表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イエローブースター  作者: 綾沢 深乃
「第6章 開かれた二枚のルーズリーフ」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/34

「第6章 開かれた二枚のルーズリーフ」 (5)

(5)

「読み終わったよ」

 シンとした車内に彼女の優しい声が響く。

「どうでした? 最後まで読んでみて」

「うん、やっぱり途中までの時と同じ。驚いた」

 手に持ったルーズリーフを見めながら彼女は深く頷く。

 驚いた。その感想はこれを読んだ者なら誰もが思い浮かべるだろう。だが彼女に求めている感想はそんなものじゃない。

 巧は彼女の感想を否定的に捉えて口にしてしまう。

「凄いと思うのは、貴方がこのルーズリーフに登場していないからです」

「えっ?」

 彼女が戸惑いの表情を浮かべる。

 全身に電気を流されたような感覚が生まれた。

 こちらに向けられた彼女の視線に耳が赤くなり右の奥歯が痒くなる。しかし、一度勢いづいてしまった口は止まる事を知らない。

「だって俺はこれを読んだ時、最悪だって思ったんです! イエローブースターでの失敗をまたしていたなんて!」

「巧君」

「そして最も恥ずべきなのは、彼女を消した事を忘れていた事ですっ! それなのに呑気にルーズリーフに書いてるなんて……、どこまで馬鹿なんだっ!」

「巧君っ!!」

 車内に大声が響く。響いた大声は外にも漏れたようで、駐車場を歩く人が窓越しに不審な目線を向けてきた。

 それを全く気に留めない彼女が、巧の両肩を掴む。両肩に触れた確かな重みは暴走していた口を止めてくれた。

「落ち着いて。自分を責めても何も変わらない。去年の君は沢山悩んだはずだから。忘れたくて忘れた訳じゃないよ」

「そんなの、分からないじゃないですか」

 巧の生意気な言い方にも彼女は怒らず、手に持っているルーズリーフをこちらに手渡す。手渡されたルーズリーフの気味の悪さに顔が歪みそうになるが、向こうに悟られないよう、気を引き締めた。

「そのルーズリーフ。ボールぺンで書いてあるけど、シャーペンで下書きした跡がある。ただ殴り書きしたんじゃない。言葉を選んで残そうとしたんだ。それに隅の方にはシワが寄ってるでしょう? それは涙の跡だよ」

 彼女が指す部分には確かにシワが寄っていた。そして言う通り、ボールペンの下に微かにシャーペンで書いた溝がある。

「……気付きませんでした」

 その事実に小さな声で巧は呟く。

「気付かないのも無理はない。巧君は、内容に目が行き過ぎて、それどころじゃなかったはずだ」

 自分の書いた物について、自分以外の人の方が知っている。考えてみると、とても不思議だった。だが、そのお蔭で先程までの感情の高ぶりは落ち着いている。

「もう、大丈夫?」

「はい、ありがとうございます。さっきはすいません。興奮しちゃって」

 直前まで自分がしてしまった物言いに頭を下げて謝罪する。すると、下げた頭の上から、彼女のふっと笑った声が聞こえた。

 ポスっと頭の上に何かが乗る衝撃が伝わる。鼻に入る甘い香りでそれが彼女の手と分かった時には、されるがままに頭の上で手を動かされていた。

「変わらないね。巧君は最初に会った頃と何も変わらない」

 今の自分ではない、どこか遠い昔の自分と比べて話す彼女に巧は顔を上げる。それに反応して「おっと」っと彼女が頭から手を離した。

「最初っていつですか? 昨日じゃないですよね」

「うん、昨日じゃない。覚えてないのも無理はないけど、巧君とはずっと昔に一度会ってるんだ」

 一度会っている? 記憶を深い所まで探るが、手掛かりは見えない。

 彼女は自分が思い出すのを待っているのか。何かを言う事はしなかった。

 それから数分が経過した。

 彼女は何も言う素振りは見せず、こちらの第一声を待っている。

 巧は未だに何も思い出せない。これ以上、相手を待たせて期待させるのは悪い。もうギブアップ宣言をしてしまおうか。

 そんな事を考え始めた時、ふと脳裏に言葉と響いた。

 同時に情景も浮かぶ。


——諦めない。絶対どこかにあるはずだから。

——そっか。じゃあ、お姉さんも手伝うね。


 あれは、そう夕方だった。見上げるとそこには空が焼けたような夕焼け。

 遠くは暗く、夜との境界線がハッキリと見えていた時間。とっくに子供は家に帰っている時間帯の丘の上にある高い公園。そこで自分が何かを必死に探していて、彼女が手伝ってくれていた。

 消えてしまった言葉と情景を手掛かりにして、慎重に口を開く。

「夕方に、何かを探してた?」

「そうだよ、二人で探してた。そっか、そこまで思い出してくれたんだ。ありがとう、じゃあもう充分。細かい部分は私から話すね。あれはもう十年近く前になるのかな……」

 そう言って、彼女は遠い昔話を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ