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イエローブースター  作者: 綾沢 深乃
「第4章 取り残して進んで行く世界について」

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「第4章 取り残して進んで行く世界について」 (1)


(1)

 あの後、どうやって家まで帰ったのか、記憶はハッキリしていない。ただ、体が動くままに動いて、気付いたら玄関前に立っていた。

 リビングでは先に帰宅していた母親に遅くなった理由を聞かれたが、図書館で勉強していたと適当に嘘をついた。それ以上の会話はする気にはなれなかったので、「外で簡単に夕食を済ませた、少し風邪を引いたかも知れないから、もう寝る」と矢継ぎ早に答えてリビングを出ようとする。  母親は巧の言う事を疑わず「分かった、お休み」っとだけ言った。彼もそれに返して自室に入る。

 朝の空気が変わらず保存されている自室に入ると、まるでタイムスリップをしたような気分になる。

 いっそ本当にタイムスリップをしていたら良かった。

 そしたら、公園での出来事を全力で止めるのに。

 そんな叶わない望みを願って、巧は制服も着替えずベッドに倒れ込んだ。

 疲労は肉体、精神共に限界を超えている。強烈な眠気は大きな渦となり、巧を睡眠へと誘う。抵抗する気力すら湧かない彼は、渦に身を任せた。

 どれくらい、時間が経過したのだろうか。

 ゆっくりと瞼が上がった。何かの夢を見ていた残滓はあるが、具体的に何だったのかは思い出せない。靄がかった重たい頭を上げて巧は部屋を見回す。

 電気も消えていない。格好も制服のまま。廊下に部屋の電気は漏れていたはずなのに、母親はドアを開けなかったようだ。

 こちらに任せているのか、又は風邪を移されたくないのか。どちらだとしても今の巧はどうでも良かった。

 視界に映った携帯電話を手に取った。電池残量は残り一つしかなかったので、枕元に置いている充電器に携帯電話を繋ぐ。すると、息を吹き返したように軽快な音を立てて、ランプが赤く光る。

 放り投げたい気持ちを抑えて、待ち受け画面を開く。表示されていた時間は最後に見てから約三時間が経過していた。小さくため息を吐いて立ち上がり、若干シワなってしまった制服を脱ぐ。

 脱いだ制服をハンガーに掛けて部屋着に着替えた。明日の学校の用意をする余裕はない。今出来るのは、ココまでだった。

 重たい体を引きずるようにしてスイッチまで歩き電気を消して、布団の中に潜った。

 携帯電話のアラームをいつもの時間に設定する。残りの睡眠時間は三時間を切っていた。

 暗く静かな部屋で携帯電話の人工的な白い光が部屋を照らす。

 あまり使っていると目が慣れてしまう。まだ眠気がある内に眠らねば、そう判断して巧は携帯電話を閉じた。途端に部屋は暗くなり、光源らしい光源はカーテンの隙間から僅かに入る月明かりだけになった。

 仰向けになり目を閉じる。今はもう余計な事を考える時間すら惜しい。 

 大事なのは明日に備えて早く眠る事。今日の事は夢と錯覚する事だ。

 壁掛け時計の秒針の音が響く。

 規則正しいその音は、意識を再び渦の中央へ引き戻して行く。

 渦に完全に飲み込まれる瞬間、巧は目を閉じたまま右手を上げた。

「イエローブースター」

 零時を過ぎた事で回数がリセットされた奇跡をただ単純に呟く。

 力を入れずボスっと落ちた右手は、布団の柔らかな感触に包まれる。

 それだけだった。

 壁掛け時計の秒針の音が消える事も、頭痛がする事もない。

 奇跡にならないその言葉は、巧の意識と一緒に渦に吸い込まれていった。



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