引きこもってたら家族が魔物になった
新年あけましておめでとうございます。
新作を書きましたので、よろしくお願いします。
完結まで書き上げているので、エターの心配はございません。
よろしければブクマ、評価など、よろしくお願いいたします。
ガタガタと階下から物音が聞こえてくる。
夕食後のこの時間、普段は両親と妹が居間でテレビでも見ながら寛いでいる。だからかすかな話し声やテレビの音が聞こえてくることはある。
しかし重いものを動かすような、あるいは硬いものを床に落としたような音が聞こえてくることはない。それも数十秒に渡って断続的に続くなんて事は、なおさらない。
――ギギィ。
――グオオ。
今度は唸り声?のようなものまで聞こえてきた。
「……ホラー映画でも見てんのか?」
パソコンのモニターから目を離し、思わずつぶやく。
だが、どう考えても聞こえてくる音は室内、それもテレビなどの物ではない。となると唸り声を出すような生き物がいるということになるが、家にはペットはいないし隣家でも何かを飼っているなんて話は聞いた覚えがない。
「……」
不審に思いながら、俺は階下を自室の扉から顔を出して確認する。
二階のドアから一歩出るとすぐに階段なので、一階の廊下と台所のドア周辺はここからでも確認できる。
ガタン!
「えっ?」
大きな音を立てて台所の扉が開かれる。
転がり出てきたのは、土気色の肌をした奇妙な生き物。
『ゴブリンが現れた!』
「は?」
いきなり脳内に謎の声が響く。
「ゴブリンって、あのゴブリンか?」
階下を見下ろしたまま、戸惑い独りごちる。その声に反応したのか、うずくまっていた生き物がこちらを見上げた。
「マジかよ」
相手の姿はどう見てもファンタジーでよく登場する魔物、ゴブリンだった。
しかし着ている服が、夕食時に見た母のもの。しかし小さな体にあっていないためブカブカだ。
ガタッ!
再び大きな音が響き、今度は台所の隣、居間の扉を開いて何かが現れたらしい。
それらはのそのそと台所のドアの方へ移動してゆく。一匹は母の服を着ているものと同様、ゴブリンだ。
そしてもう一匹は……。
『ゴブリンが現れた!
オークが現れた!』
「ははは……」
意味がわからず、俺は思わず乾いた笑いをこぼした。
そしてその声に反応して新たに現れた二匹もこちらに顔を向ける。
俺を見つめる母の服を着たゴブリン、妹の服を着たゴブリン、父の服を着たオーク。
その目にあるのは親愛ではなく殺意。
普通の現代日本人である俺にも、はっきりわかるほどの敵意だった。
「ギギィ!」
「ブギィ!」
「ギャギィ!」
三匹の魔物は一声吠えると、勢いよく階段に殺到した。
幅的に一匹ずつしか上がれないため、最も階段に近い位置にいたゴブリンが最初に階段を上がり始める。
「うおお!」
その行動に弾かれたように俺は扉を閉じ、ドアノブについている鍵を回して締めた。
直後、二階にたどり着いたゴブリンがガンガンと激しく扉を叩く音が聞こえてきた。
「なんなんだよこれ! どうすりゃ良いんだよ!」
当然、俺の疑問に答える者はいない――はずだった。
しかし、ピロリンという効果音とともに脳内に声が響く。
『接敵中です。魔物を倒してください』
「はあああ!?」
思わず、大声で疑問の声を上げる。
魔物はわかるし接敵中ってのもわかる。けど、倒せ? どう見てもこっちを殺しに来てる魔物を? 喧嘩すらほとんどしたことのない俺が?
メキッ。
板を割る嫌な音が響き、ドアがきしむ。
倒せと言われても、ハッキリ言って無理だ。逃げるしかない――と窓に目をやる。
「嘘だろ……」
カーテンを開け、外を見た俺は絶句する。
――なにしろ、屋外にも何体も魔物がいたのだ。
これでは室内で戦ったほうが、まだしも生き残れる可能性がある。
メキメキッ。
「くそっ」
扉が破壊される音に急かされる様に、俺は自室内を見回す。何か武器になるような物がないか探すためだ。
とはいえ、刃物なんてカッターナイフとハサミ、あとはデザインナイフくらいしかない。ぶっちゃけ蟷螂の斧だ。
素人が使うなら、棍棒的な物の方がよっぽどマシだろう。
「あっ」
ふとメタルラックに目が止まった。
パソコンデスクの横に設置した高さ八十センチほどのそれは、四本の足が金属の棒でできている。長さも、ちょうど持ちやすそうだ。
「急げ、急げ……!」
ドアから聞こえてくる破壊音はどんどんひどくなっている。もう時間的猶予は少ない。
メタルラックに乗っている本や小物を払い落とし、天板を取り払う。幸い、物を出し入れする方には邪魔にならないように横棒を設置していなかったため、一本の足はすぐに取り外せた。
「よし!」
鉄の棒を手に持ち、上段に構える。とは言え、学校の授業でちょっとだけかじった剣道くらいしか武器を振った経験はない。
もう、遮二無二振り回すしかないだろう。
「ギイィ!」
という所で、とうとう扉が破壊され、ゴブリンが室内に顔を突っ込んできた。
「うわあああ!」
恐怖に突き動かされ、俺は鉄の棒を魔物の頭に全力で叩き込んだ。
結果、思ったよりあっさりとゴブリンは絶命したらしく、光の粒子となって消えていった。
その光景に驚き硬直する間もなく、次のゴブリンが部屋に踏み込んできた。続けざまにオークも姿を見せる。
ゴブリンは小学生並みだが、オークは成人男性程の体格だから二対一では分が悪いのは間違いない。
となると、このまま室内に入らせる訳にはいかない。
「うおおお!!」
飛びかかってきたゴブリンを、バットでボールを打つようなスイングでぶん殴る。
ぶち当たった鉄の棒にかなりの重さを感じるが、そのままオークに押し付けるように振り切った。
オークがゴブリンの体重と勢いに押され、のけぞる。
――このままなら、まとめて階段を落ちてくれそうだ。
そう思ったところで、ゴブリンが光の粒子となって消えた。
そして荷重から開放されたオークは、目の前に突き出された形の鉄棒を掴む。
当然ながら、俺の体はオークの倒れる勢いに引っ張られ、部屋の外へと引きずり出された。
「うわっ!」
落下すまいと必死なのだろう、オークは更に俺の腕を掴む。結果、俺はオークと共に空中に投げ出された。
一瞬の浮遊感の後、階段の中ほどでバウンドする。
「ブギョッ」
さらに一瞬の後、俺達は一階の廊下に落下し、偶然にも鉄の棒に喉を押しつぶされる形になったオークが変な呻き声を出す。
俺の方は階段と床で二度ぶつけた両膝がひどく痛み、動くことができなくなった。
オークが生きていればマズイことになる……そう思っていると、魔物はゴブリン同様、光の粒子となって消滅した。
下敷きになっていたオークが消えたことで床に投げ出され、俺は額をしたたかに打ち付ける。
「ぐッ……痛ぅ……」
痛みに呻く俺の脳内に三度声が響く。
『戦闘に勝利した!
40の経験値を得た!
棍棒術スキルを得た!
レベルが上った!
390CPを得た!』
「……レベルって、ゲームかよ」
俺のつぶやきにまたピロリンという音が鳴り、答えが返ってくる。
『戦闘でモンスターを倒すと経験値を得、一定の値が貯まるとレベルアップします。
また、特定の行動をとることで様々なスキルを得ることができます。
色々と試してみましょう』
「ああ、ヘルプか……」
便利だな。
生き残れたら色々聞いてみるか。
ガシャン!
戦闘が終わったことで気が抜けていた俺の耳に、ガラスの割れる音が飛び込んできた。
慌てて音の方向に目を向けると、玄関のガラスが割られ、格子状のアルミサッシの隙間からゴブリンとオークが覗き込んでいた。
「ギィー!」
「プゴォー!」
室内に俺の姿を認めた魔物たちは、奇声を上げて玄関扉を叩き始めた。
二枚の引き戸、しかも細いアルミとガラスでできた扉は複数のモンスター相手にはいかにも心もとない。じきに破壊され、何匹もの魔物が雪崩込んでくるだろう。
「ちくしょう!」
俺は悪態をつき、飛び起きる。何故か、さっきまで感じていた痛みはなくなっていた。
しかしそんな事を気にしている場合ではない、と俺は階段を駆け上がる。
どのみち多対一になるならば、狭い場所の方がマシだと判断したからだ。
「もう一本、いや全部引っこ抜いとくか」
二階の部屋に駆け込み、先程バラしかけたメタルラックから残っていた三本の足を抜き取る。
二本はベルトにはさみ、二本は手に持ち二刀流にする。
振り回すより、リーチを生かして突き落とすための手数を増やすためだ。
もし棒を掴まれたりして失っても、予備が二本あれば多少は粘れるだろう。
「……来やがれ!」
階段の最上部に陣取り、魔物の襲来を待ち構える。
――メキメキッ、ガシャン!
玄関扉が破壊される音が響き、魔物が雄叫びを上げて廊下を駆けてくる。
やはりゴブリンの方が足が速いらしく、最初に階段に足をかけたのはゴブリンだった。
「ギギィ!」
四足で獣のように、三匹のゴブリンが次々と階段を上ってきた。
しかし、小柄なゴブリンと言えど横に並ぶことは難しいため、自然と縦一列になっている。
そしてそれは、俺の意図したとおりの展開だった。
「おらぁああ!」
気合一閃、先頭のゴブリンの顔面に向けて鉄棒を突き出す。狙いはドミノ倒しに三匹まとめて叩き落とすことだ。
一番上のゴブリンは棒を防ごうと身を起こし、両腕で顔の前を覆う。棒が腕に当たったせいで痛撃を与えることはできなかったが、突きの勢いはうまく伝わったらしくゴブリンは後方にのけぞった。
残念ながら全部まとめてとはいかなかったが、二匹目のゴブリンの上に落下したゴブリンは三匹目のゴブリンを巻き込んで階段を転がり落ちる。
そしてその下にいたオークも踏ん張ることができず数段下の廊下まで落下した。
これで一時、階段に這いつくばっていたおかげで落ちずに済んだゴブリンと一対一の状況が作れた。
「ふん!」
そのゴブリンが仲間に押しつぶされた衝撃から立ち直った所で、頭に棒を打ち込む。
ちょうど顔を上向けてこちらを確認しようとしたところを攻撃され、ゴブリンは悲鳴を上げて転がり落ちていった。
そして四匹目の魔物が廊下に着地した所で、二匹のゴブリンが光の粒子となって消え失せる。
差し引き一匹分の重しが減ったことで、一番下になっていたオークが身を起こした。
怒りに燃えた形相で自身の上に横たわっているゴブリンを払い除け、即座に階段に手をかける。
「ブギィー!」
興奮しきった様子で階段を這い登ってくるオーク。その迫力に気圧されながらも、俺は右手の鉄棒を振り下ろした。
しかしその一撃はオークの左手によって阻まれた。
慌てて左手の鉄棒も振り下ろすが、やはりオークの右手によって阻まれる。
両手で二本の棒を掴んだオークは、勝ち誇るように顔を歪めた。
――しかし俺にはまだ攻撃手段が残されている。
「おらぁ!」
階段を飛び降りつつ繰り出したのは、全力のストンピングだ。
両手がふさがったままのオークは無防備な顔に蹴りを食らい、ブギっという間抜けな声を残して階下へと落下していった。
落ちた先にいたのは、生き残りのゴブリン。オークのでっぷりとした巨体に圧殺され、ゴブリンはあっさりと散った。
一方、勢いで飛び蹴りを放った俺は、当然ながら階段の半ばまで落下した。
何とか着地はしたものの、激しく尻を階段にぶつけ苦悶の声をあげる羽目になる。
「ふんぐぅう……!」
しかし、ここで行動を止める訳にはいかない。まだオークは倒しきれていないのだ。
痛みを何とかこらえつつ階段を駆け下り、ベルトから鉄の棒を二本とも抜く。
「オラオラオラオラ!」
そして落下のダメージで動けなくなっているオークの頭へと、さながら太鼓を叩くように右左右左と全力で攻撃を加え続ける。
六回目に振り下ろした鉄棒が頭蓋骨にめり込み、オークはようやく光となって消えた。
「ハァハァハァ……」
激しく息をつく俺の脳内に、またしてもアナウンスが響く。
『戦闘に勝利した!
50の経験値を得た!
二刀流スキルを得た!
レベルが上った!
440CPを得た!』
今回のアナウンスは、それだけでは終わらなかった。
『敷地内のすべてのモンスターを倒した!
セーフティエリアを得た!』
そしてアナウンスが終わると同時に、家が光りに包まれる。
あまりの眩しさに目を閉じ、光が収まるのを待つ。
「……ん?」
瞼越しに光が収まったと感じ目を開けると、何か違和感を覚えた。
確認のためあたりを見回す。すると違和感の正体に気づいた。
つるりとした壁材だったはずが、なんだか古めかしい木材になっている。
天井にあったはずの電灯は消え、ランプが吊り下がっている。
開けっ放しになっていた扉から見える台所には、電化製品の類が一つもなくなっている。
振り返ると、玄関扉は木の板になっている。
「なんで、こんな古めかしい家になってんだ……?」
アナウンスによれば、おそらく家がセーフティエリアになったのだと考えられるが、この変化は意味がわからない。
(まさか、ゲームっぽい状況になったからと言って建物まで中世風というかファンタジーっぽくなったなんて事は……)
そんな事を考えながら外を確認するため階段を登る。
二階まで登りきると、本来ガラス窓のあった場所は木の板を開閉するタイプの窓に変化していた。
「見えん……けど」
木窓を開けて覗いてみたが、普段なら周囲にある街灯や他の家の明かりがまったく灯っていないため外の様子は伺えない。
「この状況は、逆におかしいのがよくわかるな……」
いくらここが田舎だと言っても、まったく明かりが見えないなんて事はありえない。
それにかろうじて見える範囲、両隣にあったはずの家もなくなっている。
セーフティエリアになった時の家の変化を考えると、家の主がいなくなったことで消えたのかもしれない。
「みんな魔物になったのか? それとも魔物に殺されたのか……」
思わず口をついて出た疑問に答える者は、誰もいなかった。
高校を卒業して後、いわゆる専業同人で生きてきた俺、高槻良児は、ほとんど引きこもりの生活十二年目にして予想だにしない形での独り立ちを余儀なくされたのだった。