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火炎龍と王子様  作者: ソル&グロス
第二章 西の大陸の優駿
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09 村祭 Village festival

 かつての記憶から、ソルは殺意をもって自分を見る人間の目を忘れる事は出来なかった。こちらから攻撃しなくても、龍と見れば怯えて死力を尽くし向かってくる。いつも一方的に恐れられていた自分が、人里に下り群衆の中へと入って行っても大丈夫だろうかと。今更ながら考えていたが、グロスを見ればその不安は払拭された。私はマスターを信じる。自分に言い聞かせるように足に力をこめて、人々の中に混じって行った。


「あっ…ちょっと。待って…。グロスー…歩くの早いよぉ…」


賑わいの中で人の波に飲まれそうになりながら、懸命にグロスを追いかける。背が高いから見つけやすくて助かったし、猪が目印になるから見失う事はなかったが…数歩でも離れると不安だった。人波が途絶えてしばらく行った先に、そのホテルはあった。グロスは裏口に回り、従業員に声をかけている。入れ替わりに出てきた恰幅のいい男が料理長らしい。厳めしい顔をしながら猪を値踏みし、指を七本立てる。七十ゴールドなら悪くない値段だ。ソルの服も一通り揃えられるだろう。OK…と指で合図し、猪を引き渡した。料理長は大きな袋を二つ、グロリアスに渡す。「え?」と驚きの表情。立てた七本の指は、どうやら七百ゴールド…という意味だったらしい。


「びっくりしたな。まさか、こんな高値で引き取ってくれるなんてな」


グロリアスは予定外の収入に上機嫌だった。両手が空いたグロリアスと手を繋げたソルも、嬉しそうな笑顔を見せる。薄暗くなりかけた村の中を、物珍しそうにきょろきょろ見回しながら衣料品の店を探す。祭りが催されているせいか、あたりはすっかり暗くなったのに多くの店が営業している。


「服はあんまり好きでは…。締め付けるのは嫌なの。マントで充分! 」


「締め付けない感じの服にすればいいよ。マント一枚じゃ…捲れ上がったりしたら丸見えになっちゃうだろ?おっっ…ここの店が良さそうだぜ。ほら、入るぞ」


 要らない…とはソルは言ったが、いざ入った衣装店はなかなか興味深いラインナップを揃えていた。自然、楽しげに商品をみてまわる事になる。


「人間って器用だね!苦しくないのがいいな。引きずらなくて動きやすいのなら、着られると思う」


思わず興奮して放った言葉に店主は不思議そうな表情をし、グロスからは視線でダメ出しされた。そうだ、今は人間だったっけ、とクスクス楽しそうに笑顔を浮かべる。店主に希望を伝えて、服を出してもらう。出された服は女の子が喜びそうな、フリルをたっぷり使ったドレス。旅には向きそうにない。おじさんが着るような、ごわごわとした毛織物を手に取ると、どうかな?とでも言うようにグロリアスに視線を向けた。


「違う!!もっと動きやすいの。こんなのならいいかな?」


「女の子なんだから。もっとそれっぽい奴にしろよ…これなんかどうだ?」


指さしたのはふわっとした感じのシルクのワンピース。試着させてもらえば、膝下まで届くゆったりサイズ。腰にベルトをまけば、そこにポーチをつけたりもできるし。それなりの値段はしたけれど、潤沢な資金を手に入れたばかりだ。けち臭い事は言わない。


「下着とかも…ちゃんと買えよ?洗い替えにもう一つ、なんか買え。あと…靴。靴も忘れるな。そのまま着させてもらえ。マントは…返してもらうぞ」


なんやかやと、結構な量の買い物になった。嬉しいような…戸惑うような、そんな表情を見せるソル。やっぱり、なんだかんだ言っても女の子だ。シンプルなデザインではあるけれど、ピンクのワンピースが赤い髪によく似合う。鏡に写る姿にまんざらでもない様子で、ソルはポーズをとってみる。洗い替えは少年用の服を試してみる事にした。簡素な綿の襟つきシャツと膝下までのパンツ。体にピッタリとフィットしてとても動きやすいが、その分ほどよく発達した胸や健康的な尻のラインが強調される事になる。この動きやすさ、気に入った。ワンポイントがついたブーツを手に取ると、これなら可愛い?とグロリアスに同意を求めながら、


「服を買ったらマント、返さなきゃダメ?」


グロスの匂いのするマントは、羽織っていると寂しくないとソルのお気に入り。返せと言われてちょっと寂しそうに。でも、上目遣いに訴えたらグロスは苦笑いをしながら「マントはあげる」とソルに渡した。ピンクのワンピースに黒いマントはちょっと微妙だが、ソルが気に入っているなら構わない。靴を履いたせいか、店を出た二人の足取りは軽かった。祭でにぎわう人の波に身を任せていると、先ほどの中央広場にかなりの人だかりができている。ソルを誘って見に行くと…祭りのイベントの一つ、アームレスリング大会が行われていた。


「飛び入り歓迎…か。ちょっとやってみるか?」


「何が始まるの?喧嘩?」


ニヤッと笑ったグロスの口元から白い歯が零れた。どの参加者も強そうに見えるが、グロリアスも腕には覚えがある。見てろよ?と笑みを見せて、戦いの渦へと身を投じた。ソルは近くにいた大柄な女性に声をかける。「力の勝負よ」と教えてもらえば、グロスの笑顔も納得できた。今まで長年人間を見てきたが、一人で熊を倒し猪を背負って山を降りてくる男は見かけた事はない。とは言え、戦いに興じる男達の腕は丸太のように太く、ゴツゴツと隆起した筋肉が力を誇っている。面白くなりそう、と目を細めてグロスを見つめた。


「マスター、負けて戻ってきたら、…噛みつくからねーっ!」


 屈強な男たちが集まる中、グロリアスは着実に勝利を重ねトーナメントを登っていく。そして会場のボルテージが最高潮に盛り上がる中、決勝戦となった。かたやグロス。対戦相手は一回りは大きいかという巨漢。前年度チャンピオンらしい。リングの上で二人は手を組み、レフェリーの手が添えられる。


「見てろ?ソル。俺は負けねぇからな!」


格下に見えるグロリアスの笑みは、チャンピオンを逆撫でしたようだ。握り潰してやるっ!とでも言いたげな握力が、グロリアスを襲った。だが、グロリアスも余裕の表情。そして、いよいよレフェリーの手が離れる。


「Ready…Go!!」


二人の腕はピックりとも動かない。もちろん決戦は始まっているのだが。二人の太い腕には血管が浮き上がり、やがて汗が滲み出てくる。どちらも一歩も引かない激闘に、会場は興奮のるつぼと化した。


「なにやってんの!マスター??こんな熊、倒しちゃうのー!こいつは、くま!大猪。いーのーしーしー!」


男達のうなり声にも似た声の中で、異質な少女の声は目立って響き渡る。もはや自分でも何を言っているのか判らないが、周りもその声援に笑いを誘われていた。

微動だにしなかった二人の腕が、小刻みに震え始め…ゆっくりと倒れ始めた。グロスの腕が自分のより太い腕をねじ伏せていく。チャンピオンは脂汗を流し始め、露骨に歯を食いしばるが…善戦及ばず。勝ち名乗りを上げたのはグロリアスだった。


「声、聞こえてたぞ。ありがとな。ソルが応援してくれたから…勝てたよ」


優勝が決まった瞬間、ソルは思わず飛び出してグロスにしがみついてしまった。思い出すとちょっと恥ずかしい。誇り高い龍なのに。人間の姿になってから、感情抑制が未熟になってしまったように感じる。飛びついてきたソルをぎゅっと抱き留めれば、わっと歓声が沸き起こる。祭りを締めくくる大きな花火が、大きな音を立てながら夜空に咲いた。優勝賞金も出て、金貨は更に増えた。意気揚々と引き上げ、飯が食える店を探す。


「ここなんかどうだ?なんか…美味そうな匂いがしてくるな。腹減ったろ。今日は…ご馳走が食べられるぜ」


 レストランの前を通りかかれば、ソルは鼻をヒクヒクとさせてみる。鼻腔をくすぐる匂いに空腹を思い出した。遅い時間になっていたが、祭の影響か店内はまだ多くの客で溢れている。何とか空席を見つけて、腰を下ろす事ができた。


「何でも好きなものを食え。洞窟じゃろくに食べられなかったんだろ?」


ウェイトレスを呼び、オーダーを入れる。ソルは好き嫌いないみたいだし、何を頼んでも行けるだろう。メニューから選んで頼む…というよりは、メニューを恥から順番に読み上げているかのようなオーダーに、ウェイトレスは目を丸くする。


「まずは酒だっ!ラム酒!ステーキと…フルーツサラダ…ピラフに…スパゲッティ…オニオンスープと…ピザっっ!全部大盛りで…三人前ずつっ!」


とんでもないオーダーを入れたグロリアスに呆れ顔を見せるソル。しかし、グロスは極めて上機嫌だ。運ばれてきたラム酒を美味しそうに飲み、ふぅ…と大きく息をつく。やがて料理が運ばれてくれば、ソルも大きな瞳をさらに見開いてステーキを凝視している。


「美味そうだなっ!ソルも一杯食えよ?まだ旅は始まったばかりなんだからな」


ソルは運ばれてきた肉を手で掴むと、むにゅっと噛み切る。周りの視線を感じてフォークを手にとり、困ったような視線を向けた。黙って手本を見せてくれたグロスに倣って、フォークを握りしめると、肉に突き刺して持ち上げ…丸呑み。


「すっごく食べにくいね。食事だけで疲れちゃう」


ソルは途方に暮れたような表情で、ゆっくりゆっくりと食事を進めた。見かねたグロスが肉を切り分ける。これならソルは、フォーク一本で食べられるだろう。慣れないフォークとナイフに苦戦はしたが、買ってもらった可愛いワンピースに染みなんかつけたくなくて、出来るだけ丁寧に丁寧に。更にはソルの前に置かれたラム酒にふんふんと鼻を寄せて、その香りにうっとりすると、ほぼ一気に煽った。


「ん~…なんかこの飲み物、熱い!」


「ソル…お前、酒飲めるのか?」


ソルは何の躊躇いもなく一気に煽ったが、その瞬間顔が真っ赤に。くりくりとした瞳が、ぐるぐる回っているようにも見える。本体の年齢は三百を超えているのかもしれないが、どう見ても今の姿は少女…というか、子供にしか見えない。十五・六歳くらいの。人間界ではまだ酒が飲めない年齢だ、法律的に。これは確かに配慮が足りなかった。ソフトドリンク…オレンジスカッシュでも頼んであげよう。


「どうだ?人間の食べ物って…美味いだろ?たくさん食え。あの洞窟じゃ、ろくに食事もしてなかったんだろうし。それじゃ…改めて、乾杯だ」


所狭しと並んだ料理は、次々に二人の腹の中へと消えていく。そう、まるで掃除機が片っ端から吸い込むように。ステーキやピザを切り分けてやれば、ソルも体に似合わず結構な量をほおばっている。周りの客や店員が唖然とした表情で見つめる中、二人の食欲はとどまるところを知らない。


「くふふ…確かに美味しいねぇ。熱くて美味しい!ちょっと。マスター!グロス!私もおんなじの飲む!すごい、熱くて気持ちいいね!この飲み物。今なら業火を出せそう!」


目の前のオレンジスカッシュは一口飲んだだけで、ソルの視線はラム酒に戻った。ぺんぺん、とグロスの手を叩いて催促する。躊躇するグロスを膨れ面で睨むと、グロスの杯から一口失敬。ご機嫌でケタケタと笑い、フルーツサラダをフォークでつつく。完全なる酔っぱらいと化した龍は、フォークで上手く食べられない事にイラつき始めているようだった。


「やだ。この道具、私の言う事きかないの。上手く食べられない!」


あーん…と大きく口を開けたソルは、「食べさせて」とせがむ。まるで鳥のヒナが親鳥に餌をせがむかのように。確かに洞窟の中では切り分けた肉を口の中に放り込んでやったが、今は自分で食べられるだろう…と思いながらも、そんな可愛らしい仕草に強くは言えない。


「あーん…って…お前なぁ…」


苦笑いを浮かべるが、悪い気はしなかった。フルーツをいくつか突き刺し、放り込む。ステーキを突き刺し、放り込む。スパゲッティーを放り込み、ピラフを放り込み…、もぐもぐと飲み込むソルを微笑ましく見つめた。王宮にいた頃はこんな食事なんて考えられなかったけれど、これはこれで悪くない。いや…結構楽しいと思いながら。何度かラム酒のおかわりを繰り返し、その間にステーキとピラフのおかわりもして、ようやく満腹になった。ソルも満足したらしく、少し膨れた腹を撫で擦っている。


「ふふ、この店気に入った。人間とはなかなか面白い食べ物を作り出す」


食べさせてもらっておいて、偉そうに独り言を呟くソル。特にラム酒は気に入った。喉の奥で熱くなり、自由に火を操れた頃を思い出せる逸品である。久し振りに限界まで膨れたお腹を幸せそうにさすっている時、隣のテーブルの男が酔っぱらって倒れ込んできた。


「グロス!危ないっ!」


グロスにぶつかりそうになりながら、男は床に倒れる。自分もしたたかに酔っぱらいながらも、倒れた男を片足でむにっと踏みつけ睨みつけた。


「攻撃か?我がマスターに無礼だ。膝まずいて謝罪せよ」


肩で息をしながら両腕を広げてグロスの前に立ちはだかる。グロスを守れたと信じて、なかなかいい気分だった。だがグロスは、なぜかその男に駆け寄り庇うような仕草。のみならず何やら謝っている様子。ソルには全く訳が解らない。


「ソル…違うから。その人、酔っ払ってるだけだから…」


苦笑いをしながら、ソルの肩を叩く。人間界では…よくある事だと教える。。ソルも少々酒が過ぎたようで。顔が真っ赤に染まり、いまにも炎を吹き出してしまうのではないかと思うくらいに鼻息が荒い。ここはさっさと撤収するに限る。会計を済ませると、ソルの手を引いてさっさと店を飛び出した。


「でも…びっくりした。ソルが俺を守ってくれるなんて。ちょっとカッコよかったぞ?」


「ふふん。グロスは、私のマスターだからね。お守りしますよ~。だから安心してていいから」


グロスは大きな手でソルの頭を撫でる。これがソルの機嫌を直す良い方法だと、いつの間にか会得していた。褒められ、頭を撫でられ、いよいよ上機嫌の龍は、嬉しそうにグロスの腕に絡み付く。ともかく、今夜泊まるところを探さないと。祭りの開催で村には多くの観光客がいる。そんな状況でちゃんと部屋を見つけられるだろうか。不安は的中し、行く先行く先の宿泊施設で「満室」と断られる。今夜も…野宿するしかないのだろうか?


「宿なんか大丈夫よ?大地が寝床。火をおこしてあげられるし、…ふぁ…はふ。美味しかったなぁ、ラム酒。んー、いい事考えた!水筒にラム酒いっぱい持って歩こーね。ね?」


「ははは、それも悪くないが…荷物は極力少ない方がいい。ラム酒は…どこでも飲めるさ。それよりも…」


お酒が回ったのか、ソルは欠伸をしながらふにゃふにゃと歩を進める。やけに上機嫌でニコニコと笑いながらも、目は半分閉じかけていた。野宿でも大丈夫…とソルは言ったが、資金はある事だし、できるならちゃんとした宿で体を休めたい。ソルの瞼も重くなってきているようだ。辿り着いたのは、先ほど猪を買い取ってくれたホテル。ここで断られたら外で…と考えつつ訪ねてみると、部屋は空いていた。ただし、ツインの部屋らしい。できればシングルの部屋がいいと思っていた。いくら忠誠を誓った下僕と主でも、一応…男と女なのだから。だが今にも寝落ちてしまいそうなソルを見ていると、そこまで贅沢も言っていられまい。今夜はここに泊まるとしよう。

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