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2話 破れた夢と誠意の瞳

2話、UPしました

 翌日、1時間目は現代文の時間だ。

 長々と教科書の読解を黒板に書いていく教師の話を、和也は真面目に聞く気になれなかった。

 先生という職業は授業という名目で1時間の間ずっと立ち続け、喋り続けなければならない。その大変な仕事を一生懸命こなすのに、それに見向きもしない生徒がいるというのは随分と不遇な話である。

 だが、和也にとって今日の授業に集中するには、昨日のことが少々頭に残りすぎているのだ。



 相変わらず和也と枡爺の2人しかいない薄暗い部屋で、枡爺はニヤニヤ笑う。

 このままでは自分からはなにも話さないと察し、痺れを切らした和也はもう一度枡爺に問うた。


「一体どういうことだ枡爺。類衣が帰ってくるのははやくてもあと半年って話じゃなかったか?笑ってないでちゃんと説明してくれ! 筋を通すんだろ!」


 突然の情報に混乱した和也の声はかなり興奮している。なだめるように枡爺は言った。


「まぁ落ち着け、三十六計落ち着くに如かずだ。」


 勝手にアレンジするんじゃない。

 あんたが慌てさせているんだ...という思いはあるが、落ち着いたほうがいいのは事実なので和也は息を整える。

 和也が十分に落ち着いたのを見計らって、枡爺は説明を始めた。


「詳しくは儂も知らんのだが....ほんとだぞ?

 どうやらあちらさんの事情だな。少なくとも3年はいると伝えていたが2年と少しで切り上げて来月戻ってくる。残りの高校課程をこっちで満たすのも決まっている。まぁしばらくぶりでこっちでの生活のカンを取り戻すのも時間がいるだろうよ。ちゃんと世話してやんなさい」


 呆然とし、頭の回らない和也に枡爺は淡々と説明し、最後にとんでもないことを言い放った。


「おまえらの卒業後、村の外に出るために儂が推薦できるのは1名だ。それはバカが増えようとこの村いちばんの秀才が帰ろうと同じだ。」




 類衣が.....この村誕生以来の才の持ち主である香咲類衣が帰ってくる。その事実は、和也を大いに揺らした。自然と2年前のことがフラッシュバックする。


 中学3年生の夏休み、素朴なこの村に似合わない高級そうなスーツを着た都会人が村長、つまり枡爺の家を訪ねてきたことがある。

 そしてその次の日、枡爺が発表したことはこのようなものだった。


「全国の中学に共通のものとして、村の中学生で1人だけ海外研修という形で3年間アメリカに留学できる。」


 村からでて生活することが夢である和也にとって村の外で経験を積む千載一遇のチャンスだ。

 よっぽどの進学校や英語系の学校でない限り、このような発表が中学校でされたとして、実際に行きたいと考えて申請するものは少ないだろう。なにしろ4ヶ月や半年のものとは訳が違う。高校生活ほぼ全てを他国ないし自分の夢に捧げる覚悟のあるものはそうそういない。

 さらに、和也の村では既に自分の将来の設計をだいたい決めてしまっている人がほとんどだ。

 それは親の威圧だったり家族孝行だったり様々だが、村の存続に加担し、親族の田畑を継ぐことになる。

 普通中学生としてかなりの好成績を収め、賢かった和也はそれを知っていたので、外にでることを考えている同い年の人物はまず間違い無く片手で数えられて、努力次第でその限られた数人に勝つことができると信じていた。


 そして、その予想は決して間違っていなかった....少なくとも前者は。

 発表された日の放課後、山道を駆け、枡爺の家に飛び込び目にしたのは、枡爺と1人の少女、香咲類衣であった。

 枡爺は留学希望者が和也と類衣の2人だけであるのを確認すると、どちらを選ぶかは中学卒業時に施行される試験によって決めると2人に告げた。

 そこから先はとてもはやかった。和也は授業、帰り道、自宅、その他すべての時間を使い学を積んで類衣に挑み、敗れた。終わったときにそれなりの自信があったにも関わらず、5科目だったテストの全てで上を行かれた。圧倒的な完敗だった。

 和也が類衣といままでに一度でも同じクラスになり、類衣の実力と自分との差を理解していれば、あるいは違う勝負ができたかも知れない。

 だが、和也と類衣は小、中と9年もの間2つしかないクラスですれ違い続けたのだ。



 なんの皮肉か、類衣が出発してから、つまり高校に入学してから公欠扱いになっている類衣とは、3年連続同じクラスだ。

 和也は自分の夢と覚悟を打ち砕いた少女の空席に目を向ける。

 とても2年も前のことだとは思えない。

 テストの結果が発表された後に、類衣がこちらに向けた目は昨日のことのように脳に焼き付いている。

 嘲りや同情の目ではない、あれは謝罪と希望の目だと理解できた。

 和也の望みを理解しながらも、引くことはできないと類衣は和也に訴えた。

 勝者が敗者にかけていい言葉など存在しない。

 だからこそ、言葉ではなく想いで示す和也に対する精一杯の誠意だった。

 そんな目をされてしまえば、和也に抗う手段などは存在しない。

 むしろ、和也は類衣には感謝しなければならない。あの目のおかげで、和也はまだ夢を諦めずに追いかけているのだから。


読んでくれてありがとうございます

ヒロインがなかなか登場しません


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