旅のとも
春之助がホムラという名を与え、ホムラが喜びのあまり手の中から飛び出して部屋中を駆け回っていると、不意に部屋の扉を叩く音がした。動物的な反応速度で音の方向を振り向いたホムラが尻尾と両足で床を叩いて跳び上がり、寝台の布の間に潜り込む。それを刀を持ちながら確認した春之助は一つ呼吸を置いてから声を出した。
「何用か」
「タツタ様、お食事の準備が出来ました」
「そうか。今行く」
返事をし、窓の外を見れば、完全に夕方の気配である。いつの間にか賑わっていた屋敷の外の喧噪を聞きながら洋装から慣れた和装に着替え、腰に得物を差すと、部屋を出る寸前で布の隙間から鼻先を覗かせたホムラが小さな声をかけてきた。
「おい、どっか行くのか?」
「食事の時間だそうだ」
「俺もついて行っていい?」
「腹が減ったのか」
「そういう訳じゃないけど…一人でいるの、やだから」
前足で器用に布を押し上げて、ホムラは金色の目を見せて春之助を見上げた。
「……」
春之助が迷ったのは一瞬だった。布の間に手を突っ込み、ホムラの体を掴んで左の袂に突っ込む。わぷ、と慌てたような声を立ててじたばたするホムラに、袂の入り口の部分に口を寄せて春之助は小声で言った。
「お前は普通の蜥蜴ではない。喋る蜥蜴など見たら皆が驚く。連れて行ってやるが出てくるな。何かあって出てきたとしても、絶対に喋るな。喋らぬと誓えるか」
「誓うよ」
袂の中から返ってきた声は変にくぐもっていた。大方頭を下にしてひっくり返っているという所だろう。それくらいなら問題あるまい、と判断し、春之助は扉の外で待っていた使用人に連れられて食堂に向かった。
この屋敷には食堂は二つある。一つは使用人達や、大勢の客を迎えた時に使う広さを重視した食堂。もう一つは大切な客をもてなすために、かつ、もてなした相手に己の財力等を見せつけるために作られた豪奢な部屋だ。以前案内されて食堂が二種類あることを知っていた春之助は、己は広い方の簡素な食堂に案内されるものだと思っていた。しかし使用人の娘が頬を赤らめながら向かっている道はその食堂の方向ではなかった。
「おい」
「はい」
「道を間違えているのではないか」
道の先にある豪華な方の食堂の雰囲気に合うように作られた廊下の途中、置物として置いてある高価そうな花瓶を目で指しながら春之助が問うと、娘は一瞬目を丸くして、それから目を細めて笑顔を作りながらいいえと首を振った。
「主様にはこちらに案内するように仰せつかっております」
「拙者はあのような部屋は好まぬのだが…」
「申し訳ありません」
「いや、お前が謝る必要はない」
腹の前に手をそろえ、春之助に向き直って腰を折り頭を下げる使用人に春之助は手を振って応えた。それに、世話になっている身でどちらがいいとかあちらがいいとか言えるものではない。食事を出してもらえるだけありがたいのだ。
腰を折り頭を下げ続ける娘の体を起こさせて食堂に着くと、そこではアグドゥバが少し青い顔をしておとなしくスープをすすっていた。
「んぁ。おはようハルノスケさん…」
「お早う。見事な二日酔いだな」
「見事に飲み過ぎちゃったよ…」
(あれだけ飲めばな)
アグドゥバが座っている席は、食堂の真ん中に置かれた細長い長方形の食卓の短い辺の所である。そこに一番近い長辺の端席に食事の準備が整えられていたのでそこを目で指しアグドゥバに目線で問うと、アグドゥバはこくりと頷いて片手で椅子を引いた。食事中の作法というものを完全に無視している。周囲にいる使用人達はそんなことでは動じないらしく、表情を変えず静かに控えていた。
春之助が席について食卓を見ると、載っている食事は、アグドゥバと同じような簡素なものだった。パンに似た食べ物と、暖かいスープと、砂漠では大変珍しい新鮮な野菜の盛り合わせである。完全に二日酔いの人間用の食事であり、健康そのものである春之助にはいささかもの足りない内容であったが、春之助は特に何か言うこともなく完食した。屋敷の主であるアグドゥバと同じ空間で食事する以上、彼よりも内容のある食事をするわけにはいかないのだ。
「付き合わせちゃってごめんねぇ」
「問題ない。むしろ、部屋を貸してくれたことにこちらこそ感謝しなければならない」
「それこそ別にいいよ。昨日は僕がお世話になったんだし」
食事が下げられ、食後の茶が運ばれてくる。砂漠の世界の茶は甘い物が多いのが普通なのだが、出てきたのはすぅっと鼻の中を抜けるような爽快な香りのする茶だった。
「不思議な香りのする茶だな…」
「うちの使用人のね、マイシャっていう子がちょっと前に里帰りしてお土産に買ってきてくれたお茶だよ。名前は…あれ、なんだっけ?」
「フシュカでございます」
「そーそー。フシュカ茶」
すぅ、と幽霊が大気中から現れるようにアグドゥバのそばに現れ応えたのは、壁際で控えていた数人の使用人の娘のうちの一人だった。どこか嬉しそうに応える彼女の年齢は、おそらく十代半ばだろうか。
「フシュカ茶はすーすーするから二日酔いとか乗り物酔いとか、そういう気持ち悪い時に飲むといいお茶なんだってさ」
アグドゥバの説明を聞きながら春之助は茶に唇を付け、舌の先に掬える程度の茶を口に含んだ。確かに清涼感のある香りが不快な感覚を消しそうである。そのままこくりと喉を鳴らして飲むと、アグドゥバは嬉しそうに微笑んだ。
「ハルノスケさんは気に入った?」
「毒ではないと判断した」
「ずばっと言うねー」
「拙者は偽りが嫌いだ」
「そういう所は仕事相手として本当好感が持てるよ」
ふふ、と笑ってアグドゥバは茶を飲み干し、さて、と一つ声を出して青い顔のまま手を叩き使用人を呼んだ。とたんに使用人達が大きな紙を持って現れる。春之助も茶を飲み干して茶器を下げさせると、アグドゥバは食卓の上に紙を広げ、その四隅に食卓の上にあった花瓶を置いた。広げられた紙は、見たところ、この世界全体を表した大きな地図のようである。
「ご飯も食べたし、次は仕事の話をしようか。ハルノスケさんとの契約はこの町までだったけど、僕はこれからまた更に西の方に向かってこの絹置いてくるつもりなんだよね。ここから先は交易路も整備されているし、ハルノスケさんみたいな強い用心棒はいらないと思う」
「拙者も同感だ」
西の世界の東端にあるこの町は、東の世界から渡ってくるには砂漠を通り抜けるか山を回って回り道をするしかないために、どうしても整備が進まない傾向にある。そのため先日のように砂犬の群れに襲われたり、また山賊に襲われたりと危険度がとても高い道だった。道ゆく商隊達を狙う非文化的な存在達の多さを見て、世界最大の交易路『文化の道』の名が聞いて呆れると歌ったのは何処の吟遊詩人だったか。
「でも今時期のこの町にはハルノスケさんにしか頼めないような仕事、ないでしょ」
「ああ」
春之助は、生きるためであったとしても己の剣の道を汚したくはないと考えている。そのために、悪党どもの護衛の仕事等は絶対に受けないと決めている。ある意味仕事をえり好みしている春之助は、極貧とは言わないまでも決して裕福ではなかった。アグドゥバの言うとおり、春之助は現在己の剣の道を汚さぬ程度にはまともな次の仕事をなるべく早く見つけなければならない状況にあった。
「そこでさ」
アグドゥバの指が、砂漠を越えてずっと北方に延びていく。ユフラ川と偉大なるメロソ山脈を越えてさらに北方に向かう指先は、地図の端の際にある町をぴたりと指さした。
「この町、知ってる?」
「知らぬ」
「だよねぇ。僕もつい最近まで知らなかった。町っていうより村なんだけどさ。ノルヴェスっていう村」
アグドゥバが村の名前を言った瞬間、春之助の左の袂の中でホムラが動いた。わたわたと四肢を動かし、袂の入り口から目を覗かせる。それをそれとなくアグドゥバの視界から隠しながら春之助はアグドゥバの言葉を促した。
「それで、この村がどうした」
「ここにいる僕の知り合いをバチカナエまで連れてきて欲しいんだ」
「つまり、護送の依頼ということか」
「そういうこと」
「……何かあるのだな」
バチカナエとは、今やこの世界の半分の人間が入信しているキトク教の総本山であるサンペテロ修道院がある街である。ホムラのことといい、思い返した自分の過去といい、昨日から宗教に絡んだ何やらに巻き込まれ続けているなと思いながら、春之助は頷いたアグドゥバに説明を要求した。だいたい、アグドゥバはキトク教と発生当時から対立関係にあり、何度も戦争しているイスラナ教の人間である。春之助の嗅覚はこの時点で危険な依頼であることを感知していた。
「簡単に言うとだね、今超水面下でイスラナ教とキトク教で和平協定みたいなのを結ぼうとしているんだ。宗教戦争なんて無駄に命とお金を消費するだけだし、それはお互いの教義に反する。僕たちの神様も、あちらさんの神様も、解釈はどうであれ、直接『異教徒は容赦なく皆殺しにしろ』とは言ってないからね。でも、こっちのイスラナ教の上層部はそれに納得しても、でっかくなりすぎたキトク教のお偉いさん方は中々頷かない」
「戦うなりなんなりして得られる旨い汁を吸うことに慣れすぎているということか」
「そういうこと。理解が早くて助かるよ。
それでね、水面下で話し合って、なら世代交代を待ってやろうって話になったの。キトク教の上層部は肥え太って腐っていても、若い子たちは聖典…いや、あちらさんの言葉で言うなら『聖書』かな。聖書の解釈に忠実であろう、っていう考え方の子達が多いのね。その子達を僕たちの方から援助して、腐った大人に飲み込まれないようにしようってわけ」
この世界において力を持っているのは、国を統べる立場にある王族や、民の心を掴む宗教関係者だと思われがちである。しかし、権力があっても、実行力、つまり『財力』がなければ人は何もできない。だから、『財力』を持つアグドゥバのような大商人達は今彼が話すように世界の影から世界のあり方を弄る術を持っている。しかしそれが果たして世界や人々にとって有益なことなのかは誰にもわからない。
「でね、平和的なキトク教の人間がバチカナエで勉強してたんだけど、こっちの動きを悟られちゃったのかその子があちらさんの腐った上層部の決定でノルヴェスでの布教活動研修っていう名目で飛ばされちゃったみたいでねぇ。なんとかして連れて戻ってきてほしいってわけ」
「どちらの信者でもなければ人種も違う拙者なら、仮に何かあってももみ消すなりなんなりしやすいというわけか」
「頭良くて助かるよ。でも何かあっても大丈夫っていうよりは、ハルノスケさんくらい単独行動能力が高い人間にしかこんな仕事成功させられなさそうだから頼みたいんだけど」
「世辞は要らぬ」
「お世辞じゃないよ」
「それに、高尚なように言っているが、お前のやろうとしていることは他教の操作ではないか。後にそれが明るみに出ればお前達の忌避する巨大な宗教戦争が起こるのではないか?」
「そういうことにならないようにこっちも何十にも枷つけるから心配ご無用。僕たちの目的は、あくまで現在のキトク教の、壊死し腐った部分の排除だけだ」
「拙者が言いたいのはその『腐っている』というものそれ自体の判断基準がイスラナ教のものだということだ。何が良く、何が悪いかを判断するのが金を出す側なら、出される側は何を言われようとも、敵対する側の人間であろうとも、金を出す人間の顔色を伺うだろう。
どれほど高尚な思考を持ち清廉な人間であろうとも、いや、清廉であればあるほど人の恩には固執する。お前達の作戦が成功すれば、その者は本人の意図せぬままにイスラナ教の先兵となろう。お前達がそれを望まなくとも、人の心を持つ限り恩を感じず決めた道を進むというのは無理だ。その者はお前達の意向を汲んで行動するだろう。
そうなれば、先に言ったように巨大な宗教戦争が起こるのは火を見るよりも明らかだ」
予想外の流暢さで紡がれた春之助の言葉に、アグドゥバは思わずぽかんと口を開けて春之助の顔を凝視した。その表情に気づいた春之助が不快そうな顔をしてなんだと問うと、アグドゥバは感心したように腕を組みながら答えた。
「頭がいい人だとは思ってたけど、ここまでとはね…」
「見くびるな」
「ごめん」
「付け加えると、拙者は宗教絡みの戦争に巻き込まれるのは御免だ。他教の上層部が腐っていっているというのなら、そのまま腐らせて弱ったときにお前達が乗っ取るなりなんなりすればいいだろう」
春之助はそこまで言うと馬鹿馬鹿しいと頭を振り、失礼する、と断って立ち上がった。そして部屋に帰って荷物をまとめようとしたが、最初の一歩を踏み出す寸前に袖を引っ張られ、つんのめるようにして足を止められた。
「何をする」
ゆっくりと振り返りつつ、地を這うような低く怒気を滲ませた声で春之助が問う。袖を掴んだ側のアグドゥバは春之助の怒気などなんでもないような顔をして言った。
「ハルノスケさんの言葉は正しい。どこにも反論できないくらいのしっかりした正論だ。だからキトク教の子を助けてくれって依頼は取り下げる」
「ならばもう拙者に用はあるまい」
「いいや。取り下げるから、別の依頼を出す」
アグドゥバは、そう言って一瞬目を閉じ、ある笑顔を浮かべた。彼の外見によく似合う、目を細めて口の端をやんわりと持ち上げた、穏やかで、優しい笑みだ。
しかし、春之助はその笑みを見た瞬間、それがアグドゥバの心からの笑みではないとわかった。目の形が笑っていても、瞳の色に暖かい笑顔の色がないからだ。それは、彼が商談の時に見せる利害関係のみを判断材料として勘定する、完全に打算的な商人の笑みだった。
「僕の友人の息子を、北の村から彼の『父』の元に返してあげてほしい」
浮かべられていたのは、商人の笑みだった。
「悪しき目的のために別離を余儀なくされた『家族の再会』なら、手伝ってくれるよね?」
「ぐっ…」
そのような言い方をされてしまえば、春之助には断ることができなかった。この町に着いたときにアグドゥバと少し長く世間話をしたことが失敗であったと、春之助は今になって気づいた。しかし後悔してももう遅い。
帰る国があるのに帰れない春之助は、家族に会えぬ事の悲しみを他人事とは思えない。その思いは理性や自制心ではどうしようもできない、春之助の行動原理の一つなのだ。
アグドゥバの策に填った己に対する怒りを隠そうともせずに顔を歪ませ、女子どもが恐怖のあまり泣き出しそうな顔をしながら、しかし春之助は立ち上がった腰を椅子に戻し、腕を組んでアグドゥバを睨んだ。
「優しい優しいハルノスケさん、ありがとうね」
アグドゥバは怒り心頭といった春之助の行動とは対照的に満足そうに頷き、商人の笑みから素の笑みに戻り別の紙を引き寄せて護送対象の説明と報酬の話を始めた。
太陽が完全に砂漠の地平線に沈み、砂漠の町にまた夜の賑わいが戻ってきた頃。仕事の説明を聞き終えた春之助は自室に戻り、荷物をまとめ直して旅支度を完成させると袖の中からホムラを取り出し、綺麗に整えられた寝台の上にぽとりと置いた。部屋から出るときとは対照的に何かを考え込むように黙ったままの彼に首をかしげ、春之助はその鼻先を軽くつついた。
「ホムラ」
「何」
「お前の様子がおかしいのも気になるが、差し迫った問題としてこれからお前はどうする」
「へ?どうするって?」
「俺と共に北に行くか。このままこの町に残り気ままに過ごすか。それとももっと他に行きたい所はあるのか、ということだ」
春之助は生きるために仕事をしなければならない。もしも最後の一つを選ぶなら、一人と一匹はここで別れることになる。そんな内容のことを春之助が手早く説明すると、ホムラは考え込むような顔から一転、口を開けて間抜けな表情を浮かべた。
「えっ、ハルノスケはもしかして俺を置いていくつもりなの?」
「お前がそれを望むなら」
「望むわけないじゃん!」
人間が怒りのままに机を叩くように、ホムラは尻尾で寝台を叩いた。ぽすんという間抜けな音しかしなかったが、その仕草で春之助はホムラがどうやら怒っているらしいとわかった。
「何を怒っている」
「そりゃ怒るよ!お前さん空気読むの下手すぎだろ!俺が出て行きたいなんて思ってないの、ちょっと考えればわかるだろう!」
ぽすんぽすんと寝台を叩きながら、大きな口を開けて小さな蜥蜴が膝をついて視線を合わせている人間に怒っている。端からみれば滑稽以外の何ものでもない光景だ。
春之助はホムラの言葉に何か刺さるものがあったらしくグッと言葉を詰まらせて視線をそらすと、口の端で渋々「すまん」と謝った。だが、一通り怒りを発散するとホムラも似たような顔をして頭を垂れた。
「でも…もしも邪魔だっていうなら、無理にはついて行かない」
「ほう?」
すぱりと変わった態度に、春之助が目を見開いて聞き返す。
「俺は昔みたいに強くないから、仮について行ったとしても、ハルノスケの足手まといにしかならなそうだからな」
「己が無力という自覚はあるのか」
「封じられていた間ずっと考えていたことさ」
「……俺は、蜥蜴一匹養えぬほど甲斐性が無いわけではない」
春之助は少し考えた後、そうとだけ応えてホムラに指を伸ばした。
「つまりそれは、ついて行っていいって事?」
「この手を取ればそういうことになる」
「手、じゃなくて指じゃん…」
弱々しく突っ込みつつ、ホムラは右の前足を出して春之助の人差し指をぎゅっと掴んだ。そのまま上下に振り、人間と蜥蜴の奇妙な握手が成立する。
「旅のお供ってわけだな。これからよろしく、ハルノスケ」
「ああ」
満足げな笑みを浮かべたホムラに頷き、春之助はそのままホムラを掴むとまた袂の中に突っ込んだ。今度は春之助の行動を予測していたのか、ホムラは数秒袂の中で動いた後、袂の入り口に両の前足を引っかけるようにして頭をちょっと出す体勢に落ち着いた。体長から考えて袂の中ではほぼ垂直立ちのような状態になっているだろう。もしかすると、立つどころか袂の入口からぶら下がっている状態かもしれない。
「ハルノスケぇ」
「何だ」
「流石にこの中はちょっと居辛いんだけど。揺れるし暗いしこうしないと外見えないから酔う」
「良い考えが浮かんだら何とかしよう」
「なるべく早く頼むわ」
「承知した」
春之助は頷き、少ない荷物を肩にかけて立ち上がった。大小二本の刀がしっかり帯の左側に差してあるのを確認し、部屋の扉を開ける。向かうはこの町の貸し駱駝屋だ。
「酔ったら直ぐに言え」
「中で吐かれたら困るから?」
「そうだ」
「了解」
短い会話を交わしながら、部屋から最初の一歩を踏み出す。蜥蜴一匹分の重みを得た分わずかに足取りは重くなるように思われたが、予想に反して、春之助の足取りはこの町に入った時よりも軽くなっていた。
それが、長く一人で居たために仲間を得た喜びがあふれたせいであったということには、残念ながらホムラも春之助本人も気がつかなかった。