下
京香はご機嫌斜めだった。毎朝一緒に登校している裕がその日は迎えにこなかった。携帯に電話しても出ないので、風邪でも引いたのかと家に電話をかけても応答はなかった。気になって赴いた裕の家の雨戸がしっかり開けられていたものだから、京香は無視されたのだと思い込んだ。
登校中も、学校の廊下を歩いてる時も、京香のただならぬ気配を感じたのか、友人も後輩も先生も誰も声をかけなかった。とにかくはらわたが煮えくり返っていた。
教室に入ると、京香はすぐに裕を見つけた。
「やっぱりいた……! 裕!!」
教室は静まり返っている。みんなが一斉に声を上げた京香を見たが、本人はそんなのお構いなしだった。
「なんで何も言わずに私を置いてったの!?」
裕は無表情に京香を見て、ただ一言「うん」と言った。当然、そんな返しでは京香の怒りを刺激するだけだった。
「なっにが『うん』だよ! 他に言うべきことがあるでしょ?」
それでも裕は瞬きすらせず、ただ「はい」と答えた。
そこで京香は少し違和感を覚えた。時計は九時十分を指している。授業が始まっているはずの時間なのに、先生も教卓にいるのに、誰も声を発さず、シーンと静まり返って京香を見ていた。「あ、す、すいません」と、京香が謝ると、一斉にクラスのみんなが答えた。
感情のない声で『うん』と。
そして誰もかれも目が虚ろで身動ぎ一つしないことに気が付いた。
なんだか怖くなって教室から逃げ出した。
走って
走って
走って
分かったのは一つ。学校中の人間が虚ろな目をして、ただただそこにいるだけだということ。何もせずに静まり返る先生と生徒、ただ体操着を着て校庭に直立する先生と生徒。
「わぁあああああああああああああ」
と、学校中に響く金切り声を上げた京香に、一言返事が返ってきた。とてつもなく軽い、それでいて中身のない返事が。
『はい』
ありがとうございました。ところで、なんで氏家さんなんでしょうか。何か、空洞が関わることに「氏家さん」という方が巻き込まれたりしたんでしょうか。怪談って、実際にあった話に尾ひれが付いたっていうのが定番です。元を辿れば、だいたい悲しい実話に出会ってしまうものです。それこそ怪談の怖さの根源かなと思いま、うん? おや、ティッシュ箱が空になってしまいまし――――。