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第2章 ソルダ・アルヴァニク/イェタ・アルヴァニク 後編

 首都・サンディゴノス。


 夜も深くなり、軒先を閉める商店が散見されるころ。

 真っ暗闇に飲まれた中央市場の路上に、誰かが捨てたらしい新聞が転がっていた。

 先日付の新聞のようで、道行く人々に散々踏まれた跡が残っている。

 クッキリと足跡の残る一面には、大見出しが印刷されていた。


 ”アクィエル大陸震撼!! ラクシュアムの要人暗殺さる!!!”

 ”魚人族の犯行か!!? サムサー・アルヴィ大臣死亡”

 ”懸念される民衆恐慌”

 ”実行犯未だ発見されず。高まる市民の不安。”


 そんな事件なぞ何処吹く風といった具合で、口笛なんか吹きながら、男は街角の自分の店を畳んでいた。


 その日の商売も順調に済んで。


 また明日もいつも通りに商売をする。


 そんな日常を過ごしていた矢先だった。



 中央市場のいたる所から、男を遠巻きに観察する目が覗いていた。

 ある視線は好奇心に満ちて。またある視線は憎悪に満ちて。

 そして、そんな視線の主の中の何人かが、そろそろと。集まって男に近づいていく。


 その手に、手に、鉄棒やら木の角材やら、硬くて重そうな物を片っ端から持った状態で。

 段々と、その数は増えてくる。


 男ははじめ、全く気が付かなかった。まだ口笛なんか吹いたりしている。

 明かりを消す前に路上に顔を向け、ふと。気付いた。

 いつの間にか、自分の周囲に異様な雰囲気の集団が集まりつつあることに。


 男は少したじろいだ。

 集まってきている人間の眼つきがどれも、尋常ではなかったからだ。

 以上にギラギラしている目。血走ってさえいる。

 思わず店の奥に引っ込もうとして振り返り、男は息を呑んだ。

 いつの間にか店の中にまで入り込んでいる者がいる。他の者と同じく、目を血走らせて。


 言いようも無い恐怖に駆られたその時、集まってきた人々の中の一人が、言葉を発した。


「おい、お前・・・・・・・・・・・」


 その人間は静かに言った。


「ケマイアの出身か?」





 ・・・・・・・・・





 ・・・・・・・・・





「・・・・・えぇ、実家はケマイアですがそれがなガツンッ!!


「!!?」


 後頭部に鈍い痛みを感じるのと同時に、目から火花が出るのを感じた。

 頭を抱えてうずくまろうとした男の腹目掛け、間発入れずに蹴りが入ってきた。

「ぁがっ・・・・・・・」

 次の瞬間、男の周囲を取り囲む人々の間から、次々と硬いものが振り下ろされてきた。


 バキッ!ドカッ!「この売族奴め!!」ドスッ!

 「貴様らのせいで大臣は!!」「死ね!」ボクッ!!

 ドンッ!!「魚人族なんかと一緒になりやがって!!!」「テメエらもグルなんだろ!」

 ガンッ!



* * * * * * *



 翌日。ケマイア。


 町中に、イェタがやって来ていた。

 人間の男性から受け取った山菜らしき大束を、脇に抱えている。

 その後方では、先日助けた兄弟と同い年ぐらいの子供達が多数、騒ぎ走り回っていた。


「いやぁ・・・・・・すみませんね、こんなに頂いてしまって。」

「いえいえ、こちらこそ。息子を助けて頂いたのに、こんなお礼しか出来ませんで。」


 と、人間の男性の方が申し訳なさそうに言う。

 あの子供達の父親らしかった。

 どうやら子供を助けてもらったお礼に、山菜のお裾分けをしたようである。


「既に娘さんから、心のこもった贈り物をしていただきましたからね。」


 そう言ってイェタは腕を上げて、先日貰った、魚の骨で作られたあの輪を見せた。

 手首に装着して、腕輪にしたらしい。


「いえいえ、とんでもない。・・・・・・ほら、ちゃんとお礼をしなさい、ジュド。」


 そう言われて、あの小さな男の子が父親の後ろからひょっこり顔を出した。


「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「ほら、ジュド。」

「・・・・・・・・・・・・ありがとーございました。」


 ジュドが、さっと頭を下げた。

 イェタは、男の子の目線までしゃがみ、ニッコリと(あくまでイェタの感覚で)笑った。


「泳ぐときは気をつけなさい。君らは水の中じゃ息が出来ないんだから・・・・・。」

「・・・・・・うんっ。」


 ジュドが、再び強く頷いた。


「・・・・・・・・うん、いい子だ。」


 ジュドは何度もコクコク頷いた。

 イェタは、ジュドの頭を優しく撫でると、ゆっくりその場に立ち上がった。


「それでは、私はこれで。」

「お兄さんにもよろしくお伝えくださいね。」

「ええ。」


 ところが、貰った山菜を脇に抱えて行こうとした矢先、

 それまで周囲で走り回っていた子供達が、一斉にイェタの足元に群がってきた。


「イェタにーちゃん帰っちゃうの?あそぼーよー。」

「あそぼー、あそぼー。」

「前みたいにみんなでかけっこしよーよ!」


 そう言って、一人の女の子がイェタの手を掴んでぴょこぴょこ跳ねた。


「あそぼーよー。」


 イェタは、子供達の様子を見て微笑んだ(くどいようだがあくまでもイェタの感覚で)。

 この町では、子供ですらイェタ達を怖がらないのだ。

 生まれたときからずっと見ている為、違和感など何も感じないのかもしれない。


 それでもイェタは、ソルダを放ったらかしにしておく訳にはいかないので、


「ごめんな、みんな。今はちょっと遊べないんだ。」

「えー、やだやだー。」

「あそぼーよー。」

「こら、お前ら。イェタさんを困らせるんじゃない!」

「ぶー。」


 すねる子供達を見て、イェタは軽く笑った。


「ごめんなぁ。みんな、明日また来るからな。そうしたら、そのときは一緒に遊べるからな。」

「本当!?」

「やくそくだよ!!」

「ああ。約束だ。」


 子供達も、やっと納得してくれたらしい。

 渋々ながらもイェタを取り囲んでいた状態を離れ、彼らだけで遊びに戻っていく。


「さて、と・・・・・・・。帰るか。」


 今度こそ、イェタは帰ろうとした。

 小屋のある、町のはずれの方に向かって歩き出したその時、後方から彼の名を呼ぶ声が聞こえた。


「イェタさーん!」


 イェタが振り返ると、ついさっきまで自分が訪ねていた家の窓から、小さな女の子が身を乗り出し、手を振っていた。

 イェタにあの腕輪をくれた子――リーサだ。

 イェタも歩きながら、姿が見えなくなるまで、命一杯その手を振り返しながら帰って行った。



* * * * * * *



 それからしばらくして。

 同じく、ケマイアの町。


 既に昼時。食事をするために人々も、ぼちぼち家に帰ってきていた。


 そして。

 その平穏を破るかのように。


 ドドッドドッドドッドドッドドッドドッ。

 ガラガラガラガラガラガラガラ。


 けたたましい蹄の音と、それに引かれる”馬車”の車輪の音。

 二匹のボマドに引かれる”馬車”が、町目掛けて猛烈な勢いで走ってきていた。

 屋外にいた人々が何事かと、町から首都へ続く正道の方を見やる。

 ”馬車”は、町の手前で急減速した。

 今はボマドにゆっくり引かれている、車本体の方の扉が開いた。


 こんな半端な時間帯に誰だろう、と町の人々がその様子を遠くから見る。

 しかし何か様子がおかしい。

 扉が開いたは良いが、誰も車の中から出てこない。

 そのうち人々が怪訝に見つめていると――出てきた。しかし、動きがなんだかぎこちない。

 見覚えのある人物がつらそうに、地に足をついた。そして――――


「ダルシス!?」

「おい、どうしたんだ!」


 ダルシスと呼ばれたその男は、体重を支える力さえ失われてしまったのか。

 人々の見ている目の前でがくっと路上に倒れこんだ。


 慌てて駆け寄る人々。


「しっかりしろ、ダルシス!」


 人々に抱き起こされるその男の顔は―――何を隠そう、

 昨晩サンディゴノス中央市場で集団リンチを受けていたあの商人であった。

 あの後も散々痛めつけられたのか、服がボロボロで全身傷だらけである。

 破れた服の隙間からは無数のアザや切り傷が見え隠れしている。顔面も酷く腫れていた。


「どうした!?一体何があった!?」

「・・・・・・・・・・・ルヴァニクさんに・・・・・」

「え!?」

「・・・・・・・アルヴァニクさんたちを・・・・・・・早く隠れさせて・・・・・・・この町も・・・・・・・・危ない・・・・」

「・・・・・・・!!」


 その周囲にはいつの間にか、騒ぎを聞きつけて集まってきた大勢の町人たちが溢れていた。

 どの顔もが一様に、恐怖を浮かべていた。

 ただ、何が起きているのかも分からない子供達を除いて。



* * * * * * *



 ダルシスという商人が、診療所で手当てされながら必死に町の人々に伝えた内容は、次のような恐ろしいものであった。


 まず、昨晩自分がいつも通りの時間に店を畳もうとしたところ、異常な眼つきの集団に取り囲まれ、ある質問をされたということ。

 ”「お前はケマイアの出身か?」”

 その問いに肯定の意思を示した途端、突如として暴行を受けたということだった。


 そして、これはまだ確かな情報ではなかったが・・・・・・・。

 どうも彼らの口ぶりからして、”海王族がらみの何らかの事件”が原因らしいこと。

 自分以外にも襲われた人間がいるらしいこと。

 それからもうひとつ。

 「売族奴の町に思い知らせてやる」と誰かが言っていたということだった。



* * * * * * *



 直後。


 町民たちは混乱の様相を呈していた。


 ケマイア市民への無差別私刑が行われているらしいという情報だけでも充分だったが。

 その集団が、ケマイアを直接襲ってくるかもしれない、となって尚更だった。


 もはや昼飯どころではない。


 町に戻ってきた男達は総出で、首都に続く正道の前にバリケードを作り上げていた。

 大きめの家財道具や、近くの家にあった丸太などが次々と組み上げられ、障壁を作った。


 一方、女達は大慌てで、町の子供や老人、病人たちと一緒になって避難を進めていた。

 海岸線にある小さな森の中にである。

 ケマイア市民が誰彼構わず襲われているとなると、子供や老人とて例外ではないだろう。

 あまつさえ集団心理に飲まれ、それが暴力行為に発展しているとなると、

 本当に何をされるか分かったものではないからである。


「――お前は早く、ソルダさんたちにこのことを知らせてくれ!」

「・・・・・・・分かった!!」


 ゼノの指示を受け、町民の一人が海岸の方へ向けて走っていった。


「―――にしてもゼノ、こいつはなんか変だぞ。」


 丸太を運び終えてきたアイヴァーが言う。


「何がだ?」

「いくら海王族が住んでるったって、普通ここまでやるハズが無い!」

「でも今、現に――」

「違う、そういう意味じゃない。・・・・・ケマイアに海王族が住んでるって話は、知られちゃあいるが、本気で信じてる奴はほとんどいねえんだよ!!」


 ゼノが、何か言い返そうとして―――――――――。


「―――――――――なんだって?」

「サンディゴノスの連中は大体そうだ。俺も大学で、何度か尋ねられたことがある。つまりだ・・・・・・・・・・・・海王族が事件を起こしたからって、その話をすぐケマイアに結びつけるような奴は、普通はいないハズなんだよ。都市伝説だと思われてんだ!」

「じゃ、じゃあ・・・・・・・・・?」

「みんな、来たぞ!!」


 話を続けている余裕は無かった。

 ゼノとアイヴァーは、急いでバリケードの後ろに駆け込んだ。




 ドドッドドッドドッドドッドドッ。



 何匹ものボマドに牽引されて、七、八台の”馬車”がやってきた。

 彼らの視点からもこのバリケードが見えたはずだ。おそらく停車するはず・・・・だ・・・・が・・・・。


『――停まらないっ!?』


 バリケードの隙間から向こう側を見ていたゼノとアイヴァーは焦った。

 まさか・・・・・・突っ込むつもりか!?

 ゼノが咄嗟に叫んだ。


「みんな、避けろー!!」


 人々がゼノの言葉に硬直すること一瞬。

 バリケードの向こう側を再度見やること一瞬。

 ボマドが馬車ごと突っ込んでくる様子を理解すること一瞬。

 そして、ボマドの突っ込んでくる直線状にいた人々が、慌てて退避しかけること一瞬。


 ドッシャアアアアアン。


 物凄い音と共に、並べられていた丸太や家財道具の一部がボマドに跳ね飛ばされ、砕け散って宙を待った。

 その破片が、地に伏せた人々の上にぱらぱらと降り注ぐ。

 先達が防壁にぶち抜いた穴を使い、後続も次々と突き抜けてくる。

 瞬く間に障壁は突破され、”馬車”の一団は町のはずれ目掛けて去っていった。


「な・・・・・・・・・・」


 アイヴァーは思わず言った。


「なんて無茶しやがる!?」

「くそ・・・・・・・・・怪我した奴はいないか?」


 ゼノがすぐに確認する。

 周囲から大丈夫だという声がいくつも上がり、ゼノは安堵する。

 そして、集団の去っていった方角を見やった。


「奴ら、海岸の方へ行ったぞ・・・・・・。」


 ゼノに先行してアイヴァーが言う。


「あの二人はもう隠れたかな!?」

「分からねえ・・・・・・・・・・・・・・・・・よし。みんな、海岸に行くぞっ。」


 人々が一斉に掛け声を上げた。



* * * * * * *



 ドドドドドドドドドド・・・・・・・・・。


 緩やかな坂を下ったところで”馬車”が停車し、浜辺の脇に40人近い人々が降りてきた。

 どの人間も一様に、手に角材やら鉄棒やら鍬やらを携えている。かなり危険な雰囲気である。


 しかしその集団の中に、ただ一人、明らかに姿格好の違う人物がいた。

 集団の中の一人が、その男に何事か尋ねる。男がそれに答えて浜辺を指差す。

 話が聞こえたのか、集団の目の色が変わった。


「・・・・・・・・魚人族は海沿いに住んでいるはずだ。探せ!!」


 誰かがそう叫んだその時。

 集団の背後で、どたどたと何かの走ってくる音がした。

 彼らが振り返ると、丁度坂の上に、ケマイアの町民たちが駆けつけたところだった。

 その先頭にはゼノとアイヴァーがいる。


「いたぞー。こっちだーっ。」


 町民の誰かが、彼らの更に後ろにいるらしい人々に向かって手を振った。

 町中の人間が続々と集結してくるようだ。

 対する40人の暴漢達も、手に持っていた武器を構えて臨戦態勢に入る。

 一触即発とはまさしくこのことであろう。


 ところが、今にも激突しそうな雰囲気の中、暴漢達の後ろから一人の男が突然進み出てきた。

 先程暴漢共に何かを教えていたあの人物だった。

 男は、連中と何事か話し始めた。

「・・・・・・・・・しかし犯罪者の仲間です。なにをされるか・・・・・・・・!」

「手を引くようにように頼んでみよう。無駄な死は避けたい・・・・・・・・」

 アイヴァーが見た限り、その姿は集団の中で明らかに異彩を放っている。

 法衣らしいものを着て、一見すると牧師のようで・・・・・・。


 アイヴァーはハッとした。


「まさかアイツが・・・・・・・・・・?」



 すぐに話がついたようで、その”牧師らしき男”が、他の連中よりも何歩か前に出てきた。

 そして、丸まって見えるその小柄な身体から、実に良く通る声を発した。


「・・・・・・・聞きたまえ、ケマイアの市民達よ!」


 町民らは坂の上から、その男を黙って見やった。


「今日より一週間前、アクィエル大陸、ラクシュアムの街において、同国政府の国外貿易機関長サムサー・アルヴィ大臣が銃撃を受け、亡くなられた!!聞くところによれば、その実行犯は魚人族だとのことである。今、私の後ろにいるのは皆、ラクシュアム出身の者たちばかり。彼らは自国の、そして人類の受けた屈辱を晴らす権利を持っている。邪魔立て無用。ご退散願おう!!」


 男の後ろにいる連中が一斉に賛同の声を上げた。


 一方、ケマイアの町民たちはと言えば。

 「何言ってんだこのヒト?」といった具合の表情をしていた。

 アイヴァーがすぐに何か言おうとしたが、「はぁ?」といった表情だったゼノが先を越した。


「おい!・・・・・・・・・あんた!」


 ゼノが男を指差して叫んだ。


「なんだね?」

「その・・・・・・屈辱だかなんだか知らねえが・・・・・・ケマイアとどう関係があるってんだ!?」

「この町に住む魚人族も、サムサー大臣暗殺の件に関与が疑われる!」

「関与って・・・・・・・大体あの人たちは、8年前からずっとこの町を離れてないんだぞ。」

「証拠は無い!」

「それはそっちも同じだろが!」

「それに直接手を下したとは限らん。陰謀のみならば、加担することは可能ではないのか?」

「だから、証拠が無いだろっつーの!!」

「・・・・・・・・嘆かわしいこと。天王の子ともあろう者が、魚人に同情し殺人者を庇うとは!」

「だから証拠が・・・・・・・・・ああー、もう!」


 ゼノも段々イライラしてきたようである。

 そこでアイヴァーが、代わって牧師と思しき男に声をかけた。


「ひとつ聞かせろ!」

「?」

「どうしてケマイアの人間を襲った?」

「なにぃ?」

「アンタらここに来る前、この町出身の人間をサンディゴノスで片っ端から半殺しにしただろ!」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「アンタ牧師だろ・・・・・・何でソレを止めなかった?八つ当たりみたいな理由で無抵抗な奴を半殺しにするのがテメエらの仕事か!!?」

「それは・・・・・・・」

「大体ソイツらの行動だって変だぜ。」


 アイヴァーは一気に畳み掛けた。


「海王族がウチの町に住んでるって話はな・・・・・・・・・・・・・・知られちゃいるが、真に受けてる奴はほとんどいやしないんだよ。それがおかしな話じゃねえか。どうしてこんな極端な行動が取れる?なんで怒りの矛先がケマイアに向く?理由はひとつしかない・・・・。お前が!ソイツらにそう吹き込んだからだよ!」

「・・・・・・!! な・・・・何を馬鹿な・・・・・」

「ラクシュアムだぁ?自国の屈辱だぁ?デタラメ言ってんじゃねえよ。海王族が殺せれば、本当はソイツらの事なんかどうだっ―――」

「――おい、向こうに小屋があったぞ!」

「!!」


 間一髪、というべきか。その牧師にとっては。

 海岸を捜索していた連中が、どうやらアルヴァニク兄弟の家を見つけてしまったらしい。

 アイヴァーの指摘で暴漢たちに迷いを生じさせる寸前、話が中断されてしまった。

 この隙を、牧師は逃さなかった。


「・・・・・今こそ屈辱を晴らすとき。サムサー大臣の仇をとるのだ!!」

『おぉーっ!!!』

「なっ・・・・・・・お、おい、待てこの・・・・・・・・・」


 アイヴァーの叫びもむなしく、40名近い暴漢たちは、

 その牧師のどさくさ紛れにまんまと乗せられ、走っていってしまった。


「・・・・・・・・・・・・・・・なんっつー単純な奴らだ!!」



* * * * * * *



 コッコッコッコッコ・・・・・・・・。


 暗い小屋の中に、ソルダの彫刻の音だけが響く。

 今度は、古い丸太の表面に何かを彫り付けていた。龍か、はたまた・・・・・


 ガツン!!


 突然、静寂が破られた。

 ソルダが不意の音に驚愕し、飛び上がる。


「な・・・・・・・・・・・・」


 音がしたのは窓の方。慌ててソルダが振り返ると、もう一発何かが窓硝子に当たった。


 カン!


「・・・・・・・?」


 ガシャーン!!


「のわっ!!?」


 大きめの石が窓硝子を突き破って小屋の中に飛び込み、しばらく前にイェタが置いていった山菜の山の上にぽとっと墜落した。

 間発入れずに戸の辺りからカツン、カツンと、何か硬いものの当たるような音が連続して聞こえてくる。

 ソルダは立ち上がると、慌てて戸に駆け寄って押し開いた。

 その途端、小屋目掛けて投石を繰り返す、興奮した人間達の姿が目に飛び込んできた。


「な・・・・・・・・・・なんだっ!?」


 その集団は、ソルダが姿を現したと知るとより激しく叫び始めた。

「出やがったなー!」「この化け物めー!」「死ねー!」

「よくも大臣をー!」「死ねー!」「腐れ魚人ヤロー!!」「死ね化け物ー!」

 そして、小屋への投石を繰り返す。

 他にも何か叫んでいるようだが、興奮し過ぎで、もう何を言ってるんだかさっぱり分からない。

 まるで野獣のようであるが、どの顔も、全く見覚えが無かった。


「お、おい・・・・・・・・お前達は一体・・・・・・」


 ヒュッ!カンッ!


「うわっ!」


 答えの代わりに矢が返ってきた。何本かがソルダの足元に突き刺さった。

 その時、浜辺の向こうの方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「おおーい、やめろー!!」

「!」


 ゼノら、ケマイアの町民たちが彼らの後を追って来たのだ。


「お、おい!なんなんだこの者たちは――シュカンッ!――うわっ。」


 言い終わらないうちに、ソルダの顔の真横に矢が突き立った。


「隠れててください!ソルダさん!!」

「言われんでも分かっている!」


 そう言うとソルダは慌てて戸の奥に引っ込んだ。

 ゼノやアイヴァーが、負傷を覚悟で暴漢たちを押さえつけようとしたその時・・・・・・・。


「あ、兄者!?」


 海の方から声がした。

 全員がそっちの方を向くと、そこにイェタが唖然として立っていた。

 どうやら泳ぎから帰って来たようだが、何がなんだか分からないといった顔である。

 アイヴァーが慌てた。


「イェタさん、早く逃げ―――」


 ドスッ。


「ぐっ・・・・・・・・・。」


 突然の音と共にイェタが、右腕を押さえてうずくまった。

 上腕の、ボルツ甲虫が寄生しているすぐ下あたりに矢が突き刺さっていた。


「なっ・・・・・・・・・・。」

『イェタさんっ!?』


 ケマイア町民たちから一斉に声が上がった。

 ソルダも思わず小屋から飛び出てきた。

 痛みに呻いているイェタの下に、あの牧師がつかつかと歩み寄っていった。


「ふん・・・・・・・・・汚らわしい魚人めが。思い知ったか?」


 見下ろすように。平然と。


「偉大なる天王に背きし怪物よ。死をもって償うがいい。」

「・・・・・・・・・・・・・震えているな?」

「!!」


 イェタは静かに言った。


「私が怖いのか?」


 ギリッと歯軋りすると、その牧師はイェタの傷口を力任せに蹴飛ばした。


「ぐぅっ・・・・・・・・。」


 その途端、ケマイアの町民達から怒号が上がった。


 ――「なんてことするんだ!!」「卑怯者!!」「いい加減にしろこの外道ー!!」――


 数々の蛮行に、とうとう堪忍袋の緒が切れたのか。

 ゼノやアイヴァーをはじめとするケマイアの人々が、一斉に牧師目掛けて殺到しようとし、その行く手を阻もうとした暴漢たちと衝突して掴み合いになった。


 凄まじい奇声と怒号の嵐の中、森の方から一人の女の子が走り出てきた。

 取っ組み合いを演じている大人たちの目の前を駆け抜け、イェタの傷口を踏みにじっている牧師の下へ向かっていく。


「イェタさんをいじめちゃダメー!!」

「!!」

「あ、あの女の子は・・・・・・・・・」


 小屋の外でどうすべきか迷っていたソルダも、見て驚いた。


「リーサっ!?」


 彼女の父親が悲鳴を上げた。


「いかん!リーサ、隠れてなさい!!」

「イェタさんをいじめないでー!!」


 それには構わず、リーサは牧師の下に行くとその背中をぽかぽか叩き始める。

 精一杯の攻撃なのだろう。

 ところが、当然牧師には効いてなどいない。


「・・・・・・恐れ入った。この町は、子供までも魚人に取り憑かれているのか!」

「黙れ―――――――この野郎!!」

「リーサ、早く逃げなさい!!」

「ふん。魚人に取り憑かれた恥さらしめ・・・・・・売族奴の娘が!」

「やんっ・・・・・・。」


 リーサが、牧師に蹴飛ばされて浜に体を打ちつけられた。









 次の瞬間。









 その場にいた全員が硬直した。








 イェタが、見たことも無いような凄まじい形相で。


 牧師の胸倉を掴み、締め上げていたのだ。


 ケマイアの町民達ですら固まっていた。


 牧師は宙に浮いて、足をジタバタやっている。


「は・・・・・・・はわ・・・・・・・・ひゃあ・・・・・・・・」

「この子に・・・・・・・・この子に・・・・・・・手を、出すな!!」


 ゼノが、ハッとした。


「イェタさん!・・・・・・・イェタさん!!」


 名を呼ばれて、イェタが我に返った。同時に胸倉を掴む手が緩み、牧師も砂の上に落下した。

 イェタは、呆然としている。

 解放された牧師は、小心者の本性が出たのか、アワアワ言って腰を抜かしている。


「ひ・・・・・・・・ひ・・・・・・・・・」

「う・・・・・・・。」

「ひぃぃぃぃぃっ、魚人にっ・・・・・・・魚人に殺されるぅぅぅぅぅぅぅ~!!」


 牧師は泣き叫びながら立ち上がり、死に物狂いの呈で逃げ去っていった。

 途端に、ケマイアの町民達と一緒に固まっていた暴漢たちも何が起こったか理解し、そろいも揃って情けない悲鳴を上げると、牧師の後を追って逃げていった。


 後には静寂と、呆然としてへたるイェタの姿が残された。



* * * * * * *



 それから四日後。

 サンディゴノスで発生した《ケマイア市民 無差別襲撃事件》は一応の決着を見た。


 アクィエル大陸の《サムサー・アルヴィ暗殺事件》を発端とし、”魚人族を住ませている町”=ケマイアの出身者が、老若男女問わず集団で暴行されるという極めて陰惨な事件となった。


 最終的にはサンディゴナ中央警務局が機動部隊を出動させ、鎮圧するに至った。


 この事件で死者9名・重軽傷者120余名が出たが、その被害者達のうちの40人ほどは、国家も種族も知る由の無い、初等教育過程の子供達であったという。


 事件を報道した新聞の中には、この事件はラクシュアム出身者の、自発的な行動によるものだとの見解を出すものもあった。実際、逮捕者の八割はラクシュアム出身者であった。


 しかし実態は、首都の天王教原理主義者や族粋主義者たちによる煽動が原因であろうと。

 それが、大方の識者や新聞社の見解であった。

 被害に遭った人々が、”売族奴”という単語を頻繁に耳にしていたからである。



 また、同時期に、ハイアド共和国の首都・トラティオでも抗議活動が発生。

 死人こそ出さなかったものの、族粋主義者たちが口癖とする『憲法18条の復活』を訴え、立て看板を持って首都の中央道を行進。交通が大幅に妨害されるという事態となったという。



* * * * * * *



「・・・・・・・・本当に行ってしまうんですか?」

「ああ。我々がここにいると、間違いなく今後も迷惑がかかる。」

「そんなの気にしなくても良いって言ってるじゃないですか。」

「この間のような事件が何度も起こったとしても、本当に耐えられるのか?」

「う・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ゼノは沈黙するしかなかった。

 兄弟の見送りに集まった、アイヴァーや、他の町民達も同様だった。


「理由はどうあれイェタは人間を、それも我々をこの世で最も敵視する人間に手を上げてしまった。奴らはきっと今頃、”野蛮な魚人族に殺されかけた”などと触れて回っていることだろう。奴らが先に矢を射たり、あの女の子を蹴飛ばしたりといった、都合の悪い事実だけは何もかも隠してな。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「八年間住んだ町で名残惜しいが・・・・・。お前達に迷惑をかけるわけにはいかんからな。」

「・・・・・・・・・本当に、すみません。何もできなくって。」

「気にするな。今まで楽しかったさ。弟は特にな。」

「くそう・・・・・・・・ちっくしょう・・・・・・・・・・」


 集まった町民の中の、60過ぎの年配漁師がガラにも無く泣きじゃくっている。


「じいさん・・・・・・・・・男は泣くなっていっつも言ってるじゃねえかよ。」

「ばかやろうっ・・・・・・・今日ぐらいは特別でえっ・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・。」

「俺達はっ・・・・・・また何も出来なかったっ・・・・・・40年前と同じじゃねえかよっ・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・。」

「情けねえ・・・・・・・・助けられてばっかで・・・・・・・・・・ちっくしょう・・・・・・・・・・。」

「(・・・・・・・・・・・40年前? 何のことだろう。)」


 イェタは、包帯を巻いた右腕の矢傷に触れながら、ぼんやりとそんな疑問を浮かべた。

 しかし、それを聞く気にはなれなかった。


「・・・・・・・・・それでは、行くとするよ。」

「せめて、何処へ向かうかぐらい教えてもらえませんか?」

「・・・・・・・・・・・・東の同志の下へ向かうつもりだ。」

「東の同士・・・・・・・・・・・・・。」

「そう遠くは無い。いつかまた・・・・・・・・・きっと遊びに来れるさ。」

「そうですか・・・・・・・・・・。」

「では、イェタ・・・・・・・・・・・・・・・ん?」


 バタンと近くの家の戸が開いて、あの女の子・・・・・リーサが外に出てきた。

 イェタの下に走ってくる。

 周囲の大人たちは、黙ってそれを見ていた。


 女の子の目線にあわせようと、イェタが低くしゃがみこんだ。

 近くまで走って来たは良いが、リーサはなんだかもじもじしているだけだ。


「・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・どうした?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これ・・・・・・」


 リーサは、イェタの腕輪――自分が贈った魚の骨の輪を指して言った。


「無くさないでね?」


 イェタは、しばらく黙っていた。


「絶対だよ?」


 再び、沈黙。

 そして・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「ああ。ずっと大切にする。」


 リーサが、イェタに、抱きついた。

 イェタも優しく、その小さな体に抱擁を返す。


「必ず・・・・・・・・・・・・・必ずいつか戻ってくるから。」

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