獣人族がやってきた
若干、不安を抱えながらも、やるべきことをやりつつ卵が孵るのを待つしかないと結論し、俺たちはそれぞれの作業に取り掛かることとなった。
ドワーフたちは破壊された東の監視塔の再建、エルフたちはその北の山が吹き飛ばされた影響の調査、そして俺は一部のドワーフとともにドラゴン素材の武具の開発だ。
ここに至って俺たち三種族は、完全に運命共同体の様相を呈してきた。
ご近所さんではあるが、それぞれ独立して動いていたのが連携せざるを得ない状態となったためだ。
特にドラゴンという災害が、いつ来るかわからないことが大きいだろう。
今回は運良く俺とシロクロコンビでどうにか出来たが、あのグリーンドラゴンより強い個体が来たらどうなるかわからない。
緑竜のドロップアイテムであるドラゴンキラーの説明にあった『若い緑竜』という一文が、あのドラゴンはまだ若造だということを示しているのだから尚更だ。
それに後から考えてみれば、風は比較的破壊に適さない属性だということもある。
つまり火や地だったらもっと酷いことになっていただろう、というのは想像に難くない。
水属性に関しては環境にもよるだろうが……大河のそばでの戦いはヤバイだろう。
ということで、やはり風が、こと破壊力という点では一段劣ると思われる。
いやー、もうホントに色んな幸運があったということだね。
……まあ、ドラゴンが来てる時点でメチャクチャ不運なんだけども。
◇
急ピッチで土木作業が行われ、数日で東の監視塔は完成した。
エルフたちによる周辺の偵察も問題なく行われ、今のところ異変が起きた様子はないそうだ。
それから監視塔を建造していたドワーフたちは山に向かい、俺が仮に作った山道をしっかりしたつづら折りの階段へと改良。
山頂は石造りの展望台のようなスペースに作り変えられ、セーフティエリアとなった。
さらにちょっとしたコテージも建てられ、景色を楽しみながらゆっくり過ごしたり、屋外にある炊事場で宴会をしたりすることも可能になっている。
もちろん浴場もあるので、温泉気分を味わうこともできるだろう。
今は周辺の調査をしているエルフがメインに使っていて、休憩に丁度良いそうな。
俺の方は妖魔の迷宮で採掘してきた銀を元に、新たな魔法金属『ミスリル』を作ることに成功。
これまた今までに作った魔法金属と同じく恐ろしく魔力を消費したが、各種スキルのレベルアップのおかげで気絶することはなかった。
そしてまずはドワーフの職人にミスリルで鎧を作ってもらい、それをベースに緑竜の鱗を貼り付けた複合鎧とする。
従来の防具は裏にジェルシートを貼り付けていたのだが、季節ごとの鎧下を各種ジェルシートと魔物の皮で作ることにし、わざわざ防具の方を加工する必要がない形式に変更。
こうして作り出された竜鱗装備第一号は、夏向けのひんやり鎧下とともに俺の新たな装備となった。
もちろん鎧下は緑竜の皮で作ったので、それ単体でも相当な防御力を誇る逸品だ。
【緑竜の複合鎧:防御力85 付与効果:物理耐性LV5 衝撃耐性LV5】
【緑竜スーツ:防御力45 付与効果:物理耐性LV3 衝撃耐性LV3 クールLV2】
ご覧の通りだ。
グリーンドラゴンという魔物がいかに破格の存在か、よく分かるねえ。
ちなみに付与効果の『クール』というのは、アイスジェルボールのドロップであるクールジェルシートを使ったことで現れた、常にひんやりさせる効果だ。身につけると炎天下でも快適である。
緑竜スーツはいざというときのために、シロとクロの分も作ったよ。
まあ、彼らは普段、ほとんど身に着けないけどね。
こういった俺たち用の装備が予備も含めて完成したあとは、残った素材でドワーフとエルフの物も作り始めた。
彼らは「ドラゴン素材を無償でもらうとか無理」と言ったのだが、俺の「使ってもらわないとヤバイ魔物が出たら三人だけで戦わなきゃいけなくなるんだけど」という言葉で「ああ……」という感じになり、長と戦士を優先して装備を作ることに。
長い目で見れば、竜の装備は経年劣化がほとんどないという話なので、ずっと使い続けることができるから備えとしては安上がりになるだろうとも思う。
まあ、人間が一人しかいない以上、自分が死んだ後のことまで考える必要は無いといえば無いんだけども。
ご近所さんと良好な関係を築いておいた方が、死ぬまでの苦労が減るだろうということで。
◇
それからは銀の採掘をしてはミスリルを作る、というサイクルをメインに活動した。
もう魔法金属の作り方を隠しておく意味も無かろうと、エルフとドワーフにも伝えたのだが……ごく一部の者しか作れるようにならなかった。
作れる人と作れない人を比べてみた結果、どうやら地属性と魔力操作、それに金工スキルがないとダメらしい。
ただ、最低限それらが必要ということで、全部揃っていても作れない人もいる。
ステータスに現れない適正とか得手不得手とか、そういうのがあるのかねえ……。
ま、データが少ないから、考えても分からんわな。
さておき、ミスリルは竜素材が回ってこなかった戦士たちの装備に使う。
ヒヒイロカネより強靭で軽く、衝撃や打撃も何故か拡散するように受け止めてしまうミスリルは防具に最適だ。
武器に使うと攻撃力は比較的高くならないようだが、細身の(あるいは刃が薄い)武器には適しているようで、エルフが使うレイピアやシミターを作っている。
性質からして刀にも向いてるんじゃないかなーと思うのだが、複数の硬度の素材を用いないと刀とは言えない気がしたのでミスリル単体では作っていない。
正直、刀の製法もうろ覚えだからなあ。
まあ、何種類か素材の構成を試してみるしかあるまい。
魔法金属も三種類できたしね。
あとは金で魔法金属を作ってみたいところだ。
多分、アレになるんだろうなー。
◇
この二週間ほどで色々と片付けたので、俺はシロクロコンビとともに山のセーフティエリアに来た。
もちろん骨休めのためだ。
ここまでの道は山道以外もドワーフたちが整えたため、きれいな石の街道で快適な散歩ができるのでありがたい。
山道はきっちり手すりも設置されているので、うっかり転んでも安心だ。
山には俺たち以外にものんびりしに来ているドワーフやエルフが何人もいて、真っ昼間から酒盛りに興じている。
ドワーフは酒に目がないという、ファンタジーによくある設定は真実だった。
ただ、エルフも意外と飲兵衛が多いらしく、普段から冒険者ギルドで飲んでる姿をよく見る。
また、エルフは楽器を嗜む者が多く、飲みながら演奏したり歌を歌ったりもしている。さながら吟遊詩人のような感じだ。
「おう、リョウジ! こっちきてお前も飲め!」
ドワーフの一人に呼ばれ、俺も酒盛りに混ざる。
もうドワーフとは完全に仲良くなれたと思う。ただ、皆ずんぐりむっくりのヒゲダルマだから、よっぽど何度も顔を合わせた人でないと見分けがつかないのが困ったところだ。
一方、エルフはまだ完全に打ち解けたとは言えない。
嫌悪感を顕にされたりはしないのだが、初対面が最悪だったから遠慮がある感じ。
リリーのおかげもあって、顔を合わせれば話す人は増えているんだが、なかなかねえ……。
そのリリーだが、大体、二日に一度のペースで俺の拠点に来る。
竜の卵の様子を聞かれたり、ダンジョンの様子を確認したり、装備の具合を聞いたり聞かれたりと、日常の話をよくする。
たまにダリオを加えた三人と二匹でダンジョンに潜ったりもしていて、彼らもずいぶんレベルが上ったなあと感心したりもした。
まあ、サドンクエストを除くと普通にダンジョンを探索しているだけなので、上がったと言ってもレベル40くらいだが。
それでも、六人パーティならもうすぐ妖魔の迷宮はクリアできそうだという。
踏破すればボーナスが貰えるから、戦力はそこそこ増すだろう。
そうなれば踏破する者が増えて、他のダンジョンも踏破して戦力が増し……という、良いサイクルが発生するはずだ。
レベルが50程度になれば安定して巨人の迷宮にも潜れるようになるから、レベルアップが加速するしね。
何と言っても、攻略情報が一番活きるのが巨人の迷宮なのだ。
「あ、いた! ちょっとリョウジ!」
雑談しつつ酒を飲んでいると、慌てた様子でやってきたエルフの一団の中からリリーに声をかけられた。
確か今日は周辺の偵察に行っていたはずだが……。
「何かあったのか?」
「ええ、こっちに来てちょうだい」
俺はグラスを置いて立ち上がり、リリーに問うた。
すると彼女は頷き、俺をセーフティエリアの外へと誘導する。
それに従って移動すると、門の外に数人の人がいるのに気づいた。
「んん……?」
なぜわざわざ外にいるのか、と訝しんだ俺だが、その理由はすぐに判明した。
その人たちは頭頂部近くに動物の耳があり、それと同じ種類の尻尾を持っている。
「獣人族、か」
俺は驚き、思わずつぶやいた。
獣人たちは皆一様にボロボロで、俺に対して鋭い視線を投げかけてくる。
彼らも人族に虐げられた歴史を継承している、ということか……。
◇
リリーの説明によると、獣人たちは魔物の群れによって森の住処を襲撃され、千人以上いた人の内、五百人ほどが犠牲となったそうだ。
生き残った人々を戦士たちがなんとか守りながらようやく逃げ切り、この近くまで移動してきたという。
そして山頂のセーフティエリアに気づいた者がいて、どうにか助力を得られないかと数人で偵察に出たらしい。
そこで山の北側を移動中のリリーたちエルフが、彼らに出会った。
事情を聞いて獣人族を助けようという話になったが、一人のエルフが俺の存在を思い出した。
獣人族も、人族によって亜人と呼ばれ不遇をかこっていた種族である。
だから事実上、人族が全てのセーフティエリアの主的な立場にあるのが受け入れられるのか? という問題が出てきたのだ。
さすがにその場での判断は難しいということで、ひとまず獣人の偵察部隊を俺に会わせようという結論に至ったそうな。
「なるほど……。そうだなあ、最初にこの世界のことを説明しておく必要があるか……」
ということで、俺は地球で変容が起きたこと、人間の大半が死んでいるであろうこと、少なくともこの周囲南北六キロ・東西九キロの範囲に俺以外の人間は一人もいないこと、それから人間は人族と同じ種族かどうかわからないことを説明した。
彼らは、はっきり言って俺の話を全く信じていないようだ。
しかし人間が殆ど死んでるというところでは、薄暗い喜びの感情を垣間見せた。
エルフともドワーフとも違い、そもそも動物扱いだった獣人族は人族からの攻撃も苛烈なものだったろうとは予想がつくし、ピンチを助けたわけでもないから辛辣な反応なのは仕方あるまい。
「まあ、山の南側に移動すれば魔物の心配もほとんどないと思うし、別に土地の所有権を主張する気もないから好きに使ってくれて良いよ」
人間=人族に助けられるのも嫌だろう、ということで俺は彼らに自由にして良いということだけハッキリ伝えた。
後はエルフかドワーフに交渉すれば、生きていくのに問題はあるまい。
セーフティエリアも――まあ、ちょっと畑なんかが心配ではあるが――獣人族にも出入り自由にしておけば、必要な物資を買うことも出来るだろう。
「そんな感じだから、リリー、後は頼むよ」
「……わかったわ」
獣人族は俺の話を聞くのにも不快感を隠さないので、ここで説明を打ち切る。
細かいことはエルフとドワーフに丸投げだ。
はてさて、トラブルが起きなきゃ良いけどねえ……。
◇
案の定、起きたわ。トラブル。
何があったかと言うと、もうすぐ収穫という野菜類が育つ畑が荒らされた。
俺の畑は魔法で促成栽培ばかりしているので今は作物がないのだが、ドワーフたちに貸し出している土地は普通に育てている。
荒らされたのは、そのドワーフの畑だ。
初めての収穫を目前に控え、何度かの台風も乗り越えた作物たち。頑張って育てていたドワーフたちの嘆きは、俺ももらい泣きしそうになるほど深いものだった。
なにしろ畑からは根こそぎ野菜が盗まれていたのだから、ガックリくるに決まっている。
そして、その窃盗犯だが……畑に残されていた痕跡から、道具の類は使わず素手で掘り返したようだ。
しかしここは農地で、ドワーフは農具を使うし俺は魔法を使う。
エルフは自分たちの拠点で畑を持っているからドワーフの畑には入り込まないし、農具も自前で持っている。
となると……自然、犯人は獣人族に絞られてくるのだ。
獣人族は、今のところ大手を振ってセーフティエリアに入ってくることはない。が、出入りは自由だし、壁で区切られてはいてもどこに何があるかは簡単に確認することが出来る。
なにしろ壁の内側には階段がついていて、巡回や歩哨のドールたちが壁の上を歩いている様子が見えるから、誰でも壁の上に登って辺りを見渡そうと考えつくのだ。
事実、幼いドワーフやエルフは、遊びの一環で意味もなく壁に登ったり壁の上を駆け回ったりもしている。本人たちにしてみれば、ちょっとしたアスレチック気分なのかもしれない。
さておき、偵察はいつでも誰でもできるし、人がいない時間帯もすぐに割り出せるだろう。
まあ、普通に夜中は誰もいないが。今回の犯行も夜中に行われた様だし。
そして『犯人は現場に戻る』の刑事ドラマにおける経験則が事実だったのか、嘆くドワーフとなだめる俺をニヤニヤした顔で眺める三人の獣人族がいる。
共犯者なのか、他にも冒険者ギルドに入っていった獣人が三人。
自分たちが優位に立っているとあからさまに態度に出ていることから、まだ何かをするつもりだろう。
そう考えていると、ギルドから女性の悲鳴が聞こえてきた。
俺は即座にギルドに向かった。今の俺なら第三防壁からでも数秒でたどり着ける。
「!」
俺がギルドの入り口に到着したところで、中から受付嬢を引きずりながら三人の獣人が出てきた。
「よお、クソ野郎! お前、俺達に嘘をついただろう?」
「何の話だ?」
獣人の一人は獰猛な笑みを浮かべながら、よく分からないことをいう。
「人族がお前以外にもいんじゃねえか! ここによお!」
受付嬢の首に腕を回して押さえつけ、獣人の男が吠える。
……ああ、なるほど。そういうことか。
「彼女たちは人族じゃないぞ。精霊みたいな存在だ」
「は?」
俺は単純に事実を話した。
彼女たち冒険者ギルドの職員は、セーフティエリア開放とともに発生し、エリアのレベルが上がることで徐々に姿と実態を得て行ったことを、だ。
「だから、お前たちの言ってることは的はずれな言いがかりだ」
「……だったらなんだ! 大体てめえの言う事なんぞ信じられるか! どう見てもこいつらは人族じゃねえか!」
まあ、そうなるわなあ。
文句を言いたいヤツに事実を教えても、納得するわけがない。
「まあ、自分の信じたいものだけを信じてりゃいいさ。でも彼女を巻き込むな。俺に文句を言いたいのなら、俺だけを狙え」
「う、うるせえ! 人族なんざ、クズしかいねえんだ! どんだけ殺したって良い存在なんだよ!」
俺の言葉に少しだけ罪悪感が芽生えたか、獣人たちはうろたえた様子を見せる。
しかし、それを認めたくないからか、奴らは武器を抜いてしまった。
いつの間にか六人の獣人が俺を取り囲むように立ち、ナイフや剣を構えている。
「抜いたな」
「ぬ、抜いたがどうした!」
どんなことにも許されるボーダーラインという物がある。
この魔物が跋扈する世界で、絶対にやってはならないこと――それは同胞に刃を向けることだ。
「抜いたということは、殺される覚悟もあるってことだな?」
「な……」
同胞に刃を向けるということは、魔物と同じ立ち位置に堕ちるということ。もちろん身を守るために武器は必要だが、仲間を脅すために使うなどあってはならない。
少なくとも俺は、そういった行動を取る者は敵と判断する。
そして――。
「俺は、敵を殺すことに躊躇はしない」
怒りを込め、俺は決然と言い放った。
それは獣人たちにも伝わったらしく、怯えたような表情を浮かべた。
だが――。
「うるせええ! 人族は黙って殺されろ!!」
受付嬢を捉えている男が激発し、逆手に持ったナイフを振り上げた。
俺は即座に踏み込み、ナイフの刃を握りつぶした。
「は?」
驚いている獣人が受付嬢を押さえている左腕をひねり上げ、背後に回り込むと、肩関節を極めたままそれなりの力で投げ捨てた。
当然、肩が外れ、ゴキリという嫌な音が響く。
「うがああ!!」
「て、てめえ!」
仲間の悲鳴に他の獣人も動き出すが、攻撃を許す気はない。
「ピット」
「うわっ!?」
一気に五人の足元に深さ五十センチほどの穴を開け、バランスを崩させる。そして全員の武器を腕ごとへし折り、無力化した。
後には獣人たちの悲鳴と、痛みに呻く声だけが残った。
まったく……ずれた正義感で怨恨を晴らしつつ嗜虐心を満たそうとは、見下げ果てた連中だ。
俺は六人のバカ獣人を拠点の外に投げ捨て、以後、獣人がセーフティエリアに立ち入れない設定に変更した。
これで彼らは困窮するだろうが、俺の知ったことではない。
愚かな行動には、相応の報いがあるべきなのだ。




