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イエローブースター  作者: 綾沢 深乃
「第7章 クローバーとイエローブースターの関係性」

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「第7章 クローバーとイエローブースターの関係性」 (2)

(2)

「どう? ちょっとは思い出した?」

 話を止めて、彼女がそう質問する。

 一つ一つを丁寧に語り出した彼女に、巧は真剣に耳を傾けていた。

 だが今はまだ、彼女の話をどれだけ注意深く聞いても、思い出せない。

「いえ、すみません」

「そっか。まだ思い出せないか。じゃあ、もうちょっと先まで話すね。それから私達は——」

 少しだけ悲しい笑顔を見せてから、彼女は話を再開する。それを材料に巧は再び記憶を拾い集める作業を始めた。

 どんな些細な事でも思い出せたらすぐに言おう。

 その気持ちに決して嘘はなかった——。

 

 目の前に広がるクローバーはどれも三つ葉。四つ葉は一向に現れない。

 彼女は目の前に広がるクローバーを一枚一枚注意深く探して、目当ての四つ葉を探し続けていた。発見率をあげる為、彼が探しているエリアとは反対のエリアで腰を落として探し続けている。

 時間が経過するにつれて、もう歳なのだと腰が訴えてくるが、その度に立ち上がり腰を叩く事で騙し騙しやっていた。

 いつの間にか額には、じんわりと汗が湧き始めている。ベンチに置いたカバンには、ハンカチが入っているが取りに行く時間すら惜しい。タイムリミットは刻一刻と迫っているのだ。仕方なく土の匂いが付いた手の甲で汗を拭った。

 彼女は振り返り、一人で黙々と四つ葉のクローバーを探している彼の背中を見つめる。彼は少しずつ足を進めては両手を懸命に動かして、探していた。

 何故、彼は四つ葉のクローバーを探しているのだろうか。

 今まで隠れていた疑問が彼の背中を見て初めて顔を出す。

「ねえ、どうして四つ葉のクローバーを探しているの?」

 彼女の声に彼の両手はピタリと止まり、ゆっくり振り返る。

 その目には先程に比べて疲労が浮かんでいた。

「……確かめたいから」

「確かめたい? それって何を?」

 ふいに落とされた彼の言葉。敬語じゃなくなっているのは、疲労から来る余裕の無さなのが分かるので何も言う事はない。彼は短くそれだけを言うと、クローバー探しを再開した。

「そこまでは教えてくれないって事……」

 子供の心というのは実に素直だ。大人のように苦笑で逃げる事もなければ、嘘で誤魔化す事もしない。言いたくない事は言わない。それだけだ。

 本人が言いたくないのなら、無理に言わせる必要はない。

 目当ての四つ葉のクローバーをこちらが先に見つけた時にまた聞いてみよう。見つかった時の高揚感が彼の口を軽くしてくれるかも知れない。

「よしっ」っと小さく気合いを入れて、再び捜索を始める。

 眼前に広がる三つ葉のクローバー。中には葉が重なっている物があり、何度も四つ葉かと騙されてしまった。普通に見つからないより余計に疲れる。

 ただ、それでも彼女はイエローブースターを使わなかった。

 探し始めた当初はイエローブースターがあるからぐらいに考えていた。それなのに今は使う気になれない。

 願う奇跡を頭に浮かべて名前を呼び右手を振り下ろす。たったそれだけでこんな苦労をする必要はなくなる。やり方も多種多様だ。自然と彼の目に見つかるように調整だって出来る。だが、まだ右手を動かす気になれない。

 

 三十分が経過した。

 そろそろ腰の痛みも徐々に誤魔化せなくなってくる。

 加えて、ずっと細かいクローバーの葉を追いかけていたせいで、目がチカチカしてきた。

 そんな状況が重なると少しずつ右手に意識が向かっていく。

 しかし、彼女はどうにか自制心を保って、奇跡を使用しなかった。

 彼女がイエローブースターを使用しなかった最大の理由は、彼に失礼だと感じたからである。自分よりもずっと前から探している彼。

 彼の努力の結晶を奇跡と言えども簡単に壊してはいけない。

 彼に対する尊敬の気持ちが、彼女の右手をずっと止めていた。

 二人は一切の会話をせず、黙々と四つ葉のクローバー探しをしていた。いつの間にか、公園内の街灯が点いている。

 夜の境界線がより強くなっている。

 こんなに探して見つからないと、最悪の結末も覚悟しなければいけない。

 もう、自分の都合の問題ではなくなってきている。

 未だに見つからない四つ葉のクローバーに対して苦笑してそう思い出す彼女。探す手を止めて、彼を見る。その小さな背中は数十分前に確認したのと何も変わらない。

 ひたすらあるかないか分からない四つ葉のクローバー探しに全力を注いでいる。しかし、探す手にも焦りが見え出して草を搔き分ける音が目立ち始めた。

「すぅ、はぁ〜」

 口を開けて大きく深呼吸をする。すっかり鼻に馴染んだ草の匂いと酸素を体内に入れて、循環させる。最後の力が出せるように体を整えた。

 腕時計で時間を確認する。

 後十分探しても見つからなかったら、その時は……。

 使わないと決めていた右手を見る。使ってしまっては彼に失礼。それは重々承知している。だが、例えそうだとしてもこのまま見つからないよりマシだ。

 イエローブースターで、彼の努力の結晶を壊してしまうとしても、ココまで頑張ったのだから、助けてあげたい。

 絶対にバレない。自分の心に小さなトゲが刺さるだけ。そこだけ我慢するだけでいい。引き換えに彼の笑顔が見れる。

 秘密の決意をして、残り十分の四つ葉のクローバー探しを再開した。

 今まで制限時間を設けなかったせいだろうか。

 決めた途端に世界がそれを待っていたかのように時計の針はその速度を上げて気力を奪っていく。一分、また一分と融通の概念を持たない長針は、容赦なく時を刻み、あっと言う間にタイムリミットに到達してしまった。

「っ……」

 その時間が来た時、彼女は少し安心してしまった。

 腰を痛くしてまで続けていた作業が終わる。疲労から解放されるという単純な幸福。これには人間である以上、逆らえない。

 彼女は探す手を止めた。

 目を瞑って右手に意識を集中して奇跡を考える。

 もし例えば、次に彼が手に取るクローバーが四つ葉だったら。

 ごめんなさい。でも、結果的に君が見つける事には変わりないから。

 奇跡を口にする前に心の中で彼に無責任な謝罪を述べた。

「イエローブース……」

 彼に聞こえないよう、声量を小さくして奇跡を口にする。

 その時だった。


「あった!!」

 

 その声は後ろめたい気持ちの奇跡なんて容易くかき消す程の大声だった。

 公園中に響いた声は、風に乗り木を揺らす。

 奇跡を行うまであと一歩だった、彼女はゆっくりと振り返る。

 そこにいるのは立ち上がって、満面の笑みの彼。

 まだ大人になっていない小さな手は、すっかり指の先が土色だ。

 それでもその両手には、宝石のように輝くクローバーがある。

 間違いなく、その葉の数は四枚だった。



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