紡ぎ歌
花凛は秋の空を見上げていました。
秋の空は、他の季節と違って、ずっと見ているとなぜか悲しくなるから不思議です。
透き通っているものは、人を悲しくもするのでしょうか。
お隣の蒼太が、公園を元気に駆け回っています。
保育園では年長組の蒼太は、来年には花凛と一緒に小学校に上がります。
花凛は蒼太を、公園のベンチに座って眺めていました。
自分は加わらず、人の賑やかなところを黙って見て楽しむ。
花凛はそんな子でした。
蒼太もそれをわかっていて、無理に花凛を誘ったりしません。
ボール遊びなどの途中で、時々、花凛を振り返り、見られていることを確認するとそれで満足して、笑います。
花凛は蒼太の笑顔が好きです。
「花凛ちゃん、こっちにおいで」
花凛は、おばあちゃんも大好きです。
おばあちゃんにそう呼ばれると、ああ、またあれだなと思います。
セーターなんかをほどいて、編み直しのお手伝いをするのです。
花凛の差し出した細い両腕に、ほどかれた毛糸がくるくると巻かれていきます。
今日は、赤です。この間は青でした。
おばあちゃんは編み物上手で、ほどいた毛糸に蒸気アイロンを当て、真っ直ぐにすると、その毛糸で花凛のマフラーや手袋を編んでくれます。
もちろん、花凛のお母さんやお父さんのものも編みます。
買い直せば良いのに、とはお母さんもお父さんも言いません。
おばあちゃんのすることは、手間暇のかかることですが、そこに優しい温もりがあると知っているからです。
そうして、編まれたものを身に着けて、ほんのりと笑います。
花凛は子供ですが、そうした時だけはお父さんもお母さんも子供に帰るようでした。
くるくる。くるくる。
巻かれる毛糸は優しい温もり。
おばあちゃんの温もり。
その冬、おばあちゃんが入院しました。
寒くて凍りつくような晩でした。
おばあちゃんは数日で戻ってきて、いつものように生活していました。
だから花凛も、大したことはないのだろうと思っていました。
お母さんが、涙ぐむ時があることを、不思議に感じていました。
花凛は蒼太にそのことを話しました。
ひとところに落ち着くことの少ない蒼太ですが、この時は花凛の話をじっと黙って聴いていました。そして、聴き終えると、黙り込みました。
「蒼太君?」
「おばあちゃんと、なるべく一緒にいたが良いよ」
「どうして?」
「……」
蒼太は答えませんでした。二人は蒼太の部屋で話していました。暖房で温もった部屋の中、それでも花凛の背中が、すう、と冷えました。
蒼太のおじいちゃんは去年、亡くなっています。
「花凛ちゃん、こっちにおいで」
おばあちゃんの声は、以前よりか細くなりました。顔も痩せました。
花凛はまた、毛糸の編み直しの手伝いをしていました。
くるくる。くるくる。
回る毛糸。
「おばあちゃん」
「なんだい」
くるくる。
「死んじゃうの」
花凛の声は低くて、重い雲のようでした。かすれて、少し震えていました。
おばあちゃんは動じませんでした。
ゆっくり、微笑みました。
花凛は秋の空を思い浮かべました。
「そうだねえ」
ああ、違うと言って欲しかった。
花凛は泣きたくなりました。
「嫌だ」
「花凛ちゃん」
「嫌」
くるくると、その間も毛糸は回ります。
「花凛ちゃんの、ランドセル姿は見たいねえ」
がつん、と頭を殴られた気持ちでした。
そんなに、おばあちゃんは早くいなくなってしまうのしょうか。
ついにくるくるの為に上げていた腕を下ろし、泣き始めた花凛を、おばあちゃんが困ったように見つめました。
「……花凛ちゃんの、セーターを編もうね」
優しい声で、おばあちゃんは言いました。
そのセーターが、最後になりました。
ランドセルを背負い、花凛は蒼太と小学校から帰っていました。
秋のことです。やはり悲しい空でした。
花凛はおばあちゃんが編んでくれた薄手のセーターを着ていました。柔らかな黄色いセーターです。
くるくる。
もうあの時間は戻りません。
こっちにおいでと言う人はいないのです。
「…………」
突然、花凛は泣き始めました。
おばあちゃんのお葬式でも泣けなかったのに、どうしてでしょう。
蒼太がびっくりした顔で花凛を見ています。
おばあちゃん。
くるくるくるくる。
涙が舞います。
風が吹いて、花凛の頬を撫でていきました。
蒼太が遣る瀬無い顔で花凛の手を握ります。
掴むと言うより、包むと言う握り方でした。
花凛は許された気がして、声を上げて泣きました。