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(ひろし)は知ってる? 氏家さんの怪談」


 京香(きょうか)は帰り路でそんなことを聞いてきた。一つ雨傘の下、楽しそうな京香の顔が近すぎて目を逸らしてしまった。しかしそれは彼女に失礼だと思いなおし、目を合わせた。


「いや、知らないなぁ。なんなのそれ?」


 付き合って三か月は経ったのに、こんな簡単にドキドキしてるなんて思われたくなくて、裕は平然を装った。そんな忙しい心の内なんて知らないように会話は進んでいく。


「氏家さんはね、空洞があるところならどこにでもいて、そこを覗いた人を襲ってくるんだって! で、襲われた人は空洞になっちゃうんだよぉ~~」


 わざとらしく声を震えせたが怖さはどこへ不在で、むしろ可愛いだけだった。人も車も雨の道、というシチュエーションで怪談を聴けば、普通は怖くなりそうなものなのにコミカルな話に仕上がっていたのががおかしくて、ハハっと笑った。


「意味がわかんないよ! 空洞になるって、体の中身でも食べられちゃうの?」

「さぁ?」

「中途半端!」

 二人して笑いあった。京香の作る心地よい雰囲気の中で、裕は意識せず「楽しい」と呟いていた。それを聞き取った京香は少し照れながら優しい顔になった。パラパラ弾ける雨音の下、二人は肩を寄せ合ってしばらく無言で歩いた。


 少しして、裕が口を開いた。

「ねぇ京香、なんで怪談なんか? あんまりそういう話しないのに」


「うーんとね」と、京香は口元に右手の人差し指を当てた。

「奈美ちゃんっているでしょ? 隣のクラスの」


 裕は逡巡して、コクリと頷いた。

「知ってるよ。仲良かったっけ?」


「普通。まあそこはいいんだけど、なんか昨日クラスで、氏家さんが出た氏家さんが出たーーって騒いでたのね。で、今日登校してきたらまるで機械みたいに、『うん』とか『はい』しか言わなくなってたの。普段うるさい子なのにさ。私も覗いてきたんだけど、見てたらなんか怖くなっちゃて……」


 裕はスゥっと背筋が凍る感覚を覚えた。

「な、なにそれ。俺そんなの知らないんだけど……。っていうか、その話の方のがよっぽど怪談に聞こえるよ」

「話にリアリティがついたからね。裕は私以外の女の子に興味ないから、聞き流してたんじゃない? 結構話題さらってたのに」

「え、いや……でもそんなに変な話なら流石に知ってる、はず」

 裕としては、京香以外に興味が無いのは確かで否定できないところだった。正確には、京香しか目に入っていないだけなのだが。しかしだからといって情報を何でも遮断する、というわけではないつもりでいた。

 苦笑するしかなかった。

「今度からは、もう少しちゃんと女子の話も聞こうかな」

「私が嫉妬しない程度にね! ――あ、もう家着いちゃった、残念。また明日ね!」


 二人は名残惜しそうにお互いの顔を見つめあった。


「……うん、また明日!」


「傘、入れてくれてありがとね!」

 そう言って玄関へ駆けていく京香のカバンの脇には、折り畳み傘が見えていた。


 裕は一人、家路に戻る。

「広いなぁ」

 傘をさしながら、ポツリと呟いた。


◆ ◆ ◆


 裕は家に着くとインターホンを押して、それから「あっ」と家に誰も居ないことを思い出した。今日、両親は仕事の都合で広島に行くと言っていたのを、すっかり忘れていた。

 玄関前まで行くと傘を閉じて、傘立てに立てようとした、その時だった。ごとッと傘の持ち手と柄から先が分離してしまった。


「あ~ぁ、緩くなってたのかなぁ」


 左手で落ちた傘を持って、ふと気付いた。傘の柄のパイプの部分は空洞になっている。(まさかな)と、軽い気持ちで空洞を覗き込んだ。当然、ただ真っ暗なだけ。

「まぁ、そりゃ何もないよな」

と言って、目を離そうとした時、


  ギロリ


血走った目玉が裕を覗き返した 


「うわぁーっ!!」


 悲鳴を上げて思わず傘を放り投げた。急速に心臓がスタンピードし、しかしその目は屋根の外で雨に打たれる傘から離せなくなっていた。いったい自分は何を見てしまったのか? 気でも狂ったのか? キョロキョロと答えでも探すように辺りを見回すがただ雨の打ち付ける音がするだけだった。

 裕は息を整えて傘をガッと掴むと、目を閉じてキュッキュッと、取れてしまった持ち手を柄に取り付けた。

「あ……ありえない。京香の変な話を真に受けちゃってるのかな……」


 裕は傘立てに置いたそれをもう一度見てから、鍵を取り出して家の中に入った。

続く

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