朝になったから外見たら更地になってた
本日2度目の更新です。
二階の部屋に戻って泥のように眠り、翌朝。部屋の窓を開けて外を見た俺は絶句していた。
「……」
昨夜、チラリと「主がいなくなったから家が消えた」と予想したが、どうもそれで正解だったような感じだ。なにしろ見渡す限り自然が広がっているのだ。
いや、かつて村役場として使われていた建物が一軒だけ残っている。しかしそれ以外は、道すらも踏み固めただけの土道になっていた。
すこし離れた場所に見える川も、コンクリートで整えられていたはずの両岸が今は草木の生い茂る自然の物だ。
目の前に広がる田んぼだけは昨日までと変わらない様子でそこにあるが、所々魔物が踏み荒らしたのか稲穂が倒れている。
「……マジでファンタジーなゲームっぽい世界になったのか?」
俺の疑問に答えたのは、例によってヘルプさんだ。
ピロリンという音の後、流暢に現状を説明してくれる。
『地球の現状を嫌った管理者によって世界が改変されました。
また、管理者は以後、千年単位で観察に留めるようです』
あーそうですか。管理者……管理者ね。神みたいなもんか?
「じゃあ、魔物になった人と、そうでない人の違いは?」
ピロリン。
『管理者によって設定された業の閾値を超えている者は、すべて魔物となりました』
カルマねえ……悪いことをしたら貯まるのか?
「まあ、いいや。ゲームっぽい感じだけど、ステータスとかは確認できるの?」
ピロリン。
『メニューオープンと言えば確認可能です』
「あいよ、メニューオープン」
ヘルプさんの答えに従い、キーワードを口にする。すると、俺の目の前にぼんやりと光る画面が現れた。空間に投影されたモニターといった感じだ。
【名前:リョージ】
【種族:人間LV3】
【所持CP:830】
【所持品:鉄の棒×4】
【所持スキル:木工LV2 石工LV1 細工LV2 棍棒術LV1 二刀流LV1】
「おー、わかりやすいな。CPってのは金か?」
ピロリン。
『CPはキャッシュポイントの略称で、これを消費することで様々な品物を購入可能です』
教えてくれて、ありがとうよ。
「アイテムボックスみたいなのはないのか?」
ピロリン。
『所持品の項目を意識することで、所持枠の確認が可能です。
また、一定のレベルに達するごとに枠が増えていきます』
なるほどねえ……。よく考えると戦闘終了後に俺は棒を手離していたはずだし、オークに掴まれていた二本もそのままだった。しかも今現在、手ぶらなのに所持していることになっている。ということは、どこかに収納されているという事だろう。
「それが所持枠って事か……っと、別窓が開いたか」
最初に開いたウィンドウの上に、重なるように所持枠の画面が開く。
どうやら今の所持枠は八種類のようだ。鉄の棒×4となっている所を見ると、同種のものは一枠に収まるようだし、意外とたくさんの物を収納しておけそうな気がする。
試しに鉄の棒を出し入れしてみるが、一本ずつ別枠になることはないようだ。
「……しかし、うちの家族も近所の人たちも、みんな魔物になったか魔物に殺されたかって予想まで当たってたのはガックリくるな……」
そして魔物となった人たちを、俺は殺したのだ。
少なくとも七人は。
「……魔物になった人が人間に戻ることは?」
ピロリン。
『不可能です』
あー、そうですか。じゃあ、身を守るために戦うのが妥当ってわけね。なかなかクソッタレた状況だわ。
「この先生きのこるためには、積極的に戦ってレベルを上げなきゃ駄目なんだろうな……」
スキルレベルがあるってことは、それも頻繁に使う必要がある。まあ、現状、鉄の棒しか持ってないんだから、戦ってれば自然に棍棒術のレベルは上がるだろう。
あとは熟練度みたいなものが貯まれば、新しいスキルを得られることもあるっぽいな。
ヘルプさんが『特定の行動をとることで様々なスキルを得ることができます』って言ってたしね。
「ああ……魔法はあるの?」
ピロリン。
『あります。
地水火風の属性があり、これも他のスキル同様、魔法に関わる行動をすることで習得できる可能性があります』
魔法に関わる行動って何だよ……漠然としすぎだろ。
「木工とかは?」
ピロリン。
『生産系のスキルも、素材と魔力を消費して行使するという意味では魔法系スキルでもあると言えます。
色々と試してみましょう』
ア、ナルほどねー。まずは魔力を使うってことを覚える必要があるわけね。魔法はその後、と。
「あーそういや、細かいステータスは……名前のところか?」
思いついて名前のところに注目してみると、また別のウインドウが開いた。
【器用:17
敏捷:11
知力:16
筋力:10
体力:16
魔力:18】
「うーむ……高いのか低いのか分からんな……」
ピロリン。
『人間の成人男性の平均は14前後です』
あ、そうですか。……まあ、ほぼ引きこもってたことを考えれば、敏捷や筋力が低いのは納得だ。
体力と魔力が高めなのは良いことだろう。
「レベルが上っても能力値は上がらないのか?」
ピロリン。
『レベル+能力値が現在の能力値です。また、スキルレベルによる各種補正も加わります』
ふむ、これもわかりやすいか。
なんにしても種族レベルとスキルレベルを上げることが喫緊の課題ってわけだ。
「……とりあえず、元村役場に行ってみるか」
見える範囲で唯一残っている建物だから、もしかしたら何かがあるかもしれない。そう考えた俺は、鉄の棒を二本取り出してから開いていたメニューを閉じ、部屋を出た。
◇
道中、田んぼの中に潜んでいたゴブリンと数度交戦することになったが、俺は無事に元村役場にたどり着いた。
元村役場の建物はもともと木造だったため、自宅のように大きな変化は見受けられない。
パッと見てわかる違いは、建物ではなく周囲に巡らされている木の柵だ。
以前はコンクリートの塀で、道路に面した方には塀はなく開放されていた。駐車場があったため、出入りをしやすくしていたものと思われる。
それが今はきっちりと木の柵で囲われている。とはいえ、あまり頑丈そうではないが……。
「まあ、入ってみるか」
大きな観音開きの門を開け、俺は元村役場の敷地内へと足を踏み入れた。
と、その途端、脳内にアナウンスが流れる。
『冒険者ギルドを開放した!
セーフティエリアを得た!』
「おおっ!?」
セーフティエリアはともかくとして、冒険者ギルドとは一体……。
いや、どういうものかは想像がつく。ファンタジー物でよくある、冒険者に仕事を斡旋したり依頼を出したりする場所だろう。しかし今開放したとアナウンスが出たということは、現状、誰もいないはずだ。
「ゲーム的なNPCでもいるのか、それとも自動で処理されるのか?」
疑問を呟きながら建物の入り口をくぐる。扉は西部劇の酒場のようなスイングドアになっていた。
室内には当然のことながら誰もいない。
ぐるりと見回すと、目の前には受付カウンターが、カウンターを奥に回り込んだ方には売店らしき物が、入り口横の壁には大きな掲示板が、掲示板の反対方向には飲食店のようにテーブルと椅子がいくつも並べられた空間があった。
いかにも冒険者ギルドと言った風情だ。
何の気なしにカウンターに近づくと、またアナウンスが流れる。が、これは普通に耳に聞こえてきた。
『冒険者ギルドへようこそ!
本日はどのようなご用件でしょうか?』
これはまた、わかりやすい。
となると、ここはああ返すべきだろう。
「登録を頼む」
『承知いたしました。では、こちらの水晶玉に手を触れてください』
受付の返答とともに、カウンターに設置されている水晶玉が淡い光を放つ。
俺は素直に指示に従い、水晶玉に手を触れる。するとそれは一際強く輝くと、すぐに光を失った。
『登録が完了しました。
メニューを開いて称号をご確認ください』
至極あっさりと登録は終わったらしい。ということでメニューを開く。
【名前:リョージ】
【種族:人間LV3】
【所持CP:830】
【所持品:鉄の棒×4】
【所持スキル:木工LV2 石工LV1 細工LV2 棍棒術LV1 二刀流LV1】
【称号:10級冒険者】
おお、確かに称号の項目が増えている。
『以後、称号の等級と同じ等級のクエストを請ける事が可能となります。
クエストは入り口脇の掲示板に表示されますので、お好きな時にご確認ください』
「了解」
受付の言葉に従い、掲示板を確認しよう……と思ったが、腹が減っている事に思い至り、飲食スペースらしき場所を先に見てみることにした。
「お、意外と色々あるっぽいな」
カウンターに近づくと、カウンターの上の壁にいくつもの料理や飲物の名前が列挙されているのが確認できた。
今の所持金では大したものは食べられないかと考えていたのだが、どうも現代日本の金銭価値とは随分違うらしく、大体の料理が二桁までの値段だった。
飲み物やパンなどは、ほぼ一桁。これなら、ある程度は好きなものが食べられそうだ。
『らっしゃい。なんにする?』
カウンターに座ると、いかにも酒場の主といった渋い声のアナウンスが響く。なかなか細かい演出だ。
ちなみに戦闘などのシステムアナウンスは平板な男性の声、ヘルプさんは落ち着いた女性の声、冒険者ギルドの受付は若い女性の声で聞こえてくる。
「うーん、オススメセットで」
『あいよ』
なんとなく待たせるのも悪い気がして、無難に「店主のオススメセット」というメニューを選んだ。多分、日替わりランチみたいなものだろう。
『お待ち』
物思いにふけっていると、ほんの数秒で料理が出てきた。
一体どうやって用意したのかわからないが、数切れの肉を焼いた物と蒸したじゃがいも、それに野菜の入ったスープとパンが目の前に鎮座している。
どれも出来たてという様子で、ホワホワと湯気が上がっている。これでお値段、たったの15CP! 現在の所持金でも五十食は食べられる計算だ。
……まあ、今後のことを考えればダラダラするわけにもいかないだろうけど。
「ごちそうさま」
『おう、また来てくれや』
食事を終え、手を合わせて席を立つ。姿はないとは言え、こうして声を交わせるのは精神的に救われるような気がした。