アリ地獄(アリを食べる方じゃなくて)
『ジャイアントアントが現れた!』
『ポーンアントが現れた!』
『ジャイアントアントが現れた!』
『ポーンアントが現れた!』
『ジャイアントアントが現れた!』
『ポーンアントが現れた!』
『ジャイアントアントが現れた!』
『ポーンアントが現れた!』
「あーもー、どんだけ出てくんだよ!」
森のダンジョン『深緑の迷宮』に入ってしばらく、俺達は文字通り山ほどのアリに次々と襲いかかられていた。
最初は数体で現れるのだが、それを倒すとわんさか増援が湧いてくるのだ。
幸いと言っていいかどうかわからないが、単体の強さはさほどでもないので、手間がかかるだけで怪我をすることもないのだが……まあ、時間がかかる。
「もう、ずっと水で押し流しながら進んで、適当なところで殲滅するか……」
そういうことになった。
◇
さながら高圧洗浄機で側溝の掃除でもしているような状態で、アリを押し流しては凍らせてシロとクロが蹴り砕いて……という作業を繰り返すこと一時間ほど、急に出現する魔物が変化した。
なんでかなーと考えたのだが、おそらくは第二階層に相当するエリアに入った、ということだろう。
そもそも森にフロアも何もあったものじゃないのだから、一定の面積か距離かで階層が区切られていても不思議はない、と思う。
で、魔物だが……。
『ルークアントが現れた!』
『ナイトアントが現れた!』
『ルークアントが現れた!』
『ナイトアントが現れた!』
『ルークアントが現れた!』
『ナイトアントが現れた!』
『ルークアントが現れた!』
『ナイトアントが現れた!』
「はいはい、チェスシリーズってことね」
ご覧のようにアリだ。
ちなみにジャイアントアントはでかい黒アリ。ポーンアントはでかくて灰色っぽいアリ。ルークアントは体長一メートルほどでがっしりした茶色っぽいアリ。ナイトアントは体長八十センチほどで青っぽいアリだ。
あと出てきそうなのはビショップ、クイーン、キングか。
まあ、魔物のことだから、それ以外もいるかも知れないけど。
あ、ドロップアイテムはどれも魔石と甲殻です。何かに使えるのかなー?
◇
第二階層をうろつくこと二時間ほど、また魔物が変化した。どうやら第三階層に到達したようだ。
出てきたのは予想通り、ビショップアント。そして予想外のジェネラルアントだった。
ビショップは紫、ジェネラルは赤っぽい色で、どちらもかなり凶暴だったが、俺達にとっては大した相手ではない。
ここまでの感じでは、妖魔の迷宮に近い(若干高い)難易度のようだ。これなら、今日中に第六階層まで到達できるだろう。
「ん?」
そんな事を考えながら歩を進めていると、剣戟の音が聞こえてきた。しかもそれだけではなく、恐ろしい数のアリが集まっているのも『魔力探知』で感じられる。
「俺以外に誰かが潜っていたのか?」
疑問が湧くが、今は考えている場合ではない。
俺たちは場合によっては手助けするため、森の中を駆け出した。
◇
二度ほど曲がり角を曲がった先、今までにない大きな空間が広がっているそこに、多くの人と数百体のアリがひしめきあっていた。
マップで確認すると、人の方も数百はいる。……ドワーフと同じパターンかも。
「シロ、クロ、とりあえず助けるぞ!」
「キュッ!」
「キュ~!」
俺はウサギたちに声をかけ、アリの軍勢の中に文字通り飛び込んだ。身体強化して全力で跳躍したのだ。
今の俺なら走り幅跳びで三十メートルは跳べるし、その時、高さ三メートルくらいまで上昇している。だから上から確認しつつ、魔法を放つ余裕があるのだ。
「ウォーターストリーム! ……とストーンウォール!」
木で作られた柵の手前に群がっているアリを狙い、俺は全力で水流を放った。もちろん、柵から引き剥がすようにだ。
そうして出来た隙間に石の壁を立て、アリが木の柵に攻撃できなくする。
着地点にいるアリを、当たるを幸いとアダマンタイトの棍棒でなぎ倒し、再び全力で跳躍。石壁の上に着地する。
そこからは、木の柵沿いにウォータストリームでアリを押し流してはストーンウォールで石の壁を立てるという行動の繰り返しだ。
この集落と思しき場所は、大広間の北と東にくっついた形で作られているので、西と南を石壁で覆ってしまえば防衛は格段に楽になるだろう。
今の俺なら、総延長一キロくらいはどうにか立てられる。それに大量の魔石もあるから、魔力の心配をする必要もなかった。
ということで五分ほどで石の壁を完全に立て終え、アリの殲滅に移る。
「フリーズ!」
とはいえ、後はここまでの道中と同じ作業だ。俺が冷やしたり凍らせたりしたところを、シロとクロが蹴り砕くだけ。実に簡単なお仕事である。
だが、一部のアリは少々強いようだ。
それは金色と銀色の巨大アリ。特に銀色の方は一際大きく、全長三メートルほどはありそうだ。
昆虫の生態からするとこれがクイーンで、金色のほうがキングといったところか。
とはいえ――。
「キュキュッ!」
「キュキュ~!」
シロクロコンビの必殺キックの前には、ただの的であった。
ドゴォン! という破壊音とともに、金銀の甲殻が砕け散る。
『サドンクエストをクリアした!』
お、どうやら終わったようです。
◇
「怪我人はこっちに!」
「無事な者はさらわれた者たちを助けに行け!」
クエストが終わって一安心……と思いきや、何やらまだやることがある模様。
とはいえ大怪我を追っている者も多くいるようで、思ったようには動けないらしい。
「中級と低級ですけど回復薬があるから、良かったらどうぞ」
とりあえず手持ちの回復薬を放出する。シロとクロも俺にならって三十本ほどの回復薬を出した。
しかし誰も受け取ろうとしない、というかあからさまに警戒されてる。
うーむ……初対面の人間を信用できないのは理解できるが、一応助けたのだから、ある程度は態度が軟化していても良さそうなものだが……。
まあ、そういう種族だということなら仕方あるまい。
そう、彼らは人間ではないし、ドワーフでもない。
――エルフだ。耳が長い。
ファンタジー物では排他的だったり居丈高だったりする事も多い種族だし、この世界に現れたエルフたちも他の種族が嫌いだったりするのかもしれないな。
ま、それならそれで、関わらないようにするだけだ。
「帰ろっか」
シロクロコンビと顔を見合わせ、退散することにした。
歓迎されていない場所に、いつまでもいる趣味はないしね。
「待ってくれ!」
さっさと家に帰って風呂入ろう、とか考えつつ踵を返した俺たちを引き止める声が上がった。
振り返ると、そこには金髪をオールバックにした壮年の男性が立っていた。
「何か?」
さすがの俺も塩対応である。
「里の者が失礼した。それと援護に感謝する」
ふむ、どうやら立場ある人のようだ。
身につけた装備も、他のエルフより一段品質が高そうに思える。
見た感じ、防具は皮と甲殻で出来てるっぽい。アリの甲殻かな?
「私はこのテネブリス・ヴィリディ氏族の長で、フラヴォという。それで呼び止めた理由だが……力を貸してもらいたい」
「長!」
「人間などに――」
長ってことは一番上か。
彼は何か依頼があるようだが、他のエルフたちは口々に異論を唱える。やはり人間が嫌いなようだ。
「あー、悪いけど、俺も不快な思いをしてまで何か手伝おうとは思わない。人の命がかかってるんでもなければね。石壁も撤去しておくよ」
俺が一気にそういうと、不快げな顔、不満げな顔、疑問げな顔がいくつも並んだ。
不満なのは石壁を撤去することだろうな。ま、恩を仇で返されたら、徹底して利益を残したくない気持ちになるのは仕方ないよね。
「本当に済まないが待ってほしい。人の命がかかっているのだ」
ざわつくエルフたちを黙らせ、長がそう告げる。
人の命ねえ……その割には悠長な態度だが。
「話は聞こう」
「感謝する。実は里の者が数名、アリどもにさらわれたのだ」
アリの軍勢が突如攻めてきた当初、里の外に出ていた者たちがいて、彼らは一番最初に防衛を始めたそうだ。そして仲間が援護に来る前に多勢に無勢で押し切られ、紫のアリの吐いた体液で麻痺させられた上でさらわれたという。
紫ってことはビショップか。そんな能力があったんだな……何も考えずに片付けるのも良し悪しだなあ。
しかしさらったってことは、食料にするためか。ここに攻めてきたのも、増えすぎたアリの餌を確保するためか、あるいはこれから生まれるアリのためか……どちらにせよ、さらわれた人の末路は死だ。
「……わかった、探してこよう。ルートの情報は?」
「残念ながら無い……」
本当に人命がかかっていると言うなら是非もない。どっちみち、このダンジョンは踏破しなきゃいけないからな。
しかし情報なしでは、完全に手探りになるな……まあ、やるしかあるまい。
「そうか、じゃあ行ってくる」
「よろしく頼む。こちらでも捜索隊を出すが……同行するのは無理だろう」
俺は長の言葉に頷き、さっさと里から飛び出した。
あとは早く正解ルートをひくことと、さらわれた人たちが食べられていないことを祈るだけだ。
◇
なぜか魔物が一匹も出なくなった第三階層と思しき領域を一時間ほどでくまなく踏破し、俺たちは第四階層へとつながる穴を発見した。
……というか完全に蟻の巣だよなこれ。
一番体のでかいアリも余裕で出入りできるサイズだから、人間が立って歩くこともできそうだ。とはいえ、妖魔の迷宮よりも面倒くさい構造だろうことは想像に難くない。
これは、かなり時間がかかることも覚悟しないといけないな……。
「まあ、考えててもしゃーない。行こう」
ということで俺は穴に飛び込んだ。というか滑り落ちた。
すげえ急角度な坂なんだけど!
「うおっとー!」
しばらく滑り落ちて、角度が緩やかになったところでブレーキをかけて立ち止まった。まだまだ先に道は続いているが、その途中にいくつも分岐があるからだ。
こりゃあ、思ったとおり面倒そうだ……。
◇
マップをフル活用しつつ移動すること二時間、俺たちはアリの巣の最深部と思しき場所にたどり着いていた。
というか他の分岐は全て小部屋で大量のアリがいた上に行き止まりだったので、後はここしか残っていない。
そして『魔力探知』に大量の反応があり、マップには人――さらわれたエルフだろう――の表示もある。
あとは彼らを助け出すだけだが……アリがそれを黙って見逃すわけもない。となれば殲滅する必要があるだろう。
「さっさと片付けるぞ」
「キュ」
「キュ~」
幸い要救助者は一塊になっているから、隔離することは可能だろう。
ということで突貫だ!
「……ストーンウォール!」
通路から室内に全力で駆け込んだ俺は、即座に石壁の魔法を発動する。一気に伸びる石の壁は、エルフたちを守るように周囲を覆った。パッと見は円錐になっている。頂点は空気穴になってるから大丈夫、のはず。
後は室内のアリどもを片付けるだけ――と思いきや、この大広間には兵隊の待機場所へとつながる通路があったようだ。
入り口から見て両脇にある穴からウジャウジャと各種アントが現れる。それも金色のアリ――キングに率いられた部隊がわんさかだ。
王様なのにいっぱいいるのかよ! と突っ込みたいところだが、単にそういう種類なんだと言われてしまえば、そうだよねーとしか言いようがない。
ともあれ、少々大規模に魔法を使う必要があるだろう。
「アイスストリーム!」
大物も同時に動きを止めるべく、俺は氷水の魔法を四つ同時に発動した。
一つでもそこそこ大きい水流が、四つ合流してさながら鉄砲水の如き急流となる。小柄なモノは押し流されて溺れ、大柄なモノは踏みとどまっても冷気で動きが鈍くなる。
そして、そこでシロとクロが指揮官を狙って突貫するのだ。
彼らが飛び出した時点ではまだ水流は残っているのだが、大物を倒すついでに踏み台にして次の大物に飛びかかり……という行動を繰り返して、次々にキングアントとルークアントを片付けてゆく。
これは思ったより簡単に終わるか……と思ったのがフラグだったか、部屋の奥――そのさらに先から甲高い鳴き声が響いてきた。
――ドゴオオン!
「キシィイイイイ!」
声の主は、奥の壁を突き破って大広間に踊り込んできた。
その巨体はクイーンすら凌駕する五メートル超え。言ってみれば真の女王といった風情だ。
『ジャイアントクイーンアントが現れた!』
おう、そのまんまだな。
しかし、わざわざ登場してくれたのに悪いが、もうウサギたちは必殺キックの態勢に入っている。
「キュキューッ!」
「キュキュ~!」
――ドゴォオオン!
そして巨大女王アリが現れた時に倍する破壊音を轟かせ、二匹のケリが炸裂、あっさりとジャイアントクイーンアントの頭を砕いた。
さて、さっさと残りを片付けて、救助の続きと行きますかね。
◇
しばらく後、五百体ほどのアリを全て倒し、ささっとドロップアイテムを集めた俺達は、石壁で隔離していたエルフたちを外に出し、解毒薬を飲ませた。
低級だったためか、系統の違う毒だったのか、あるいは時間が経ちすぎていたからか、五人のエルフは体が痺れたままで喋れないし歩けない。顔色は多少良くなってるけど。
どうにかして連れ帰らねばならないんだが、ステータスが上がってても手の長さも本数も変わってないから最大三人しか運べないんだよなあ……。
ウサギたちじゃ身長の問題で引きずっちゃうし、かといって二人を置いていくわけにもいかない。
「うーむ……どうしたものか」
何か台車みたいなものを作って乗せるか?
「キュ~」
「ん? どうしたクロ」
俺が悩んでいると、クロがジャイアントクイーンアントが現れた部屋から手招きしている。何かあったのだろうか。
「おおっ!?」
部屋に入ってみると、金色の液体が詰まった透明の玉が大量に転がっていた。バスケットボールくらいの大きさだ。
一つ所持品欄に入れてみたところ――。
【蟻蜜
・働きアリが集めた妖精の蜜。とても甘い。食用。滋養強壮に○】
と出た。
生まれたばかりのアリを育てるための餌ってところか。ここではおそらく、アリの卵のドロップアイテムなのだろう。
それが数百個あるのだからウハウハだ。とはいえ、今はもう所持品欄に余裕がない……。
やっぱ石壁をアレンジして台車作るか!




