序章 三年前の悲劇・中編
ヒュウッ。
風を切る音と共に矢が飛んでいき、同心円状の的のど真ん中に命中した。
ミラ・ウィレオが弓を下げてふうっと息を吐いた。
「相変わらず凄いな、お前の腕は・・・・・」
「へへ、そうでしょ?今日なんてね、砂漠で土竜仕留めてきたんだよ。」
「土竜?・・・・ケムルザムスをか!?」
「そうだよ。どうだ、凄いだろー♪」
そう言って、ミラが笑う。
「俺には到底無理な話だな・・・・・・・・・」
「そんなことないよ。アレストスだって、練習すれば上手くなるって。ほら、試しにやってみ。」
「いいよ俺は。」
「ほらほら、いいからいいから。やってみなって。」
そう言いながらミラは、渋るアレストスを立たせて強引に弓を持たせる。
「いいって言ってるのに・・・・・。」
アレストスは不承不承ながらも、弓に矢をつがえた。
先程の的に狙いを定め、矢をきりきりと引き絞る。
「当たるわけ・・・・・・ねえのによっ。」
ビュッと音がして矢が飛んでいき、命中した。
・・・・・・・・・・的がぶら下げてある木の、根元の辺りに、だが(;^^)
要するに、外れたのだ。
「・・・・・・・・・・」
「もー、どこ狙ってんのよ。」
「だから言ったじゃん、無理だって。」
「はじめからそう思ってるから、当たらないんだよ。見ててみ・・・・・」
ミラは再び自分の弓を構えると、背中の筒から弓を一本取り出してつがえた。
そして、辺りを少し見回すと、二人のいる場所から15ミルトほど離れた位置の木に狙いを定めた。
弓矢を構えた途端、ミラの目つきが真剣になる。
弓のツルを引き絞る音がした。
―ッ!
ミラが手を離した数瞬後、矢は狙った木の幹にしっかりと突き立っていた。
梢に止まっていた小鳥がビックリしたのか、ピィピィと鳴きながら何処かへ飛び去っていった。
「・・・・・・・・・本当に凄ぇな、お前。」
アレストスが、感心しながらも半ば呆れたような表情をしている。
それもその筈。
何せミラ・ウィレオは、村でも一、二を争う弓術の名手なのだから。
そのため、将来的にブレッダが不作となった場合、
村の一番の稼ぎ手として期待されているのはミラであった。
アジューザム砂漠に赴き、”猟竜”に精を出せばいいのだ。
土竜=ケムルザムスだけは、どんな時でも常にたくさんいた。
仕留めてきた土竜を解体すれば、村中が生活に困らない。
何せ土竜をバラせば、飼料、刃物に布、油や建材と全身各部が何にでもなるのだ。
元々、かなりの腕前を必要とする職業ゆえ、数少ない従事者たちは相当の利益を得られる。
大物ならば尚更である。
『竜が獲れれば八村潤う』と言う者もいるぐらいだ。
ただし。
そんなミラの実力を妬んでか、
彼女のことを「女のくせに」などと影で呼ばわる輩もいたわけだが。
* * * * * *
アレストスとミラは、横たわるディアゴの脇腹に並んでもたれ掛かっていた。
手を、繋いでいるようだった。
ディアゴはミラに頭を撫でられてうれしそうにしている。
ディアゴはアレストスに対してと同じぐらい、ミラに懐いていた。
二人は、夕日を眺めていた。
「・・・・・・・・・もう、海王の城がくる頃だよね」
「ん?ああ。」
「今年は、ディアゴ君はどこに隠れさせるの?」
「・・・・・それがまだ決まってないんだ。」
「ディアゴ君大きくなっちゃったからね・・・・・。私も、場所がないか探してみるよ。」
「うん、ありがとう。」
「うん・・・・・・・・・。」
アレストスは、自分の隣に座る少女の顔をちらりと見やった。
いつからなのだろう。
こうして、二人で手を繋ぐようになったのは。
ミラは朗らかで、強く見えて、実は傷つきやすい一面があった。
いつの事だったか。ミラの実力を妬ましく思う輩が数人、結託し、かなり悪質な嫌がらせをミラに対して行ったことがあった。
その時ミラは、一見なんでもないかのように振舞っていた。
ところが、だ。
しばらくしてアレストスが彼女を見かけたとき。
彼女は、泣いていた。
誰もいない場所で、静かに、ミラは泣いていたのだ。
誰にも弱さを見せないように。
もしかしたら、その時からだったかも知れない。
手を繋ぐようになったのは。
意識して、二人で一緒にいることが多くなったのは。
「・・・・・・・何よ、人の顔をじろじろ見て。」
「え?いや、別に何でも・・・・・・・・・。」
気持ちを隠しきれていないのは明らかだ。
アレストスは、本当にいろんな意味で、恐ろしく不器用な人間だった。
「ま、まぁとにかくアレだ。ディアゴの隠れ場所、頼んだよ」
「うん。」
アレストスは照れ隠しに顔を背けると、握っていた手を離して立ち上がった。
「そろそろいくぞ、ディアゴ。」
主人の命を受け、ディアゴがゆっくりと立ち上がる。
ミラも、もたれていたディアゴが立ち上がるのを察知して、さっと立ち上がった。
「あ、そうだアレストス。」
「?」
「今度、ウチに伯父さんが来るかもしれないんだ。」
「伯父さん?」
ミラに伯父がいたなんて、初耳だ。
「サンディゴノスで暮らしてる人なんだけど・・・・。もしかしたら、来れるかもって。」
「ふぅん・・・・・。」
「アレストスのことも紹介しといたよ。弓矢のヘタな、のんびり屋さんだってね♪」
「・・・・・・・・(;^^)。じゃ・・・・伯父さんに会えるのを楽しみにしてるよ。」
「うんっ。」
「それじゃあ、な。また明日。」
「うん。また明日。」
別れの挨拶を交わすと、アレストスはディアゴの背中に飛び乗った。
そして、ディアゴに歩くよう指示を出すと、後方で微笑んでいるミラに向かい、手を振った。
ミラも手を振り返してきた。
そうやってお互いに、気の済むまで手を振り続けていた。
夕日が、ゆっくりと沈んでいった。
・・・・・・・・・・二人とも、予想すらしていなかっただろう。
まさか、お互いの笑顔を見れるのがそれで最後になるだなんて。