巡り巡って桜の元で。
お題を元に作られた短編です。速く見せたかったので少し拙い部分もあるかもしれませんが、温かく見てあげてください。
「コール、《Favorite》ファイルオープン」
『もう、またあの写真ファイルじゃない!毎日毎日そればっかり!お兄ちゃん、そーいうのを”シスコン”の変態って言うんだよ!まったくぅ......仕方ないなぁ。はい!』
空が白み野鳩が鳴き、もうすぐ太陽が顔を出すと言った静かな朝を、太陽が遅れているのだと言わんばかりに照らすように快活な印象を受ける可愛い過ぎる声と共に俺の目の前にホログラムの様な画像が映し出される。
それは気恥しいのかカメラから目線をずらしてピースサインをしている小学生程の短髪の少年と、
その少年に抱きついて満面の笑みを浮かべながらピースサインをする、少し髪を肩甲骨の辺りまで伸ばしながらも元気一杯、という言葉が見えてきそうな少年と同じか、少し幼い少女が写った写真だった。
そう、これは俺と妹の幼い頃の写真である。
欲を出せばもっと沢山の写真を見たいのだが、生憎とこれしか写真がない。
何故か、それを語るならば、時間は俺と最愛の妹は俺が高校生の最高学年に上がり、妹が俺と同じ高校に入学を決めた頃に遡る。
来年から同じ学校だな、と幸せな会話をしていた筈だったのに、両親が離婚したのだ。
原因は父の酒癖の悪さと母の少し神経質な面が摩擦を起こしすぎたからだったと思われる。父は暴力を振るう様な酔いでは無かったがそれでも母には耐えられなかったらしい。
逆にそれ以外は互いに立派な親をしていたので、当然親権を巡って大きな争いになり、母方に俺が、家を出た父方に妹が引き取られた。なので妹の入学は取りやめになり、何処かへと引越してしまった。
神経質な母は離婚した相手の居場所なんて、と俺にさえ所在を調べるのを禁止し、遂に俺と最愛の妹は生き別れてしまったのだ。
そして母が父と妹の写真を狂ったように消し去っているのを遅れて発見し、何とかこの1枚を保存した、というわけだ。
それ以来俺は毎朝、この画像を見ている。
自前で設定したAI搭載型のナレーションシステムや、この光景を見た人から”シスコン”と言われているが、確かにそうなのだろう。間違いなく妹がこの世で最も清く正しく美しく可愛いと思っているし、
前までは必ずまた再開するのだと信じていた。
本気で信じていたのだ。のだが、最愛の妹が居なくなり文字通り魂の抜けた様な生活を送っていた俺は高校への登校中に青信号の歩道に侵入してきたスピードの乗った車に撥ねられ、そのまま死亡した。
......死亡した筈だったのだが、俺は一面白く輝く場所にうかんでいた。
辺りを見渡しても何もない。只々白い部屋だった。
そんな部屋の天井から、不意に光が差し込み、同じく白く輝く服を着た女が現れた。
とても不機嫌そうな表情をして。
「もう!もう!なんで地球の奴らは何度調整しても簡単に事故を起こしたり要らない政治をしたり意味不明なことをするんですか!それで死んでしまったり路頭に迷ったりした人の責任も取れない癖に!」
現れたそれはとても世知辛いことをのたまいながら降り立った。
神々しいはずの全てが恥ずかしいネタみたいになった。
が、それを俺が見ているのに気付くと、露骨に不味いものを見られた、という顔をして急に取り繕い始めた。
「ようこそ、不幸なる魂よ。汝は不幸にも現世を追いやられ、天界へとその魂を送られた。」
「あの。」
「一度あの世を離れた魂は最早還ることは叶わぬ。詫びと言っては何だが我の管理している世界の一つにあのような世界よりも自由に過ごせる世界がある。その世に汝の望むものと共に送ってやろうぞ。」
俺の声を無理やり無視してそれは大それたことを言い始めた。
しかし望むものか。それに替えれば俺の疑問など些細なものだ。答えは一つにまとまった。
「オンラインゲームのHUDって判るか?俺の家のパソコンをそんな感じに使えるようにしてくれ。」
なんの迷いも無くそう答えた俺にそれは呆気に取られたのか暫し沈黙し、そして、
「......は?」
そんな間の抜けた返事を寄越した。
「パソコンって...あの?」
僅かに残っていた神聖さは霧散した。
「ああ。」
「お、おい、こういう時はチートやらハーレムやらを要求されるのでは無かったのか?」
「そんなものは俺のパソコンに......いや、正確にはその中のものに比べたら不必要なものだ。」
「不必要って......少しすまんな。」
そう言ってそれは急に輝きを放つ。思わず目を閉じ、目を開けると納得したと言わんばかりのそれが
「なるほどな。優しい奴では無いか。......若しかしたらやはり惹かれ合うのかもしれんな。」
などと意味の分からないことを言って、頷いた後、
「良かろう!その条件承った!どうか次の人生は幸多きことを願うぞ!」
と俺の足元にゲームでよく見た魔法陣を出した。
そして。
俺はいかにも異世界と言った風貌の街の中に立っていた。
明らかに普通の人間よりも体躯の大きな赤い肌を持った人間や、人間のような体躯だが鰐のような顔に全身を鱗が覆っている様な人間を眺めながら、頭の中に自然と浮かんできたままに左手の指先で空中を叩く。
すると視界全体に所謂メニュー画面が出てきた。
右上には1000Gという恐らく所持金を表す表示、そして左側に水色の長方形をしたコマンド一覧がある。
暫く様々なコマンドを調べたあと、俺のパソコンに接続するコマンドを発見したので使ってみた。するとメニューが消えて見慣れたデスクトップが目の前に映し出される。
色々弄り、例の写真を発見した後、宿屋にはいった。
そしてファイルから写真ファイルの下にある異様にデータ量の多いファイルを開く。
かつて妹の情報を調べる為に勉強したお陰か理解出来たデータは、この世界を構成しているものをデータ化したものだった。
夜になるまで解読し、そこの自分に関するデータを変更していく。朝になる頃にはその操作も終わり、
俺は全ステータス表示限界、所持金常時所持限界、全スキル使用可能、ファイル操作方法拡張、ナレーションシステム導入+変更と好き勝手弄り回し、この世界でやらなければ行けなさそうなことを全て無くし、
「コール、《Favorite》ファイルオープン」
少し特殊になった、いつも通りの朝を迎えた。
☆
やることを無くしたお陰で何を急ぐことも無く日々を過ごし、適当な場所にてきとうに家を買って、この世界でやけに綺麗だった大きな桜の気を植えて育て、会話をする程度の隣人を作り、
俺は妹のいない日々を抜け殻のように過ごしていた。
「......依頼書でも見てみるか。」
唐突に思い付いたのはある時見つけた冒険者ギルドの依頼掲示板。あの中に興味を引くものは無いか見ようと思ったのだ。
いつか確認した所街の外にはモンスターなどもいるが、初日に能力値をカンストさせてしまった俺には、相手にさえならなかった。なのであまり期待はしていなかったが思いついたことをしようと決めていたので、立ち寄ってみる。
しかして、興味を引くものはあった。それは、
『依頼書:国に出没する殺人鬼
依頼主:国防院
・夜になると出没する
・姿、性別、不明
・生死問わず捕らえたものに謝礼』
というふざけた内容の手配書。やることのない俺には丁度いい内容だった。
「これ、やります。」
カウンターへ持っていくと、受付の女性はとても驚いた様子で
「本当ですか!?これは誰も受けないので近々取り外そうと思っていたので助かりますが、内容はとても危ういです。お気をつけください。」
と言う。軽い会釈をして了解の意を示すと家に帰り、夜を待った。
そして夜。俺は普段は人通りの多い、閑散とした道を一人で歩いた。そこよりも薄暗い路地を見つけてはそこに入る。
三回目の路地裏で背中に殺気が突き刺さった。
能力値を忘れて思わず身を屈めて躱すと頭上を越すようにナイフと
とてつもなく可愛い女の子が通り過ぎた。
発育の良い身体に音が立たないように密着し光さえ飲み込む様な黒色の忍装束の様な姿をしている。
髪は薄い桜色で、それが服装に自然としっくりと合った。
手には見ただけで斬れ味が想像出来る唯一光を反射するナイフを持っている。
余程腕に自信があるのか初撃を外してなお警戒の色を見せず棒立ちのまま俺を正面から眺めている。
だから。見てしまった。彼女の顔を。
彼女は気付いて居ないのか、感情の篭っていない声で、
「目標を発見した。貴方は国にとって重たい荷物になりすぎた。だからここで排除されるの。」
と俺に告げる。
そして。次の瞬間には俺の目の前に立ってナイフを首に振るわれていた。
「──!」
ギャリィィィィン!と首に付けていた装飾品が分断されて弾け飛ぶ。
すんでのところで後に飛んで躱した。今度は当てられると思っていたのか少しだけ彼女の顔に驚きが浮かぶ。
二度。三度。避けきれず腕を掠めると防御力が限界値である筈にも関わらず切り傷が出来て血が流れた。
四度。五度。避けきれず護身用の剣で受けようとするとその剣が嘘みたいに簡単に分断された。頬を掠める。
ギリギリのところで躱すのを繰り返している内に段々と動きが掴めて来た。
一度大きく後ろに飛んで距離を取る。
「何故反撃して来ないのかは不明だが、やはり今までの外れとは違うみたい。」
一人事の様に分析しているのを見ながら根元から斬られた剣を捨て、こちらもある作戦を建てる。問題はあのナイフ。あれをどうにかすれば行けるはずだ。
「じゃあ、今度こそ。」
そう彼女は静かに告げ、消えた。
いや、消えたのではない。周りを様々なものを足場にしながら回っているのだ。見えないのは速すぎるため。証のように髪の桜色が軌跡を描くように舞っていた。
ならば、と目を瞑る。感じろ。彼女なら、あいつならいつ何処で攻撃するか。
目を開く。右掌を、壁の方向に突き出した。
直ぐに伝わる衝撃を力を込めて逃がさないようにする。見ると、中央にナイフが刺さっていた。
今までに無いほど驚いた様子の彼女に告げる。
「やっぱりそこだよな。お前のことはもう全部思い出したよ。」
あいつは焦ったようにナイフを抜こうとするが、全力で力を込めた手からは抜けそうも無い。
抜かせないまま、俺は、あいつに
最愛の妹に抱きついた。
「......まさかこんな所に居たなんて思わなかった......!
......ずっと会いたかった......!見付けられない駄目なお兄ちゃんでごめんな......!やっと、見付けたぞ......!」
その言葉を発した瞬間に抱いて硬直していた身体がビクッと震えて力が抜けて行った。それが、何より正解の証だった。
「嘘......嘘だよ......もう会えるはずなんて無いんだからって......!諦めてたのに......!......お兄ちゃん......!」
その声はもう、感情の篭っていない様な冷たい声ではなかった。かつて聞いた可愛い声から、少し大人びた様な声でお兄ちゃん、お兄ちゃん、と泣いていた。
気付けば俺の頬にも暖かいものが垂れている。
「嘘じゃない!本当だ!......桜。お久しぶり。」
「うん......!お久しぶり。お兄ちゃん。」
いつの間にか太陽が登り始めていて、その光を受けてなお負けない程輝く妹の笑顔を見て、俺も笑った。
この夜にかつて生き別れた兄妹は生き別れたまま終わった筈の世界で再び巡り会い、再び二人の世界の時間が動き出した。
☆
聞いた話に寄ると、妹は離婚したその日にストレスが溜まりきってしまった父が帰宅途中に飲酒、寝ていた彼女は気付かず飲酒運転に巻き込まれて死亡してしまったらしい。
目が覚めると俺も見た真っ白の部屋で女神の様な人にせめて兄の好きだったゲームの様にして、とこの世界に転生してもらった(髪はこの時に似合うじゃないと変えられたらしい)が、兄に再開出来ないと悟り自暴自棄になってひたすら速度と攻撃力を強化していたところ能力値が限界値に、スキルにその時の速度に応じて攻撃力ブーストの様なスキルを手に入れ、能力値の限界を超えた威力がてるようになったようだ。
人殺しをしていたのは自暴自棄の中でいつの間にか月日が経ち、身体も成長していて言い寄って来る人を誤って殺してしまった時に国の人間に専属の暗部を依頼され、どうせこんな世界なら、と思ってしまったらしい。
「それで、これからどうする?」
話が終わったあと、俺は妹に帰る場所を聞いた。腐っても国の専属ならその為の場所があるのでは、と思ったのだ。
「一応院の宮はあるけど、もういいや、私はもうそんなことはしないから。」
一度変わってしまった心は簡単には戻らない。かつての快活をそのまま映した様な元気さは無くなってしまったが、落ち着いた今はそれはそれで良さがある。
「もういいやって、住む場所なんてあるのか?」
回りくどいが、それでも確認する必要はある。
「いーや、無いねー。お金はあるけど住む場所はひとつも。」
そう言いながら彼女は道を歩いてゆく。
「ならさ、俺の家で一緒に住もうぜ。あの頃みたいに。あの頃よりももっと自由に。」
彼女は止まり。振り返って、泣いていた。
「うん!ありがとう!お兄ちゃん。」
「泣くなよ、当たり前だろ?お兄ちゃんなんだから。」
そんなことを言いながら笑うと彼女もそうだね、と言い泣きながら笑った。
そして家に着き、玄関で二人で写真を撮った。
その写真は家の大広間に飾ってある。
大きな桜の木を背に、二人とも泣いた跡で目を真っ赤にしながらも、肩を寄せあってピースサインをして満面の笑みを浮かべている冒険者風の男と忍装束の女の子の姿が、写っていた。
何気に男の主人公は初めてでした。
お題:シスコンのお兄ちゃんが生き別れた妹に会ったと思ったら妹が殺人鬼になってた話。