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火炎龍と王子様  作者: ソル&グロス
第二章 西の大陸の優駿
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08 大猪 Great wild boar

 ソルを背負ったまま山道を歩く。背負うがっしりとした背中は、たゆまぬ鍛練と育ちの良さを思わせた。背負ったグロスと背負われたソルの物理的距離はすでにゼロだったが、二人はお互いにいろいろな事を問いかけ、答え、心の距離を埋めながら歩く。西の空に赤く染まった太陽がゆっくりと沈んでいくと、ふもとの村までの距離をだいぶ残して背中のソルを下した。


「仕方ないな…今日はここまでにしておくか」


「でも王子様って、野宿なんてしないでしょう?山は怖くない?」


辺りを見回し、食べられそうな果実を探す。合わせて小枝を集め火を起こせば、野獣が近寄ってくる事も避けられるだろう。焚火が明かりとなって、二人を赤く照らし出す。この手際の良さは何処から来るのだろう?そんな疑問がソルの頭をかすめた。こうも野営を器用にこなすとなんて、一国の王子のイメージに重ならない。


「こんなんじゃ…あまり腹も膨れないかもしれないけど…な」


「大丈夫、体も小さくなったし。でもね…必ず守るから。グロスの守護として、強くなる。だから安心して?」


グロスが自分のために無理をしているのではないか、とソルは心配していた。その表情を読み取ろうと、焚火の明かりの中で輝くグロスの瞳を覗き込む。出来るだけ優しい表情を心がけて、にぃっと笑って見せた。


「期待してるよ、ソル」


投げかけられたソルの微笑にみそっと手を伸ばし、クシュクシュと頭を撫でる。だが、グロリアスの表情は微妙に固い。ソルが少女に姿を変えてから、初めて一緒に過ごす夜だ。妙な緊張感を感じながら果実を頬張る。この少女があの火炎龍だなんて今でもちょっと信じられないけれど、少なくとも龍でいられるよりは扱いやすいかもしれない。


「ちょっと…足を見せてみろ」


おずおすとソルが差し出した足は、昨日までの鋭い爪が生えた龍の足とは似ても似つかない足。その足を包み込んだグロリアスの両手が、青白く光り始めた。言葉こそぶっきらぼうではあるが、足を包む光はどこまでも優しく、痛みが和らいでいくような気がする。この男の治める国が見てみたい、とソルは微笑んだ。


「これで…少しでも痛みが引けばいいんだが…」


グロリアスも治療魔法を身に着けている訳ではなかった。こんなことをしても、痛みが引くとも思えなくて。だが、麓に降りるまではもう少し歩かなければいけない。何事も、やらないよりはやった方がマシ。そんなグロスの掌はソルに安心感を与えた。

静かな夜。パチパチと焚き火のはぜる音と、風が木々を揺らす音を聞いているうちにグロスが眠そうにあくびした。グロスが眠っているうちに、ソルにはやりたい事がある。この焚き火の炎に手伝ってもらって、『ファイア』を思い出すのだ。揺れる炎、はぜる閃光、熱。目の前の炎をじっくり見つめて、形のない火の形をはっきりとイメージしていけば、なんとかなるだろう。役に立ちたいと願う龍は、少し手を伸ばすとグロスの頭に触れ、そのまま自分の膝にグロスの頭を横たえるように引き寄せた。膝枕をしようとして。

ソルが自分に膝枕?とも思ったけれど、これはきっとソルの気持ちだ。グロスはありがたく受け取っておく事にする。今日一日、かなり歩いた。途中からはソルを背負って。想像以上に疲れはたまっていたのかもしれない。甘酸っぱく優しい匂いがグロリアスの鼻をくすぐった。心地よい眠気に包まれながら、ゆっくりと落ちていく。龍の姿をしていたソルに身を預けて寝堕ちていくように。


「いい子ね。おやすみ」


膝に載せたグロスの髪を鋤くように指に絡めながら、優しく優しく撫でていくうちに静かな寝息が聞こえて来た。無防備な寝顔を見つめながら、「よしっ!」と気合いを入れ直すと、炎に視線を移す。赤・オレンジ・青・白…燃え盛る火のイメージが目の裏で見え始めた頃に、


「ファイア」


小さな声で呟いた。と、炎に向けた指先に小さな小さな火が輝いている。やっと上手くいった事に満足した途端、酷使した精神力が限界を迎え、グロスの体に折り重なるようにもたれ掛かりそのまま眠ってしまった。


 どれほどの時間が過ぎたか。東の空が白むには、きっともう少し時間がかかるだろう。それまで心地よい眠りに落ちていたグロリアスの目がパチリと開いた。けたたましい足音が近づいてくる。猪か、それとも狼か。ソルを起こさないようゆっくりと立ち上がり、長剣を抜いて構える。

ドドドドドドドドド…。

足音は更に近づいて来た。ガサガサと木々の葉が揺れ、飛び出してきたのはやはり猪。だが、次の瞬間…振るわれた長剣の前に断末魔の悲鳴を上げる。


「ほんとに…油断ならないな」


苦笑いを浮かべつつ、それでも計算外の獲物に頬が緩んだ。これを村で売れば…いくらかの資金にはなる。空が明るくなるまでには、もうしばらく時間がかかるだろう。それまでにもう一眠りしておくかと、再びソルの隣に身を横たわらせる。

魔力を使い果たしてそのまま昏睡するように眠ってしまったソルは、グロスが野獣と闘っていた事も全く気づかず。鳥の声で爽やかに目を覚ますと、見慣れない猪の顔と目を合わせて悲鳴をあげてしまった。


「ちょちょちょちょちょっとっ!グロス!…何これ?猪?いつの間に仕留めたの?」


「ん?それか?さっき…ちょっとな。あ、それは焼いちゃダメだぞ?麓まで…持って降りるんだからな」


何事もなかったように眠っているグロスの長剣が、昨日おいた場所からずれている。自分が眠っている間に王子様が暴れたのだろう。どれだけ剛胆なんだか。

小首をかしげ頭の周りに「?」を侍らせているソルを尻目に、グロリアスは立ち上がる。猪を背負えばソルには歩いてもらうしかないけれど、足の調子はいいようだし…頑張ってもらいたい。


「さて…行くか。歩けるか?」


「大丈夫。今日は歩けると思う。猪…街で売るの?人間は猪の肉が好きなのね」


 大きな猪を背負って歩き出す。引きずってしまうと、汚れたり傷ついたりするし。なるべく綺麗な状態の方が…売る時に値が落ちないだろうから。背負ってもらえないからか、手を繋いでもらえないからか、ソルは寂しそうなつまらなそうな顔をしていたけれど…紛らわせるように、笑顔を作ってグロスへ向けた。上手く笑えているといいけど。手持ちぶさたの両手をブンブンと振りながらグロスについて歩くと、可愛らしいピンクのキノコを見つけた。これは…)


「ねぇ、このキノコ知ってる?痺れ茸。触って汁が付くと、感覚が無くなるの。この前持ってた「麻酔」に似てるね」


「お前なら感覚がなくなるくらいで済むかもしれないけどな。人間がそれを食ったら…死んだりするから。ソルも…食ったりするなよ」


毒を持つキノコは、その見た目も毒々しいのが基本だ。確かに「麻酔」に似ているかもしれない。実際、長老は毒キノコから薬を作り出す研究もしていたし。もっともそのスキルは、グロリアスに伝えられる事はなかったが。長老は逝くのが早すぎた。あと十年、いや五年長く生きていてくれたら…そう思うと残念でならない。


「村だ、村が見えてきたぞ。この調子なら、暗くなる前にたどり着けそうだな」


陽が西の空に傾き始めた頃、勾配のきつかった山道がなだらかになり始め、木々の隙間から麓の村が見えてくる。国境はすでに超えていた。背中に猪を背負いながら、疲れが溜まってきている両足を奮い立たせて歩く。

昨日はソルを背負い、今日はさらに大きな猪を背負うグロス。タフに見えるとは言え、生身の人間には辛いだろう。だらりと下がる猪を持つのを手伝おうとしてみても、そもそもソルがグロスと高さを合わせて猪を持ち上げようとするのは無理な話だ。爪先歩きになってしまうから…変に手を出さない方が無難だろうか。疲れたように見えるグロスを手伝いたいのに、ソルは何をしたらいいのか解らない。


「少し休む?汗…拭くね」


(ちょこまかと、世話をしてるのか邪魔をしているのか。だがグロスはそんな気配りを嬉しそうに汗を拭ってもらう。にっこりと笑顔を向けると、上目遣いで見上げてくるソルは不安そうに、


「私、街は少し恐いんだ。龍だってバレないかな?」


「大丈夫、どう見てもか弱い女の子にしか見えないよ…爪の先に火を点したりしなければ。さてと…なるべく高く買ってくれるところを探さないとな」


くすくすと笑いながら、手を伸ばしてソルの肩をポンッ…と一叩き。ソルが返してきた柔らかな笑顔が、疲労の溜まったグロリアスの足に活気を取り戻す。もうひと踏ん張り。

どうやら村を挙げての祭りが開催されているようだ。中央広場とそこに繋がる道には多くの露店が並ぶ。行きかう人は多く、その中で猪を背負うグロリアスは注目の的となった。


「こいつを高く買ってくれるところを探しているんだが…教えてもらえないか?」


町外れにある老舗のホテルがいいらしい。周囲の視線を気にしながら、町外れへと足を運ぶ。猪を担いだ大男は俄然注目の的だ。なるべく目立たぬように…と言っても目立たぬ訳がないが、ソルト二人で教えてもらったホテルを目指す。


「こいつが売れたら…ソル、お前の服を買うぞ。靴もだ。この先マント一枚じゃ…何かと不便だからな」

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