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火炎龍と王子様  作者: ソル&グロス
第一章 出会いと旅の始まり
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07 旅立 Starting an adventure

「俺…魔法なんて使えないけどさ、なんだろう?神様の…悪戯?なんだかずい分可愛らしくなっちまったな。それに…これなら、洞窟の外に出られそうだし」


苦笑いしか出てこない。指をしゃぶる少女の仕草が、やけに可愛らしく見えたりして。ぽふぽふ…と軽く頭を叩く。目を細めて笑ったようにも見える少女は、「これで一緒についていける」とでも言いたげな。正直、仮にここを出られるとしても…本来は安静にしているべきなのだ。だが最大の難題がクリアできた以上、少女はそれを譲りはしないだろう。


「置いていかれたくないって思ったの。そしたらこの姿で…グロスよりもだいぶ長く生きてきてるのに、こんなに小さくなるとは思わなかったわ」


美味しくない血の味にソルは首を傾げ、今度は柔らかい手のひらの感触を不思議がるように、手を握ったり開いたりしながら呟く。洞窟の外に出られそうだし…と言うグロスの言葉に、にぃっと意味深な笑みを浮かべて。嬉しそうに勢いよく立ち上がるとマントが落ちた。


「大人しくする!人間なら翔べないし、翼の使いようがないでしょ?だから私もここから出る!」


「だだだだだからっっ!無駄に動くなっ!ちゃんとマントを羽織ってろって!」


意図的か、それとも無意識なのか…それは解らない。グロスは慌ててマントを手に、ソルに纏わせる。クシュクシュと髪を撫で、ゆっくりと立ち上がった。手を差し出し、ソルを立ち上がらせる。ふぅ…と大きく息をつくと、諦めたようにボソッと呟いた。


「解ったよ。連れてく。連れてくから…極力安静にしてろよ?約束だからな?とにかく…東だ。山を下りて、東に向かう。でも…その前に、お前の服を…どうにかしないとな」


「服?いらない、いらない。もったいないから。大丈夫だから。グロス、道は私が案内できるからね」


盛大に遠慮して、ブンブンと首を振る。服は高そうだから…。役に立ちたいのにまた迷惑をかけてしまいそうな自分に、悔しそうに唇を尖らせる。嬉しそうに男の手をぎゅっと繋ぎ、楽しそうに歩き始めた。普通の人間であれば立っていられないほどの発熱を思わせる体温が、掌を通してグロスに伝わる。火炎龍の名残りとでも言うような暖かさだがそれは苦にならなかった。体温は高いが、ソルの顔色は悪くない。様子を見ながら歩く事にする。長い長い洞窟を抜けると、森の中に出た。多くの獲物や果実を恵んでくれた森。木々の葉の隙間から太陽の光が零れている。


「暗くなる前に…ふもとの村まで行きたいんだが…。ま、無理はしなくていい。もし気分が悪くなったら…隠さないでちゃんと教えるんだぞ?」


ところどころ木漏れ日が注ぐ鬱蒼とした獣道を、手を繋いでもらったソルは上機嫌で歩いた。素足ではちょっと歩き辛いが気にしない。少女の姿に変わっても、ソルはグロスを守護する火炎龍。子供のように甘えるわけにはいかないのだ。

楽しげに歩いていたが、呼び起された記憶にピクリと体が震えた。グロリアス…何度か呟く。血に受け継がれた記憶をたどり、「グロリアス」ともう一度呟いて確信した。この国に王子が産まれたと歓喜に満ちた人々の声が呼んでいたのは、その名前だった。とすれば目の前の男は『地を統べる者』龍の姿をしていた時、怪我をしていないとは言え、本気を出せば瞬殺で倒せるような相手に、なぜ逆らえなかったのか。置いていかれそうになればなぜ転変すら可能にして追いすがったのか。理解した。私が…この火炎龍が仕える相手。古よりこの国の安寧を祈り、遠くから王家を守り共存を夢見てきた龍達からの血の記憶が繋がる。シャキッと背筋を伸ばすと、グロスの目を見つめた。


「王の子グロリアス。我がマスターにお迎えする。御前を離れず、言に背かず、忠誠を誓う事を誓約します」


「ソル…お前、なぜそれを知っている?」


思わず口走ってしまったことに慌てふためき、じっとソルを見下ろしていた。ソルは地に膝をつき、頭を下げる。恭しい一礼と、その後のまっすぐに自分を見つめる瞳。忠誠を誓う者の瞳だ。さすがに少々戸惑う。あの伝説の火炎龍が、国を追われた元王子を前に忠誠を誓うなんて。


「ちょっ…ちょっと…よせよ、ソル。今の俺は王子でも何でもない。ただの逃亡者だ。そして…お前の主治医だ。と…とにかく、俺に忠誠を誓うなら一日も早く体を治す事に専念しろ。無理は禁物だ。解ったな?あと…俺の事は『グロス』と呼んでくれればいいから」


そんなグロリアスを見つめるソルフレアの瞳は、じっと見つめていると吸い込まれそうになるほど澄み切っていた。やがて立ち上がったソルに手を繋がれ、二人は再び歩き出す。

人間の体は軽くて動きやすい…とでも言いたげに、無理は禁物と言われてもまるでスキップでもするかのような足取り。だが裸足で山道を歩くのはさすがにちょっと痛かった。


「不便ね。足が柔らかいって。小石が痛い」


柔らかそうな大きめの葉と蔓草をみつけて足に巻いてからは幾分楽にはなったが、はしゃぎ過ぎたせいかうっすらと血が滲んできている。隣を歩くグロスに気づかれないように「足の痛みよ、去れ」と念じてみると、チラリと足の先が光ったような。もう少し頑張れば、癒しの光がだせるか。ソルの額にいつの間にか汗が浮かぶ。


「ソル…お前、治療魔法が使えるのか?」


「ちょっとだけ。かすり傷くらいなら。すごいけがしちゃったら、それは無理」


それは間違いなく、かつて長老がグロリアスに見せた治療魔法だった。しかし、ソルの説明に納得。そんなものが使えるなら、自分の傷は自分で直していただろう…と。数歩先に歩いたグロスがしゃがみ込み、背を向けたまま頭だけ振り返って)


「背負ってやるよ。ただし、麓の村までだからな。村に着いたら、靴を買おう。無理するなよ。治療魔法なんてそんな簡単に使えるもんじゃない」


くたりとその場に座り込んでしまったソルも、グロスの大きな背中に体を預ける事は躊躇われた。だって、グロスは自分のマスターなのだ。大きな龍であった時なら、その背に乗せて風の早さで飛べるのに。一瞬、龍に戻ってみようかなぁとも思ったが、転変は体力を使うし。魔法は精神力を多く使うため、試みただけでも疲労感に襲われていた。


「グロスはマスターなのに…ごめん…なさい」


「マスターだから、仲間は大切にしなきゃいけない…そうだろ?」


ソルはしょんぼりと呟きながら、支えたいと願ったグロスの背中に遠慮がちに腕を伸ばした。背負ったソルは想いの外軽く、グロスほどの巨漢であれば全く苦にならない。山の街道を麓の村に向かうが…だいぶ距離を残して日が暮れる。麓の村明かりは、まだまだ小さくにしか見えなかった。

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