外伝 神竜教徒の一日 後編【神竜教 教祖 マハム・ヴァリアーラの場合】
ぴったりと閉じられた窓の隙間から、やわらかな朝日が差し込んでくる。
時刻は早朝。夏場ということもあってか、普段よりも夜が明けるのは早い。
それでも彼は目を覚ます。どれだけ朝日が早くとも、決して寝過ごすようなことはしない。
薄暗い室内で差し込んだ日の光を浴び、そこに寝ていた人物が照らし出される。
薄い寝間着に身を包み、両手の指を胸元で組み合わせ、穏やかな表情をした男。
彼の名は、マハム・ヴァリアーラ。神竜教の教祖である。
明かりを浴びた彼は目を開けると、そのままゆっくりと上半身を起こした。
寝間着と掛け布団とか擦れて僅かに音がする。
そこへ、今まで脇へ控えていた数名の弟子達が近寄ってくると、彼の被っていたこれまた薄い掛け布団を静かに足元へと折りたたんで行き、その向こうでは窓際に行った弟子の一人が窓を開け放ち、日光を本格的に室内へ注ぎ込む。
窓を開けた弟子の目には西方に広がるベリアの街並みと、それを照らし出す、地平線から顔を出したばかりの巨大な太陽の輪郭とが映し出されていた。
ヴィクシオンの太陽は西から昇って東に沈むのだ。
光と共に入り込んできた新鮮な空気を吸い、それから体の向きを変えると、マハムは着替えを持って立っている弟子の正面へと足を下ろし、ベッドから降りる。
まだ四十代とは思えないほどシワの多いその顔が、二度か三度くしゃくしゃ動く。
そして、正面に立つ弟子らに顔を向けた。その表情。
たった今起きたばかりだというのに、既に眠たそうな気配は感じられなくなっていた。
寝起きの人間によくありがちな、焦点の定まっていない目とか、ところどころハネていてクセのついた髪の毛とか、そういうものが見受けられない。
元・商人ということもあるのだろうが、起きてからの覚醒は驚くほどの早さであった。
指導者の表情――――と形容するのはまだ早計かも知れないが、少なくとも、そのへんの中年男とは明らかに一線を画した雰囲気は醸し出していた。
* * * * * *
巨大な竜像の目の前にマハムが正座し、両手を合わせて朝の祈りを捧げている。
その身には既に薄手で紫色の装束を羽織っており、その長い髪の毛と共に長い裾が、背中側に大きく広がっていた。
先程まで寺院の別館で寝ていたマハムは、起きてからすぐ現在の格好へと着替えると、ここ、ヴァンガディロ大寺院の本館で最大の部屋、『竜王の間』へとやってきたのだった。
あれからまだ10分も経ってはいないハズだったが、行動はやたら早い。
やがて祈り終えたマハムが目を開け顔を上げた。
やはりその目には、寝起きの眠気など微塵も見当たらない。完全に覚醒しきったようである。
それからマハムはゆっくりとその場で立ち上がると、正面の竜像に踵を返し、控えていた弟子たちがすぐさま開け放った両開きの扉をくぐり抜け、廊下へと出た。
弟子達の目の前を通り過ぎたその表情は、やけに穏やかであった。
何名かの弟子に付き添われ、廊下を進むマハム。
しばらくしてある窓の前に来たとき、彼は突然立ち止まった。
南向きについた窓の外に目をやり、物静かに遠くの方を見つめているマハム。
弟子達がつられてその方向を見やると、その視線の向こうには、かつてマハム自身の居住していたベリア最大とも言われる大豪邸が立っていた。
その威容は未だに失われていない。
マハムが自宅の本邸に住まないようになって、既に二十一年になる。
二十一年前、その当時まだベリアとサンディゴノスとを往復する一商人であったマハムが、初めてオーディヴァングを目撃した(本人曰く「シヴァナ様の啓示を受けた」)その後。
悟りを開いた彼は自身の所有地内にヴァンガディロ大寺院を建設し、またその横に居住用の別館をも併設してそちらへと移り住んだ。
竜の教えを授かり煩悩を捨て去ってしまった彼にとって、大量の財に囲まれた暮らしなど、一遍の価値も見出せるものではなかったのだ。
そのため一時は誰も住むことのなくなった巨大なだけの私邸を、マハムはすぐさま取り壊してしまおうと考えた。
だがその後、彼はふたつの大きな理由によってその予定を変えることとなった。
第一に、俗世を捨てた彼にとってはそうでなくとも、彼の下で働く大勢の人間達にとって金銭は必要不可欠なものであった。
早い話が、彼が邸宅を破棄してしまうことによって、それまで屋敷で働いていた百名近い使用人達が一斉に失職の憂き目を見ることに気が付いたのである。
煩悩を捨て去ったマハムといえども”現実”はよく知っているつもりであったから、自分の行動で多くの人間から職を奪ってしまうような結果を生む気にはなれなかった。
第二に、当初の予定通り元住んでいた邸宅をこの世から消し去った場合、万が一にも自分が初心を忘れ去ってしまうことを恐れたのだった。
つまり悟りを開く以前、商人であった頃の自身が感じ続けていた虚無や無力感。
そういったものを、自身が俗物であった頃の象徴である豪邸を残すことで、未来永劫、決して忘れてしまうことが無いようにすることを考えたのである。
そこでマハムは自らの私邸を破壊してしまう代わりに、それまでそこで働いていた全ての使用人たちに、以後も邸内の整備を続けさせることにしたのである。
当然ながら、給金も今までどおり支払われた。
何せ商人だったころのマハムが作り上げた財産は本当に莫大なものであり、商売をやめて二十数年が経過した現在にあって、消費される一方であるにも拘らず、当時蓄えた額の3割も使い切っていないぐらいだったのである。
ちなみに当然のことながら、この財産は現在、神竜教の活動資金ともなっている。
この第二の目的は、マハム以外の神竜教徒に対しても達せられているようであった。
つまり神竜教を開く以前のマハム・ヴァリアーラが商人であったことを知る人物は少なくないのだが、ではその暮らしで作り上げた財産が如何に莫大であったのか、その結果マハムは果たして満ち足りていたのであろうか、ということを屋敷を目にした信者達に考えさせる。ただ財力によってのみ形成されたその建造物は、信者らに人生を見つめなおさせる効力を発揮しているのだった。
では彼はかつて、どのようにして「竜の教え」に出会ったのだろうか。
* * * * * *
マハム・ヴァリアーラが竜の真理―――すなわち『シヴァナの教え』を悟ったのは今から二十一年前。マハム24歳の夏のことであった。
当時マハムは商人として、ベリアと首都・サンディゴノスとを結ぶ中継貿易に従事していた。
当時から非常に優れた先見の明を持ち、市場の変動をいち早く察知することに長けていたマハムは、その卓越した経営術と併せて非凡な商才を発揮していた。
日々ベリアから国内に流入する海産物、資源、嗜好品その他多くの物品を熟知し、国内で最も消費力の強い首都・サンディゴノスにおける需要と供給を常時リサーチ。
そこに、自らの経験と予測を下に弾き出したその時期の出物や特需品などを他のどの商人にも先んじて入手、店卸しというプロセスを繰り返していった。
彼の”読み”は大体の場合において的中したため、それに従い誰よりも早く次の市場を見据えていたマハムは次第に、そして確実に財産を蓄えていった。
19歳にて独立した商売を始めたマハムだったが、22歳になる頃には、既にベリアで右に出るものは無いほどの大貿易商と化していたのだった。
たった数年のうちで自身の半生分ほどの財産を生み出したマハムは、その年、その財の一部を使ってベリア富裕層の住む地区に、自らの邸宅を建てた。
自身の財力の大きさを示し表すため、建築士に命じ、その規模はベリア最大ともいえるほどのものを設計させることにした。
そうして一年足らずで完成した大豪邸に、マハムは23歳で住みはじめたのだった。
ところが不思議なことが起こった。
呻るほどの財力。それによって得た大豪邸。
手に入らないものなど何も無く、あらゆる欲望が満たされるハズのその中で。
何故だか。どういうわけだか、彼の心が満たされることはなかった。
心の奥深くに常にぽっかりと、風穴が開いたような感覚が抜けなかったのである。
ソレが一体何であるのか、マハムには分からなかった。
答えを見つけ出すため、マハムはありとあらゆるものに手を出していった。
商売の傍ら、それによって得た財を惜しみなく投じることによって、金で得られるものは何もかも手に入れようとした。
大豪邸、高級家具、世界中の美術品、外国の珍味。時には愛さえも。
だが、そうやって金を湯水のように使い、どれだけ価値ある品を集めたところで。
結局彼の心が満たされることはなかったのだ。
マハムの心に開いた空虚な黒い穴は、まるで虫食いの如く広がり続けていった。
そうしてただ日々が過ぎ去っていく内、マハムは24歳となっていた。
その年の、夏のある日。
数日前にサンディゴノスでの商売を終え再び莫大な富を生んだマハムは、持っていった積荷の代わりにそれらを積み込み、砂漠動物ラゴゥの背中に乗って、まだ気温の高くない明け方の砂漠をベリアに向かって進んでいた。
その年は丁度、六年に一度の大嵐『海王の城』が到来していた時期でもあり、いつもならば夜空に星々のまたたきが見えているところであったが、その日は生憎、風雨は収まっていたものの嵐と共にやってきた大量の雲によって空全体が覆われ、砂漠の夜空は一面、完全な曇り空となっていた。
夏の、時々どしゃ降りが来た後のあの独特の匂いに包まれながら、まだ時折遠くから吹いてくるひんやりした風に当てられ、渋い顔をしたマハムがラゴゥで砂丘を越えていこうとしていたその時だった。
マハムの耳に、突然、砂丘の向こう側から奇妙な音が聞こえてきたのだ。
ゴォーと低く呻る様な音。風が吹きぬける音とはまた少し違う。
それと共にガツガツと、まるで何かを漁っているかのような音が混じっている。
何だろかと訝しげに思ったマハムは砂丘を登ったところでラゴゥから降り、彼らを背後に待たせた上で丘の頂上を越して反対側の斜面へと出た。
そこで目にしたもの。
それは、砂の上で横たわりぐったりしているサンディスト土竜と、その腹目掛けて顔を突っ込み肉を喰らうオーディヴァングの姿であった。
噂には聞いていた、オーディム竜王。
このアジューザム砂漠に飛来する場合もあるということは、まだ幼い頃、親や友人からの話を聞き知っていた。だが実際に遭遇するとは夢にも思わなかった。
砂漠最強の生物とされる土竜ケムルザムスが、今やその足元で舌を投げ出してひくひくと痙攣し、その数倍もの巨体を持った竜王に内蔵を貪り喰らわれている。
しかも遠目から見ても、その大きさは明らかに大人の個体だ。
日頃、猟竜師の仕留めてくる土竜を頻繁に目にしているマハムにとって、目の前のソレはとても信じられないような光景であった。
茫然と立ち尽くしているマハムをよそに、オーディヴァングは土竜の体を喰い尽くし、やがてその血まみれの鼻面を引き出すと、他の動物たちがやるように、頭部をぶるぶると振るって顔についた汚れを跳ね飛ばすのだった。
いつの間にか土竜の残骸には砂漠の昆虫ラギュバが群がってきており、たちまちその骨や肉の破片は貪欲な小昆虫たちによって覆いつくされた。
マハムの存在に気付いているのかいないのか、オーディヴァングはその目を彼のいる方に向けると、小さく喉を震わせうなり声を発した。
マハムは恐怖からか、思わず身をすくめた。
その次の瞬間、オーディヴァングは明け方の空をさっと見上げたかと思うと、
ギィィィイヤォォォォオオオォォォン!!
凄まじい咆哮を上げたのだった。おそらくは、勝どきの。
もはや、ただ一点の恐怖だけを感じ、身動きひとつ取れないでいるマハム。
そのとき背後から、何の前触れも無く突風が吹いてきた。
思わず顔を覆うマハム。
その目の前で、オーディヴァングは翼を広げて宙へと飛翔すると、相変わらず巨大な咆哮を響かせながら、海の方へと飛び去っていった。
その瞬間、水平線の向こうから太陽が昇り始めた。
目が眩むような光。空を覆っていた雲が消え、夜明けの空が見る見るうちに晴れ渡っていく。
そして朝日を浴びながら、海の向こうへと雄大に飛び去っていくオーディヴァング。
その神聖さ。
気が付けばマハムは、その光景に見とれていた。
ただ恐ろしいだけではない。そこにあったのは、恐怖以上の神聖さ。
そのときマハムには、確かに”オーディヴァングが嵐を連れ去った”ように見えたのだ。
常識的に見れば、これはむしろ逆であった。
事実は”嵐に乗ってオーディヴァングが帰っていった”のであって、決して”オーディヴァングが嵐を連れて帰った”わけではないのだ。
だが、そんなことはどうでも良いのだ。
重要なのは、マハムにはそう見えたのだ、ということなのだ。
彼はその日、間違いなく”神”を感じたのだった。
もう虚無に包まれていた頃の自分はいなかった。己の使命を悟ったのである。
* * * * * *
「神の啓示を受けた私は、すぐさま持てるだけの財を尽くしてこの寺を建てました。貴方がたの今いる、このヴァンガディロ大寺院をです。」
信者達は話に聞き入っていた。マハムは一旦息をつき、寺院の一番小さな部屋に集まった彼らのことを静かに見渡す。
どの目も一様に真剣である。ある者は渋い表情で、またある者は嬉しそうな表情で。
しかしどの人物も、自らの語る摂理に一心に耳を澄ませ、聞き漏らすまいとしている。
この一分一秒が、彼らの人生を幸福へと導いていくのだ。
そのことを思う度、マハムの心は自らの命が得た大いなる価値を再認識するのだった。
人民に竜の真理を説き、海の彼方の楽園へと導く。そのために。
彼の目から見れば、信徒たちも非常に賢い者ばかりであった。
”竜の真理”に辿り着くことでまずその一端が示され、その後は日々、彼らの自宅の竜像へと手を合わせ献身することで明確に実証される。
彼らは、果たして何が本当の幸福なのかを知っていたのだ。
また、彼らは寄付を惜しまなかった。
実は今現在この世にある全ての竜像は、どれもマハムがその私財を投じて専門の職人に製作させ、そして無償で贈呈しているものであった。
これまで製作された像の総数は大小合わせて六百体を下らなかったが、マハムはそのいずれにも対価を求めようとしなかったのである。
「真理を乞う者に対価を求めるなどあってはならないこと」というのが、教祖で導師たるマハム・ヴァリアーラの信条だったからである。
宗教、ことさら新興宗教ともなればその集団には多額の寄付が集まっていくため、その様子を市民から『金目当てのインチキ』呼ばわりされることも少なくないのだが、世間からの印象に反し、マハムという人間はあくまでも人々の幸福を願っていたのだ。
決して金目当ての方便、とかではない。
だがそういったマハムの意に反し、教団には日々、信者からの寄付が絶えなかった。
額面自体は様々であったが、そもそも金目当てではないのだから、それを額面の大きいや小さいで誠意の度合いを判断するようなことは無かった。
実際この寄付は、受け取らなくてもよかったのである。
過去にマハムの築き上げた財産だけで活動資金は賄うことが出来ていたし、何よりそういったものを要求するのは彼の信条に背くことになるからである。
しかし、信者たちが誠意で差し出したものを無碍に突き放すことも彼には出来なかった。
だから、彼らが自発的に差し出してきたものに関しては、有り難く受け取ることにしていた。
献身的な者たちの偉大なる行為だ、とマハムは解釈していた。
マハムは人々の幸福を第一に考えていた。
ヴィクシオンの全ての民を真の楽園へと導くことが神竜教徒の使命であり、啓示を受けたマハム自身の使命でもあるからである。
信仰が揺らぎかけているという信者の話を聞いたとき、彼は心の底から感じた。
救わなくてはならない、と。
シヴァナの教えに辿り着いたということは極めて幸福なことなのであり、一時の気の迷いによって手放してしまっては必ず後悔する。
だから、多少強引にでも引き止めてあげなくてはいけないのだった。
ありがた迷惑、なんて言葉は百歩譲ってもその辞書には無いだろう。
居並ぶ信者達の前で、マハムは力説する。
シヴァナの教えはヴィクシオンの大法則であり、唯一絶対の正義なのだと。
竜の魂を実践する者だけが真の楽園に導かれるのだと。
故にその教えを捨てて真の幸福を得られる道理などある筈も無く、またソレを邪魔しようとする悪魔の手先も決して許してはならないのだ、と。
悪は徹底的に滅ぼす。ソレが正義なのだ、と。
* * * * * *
信者達の相談事にも、マハムは積極的に応じていた。
それが、竜の魂を実践する最も身近な手段であり、もっと言えば指導者としての使命だったからである。
その日の集会後も、説法を終えたマハムは寺院内の別室へと移動し、そこで個別に相談のある信者たちの入室を待つ。
その習慣は昼と夜、どちらの集会後も毎回平等に時間を取って実行されていた。
信仰が揺らぎかけている信者の報告をしたディアシス・ライデンに対しては、その信者の下を訪れ竜像への祈りを二人で共に行うようにと助言した。
同様の助言は、ローラ・ラングバルト夫人に対しても行った。
またその日の夜の集会後、昼の集会にも参加していたジェイド・ドローレスから彼が所属する『ベリア市民安全の会』で他の評議員から神竜教徒であることを理由に差別された旨を報告されると、真理を求める者は常に迫害されるものなのだから、ソレは君が真理を持っている証明が為されたのだ、と言って励ました。
更に今後の布教活動の際には、彼を差別した評議員の下へ意識的に通うよう、助言した。
その言葉を聞いたジェイドは、非常に満足げな表情であった。
マハムもまた、彼らの解き放たれたような表情を見るだけで満足だった。
しかし『真理を持っている証明が為された』という言葉。
実際のところ、その論理はかなりの詭弁であった。
確かに世間を見れば、『真理を言うものが迫害される』という論理は間違っていない。
だがソレは、決して『迫害されるものは真理を言っている』という逆説を成り立たせることにはならないのだ。
さもなければ、犯罪やテロリズム全般が肯定されることになるからである。
だが厄介なことに、彼らにとってはそれでも問題が無いのだった。
何故なら彼らは、そもそも「自分達は正しいのだ」ということを全ての行動の大前提に置いているからである。
間違っている可能性なんて一ミルトほども考慮されてはいないから、彼らが理解されなかったときには、それらは全て『真理ゆえの迫害』に落ち着くのだ。
『真理』だからソレ以外の答えに辿り着きようがないのである。
そう―――それはある意味で”科学的”なことなのだった。少なくとも彼らにとっては。彼らにとってのヴィクシオンはそういう世界観なのだから。
* * * * * *
その日眠りにつく前にも、マハムは『竜王の間』に向かい、そこに安置された最大の竜像へと祈りを捧げた。
今日も一日を平穏に過ごさせていただき、ありがとう御座いました。
明日の日もまた、その御力で我らをお守りください、と。
マハム自身、偉大なるオーディヴァングの姿を見ることが出来たのは、後にも先にも啓示を受けた二十一年前のあの時だけだった。
竜王が住まうという、オーディム大陸のジルヴァング峡谷にも足を運んだことがある。
しかしながらその時も、竜王の御姿を拝見することは出来なかったのだ。
三年後、今一度我が前に御姿をお著し下さい、とも願いはしたが、仮のその願いが叶わずともそれはそれで良いのだとマハムは解釈していた。
御姿を現して下さらないということは、まだ”その時”ではないのだろうから。
また”その時”とは、何も信仰心溢れる者だけに訪れるものではなかった。
かつての戦禍『シキド・アークローヴ戦争』にてシキド軍がジルヴァング峡谷を突破しようとした時がそうであったように、人が竜王を冒涜しようとしたときも”その時”である。
そのときは間違いなく竜罰が下る。竜王と、その意思に付き従うものたちの手によって。
神の意思に叛く者が無事でいられる道理など無いのだから。
マハムはそのことを再確認した後、『竜王の間』から出て、寝床へと向かった。




