34 終章 Epilog
「ソルっ!大丈夫かっ!?ソルっ!死ぬんじゃないっっ!!」
雷龍にとどめを刺した火炎龍は、まるで共に力尽きたかのように横たわっている。首の傷口から大量の血を流し、あれだけ爛々と輝いていた赤い眼が、その輝きを徐々に失いつつあった。「
ソルっ!死ぬなっ!お前は!伝説の火炎龍だろっ!?死ぬなっ!俺がっ!いま助けてやるからなっっ!」
駆け寄り、縋り付いた。ぐったりしている火炎龍の瞼が、ゆっくりと閉じていく。どうすれば、どう治療すれば治してやれるのだろう?医療魔法を使えないグロスは、弱っていく火炎龍を前に、ただ縋り付く事しかできなかった。
業火を放った事で更に身体中が痛みを訴える。雷龍の最期を確認し、腹部に目をやった。守れた。最愛のグロリアスの命の分身。再びゆっくりと地に横たわると、身体を丸くする。身体を貫く痛みに尻尾は落ち着きなく揺れ、呻き声すらあげていた。その表情からは怒りは消えてはいるものの、ありありと火炎龍が受けている苦痛が伝わる。閉じられた瞼から涙が溢れた:
「う…。…ロィ…ア…ス…」
弱い呼吸、焦点の定まらない視線。火炎龍が死線をさ迷っているのは明白だった。それを生へと繋ぎ止めるエネルギー。腹部に宿したそれを世に送り出そうと、火炎龍は全身を震わせながら、苦しげな呻き声をあげる。
「グロリ…ア…ス。この子…を守って…」
「ソルッ!どうした!?ソル…まさか、卵をっ!?」
漏らす呻き声で、ソルの痛みは想像できる。今まさに、白地にまだら模様の卵が産み落とされる瞬間。目頭に熱いものがこみ上げるのを懸命に堪え、産まれ来る卵にそっと手を添えた。
「ソル…頑張れ…ソル…俺達の…愛の結晶…新しい命だ…」
苦悶に表情を歪ませながら、ソルは一つの卵を産み落とした。一抱えもあるような大きな卵が、無事にグロスの腕の中に納まる。だがソルの息は途切れ途切れで、今にも力尽きてしまいそうな。
「ソルっ!よくやったっ!!産まれたぞっ!俺達の…」さっきまで聞こえていたソルの声が聞こえない。瞼は閉じられたまま、傷口からの出血は止まらない。
「ソルーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!」
卵を産み終えて、一瞬穏やかになったソルの呼吸はどんどんか細くなっていく。薄目を開けると、グロスの腕の中の卵を満足そうに見て頷き、再び目を閉じた。全身が萎えていく。完全に脱力した火炎龍は、グロスと初めて会った洞窟の中での姿よりも、一回り縮んで見えるほどに。
ゆっくりと瞼を閉じたソルの表情はとても穏やかに見えた。微笑んでるようにさえも。楽しげな夢でも見ているかのように。グロスと出会い、共に旅をした日々を。そしてグロスを愛し、グロスに愛された日々を。
バサッ!…バサッ!…と、大きな翼の羽ばたく音。一同が空を見上げた。少しずつ風に流されていく雷雲の隙間から姿を現したのは…龍だ。そう、遠い東の果ての国でブルーロズを守り続けた伝説の青龍…アクアビット。要塞基地の上空を旋回しながら、グロリアスの脳に語り掛ける。
「男よ。お前の望みは何だ?」
「ソルを助けてくれっ!大きな傷を負ってるっ!俺には…治せないっ!青龍!お前なら…できるだろ?ブルーロズを守り続けたお前ならっ!」
「男よ。火炎龍を助けるための覚悟はあるか?己の命を差し出す覚悟が」
「当たり前だっ!俺の命なんかくれてやるっ!ソルを…ソルを助けてくれっ!」
「ならば…しばし寄り添うがいい。男よ、自らの手を傷口にかざし…青白き光を」
言われた通り、傷口に手をかざす。青白い光が、優しく傷口を包み込むように。グロスの目から零れた涙が、頬を伝って手の甲に落ちる。
ソルは苦しみからは解放されていた。大昔、火山の火口の中で産まれた事、寄り添ってくる人間に偉そうにしていた時代の事。迫害され続けてきた事。洞窟の中、グロスと出会って人間になった事。主を得て守護の誓いを立てた事。旅の事。グロスの笑顔、怒鳴る声、人間の女としてグロスを受け入れた悦び…そして産まれた卵。噎せ返るような記憶の洪水の中を漂い、ソルは静かに身を横たえた。
「男よ、お前なら…そう言うと思っていた」
旋回していた青龍がゆっくりと舞い降りてくる。横たわっている火炎龍と、寄り添っているグロス。大きな翼で包み込んだ。青龍の体が青白く光り始める。眩い光に包み込まれながら、グロスもふわふわと包み込まれるような感覚。全身が蕩けそうな夢見心地に包まれていった。そのまま傷ついた火炎龍を抱きしめる。あの時味わった快楽はなかったけれど、二人が繋がっているような…そんな心地よさ。
どれほどの時間が過ぎただろう。眩いほどの光がやがて収束をはじめ、青龍はゆっくりと羽ばたき…空高く舞い上がった。そこに現れたのは…双頭龍。深紅の鱗に包まれた、雄々しき雄姿を湛えた双頭の龍であった。信じられないような現実を目の当たりにした騎兵達は口々に称える。王子が火炎龍へと覚醒した…と。横たわっていた火炎流はゆっくりと体を起こし、大きく翼を広げ…大空へと舞い上がった。
「あ…生きてる?」
微睡みからゆっくり目を開けると、身体が動いた。自分の姿を確認し、グロスを探すが見つからない。と、首を擦り寄せて来た何かを見て小さな悲鳴を洩らした。自分の顔の右側に、もう一つの龍の顔。その優しくも力強い力を持ち合わせた漆黒の眼は、我が主と仰いだ、グロリアスの瞳であった。
「グロス…なの?」
「そんなに…驚かなくても、いいだろ?」
照れたような笑みを浮かべながら、と言っても、その顔は龍のそれ。厳めしいままではあるけれど、きっとソルには伝わっているだろう。形はどうあれ、ソルは一命を取り留めた。グロリアスと融合し、双頭龍として生まれ変わる事によって。一つになりたい、繋がっていたい、かつて二人が抱いた願いが、こんな形で実現したのはまさにファンタジーである。
二人…いや双頭の火炎龍は、これからもボルタスを見守り続けるだろう。何百年も、何千年も、永遠に。
王宮に運び込まれた火炎龍の卵は、三日後に無事孵化した。驚いたことに、中から出てきたのは朱色の瞳を持つ赤毛の男児。グロリアスの妹…メアリー女王は我が子のように愛情を注ぎ…
そして二十余年の月日が流れた。
「新国王!グリフィス様!万歳っっ!」
「ご結婚、おめでとうございますっ!」
「ボルタス王国に永久の平和をっ!」
多くの国民が王宮前の広場に詰めかけ、新しい国王の誕生と結婚を祝っている。美しい王妃は、国王グリフィスの一つ年上…その名はソルフィー。遠い東の大陸の牧場の娘らしいが…詳しいことは知らされていない。王宮の裏手に作られた大きな花畑には、一面の青い花びら。ブルーロズの花が風に揺れていた。
今もボルタス王家の紋章は双頭龍であり、奇跡の薬草と共に伝説は脈々と受け継がれている。
最後までお読みくださった読者様へ。
拙筆に最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
なるべく原文のままに小説として編集したために、
読み辛い点も多々あったかと思います。
それでもこうして最後まで皆様にお届けできた事はとても嬉しく、
PVの数字が増えるのをニヤニヤしながら眺めています。
今回は年齢を問わずお読みいただけるようにお色気シーンは割愛しましたが、
そんなシーンをお楽しみいただける機会も、
もしかしたらあるかもしれません(笑)
本作はこれにて完結となりますが、
またいつか、皆様のお目にかかれる機会を楽しみにしています。
最後に。
チャットのお相手をしていただいたソルフレア様へ。
「不特定多数への公開はしない」とお約束しておきながら、
このような形で作品を発表してしまった事については、
心より謝罪いたします。
大変申し訳ありませんでした。
ちゃんと許可をいただきたくて、あのサイトで何度もお探ししたのですが、
完結までに再会は叶いませんでした。
心苦しく思っています。
出来る事なら、また違う設定であなた様とログを綴りたいと思っています。
もちろん、今回の件についてお叱りを受ける事は覚悟しつつ。
この願いが届くよう、双頭龍にお祈りしています。
(7/14追記)
感想をお寄せいただきありがとうございます。
まさか私設サイトの方からお越しいただけるとは…。
ログの転載をご快諾いただき、感謝しております。
ありがとうございました。




