6話 オーバーラップ
6話です
モチベ維持が大変ですね
野球部の部室に寄った後、和也は類衣と会うために枡爺の家に向かった。
ドアを叩くと、さほど間を空けずに類衣が顔を出す。
「何か用?和也くん」
類衣は無表情のままとんでもないことを言う。
「....帰る」
「冗談だよ... 入って」
この1ヶ月間で和也は1つ発見をした。
類衣は基本的に無表情だが、感性はとても豊かなのだ。
そして、類衣が和也をからかう時、稀に穏やかな微笑みを表に出す。
そう、今のように。
和也は少し上がった心拍数に気づかないふりをして中に入った。
類衣に案内されてたどり着いたのは、いつも通り書斎だった。
「なんでいるんだよ枡爺」
和也が先客に声をかけると、当然の不平が返ってくる。
「儂の書斎に主人がいて何が悪いんじゃ。それともなにか?未成年の男女2人きりで一体何をするつもり...」
「わかった、わかった。話が聞きたいんならそこにいればいい。別に聞かれて悪いことじゃないし」
そもそも和也が類衣とこの書斎で本を読むときに、枡爺がいることは珍しいのだ。
枡爺はわかればいいとばかりに首を何度も縦に振っている。
鬱陶しいことこの上ないが、仕方がないので和也は無視して本題に切り込んだ。
「類衣、なんであんなことを?」
和也は少し怒ったように類衣に問う。
類衣にさきほどの微笑はとうに消えていて、いつも通りの眉1つ動かさない姿がそこにある。
そのまま淡々と類衣は答えた。
「爺ちゃんは村で人と関われって言った。あの勧誘はみんなと関わる大きなチャンスだったのに...それを和也くんは捨てようとした。だからだよ」
「....なんで」
和也は類衣に詰め寄る。
「なんでそこで俺を助けたんだ!俺たちは敵同士じゃないか」
そう、たしかに野球部の勧誘は大きなチャンスだった。
枡爺は冗談は言うが、肝心なところで無駄なことをいうような人間ではない。
それは和也も類衣もわかっている。
「村で人と関わる」というのは、きちんと枡爺の選考基準の1つになっているのだ。
そのチャンスをみすみす逃そうとしたのは、和也の落ち度であり、失敗だ。
和也のミスに気づいた類衣は、それに何も言わないべきだったのだ。
気づけば和也の両手は類衣の肩を掴んでいた。
視線が交錯する。
「悪い...」
和也が類衣の肩から手を離そうとした時、小さな声が聞こえた。
「敵じゃない...」
「え?」
「敵じゃないよ和也くん。競争相手ではあるけれど、敵じゃない」
「....」
類衣の瞳はどこまでもまっすぐだった。
和也はなにも言えない。
沈黙を破ったのは、意外なことに枡爺であった。
「和也、少し落ち着け。そろそろ前田さんも心配するんじゃないか?」
「....あぁ、そろそろ帰るよ」
ここで話を切り上げるのは和也の本意でもなかったが、枡爺の助け舟を無下にするわけにもいかない。
和也がそのまま書斎を出ようとすると、またもや小さな声が背中を刺した。
「ランニングくらいなら私も付き合うよ?」
ここで何も言わないのは、決定的な敗北を認め、なにかを失うような気がした。
「わかった、よろしく頼む」
枡爺の家を出たあと、和也は類衣の言葉を思い出す。
「敵じゃない」
その小さな優しい雫は、和也の乾いた心にほんの少しの慰めを与えた。
和也は山道を歩いている間、英二から説明された内容の整理をした。
要約するとだいたい3つだったので、手帳にまとめてみる。
1、毎日放課後に1時間練習に来ること
2、帰宅後に走り込みをしてほしいこと
3、少しでも多くの時間ボールに触ること
まぁ全て妥当なところだろうと和也は感じた。
公式戦の助っ人をするにあたって、任されるのはおそらく外野だろうが、決して運動不足では務まらない。
最低限フライをとったり、遠投をするだけの技術やそれなりの体力は必要だ。
助っ人の抵抗を減らすため、ギリギリまで募集をしていなかったらしく、試合まではあと三週間と少ししかない。
手帳に書いたことを再確認した和也に動揺はなかった。
野球部の連中は和也に、打って投げての大活躍をしてほしいわけではない。
簡単な話、人数合わせになって、できる限り足を引っ張らなければそれでいいのだ。
和也はむしろ、必要以上の責任を負わなくて良いことにほっとしていた。
「いつも通りだ、手短にやってしまおう」
和也はポツリと呟き、少し暗い山道に歩を進めた。
しかし、この三週間が和也の思い描いた通りになることは決してなかった。
毎朝はやくに、類衣が前田家を訪ねるようになったのだ。
朝にそれほど強くない和也は、何度も類衣に言った。
「朝起きるのは辛いから、明日からは夜にしないか?」
そう言うと、類衣はコクリと頷く、しかしそれに関わらず、また次の日の朝5時半過ぎにチャイムを鳴らす。
そのうちに面白がった恵も加わり、3人で健康的な毎日を迎えることになってしまった。
最初の一週間で、野球部の練習がそこまで辛いものでなくなった。
次の二週間で、ボールの扱いにかなり慣れて来た。
最後の三週間は、部員ともそれなりに馴染むようになった。
この1ヶ月足らずの毎日は、和也に小さな自信と、大きな影響を与えたのだ。
そして試合当日に、和也は浅はかな自分を呪った。
読んでくれてありがとうございました。
投稿数にストックが追いつかなくなったので、少しペースダウンすると思います。
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