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イエローブースター  作者: 綾沢 深乃
「第5章 どうしようもない事」

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17/34

「第5章 どうしようもない事」 (1)

(1)  

 高校生活は一年毎の違いが嫌になるくらいハッキリしている。

 中学生との環境の違いを楽しむのは一年生まで。二年生の夏休みから、教師達は一斉に大学受験を口にし始めた。

 教科毎に教師から受験という単語を浴びさせられる生徒達は、まだ受験本番は年単位で先だというのに既に嫌気が差しており、ペンを動かすのが少しずつ億劫になっていった。

 当然、巧もその中の一人。学年のクラスが少ないのでクラス替えは大して意味がなく、去年と殆ど顔ぶれだった。

 また私立高だからか、転校生や転入生も存在しない。内容が難しくなった教科書と教室の場所だけが進級した事を教えてくれていた。

 季節は冬。

 風は冷たく、誰もが首にマフラーを巻いて、学校指定の紺のダッフルコートを着用して登校している。

 寒さから守ってくれるダッフルコートは室内に入った途端に無用と化す。

 朝、巧は教室に入るなり、すぐさまダッフルコートを脱いで、椅子にかける。そしてロッカーから持って来た教科書類を引き出しにしまっていく。

 一時間目から順になるように入れ終わると、それを見計らっていたような絶妙のタイミングで、去年と変わらず前の席にいる悠木が振り返った。

「よっ、香月。おはよう」

「おはよう」

 去年からずっと前の席にいた事で、いつしか悠木とは友達と呼べる間柄になっていた。

「香月。お前、金曜日の英訳の課題やってきたか?」

 悠木に言われて巧は先週に出た英語の課題を思い出す。

「範囲が多かったけど、土日挟んでたし、ダラダラやって終わらせた」

「俺も一応、やったけど少し怪しい箇所があるんだ。授業前に軽く答え合わせしないか」

「別にいいけど。俺だって自信がある訳じゃない。間違ってても責任は取れないから」

「分かってるって。あくまで念の為だ。それに香月の英語の成績は俺より上なんだし、大丈夫だって。信頼してるから」

「はいはい」

 悠木に上手く乗せられた巧は英語のノートを取り出した。始業時刻までの十分を二人は課題の答え合わせに費やす。ココ最近、悠木から何かしらの理由と共にこれが頻繁に行われている。

 っというのも学年が上がってから、どの教科も必ず課題を出すようになり、しかもその量が膨大なのだ。

 私立高だから毎年の進学実績が翌年の入学希望者に影響してくる。だから、教師連中は自分達に偏差値の高い大学に合格してほしいんだろう言うのが悠木の意見。

 正直、自分が学校の商品になっているのは、嫌な気分ではある。だが、毎日の課題で確実に学力が上がっているのも事実だ。

 悠木はその点について、互いに利用し合っていると思えばいいと割り切っていた。そんな彼の言葉を聞いてから、最近は少しずつ逆にこっちが学校を利用してやろうという気持ちが芽生えている

 更に、課題が出るようになった事で生まれた変化がもう一つある。

「ねえねえ、今二人がやっているのって金曜日の英訳の課題だよね?」

 二人に話しかけてきたのは、巧の隣の席にいる佐原という女子。

「ああ、悠木が答え合わせしたいっていうから」

「確認だよ、確認」

「どうかな。案外、日曜の時点で既に当てにされてたりして」

「あ、やっぱり分かる?」

「今度、月曜日に病欠しようかなぁ」

「おっと。それはマジで勘弁して」

 佐原が二人のやり取りにクスクスと笑って自身の引き出しから英語のノートを取り出した。

「その答え合わせ、私も参加していい? 実は結構不安なんだ」

「勿論。分母が増えるのは大いに助かる。香月は?」

「俺も別に」

 特に断る理由がなかったので、巧も佐原の参加を受け入れる。二人に了承された佐原は、小さく喜び笑顔を浮かべて「やった。じゃあ、お邪魔しま〜す」っと自らの机を巧の机に近付けた。

 悠木を頂点とした凸の形となり、あらためて三人は答え合わせを始めた。

 中央に置いた巧のノートを二人が見る形となる。彼の書いたノートと自身のノートを見比べる佐原。その表情は真剣だった。

 集中している佐原の横顔を気付かれないように巧はそっと盗み見る。

 少しウェーブがかかった軽さを感じる髪は明るめ。だが、似たような髪色の生徒と違って変に着崩す事なく、校則通りに着ている制服。そのアンバランスさが独特の雰囲気を作っている。そして成績は高く、いつも掲示板に張り出される定期のテストの学年上位には佐原の名前がよくあった。

 その事から、教師に気に入られているのは確かで、佐原に話しかける教師は他の生徒よりも距離が近い。

 相手が男性教師だけなら、邪な考えが浮かぶが女性教師も親しく接している。佐原はこの学校で非常に商品価値が高い生徒なのだ。

 そして、巧と悠木が課題の答え合わせを始めると、佐原も加わる。

 気付けば、そんな習慣が構築されていた。

 関係を薄くしておけば得るものは少ない代わりに、失うものも少ない。だったらそれで構わない。そう決めて過ごしていた去年一年間。

 それが僅か数ヶ月でこうも変わった。こうして毎日、話すクラスメイトがいる生活を知ってしまうと以前のようには戻れない。

 また、巧は佐原に他の生徒とは違う印象を持っていた。彼女との些細な会話は一日の学校生活に彩りを与えてくれる。これも去年は知らなかった。

 今、巧は間違いなく充実した高校生活を過ごしている。本人もそれを自覚しており、出来るならこの生活がずっと続いてほしいと願っていた。

 だが、そんな重みのない浅はかな願いは決して叶う事はなかった。


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