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第1章 アレストス・レベリウス 中編

 ここはサンディゴナ北西の港町、ベリア。


 町中を行き来する商人や漁師達。

 その人ごみの中を、地味な出で立ちでひげ面の壮年の男が一人、徘徊していた。


 男は先程から、頻繁に周囲を見回している。

 ベリアの町にあまり慣れていないのか、それとも何かを探しているのか。


 男の耳には、周囲を行き交う人々の声が頻繁に聞こえてきた。


『・・・・・・・・・でさ、こないだ、またウブートの口に片足突っ込んじまって・・・・・』

『おい聞いたか!?またレベリウスの旦那が、土竜一匹仕留めたんだってよ・・・・』

『嘘だろ・・・・・・・。大きさは?』

『差し渡し17ミルトぐらいあったらしいけど・・・・・・』

『かぁ~っ。相変わらず凄ぇなレベリウスの旦那は~・・・・・・』

『・・・・・・アンタんとこの商売どう?最近・・・・・・・・・・・』

『パッとしねえよ、全く。まぁ、魚人族に襲われないだけまだマシってもんだけどよ・・・・・・』


 男はしばらくの間、そうやって周囲の話に聞き耳を立てていたが、

 その後すぐに何処かへと歩み去っていった。



挿絵(By みてみん)


* * * * * *



 アレストス・レベリウスが、小さな宿屋の戸を開けた。

 古い木製の戸がキィキィ呻っている。


「女将さん、帰ったよ・・・・・・。」


 そう言ってアレストスが宿屋に入るなり、一階に集まっていた連中が声をかけてきた。


「おぉ、旦那!今日の狩はどうでしたい?」

「バーカ、旦那のことなんだから、また大物に決まってらぁな。」


「・・・・・・・・・・・17ミルトあった。」


 その途端、食堂のあちこちから驚きの声が上がる。


「さっすが~・・・・・・・・」

「やっぱり凄ぇよ、旦那は・・・・・・」

「別に・・・・・・・・・・」

 アレストスが、大したことじゃないといった風で応じる。



 宿屋の入り口から入ってすぐの一階の部屋は、宿の食堂兼受付である。

 そのため朝・昼・晩と食事の時間帯に入っていけば、町の漁師や商人たちに出くわせる。


 ここは、本職は宿屋だが『飯が美味い』と評判なので、飯時になると何故か、どういうわけだか、宿泊客でない者まで食事に現れる。半分、定食屋と化しているのである。


 集まる連中は皆、アレストスより年上の者ばかりだが、彼自身は”レベリウスの旦那”と呼ばれている。

 誰が言い始めたのでもない。

 いつの間にか、そう呼ばれるようになっていた。


 そもそも猟竜師というのが難易度の高い職業であることもそうだが、ベリアの町で彼の過去を知らない人間がいないということも関係していた。



 19歳にして家族も友人も皆殺しにされ。


 たった三年で猟竜を習得し。


 砂漠に出るたび土竜の大物を獲ってくる。



 おまけに、彼が猟竜に日々を費やしている目的が、オーディヴァングへの復讐ときている。

 彼の醸し出す雰囲気に、ある意味町中の人間が屈服させられているのかもしれなかった。



* * * * * *



 アレストスが賞賛の声を浴びている最中の食堂へ、宿の主人が入ってきた。


「おや・・・・・アレストス、お帰り。」

「ああ、ただいまです、レスカさん。」

 アレストスも主人が入ってきたことに気づき、返答する。


「そんなかしこまらなくても良いんだって・・・・・。何か飲むかい?」

「ブレッダ酒あります?」

「ええっと・・・・・・・・ああ、あるよあるよ。」

 齢六十を過ぎた宿屋の主人は、厨房のカウンター下を覗き込んでから言った。

「丁度良かった。これで最後の一本だったんだ。」

 そう言って主人は、カウンターの上にどんと酒瓶を置く。


「良かったら俺が、後で買い足してきましょうか?」

「ん・・・・・・・・。じゃあ、お願いしようかな。」


 主人は酒瓶の栓を抜くと、アレストスに手渡した。

 アレストスは、黙ってそれを飲む。


 三年前と比べて酷く無愛想で口数の減ったアレストスだったが、彼もこの宿屋の主人夫婦だけにはある程度心を開いていた。


 以前は違う宿を転々としていた彼だが、主人夫婦の人の良さなどが気に入ってからは、ほとんどこの宿にだけ泊まっていた。実質的に、第二の家のようなものだった。



「じゃ、俺は部屋に。・・・・・・・・そういえば奥さんは?」


 アレストスが椅子から立ち上がり様、思い出したように言った。


「さっき二階に上がっていったハズだけどね。掃除しに行ったきり降りてこないな。」

「ふぅん・・・・・・・・・。」

 そう言ってアレストスは、二階への階段を昇っていく。




 アレストスが二階の廊下へ赴くと、そこにレスカ夫人がいた。

 見れば、水で濡らした雑巾を使って、懸命に寝室の扉を擦っている。




 そのとき突然。




 アレストスの脳裏を嫌な予感が掠めた。


 彼は、慌てて夫人の下に駆け寄った。


「女将さん!」

 レスカ夫人が、ギョッとしたようにアレストスの方を向いた。

「あ・・・・あら、アレストス、お帰り。」


 そこはやはり、アレストスの使っている部屋の戸であった。



 宿の二階には五つの寝室があった。

 その中のひとつが、アレストスが常時使っている部屋なのだが。

 その扉を、レスカ夫人が懸命に拭いていたのである。


 アレストスが、レスカ夫人が隠そうとするのを強引に押しのけて、見た。


 それは戸に、濃い塗料で汚く書き殴られていた。



 ”この嘘つき野郎!”




* * * * * *




 先程のひげ面の男が、町の一角にある小さい食堂に入っていった。

 中では数名の漁師が、非番なのか、酒をちびちびやっている。


 男は静かに食堂へ入っていくと、出来るだけ隅の方の席を選んで座った。

 すぐに、店員が水を運んできた。


「・・・・・・・・・どうも」


 男は、店員の顔も見ずに言った。

 店員が戻っていってしまうと、男は不審に見えない程度に周囲を見回した。

 店内にいるのは、先程から酒を飲んでいる漁師達のみ。


 怪しい人間はいない。


「・・・・・・・・・」


 男はある程度の安全を確かめると、席を立ち、酒を飲んでいる漁師達に近づいていった。



「あー、ちくしょう。もう酒がねえよ。」


 漁師のうちの一人がぼやいた。


「まっ昼間からあんまり飲みすぎんなよ、休みだからって。」

「いいじゃねえかよ、たまにはよ」

「テメエが飲んだくれてんのはいつものことじゃねえかよ」

「るせーなー。・・・・・・・ったく、これ以上金使うとカカアに怒られるしなぁ・・・・」



「ぁー、ちょっと良いかな?」


 ひげ面の男から尋ねられ、漁師の中の一人が振り向いた。


「ぁん?なんだい。」

「少しばかり調べていることがあってね。お前さんたち、少し付き合ってはくれまいか?」

「・・・・・・・・・・・・」

「協力してくれるなら、酒もおごるがね。」


 酒と言う単語に反応して、自分の財布を覗き込んでいた漁師の一人が目を輝かせた。


「酒!?聞いてくれ聞いてくれ。何でも聞いてくれ。」

「おめーはどんだけ単純なんだよ?」

「まあ・・・・・いいよ。で、何を聞きたいんだい?」


 ひげ面の男は、そこで本題に入った。


「・・・・・・・三年前、村を失ってこの町に保護された人間がいないかね?」


「!?」


 その途端、漁師達の顔色が変わった。

 酒飲みの漁師までが、だ。


 ひげ面の男も、何か雰囲気が変わったことに気づいたらしい。


「・・・・・・何かまずいことでも聞いたかな?」

「アンタもしかして・・・・・・・・・・・・・・・・神竜教か?それとも猟竜組合?」


「し・・・・・・・ああ、神竜教か。いや、私は違う。こういう者だよ。」


 男はそう言って懐から手帳を取り出した。

 漁師達が覗き込むと、《エディス・ウォーラ ”海王の城”対策部長》と読めた。


「ああ。なんだ、公務員か。ビックリした・・・・・・・」

「”対策部長”?なんでまた今更?」

「いや・・・・・・・三年前の嵐のとき、村がひとつ壊滅しただろう?その件で新しい情報が必要になったのだが何せ人員不足だからな。自分で出向いたほうが早いかと・・・・」

「大変だねえ、アンタも。」


 男は苦笑しながらも、漁師達の警戒を解けたと思ったのか、手帳を懐に戻した。


「で・・・・・・・話に戻るが、三年前にこの町に保護された人間、いないかね?」


「・・・・・・・レベリウスの旦那のことだよな?」

「ああ。あの人しかいねえ。」


「”レベリウス”・・・・・・その男の名前なのか?」

「そうだよ。”アレストス・レベリウス”・・・・・・この町じゃ知らない奴はいねえよ。」

「どんな人間なんだ?」

「どんなって・・・・・・・・・・・。んぉ、酒だ。待ってましたー♪」


 そう言って、運ばれてきた酒を一人があおり始めた。


「くぅーっ。ブレッダ酒は効くねえ~。」

「・・・・・・・・・・この飲んだくれは無視してくださいよ。」

「あ、あぁ・・・・・・」

「でだね。レベリウスの旦那だけど、あの人はすげえよ。しょっちゅう砂漠に出ちゃあ、土竜のデカイ奴を平気で仕留めて帰ってくんだから。一体いくら稼いでんだろ・・・・。」

「猟竜師なんだな?」

「ああ、そうだよ。しかも始めたのが、この村に来てすぐだから・・・・・。三年だな。あの人、まだ猟竜を始めて三年しか経ってねえんだよ。」

「その男は、いくつぐらいの歳なんだ?」

「良く覚えてねえけど・・・・・・22か23じゃなかったかな。」

「・・・・・・ん? すると、そのレベリウスと言う男は、お前さん達より若いのか。」

「ああ、そうだよ。まぁ・・・・・あの人は歳なんて関係ないんだよ。一度会ってみりゃ分かる。あの雰囲気は”小僧”なんて呼べるもんじゃねえからな。」

「ほぅ・・・・・・・・・・」


 そう言いつつ、男は手元に持っていた水を飲み干した。


「なんてったって、眼つきが違ぇよ。なんかこう・・・・・・近寄りがたい感じ。」

「復讐っつってもよくやるよなぁ、あの人。」

「・・・・・・・・・そもそも、レベリウスと言う男の村は、何故壊滅したんだ?嵐が原因ではないと聞いたが。」


 男は、ちょっと考えてから言った。


「ああ、そもそもそれを知らねえのか。・・・・・・オーディヴァングだよ。」


 男は、ちょっと声を潜めて言った。


「オーディヴァング・・・・・・オーディム大陸の竜王か?」

「ああ、そう、ソイツだよ。海王の城の対策してんなら知ってると思うけどよ、あいつら、時々嵐に便乗しちゃぁこっちの沿岸まで飛んで来るんだよ。」

「うむ。」

「そいつらの中の一匹がよ、旦那の暮らしてた村を襲ったって話だ。」

「・・・・・・・・・・・」

「旦那の話だとよ、夜寝てるときにいきなり家ごと吹っ飛ばされて、家族も友達も皆殺しになっちまったんだとさ。」

「それが何故、オーディヴァングだと?」

「何でも、崩れた家から抜け出して、誰をだか知らねえが探しに出てったら、オーディヴァングのやつと鉢合わせしたんだってよ。確か特徴が・・・・・」

「ふぇだ・・・・へだ・・・・・・左腕が無いんじゃらかったっふぇ?」


 ブレッダ酒を飲みまくっていた漁師が、ろれつの回らない様子で言った。


「飲みすぎだバカ!・・・・・・いや、失礼。とにかく、こいつの言ったとおり、旦那の村をぶち壊したのは左腕が無いオーディヴァングらしいんだ。」

「左腕の無い竜王・・・・・それは確かに、特徴的だな。」


 男は、再び手帳を取り出すと、何事か記入した。


「あと、村中が燃えてたって。」

「なに?」


 男が突然反応した。


「村が燃えていた?それは本当なのか?」

「ああ、そうだよ。旦那がそう言ってたんだ。オーディヴァングが火でも吐いたんだろうってよ。」

「・・・・・・・・・ふむ」


「・・・・まあ、その話のお陰で、神竜教の連中に目ぇ付けられてるらしいんだけどさ。」


 男が手帳から顔を上げた。


「さっきも言っていたが・・・・・神竜教とレベリウスと、何の因縁があるんだ?」


 男の問いに、漁師はちょっと怪訝な顔をした。


「あんた・・・・神竜教を知ってるなら、分からねえことはねえだろ?レベリウスの旦那は、オーディヴァングが200人近い村人を殺したって言い張ってんだぜ。砂漠に出て猟竜やってるのだって、オーディヴァングぶち殺すための練習みたいなモンらしいし・・・・」

「ああ、なるほどな・・・・・・・・」


 男は、合点がいった。

 竜王・オーディヴァングを神聖視する神竜教にとって、それを殺そうとする人間は、確かに邪魔である。宗教上の敵と見なせば、強い非難の対象にすることは容易に考えられる。


「・・・・・おまけに、猟竜組合の連中と手なんか組みやがってるからな。」

「確か、猟竜師たちの同業者組合だったな?」

「そうそう。この三年間でレベリウスの旦那が、大物どんどん獲るようになったから・・・・・・。」

「逆恨み、というわけか?」

「はじめは、自分達の仲間に入れって言ってきたらしいけどな・・・・・。旦那にとっちゃ何の利点もないし、入る義理も無いから、断ったらしいんだよ。そしたらあの連中、神竜教と一緒になって嫌がらせなんか始めやがった。」


 漁師は、吐き捨てるように行った。


「しっかし・・・・・考えれば考えるほど情けねえ連中だぜ、猟竜組合の奴らは。」

「全くだよ。あれでも一応専門職の集団なんだろ?三年しか経験の無い奴に実力で負けて、挙句に思い通りにいかなかったらって逆恨みかよ。やり口も陰湿だしさ。」

「陰湿と言うと・・・・・・・。」

「嫌がらせが始まったのが確か、一年半ぐらい前だったはずだけど・・・・。おい、何つったっけアレ。レベリウスの旦那が可愛がってた蒼くてでかい動物・・・・・」

「ヴォーンツとかいう生き物だったよ、たぶん。」

「そうそう、そのヴォーンツ。・・・・・旦那が住んでた村で唯一生き残ってたのが、旦那が可愛がってたヴォーンツっていうでかい生き物だったんだがよ。」

「あの生き物が、最初に嫌がらせ喰らったんだよな・・・・・・・・・・」

「何をされた?」


 男が聞いた。


「右の前足を矢で射られたんだよ。俺も傷を見たんだが、ありゃ酷かったね。」


 男も眉をひそめた。


「随分と酷いことをする連中だな。」

「だから言ったろ、陰湿だって。・・・・しかも犯人はあの連中以外に考えられないんだが、あいにく証拠が無いわ、目撃者もいねえわで、逮捕してもらうことも出来ねえんだよ。」

「あん時の旦那は本当に怖かったなぁ・・・・・・・・。近づく奴みんな殺しちまいそうな雰囲気だった。」

「・・・・・・理不尽だな。」

「旦那からすればあのヴォーンツは、生き残った唯一の家族みてえなモンらしいからな。」


 漁師の一人が、しみじみ言った。

 ・・・・・・・・ちなみにブレッダ酒を浴びるように飲んでいた男は、既に熟睡している。


「あとアレだ・・・・・・。旦那は、港の近くにあるレスカっつう夫婦の宿にいつも寝泊りしてるんだが、あの宿にも嫌がらせがあったっけな。」

「・・・・カミさんの方が、誰かに突き飛ばされて怪我したんじゃなかったっけ?」

「それそれ。あと確か・・・・・宿屋の壁に汚物を投げつけられたこともあったかな。」


「その辺のチンピラが雇われてるってもっぱらの噂だがよ。旦那は、迷惑かけないために何度も出て行こうとしたんだが、あの夫婦は人が良いから、旦那に絶対に出ていくなって言ってるんだよな。まぁ子供がいねえから、旦那を代わりに捉えてるのかもしれねえがよ。」

「・・・・・・・・・・・・・愛だな」


 男がボソッと呟いた。


「・・・・・とりあえず、知りたいことは大体分かったよ。協力を感謝する。」


 男は椅子から立ち上がると、酒瓶を握って熟睡している漁師の足をまたいだ。


「それじゃ、私はこの辺で失礼する。」

「頼むぜ対策部長さん。部署違いかも知れねえが、できるなら旦那を助けてやってくれ。あれじゃあんまりにも理不尽だぜ。」

「・・・・・・・・・やってみよう。」


 そういうと男は、食堂の入り口に向かって去っていった。

「おぃ、いつまで寝てんだ馬鹿!」

 後ろで、眠りこける漁師を蹴飛ばす音が聞こえた。



* * * * * *



 男は外に出て、照りつける日の光を浴びた。


「とりあえず、必要な情報は集まったか・・・・・・・。」


 手元の手帳には、一日の成果としては充分すぎるぐらいの情報が書き込まれていた。

 そして男は、空を見上げた。

 しばし、沈黙し、思考にふける。



「・・・・・・・”アレストス・レベリウス”。・・・・・・・・・・・・・・・いや、まさか、な・・・・・・。」



 そう呟くと、男は何処かへと消えていった。

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