春、それは魔物の季節
冬の間は特にこれと言ってトラブルもなく、穏やかに過ぎた。
ちょっとだけ積もっていた雪もすっかり溶け、徐々に空気が温む頃……一斉に魔物たちが動き始めた。
昨年晩夏と同じ魔物たちがあちこちで動き、鳴き声を上げるのが聞こえる。
「子連れが多いのかな……」
城壁の上に座り、俺は周囲の状況を『魔力探知』で探っている。
今やスキルレベルが上がったこともあって、直径一キロくらいの範囲は大雑把に探知できる様になっていた。俺も成長したもんだ。
感覚的には大小複数の魔力が動いているように思われる。
果たして間引いたほうが良いのかどうか……。
「今年は、しばらく様子を見てみるか」
それで数が増えすぎるようなら、来年は少し間引くことにすればいいだろう。
今現在は氾濫であふれた中で生き残り、なおかつ冬を越えられた個体とその仲間くらいしか増えてはいないはずだ。
巨人の迷宮に生息している魔物からすると、せいぜいゴブリンかオークくらいだろう。
こいつらはファンタジー物では繁殖力が高いという設定が多いが、ここでも同じかは分からない。
ともあれ、いざという時に備えておこう、という結論になるのだ。
◇
畑を耕したり、近場の薬草・香草類を採取したり、たまに巨人の迷宮に塩やマナ苔を採取に行ったりしながら一月ほど経過した。
野山の若草もどんどん伸び、だんだんと風景が青くなってきている。
成長するのは魔物も同じで、小さかった魔力反応は大きくなり、まとまった数が行動していることも多くなった。
おそらく子供が大きくなったのだろう。
中でもキラービーは数を増していて、群れで野生動物や他の魔物を狩っている場面に出くわすこともある。当然、そういう状況では俺たちも襲われるのだが、もうハチの針程度では傷も負わなくなっているので簡単に返り討ちだ。
ということで、今のところ拠点周辺の魔物たちが驚異になるほどの変化は見受けられない。
あ、でもキラービーの巣は直径五メートルくらいあって、何百というハチが出たり入ったりしていたので滅茶苦茶ビビったよ。
思わず、アイスウォールでぴっちり包んで窒息させてしまった。
まあ、そのおかげで大量の蜂蜜と蜜蝋が手に入ったから良しとする。
まるっと売店で売ったので、酒場でホットケーキとかが食べられるようになったしね。
あとは、どこかで砂糖が手に入れば良いんだがなあ……。
「ん?」
山の状況を確認しながら歩いていると、『魔力探知』の範囲に高速で移動する大きな魔力が北西から入ってきた。
そちらを確認すると他の山頂が見え……その上空を何かが飛んできている。
「うへえ……飛竜か」
それも二匹いる。
餌でも取りに来たのだろうか……。
『ワイバーンが現れた!』
しかも俺たちを狙ってるのかよ!
とにかく捕まらないように気をつけないと、空に連れて行かれたら終わりだ。
「アイアンウォール!」
後ろ足を構えて突っ込んでくる飛竜を阻むべく、俺は鉄の壁を発生させる。もちろん、シロクロコンビも守るようにだ。
――ガァン!
急降下していたワイバーンは、二匹ともその勢いのままに鉄壁に音を立てて激突した。
五十センチほどの厚みがあるため、多少の傷はついただろうが破られる様子はない。
「翼を狙うぞ!」
ウサギたちにそう指示を出し、俺もヒヒイロカネの剣鉈を手に壁の向こうに回り込む。
飛竜たちは壁にぶつかったせいで爪が折れたり、壁に突き刺さって抜けなくなったりしているらしく、ジタバタしていた。これは好都合だ。
「キュッ!」
「キュ~!」
シロとクロは片方のワイバーンに左右から襲いかかり、標的を絞らせないように立ち回っている。
「アイスウォール!」
一方、俺は魔法を使い、更に動きを阻害する。爬虫類だから寒いのは苦手だろうという考えだ。
全長十メートル、胴体のみで五メートルほどの体躯を誇る飛竜だが、氷は胴体をぐるりと覆っていて、露出した翼はいかにも狙いやすそうだ。
「ギシャアア!」
ということで片翼をあっさりと切断し、今度は尻尾を狙う。長くしなやかなそれは、危険な武器でもあるだろうからだ。
事実、現状では自由に動くほぼ唯一の部位だとワイバーン自身も理解しているらしく、激しく尾を振って俺を退けようとしている。
しかしレベルが60を越えた俺にとっては、さほど早いとも感じられない攻撃だ。
実際、タイミングを合わせて剣鉈を振れば、あっさりと尻尾が両断され宙を舞った。
これでもう大した抵抗はできないだろう。
ウサギたちの方も両翼をへし折ったようで、問題なく倒せそうだ。
「ん?」
無意味に苦しめるのも気分が良くないから、さっさととどめを刺そう――そう思ったところで新たな魔力反応が現れた。
それは一際巨大なワイバーン。どうも怒り狂っているように感じられる。
……もしかして親?
育った子どもたちに自由に狩りをさせていたら、返り討ちにあったから助けに来たか?
「シャアア!」
真相はさておき、襲ってくるのだから倒さざるを得ない。
「上手くいくか試してみるか……フィジカルブースト・ストレングス!」
俺は溶岩巨人戦でシロのやったことを真似し、身体強化をパワーにのみ集中することをイメージした魔法を発動する。
そしてそれは上手くいったらしく、力が溢れてくるように感じる。
「そんでもって……こいつだ!」
次にやったのは所持品欄から炎の剣を取り出すこと。それも急降下してくる大型ワイバーンの目の前にだ。
俺は二十センチほどの太さの柄を脇に抱えるようにして、剣を固定した。
刃渡り五メートルほどと普通であれば持つこともできないはずの巨剣だが、レベルアップによるステータスの上昇とフィジカルブースト・ストレングスの効果でなんとか支えられる。
単純計算でも五百キロはあるのに、恐ろしいことだ。
「グギャアア!」
全力で切っ先に突っ込んでしまった飛竜は、あっさりと胴体を貫かれ悲鳴を上げた。
まあ、刃幅五十センチ厚み十センチはあるし、いくら巨体のワイバーンといえども直撃すればたまったものではないだろう。
俺はその場で炎の剣を手放し、最初に現れた方の飛竜にとどめを刺す。
シロクロコンビも、もう一匹をきっちり倒したようだ。
そして大型飛竜も程なく死亡し、消滅する。
思ったより苦戦せずに倒すことができて一安心だ。
◇
ワイバーンのドロップアイテムは、皮・魔石・皮膜・牙・爪の五種だった。
倒し方によって出たりでなかったりするのは、他の魔物と同じらしい。
強さ的にはミノタウロスより上という感じだが、素材としてはどうなんだろう。
まあ、とりあえず何か作ってみますかね。
はい! ということで作ってみました。
【飛竜のコート:防御力30 付与効果:物理耐性LV2 炎熱耐性LV1 電撃耐性LV1 冷気耐性LV-2 】
うーむ、強いといえば強いって程度かなあ。寒い場所以外でなら問題なく使えるだろう。電撃耐性も嬉しい。
冷気耐性のレベルが高い素材と組み合わせれば相殺されるかもしれないが……ああ、アイアンジェルシートも取りに行っておかないとな。
忘れていたことを思い出せてよかった。
それに、そろそろ春装備も整えておかないと。さすがに毛皮でモッコモコのコートは着ていられなくなる。
てことで巨人の迷宮に行きますかね。
◇
ヘルプさんが言っていたように、巨人の迷宮の魔物は増えていなかった。一度クリアすると、一定の範囲でしか発生しないらしい。
これで完全に、俺の拠点とドワーフの集落近辺では魔物の大発生を心配しなくて良くなった。
装備に関しても、アイアンジェルシートと飛竜の皮をメインにした春物に変更済みだ。
ちなみにウサギたちはツナギを脱いで、リング各種とネックレスのみになっている。それでも十分な防御力があるんだからスゴイよねえ、ボーナスアイテム。
さて、こうして全て整うと、ちょっと冒険に出てみたくなってくる。
もっと西か東まで足を伸ばして魔物の生息状態を確認したり、新たな素材となる植物なども探してみたい。
で、西か東か、どっちに行くかだが……西は山間の道なき道を何キロか移動すれば平地に出るはずで、東は一キロもしないうちに平地になる。だから楽なのは東だ。
あちら側はかつて田んぼが道沿いにずっと広がっていた。県内最大の河川の、すぐ手前までだ。だから、米が自生する環境になっているかも知れない。
そして、それ以外には特に見るべきものはないのではないかと思う。
大河沿いに北上すればドラッグストアやショッピングセンターなんかがあったが、今は何か残っているだろうか……。
一方、西側も田んぼがあったはずだが、それ以外は山。あとは神社があったかな?あっち側にはほとんど行ったことがないから、予想もつかないなあ。
ワイバーンが飛んできたのが北西だったから、あちら側は強い魔物が生息している可能性はあるか……。
山の向こうとこっちで生息する魔物が違う可能性は高いだろう。山や川で隔てられていない東側は、似通った魔物の生息域であると思われる。
となると、確認しておくべきは西だな。
よーし、いっちょ冒険しますかね!
◇
元は空港があった、ドワーフの住む妖魔の迷宮を通り過ぎ、山の間を縫って西へ西へと移動する。
道なんてないので、いまだに持ちっぱなしのナタを使って枝を払ったり下草を刈ったりしながら進む。
以前ならすぐにへばっていただろうが、レベルアップのおかげでまったく疲れない。並の人間の五倍のステータスになってるから、道なき道もへっちゃらだ。
一時間も歩くと、『魔力探知』に知らない魔力の反応が現れるようになる。おそらく遭遇したことのない魔物だろう。
ワイバーンほどの大物はそうそう現れないとは思うが、警戒は怠れない。
マップで確認した限りでは、まもなく東西を隔てる山々を抜けるといった辺り。
そろそろ生態系に変化がありそうだ。
ちなみにエクストラスキルであるマップだが、レベルが2に上がったことで変わったのは人(ドワーフも含まれる)が表示されることだけではなく、最大表示範囲も広がっていた。
以前は半径一キロほどだったのが、二キロほどに広がっている。しかも拡大縮小ができるので、ある程度詳細な地形を確認したりもできる。非常に便利だ。
ということで、今後はダンジョンを踏破したらよほどのアイテムが選択肢にない限り、マップを選ぼうと心に決めた。
遠くを事前に偵察できるのは、安全を確保する上で大きなアドバンテージだからね。
「シロ、クロ、もうすぐ接敵するぞ」
近づいてくる複数の魔力を感じ、ウサギたちに警戒を促す。
草むらをかき分けるガサガサという音も聞こえてきており、魔力の反応も相まってかなりの数がいると感じられる。
『ジャイアントアントが現れた!』
まもなく目視の距離――というところで接敵のアナウンスが流れた。
名前の通り、巨大なアリの群れ。黒光りする甲殻が、いかにも防御力が高いですといった雰囲気だ。
――しかし。
「キュッ!」
「キュ~!」
シロとクロが即座に動き、あっという間に殲滅してしまった。
どうやら、大した相手ではなかったようだ。
「ん?」
と思っていたら、魔力感知の範囲内に無数の反応が現れる。
魔力の感じからしてジャイアントアントだろうが……何か仲間を呼ぶような行動をしていたのだろうか?
昆虫は体液かなにかで警戒を報せたりするんだっけ?
「すげえ数だな……」
森がざわめいているかの如きザワザワガサガサと言う音が、辺り一面に響き渡る。魔力の反応は、もう数えるのもバカバカしいくらいだ。
「殲滅するから下がってくれ! ……ウォーターストリーム!」
シロとクロを後ろに退避させ、俺は水の魔法を発動する。
強烈な水流が木々の間を走り、体長五十センチほどのアリを一気に飲み込んでゆく。
大きくなったからか水に浮かべないようで、ジャイアントアントたちは水に押し流されて沈み、次々に窒息してドロップアイテムに変わっていった。
数十……いや、いつの間にか軽く百を超えているアリは大半が溺れ死んでゆくが、一部の個体は仲間を踏み台にして逃れようとしている。
そういう奴らは――。
「フリーズ!」
水を急激に冷やし動きを鈍らせると、何も言わなくてもシロとクロがすぐに片付けてくれた。本当に有能だ。
彼らに出会えたことは、この世界になってから最大の幸運だったと言えよう。
◇
結局、その後も増え続けたアリを数十分かけて殲滅し、俺たちは西進を再開した。
ジャイアントアント以外の魔物は見ていないが……もしかしたら、あの数に押されて狩られまくっていたのかもしれないな。
ともあれ、マップで見る限りでは、もうすぐ開けた場所にたどり着くはずだ。
「おっ」
藪を抜けると、草が生い茂る平原が広がっていた。少し先には細い川があり、その向こうには大きな森がある。
この感じだと、あの森はまた違った魔物が出そうだ。
……行ってみるか!
◇
草をかき分け、小川を飛び越え、俺たちは森にたどり着いた。
たどり着いたのだが……。
「入れねえ」
どういうわけか、木々の間を通ろうとしても、見えない何かに遮られて進めない。
さながら結界のようだ。
「うーむ……」
仕方なく、俺達は森の外縁を歩いてみる。
見た限りでは特に普通の森と変わらないようだが、どこで入ろうとしても入れない。
何者かが、他者を入らせないようにでもしているのだろうか?
レベルの高いセーフティエリアなら許可のない者が入れない機能みたいなものがあるのかもしれないが、この短期間で少なくともレベル3以上にするのが可能とは思えないし、ここには何の防壁もない。
結界によって遮られていると言われてしまえばそれまでだが……『魔力感知』では中に魔力の反応があるし、マップに人が表示されていない以上、セーフティエリアではないだろう。
というか、マップが何かおかしい。
他のフィールドはある程度地形が表示されるのに、森があると思われる範囲は何も表示されないのだ。
「……あ、もしかして。って、うおっと!?」
半ば反射的に、歩きながら入れない木々の間を通ろうとし続けていた俺は、不意に支えを失って森の中に入り込んだ。
『深緑の迷宮』
するとアナウンスが流れた。
「あー、やっぱダンジョンだったか……」
つまり今、俺がすっ転びそうになりながら入ってきたのがダンジョンの出入り口で、それ以外はダンジョンの外縁だから入れなかった、と。
マップを確認してみると、入った周辺がちゃんと表示されている。
いやー、冒険気分で出かけて、新しいダンジョンを見つけるとは思わなかったなあ……。
間に山々があるとはいえ、割と近い場所に未踏破のダンジョンがあるのは見過ごせない。いつ氾濫するか分かったものじゃないからな。
ということで、予定にはなかったけど無理しない程度に探索してみますかねー。




