4話 小さな笑顔
4話です
幕間のほうもぜひどうぞ
たっぷり10秒は固まってしまった。
光沢のある黒髪を肩あたりまで下ろした少女は、小柄ながら神秘的な雰囲気を放っている。
「久しぶり、和也くん。」
なぜか隣で恵がギョッとする。
和也はその声で再認識した。
記憶の中の類衣の姿や声となにか微妙に違うのだ。
確かに綺麗な声をしていたし、それなりに整った顔立ちをしていたのも覚えている。
だが違う。少なくとも2年前に和也がみていた香咲類衣とは違う、決定的な変化がそこにあった。
しかし、いつまでも見惚れてる訳にもいかない。
「お、おう。久しぶり、香咲」
とっさのことで、つい苗字呼びになってしまう。
だが、類衣は誰に似たのか筋が通らないことを許さない。
「類衣でいいってあの時言ったはず。あなたは...前田さんだよね。」
突然話を振られた恵は、一瞬きょとんとするが、すかさず反応する。
「覚えててくれたんだ。よろしくね。類衣ちゃんって呼んでいいかな?」
「うん、いいよ。よろしく前田さん」
恵のこういうコミュニケーション能力の高さは素直に羨ましいと和也は思う。
しかしこれは外での暮らしにも必要な力だろう。もっと見習わなければならない。
「こうさ...類衣、枡爺がとりあえず自分の家まで連れてこいってさ」
類衣が頷き、3人での山登りが開始された。
登っている最中も恵がしきりに類衣に話しかけている。
恵のおかげで帰ってきた類衣が孤立するようなことはなさそうだ。
不安要素が1つなくなって、和也は少しだけ気分良く山道を登ることができた。
村長の家と前田家の分岐地点で恵と別れる。
恵は実に不満そうにしていたが、まさか和也の決意の話を聞かせる訳にもいかない。
類衣の助けもあり、少々無理矢理に引き離す形になった。
「和也くんの夢、まだ話してないんだ。あのときの気持ちが変わらないなら、はやく伝えるべきだと思う」
類衣が枡爺と同じようなことを言う。
枡爺の家で生活していたのもあるだろうが、単純に思考回路が似ているのだろう。
「あぁ、いつか必ず伝えるつもりだ。それより類衣、高校卒業後の話はもう聞いたか?」
類衣は控えめに頷き、肯定する。
「うん、聞いた。どうするかももう決めてる。」
ここで言わないということは枡爺の家で言うつもりなのだということを察し、和也の背中に緊張が走る。
類衣が帰ってくると聞いてから、ずっと考えないようにしていたことが嫌でも浮かんでくる。
類衣が再び外にでることを希望する場合、自分は類衣に勝つことができるのか。
ふと和也が類衣を見ると、昼の山道を1時間近く歩いてきたというのに汗ひとつかかずに涼しげな顔をしている。
体力の問題以上に、類衣は全く緊張していないようにみえた。
2人の歩幅はほぼ同じだった。
枡爺の家に上がっても、家の主人は姿を見せなかった。
和也が大声を出そうとすると、後ろから肩を叩かれる。
そちらを見ると、類衣が紙片を和也の前にかざした。
そこには存外綺麗な字でこう書かれていた。
「急用で少し出かける。8時には家に帰るから、いつも通りの時間に書斎に来るといい。そこで例の話をしよう。
類衣の部屋は前と変えてない。二階の左だ」
なんだ無駄骨か、と和也が類衣を見ると、ばっちり目があってしまった。
「どうする?」
和也が問う。
「ゲームでもする?」
突拍子もない返事が類衣から帰ってくる。
和也はとりあえず無視することにした。
「...夜飯もあるし俺は一旦帰るよ。類衣だって荷物の片付けとかあるだろ」
類衣は何事もなかったかのように頷き、階段のほうを向き直った。
和也もドアを開け、一度帰宅しようとしたそのとき、
「和也くん」
声をかけられ振り返る。
「ただいま」
類衣には感情起伏があまり見られない。
今も無表情だが、声だけが微かに震えていた。
この村随一の秀才だといっても、実際は高校3年生の普通の女の子なのだ。
久しぶりの故郷になにも感じないはずがなかった。
「....おかえり、類衣」
和也がそう返すと、類衣が帰ってきて以来始めて、彼女は小さな微笑みを見せてくれた。
家に戻ったあと、恵に散々文句を言われたことは言うまでもない。
読んでくれてありがとうございました。
ようやくヒロインが話に絡んで来ました。
類衣ちゃんは書いてて一番難しいです。
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