってはいる。だが、あの男はそういった話の人族とは違う。
俺たちを助けて、何の見返りも求めずに立ち去る――そんな人物なのだ。
もちろん、なんらかの打算はあるだろう。
だが、自分のために行動するのは当たり前のことだ。
獣人族だって、自分のため、仲間のため、家族のためと言って優先順位を決めるのだから。
「……ついていくか」
「クルスス? どうした?」
俺のつぶやきに、戦士仲間が訝しげな顔をする。
「俺は、あの人族の男についていく! 族長には、クルススが集落を出たって伝えておいてくれ!」
「はあ!? お、おい、クルスス!」
俺の宣言に驚愕する仲間を尻目に、俺は集落から飛び出した。
――あの男についていけば、戦士として一段上に辿り着けそうな気がする。
俺は、期待に胸を躍らせた。




