エルフたちの救助完了! 交流はどうかなあ……
ストーンウォールの魔法を細かく使い、俺は即興で台車を作ったのだが……細いパーツは荷重がかかると簡単に折れてしまったので、アイアンウォールで作りなおすことに。
魔力消費が数倍は多いし細かい形を作るのはかなり大変だったが、なんとかかんとか台車を完成させた。
エルフの要救助者たちは負担がかかりすぎないように個別の椅子を設置した台車に乗せ、蟻蜜の山は通路を通るギリギリのサイズのでかい荷車に積み込む。
それらを連結して俺が引っ張るのだ。
普通ならどう考えても無理だが、レベル60超とフィジカルブースト・ストレングスの効果でスイスイ……とまでは言わないが引ける。スゴイぜファンタジー。
で、いざ坂道を登ろうと気合を入れていると、シロに止められた。
何事かと確認すると、最奥の部屋の先に下り坂があり、そのさらに先には――なんと転移装置があったのだ。
つまりアリの巣は第五階層に相当するフロアだったということになる。
ともあれ、転移装置がそばにあるなら、わざわざ坂道を引っ張っていく必要もない。
ということで、俺達はそこから転移し、『深緑の迷宮』入り口へと戻った。
そこからエルフの里までのルートは分かっているし、魔物も大したものは出ないから、すぐにたどり着けるだろう。
ちなみに入り口側の転移装置は木に紛れていた。
知らないとスルーしちゃうよこれ……。
◇
最短ルートを通って台車を転がすこと三十分ほど、俺達はエルフの里に到着した。
里を発ったときとは逆から返ってきた(しかもバカでかい台車を引いてる)俺たちに、里のエルフたちは一時騒然となったが、アリにさらわれた者たちが無事に戻ったことで落ち着きを取り戻した。
「おお、リリウム! よくぞ無事で……!」
助けたエルフの一人を抱きしめ、里長・フラヴォは涙を流している。……娘さんかな?
それ以外の人は、エルフたちが手分けして台車から運び出してゆく。おそらく、病院みたいな場所があるのだろう。
例によって俺たちの存在はスルーされているが、まあ、緊急時だから仕方あるまい。
全員運び終わったら、今回得たドロップアイテムをどうするかだけ聞いて、さっさと拠点に戻ろう。
◇
待てど暮らせど誰も戻ってこないので、俺たちは門の外でドロップアイテムの仕分けをしていた。
ほぼ甲殻と魔石ばかりとはいえ、たまに複数出るため数そのものは軽く二千個を超えている。
まあ、ここで倒したアリから出たドロップアイテムは放置していたから、千個くらいはこの場で拾い集めたんだけど。
いくらレベルが上って所持品欄も多くなっているといっても、一人頭五百個ほどしか持てないからねえ。
「さて、俺らが倒した物は俺らで持っていくとして……あとは台車に突っ込んで置いとくか」
結局、最後まで誰も来なかったので、俺はそのまま置いて帰ることにした。
どの道、攻略するのだから来ざるを得ないし、また来た時にまともな対応をしてくれる人がいれば話をすればいい。
まーホント、せっかく救助してきても感謝すらされないのには脱力するわ。
◇
深緑の迷宮を後にした俺達は、まだ氾濫の可能性が残っているということをドワーフの集落に伝えて警戒を促し、他の種族とは仲良くしたくないっぽいエルフの事も伝えておいた。
ドワーフと人間では反応が違うかもしれないが、面倒事に発展しそうな芽は潰しておくに限る。
あとは数日中に俺達が深緑の迷宮を踏破してしまえば、無理にエルフに関わる必要もなくなるだろう。
あ、蟻蜜はドワーフにもお裾分けしておいた。
甘いものはめったに食べられないから嬉しいと言ってくれた。いやー、普通に感謝されるのっていいね!
◇
拠点に戻りギルドに足を運ぶ。
山程あるドロップアイテムを売りさばくのだ。ついでに、何か新しい物が売り出されればいいなーと期待したり。
そしたら、かなりの物が売り出された。
それは『上級回復薬』と『万能薬』。
上級はともかく万能薬ってすごくない!? と思ったんだが、実際のところは色んな状態異常を治せるけど効果はそんなに高くないらしい。
何にしても従来の解毒薬と併用すればそこそこ効果が出るって話だから、今後は常に携帯しておくとしよう。
誰に聞いたって? ヘルプさんだよ!
◇
翌朝早く俺達は拠点を出発し、深緑の迷宮へとやってきた。
ひとまずエルフの里の様子を見ておこう、とそっちへ向かったのだが……見張りに立っている男たちに声をかけたら、無視された。
まあ、そういう方針なんだろうから仕方ない。
ということで「万能薬と解毒薬置いとくから良かったら使ってね」とだけ言って退散した。
それにしても、なんだか根深いものがありそうだなあ。
少なくとも、単に好き嫌いってだけの話ではなさそうだ。
◇
一度入り口に戻ってから第六階層へ。
ここもアリの巣と同じで洞窟だ。
しかし少々雰囲気は違う気がする。というのも、地下なのに草のような青臭い匂いがするのだ。
そして少し進むと、その原因が判明した。
洞窟の地面に短い草が生え、壁や天井には蔓草や苔が大量に貼り付いている。
それも奥に行くに従って、どんどん生い茂ってゆく。
さらに歩いていると、今度は花が咲いている場所が現れ始めた。
魔物の魔力も感じないし、のどかな雰囲気に気が抜けそうになる。
だが、ここはダンジョンだ。出てくるものは敵だけだし、これまでは無かったが罠だってあるかもしれない。
いや、罠っぽい巨人はいっぱいいたけども。それ以外の罠っぽい魔物も……ああ、蔓草とかいかにもって感じだよな。気をつけよ。
◇
何も出てこないなあ……なんでだろう。
かれこれ二時間はうろついていて、マップもかなり埋まっているのだが、いまだに魔物の一匹も現れない。
うーむ……氾濫寸前だった感じだし、何かダンジョン内で魔物自体に異変があったってことかな?
「ここが終点か……」
いよいよ行ける道すべてを踏破し、最後の大部屋に到達した。
そこは見事な花畑で、淡く光る苔に照らされた花々は、どこか現実離れした雰囲気を醸し出している。ダンジョンでなければゆっくりしたいくらいの絶景だ。
問題は先に進む道が見当たらないことだが……。
「クゥ」
「クゥ~」
頭を捻っていると、シロとクロに呼ばれた。
彼らが「クゥ」という声で鳴いているということは、完全に危険がないということか。
「お、穴か」
広間の一番奥、花々と蔓草に覆い隠されるようにして、壁の一番下に小さな横穴が空いていた。せいぜい直径五十センチというところで、四つん這いにならないと通れそうにない。
「小さな魔物が通るのか? というか、もしかしてここから先が第七層なのか?」
地上の森もそうだったが、フロアの区切りがひどく分かりづらい構造をしている。
マップ上では第一から第四階層までが一まとまりだし、第五階層は上下左右に立体的にいくつも分岐と通路が存在しているけど、一つのフロアとしてちゃんと表示されているし……。
まあ、ダンジョンの構造が変でもやることは変わらないし、考えるだけ無駄か。
さっさと進んでしまおう。
◇
結果的には第七階層と思しき場所も、第六階層と一まとまりに表示されるフロアだった。
ただ、ちゃんと魔物は出てくるようになり、ただ歩くだけという状態ではなくなっている。
で、その魔物だが……フェアリーだ。
体長三十センチほどの、蝶のような羽の生えた小人。まさにおとぎ話に出てくる妖精そのものの姿をしている。
もう一種は、木の魔物トレント。
このトレントがこちらの足止めをし、フェアリーが大量に湧いてきて魔法を連射してくる。
トレントは例によって動くまで魔力が感知できないタイプで、フェアリーもどこからともなく現れるので、中々に面倒だ。
どっちも耐久力そのものは低いので簡単に倒せるのだが……フェアリーは姿が半透明になると物理攻撃が効かなくなる。
シロのケリが貫通したしたときは、ちょっと驚いた。
だがまあ、今の俺達なら弱い魔法でも倒せる程度の相手だから、あっさり片付けて先を急ぐ。
ちなみにドロップアイテムは、フェアリーが『妖精の粉』か『妖精の蜜』、トレントが『樹魔の幹』要は丸太だ。
……しかし、このドロップで前のフロアに妖精がいなかった理由が分かった気がする。
多分、増えたアリに狩りつくされたんだ。そしてそれが蟻蜜に変わったのだろう。
氾濫直前まで魔物が増えると、こんな事もあるんだなあ。もしかしたら地上のフロアも、アリのせいで他の魔物がいなかったのかも。
それにしても、このフロアは短い通路のあとに広間があるという構造が繰り返されていて、実にわかりやすい。
通路では妖精がまれに現れるくらいでほとんど戦闘にならないが、広間では確実に戦闘になるのが面倒だが。
まあ、こんな事を考えていられるのは、妖魔の迷宮と同じで適正レベルを遥かに超えてるからなんだろうなあ。
◇
その後、第八階層と思しきフロアでは、フェアリーの上位種・フェアリープリンセスとトレントの上位種・エルダートレントが現れた。
が、まあ、手間はあんまり変わらなかったな……。
そして第九階層と思しきフロアではピクシープリンセスとエルダーマンイーターという魔物が現れた。
おそらく、本来は第六階層でピクシーとマンイーターが出ていたんだろう。
ドロップアイテムはフェアリープリンセスが『妖精結晶』、エルダートレントが『老樹魔の幹』、ピクシープリンセスが『妖精の羽』、エルダーマンイーターが『甘露の種』、それから妖精系統は『妖精の粉』と『妖精の蜜』も出すことがあった。
どれも何に使えるのかわからない物ばかりだが、『甘露の種』は名前からして甘い植物が生えそうだから、ちょっと期待している。
「おっと、ここが一番奥か」
そうこうしている内にマップが埋まり、第九階層も踏破したようだ。
目の前には今までと違って大きな穴が口を開け、ずっと下へと続く坂道が見える。第五階層以来の、わかりやすい階層の切り替わり方だな。
取り立てて消耗もしていないし、油断しないように気を引き締めて突っ込みますかね!
◇
勢い込んで第十階層へ降りた俺たちを待っていたのは、巨大な地下の森だった。
地下なのに大きな樹木が何百と生え、その全てに色とりどりの花が咲き誇っている。地面に生える草花も、輝かんばかりの生命力に溢れていた。
「静かだな……」
植物はあっても生き物の気配はない。まあ、ダンジョンなんだから普通の生き物はいないんだろうけど。
さておき、巨人の迷宮と同じパターンで、突然どこかからボスが現れるのかな?
警戒しつつ森の奥へと進みながら、俺はそんな事を考えていた。
そしてドーム状になった地下のほぼ中央に来た頃、俺達の目の前に開けた空間が現れた。
前例からすると、ここでボスが出てきそうだ。
「人の子よ、何をしに来た」
思った通りの展開だな。
広場の中央に、ゆらりと人影が現れる。それは巨大な蝶の羽を持ち、金色の長い髪をなびかせた女性――。
『ティターニアが現れた!』
――妖精の女王だった。
「このダンジョンをクリアしに」
「この妾を、殺しに来たか」
言いにくいことを……。
「まあ、そうなるね。そうしないと魔物が氾濫しちゃうから」
「それが、この穴蔵の理というわけか……まったく、何者か知らぬが、我らを良いように使ってくれおって……」
俺の答えに、ティターニアは苦虫を噛み潰したような顔になる。そして、おそらくは『管理者』に対する恨み言を呟いた。
「妖精郷で平和に暮らしていた我らを穴蔵に押し込め、民を魔物に貶めたモノを妾は決して許さぬ……そなたには八つ当たりに付き合ってもらうぞ」
中々衝撃的な内容だったが……この状況では是非もない。
「……分かった、全力で相手をするよ。シロ、クロ、手は出さないでくれ」
俺はそう言うと、一人、広場の中央に近づいた。
――さて、かなり嫌な戦いだが、なるべく苦しめずに倒さねば。
◇
結果から言うと、決着はあっさり着いた。
全力で魔法攻撃を仕掛けてくるティターニアに対し、俺は防壁魔法各種を使い対抗。フィジカルブーストで身体能力を強化し、ファイアウェポンで武器に属性を付与して斬撃を叩き込んだ。
妖精女王は当然、妖精と同じように半透明になって避けようとしたが、ヒヒイロカネの剣鉈に付与された属性の力は透過できず、その体を袈裟に切り裂かれた。
たった、それだけの攻防で終わりだ。
『ティターニアを倒した!』
システムアナウンスが流れ、妖精女王が消えてゆく。
彼女が消えてしばらく、俺はそこから動くことが出来なかった。
地面には涙滴型の――まるでティターニアの涙のような――大きな宝石が残されている。
――魔物たちも被害者なのか?
「なあ、ヘルプさん。ティターニアやラーヴァジャイアントは、どこかからさらわれてきたのか?」
答えは得られないだろうと思いつつ、俺は聞かずにはいられなかった。
そして返ってきたのは、沈黙だ。
「じゃあ質問を変えるか。……ダンジョンの魔物は『本物』なのか?」
これは、クリアしたあと現れるボスが自意識を持っていないように思えたことに端を発したものだ。
初回は話し、怒り、憤り、そして嘆いていたラーヴァジャイアント。彼は二度目にはただの魔物となっていた。
そのとき俺は「コピーされたからこうなったのか?」と考えた。
そして、クリアした後は一定の数から増えなくなるという魔物。
この二つのことから、ダンジョンというのは魔物も含めて一つの装置みたいなものなのではないか、とも思う。
――だったら、最初に存在するモノたちはどうなんだ?
『データから複製されたものです』
ヘルプさんの答えに、俺は安堵の息を吐いた。
「そっか……」
ラーヴァジャイアントとティターニア、彼らの感情は本物だったと思う。自分は自分だと思っている当人としては、舞台装置のように使われるのは溜まったものではないだろう。
それでも本物ではなかったというのは、俺の罪悪感を多少なり弱めてくれる材料だった。
◇
森の奥へ進んだ俺達は、いつも通り最後の部屋でクリアボーナスを得た。
今回のボーナスアイテムは『マップ』『地の魔導書』『水の魔導書』の三つだった。
俺は今回もマップを選び、スキルレベルが3になった。
シロは水、クロは地の魔導書を選んだらしい。何か考えがあるのかな?
そうそう、ティターニアのドロップは『妖精女王の涙』だった。
皮肉すぎるだろ。




