33 決戦 Decisive battle
ニーチェスの叫びに、私に毒を放ったのはお前だったのか…と、ソルは厳しい視線で真新しい衣装でふんぞり返る国王を睨み付けた。本来ならとって殺したい相手ではあるが、これはグロスの戦い。誰にも邪魔させないし、邪魔をしない。冷静さを取り戻したソルはグロスが掲げた長剣に向かって炎を載せる。
「存分に戦いなさい!地を統べる者の子。偽の統治者を頂く国は滅びに至る!」
ソルが炎を放てば、兵隊たちが一斉にどよめく。これが火炎龍の炎かと。高く突き上げたグロスの剣が炎を纏えば、一層大きなどよめき。だがニーチェスは臆することなく、じっとこちらを睨み付けている。
「貴様のようなヤツはっ!叩き切って地獄に突き落としてやるっっ!」
叫ぶが早いか間合いを詰めるグロス。炎を纏った長剣を振りかざし、気合一献振り下ろした。
「クソ外道がっっ!死ねぇぇぇぇぇっっ!」
確かな手応えはあった。だがニーチェスは、倒れるどころか薄気味悪い笑みを浮かべている。頭の上の王冠は真っ二つに割れ、頭から爪先まで太刀筋が入った。だが傷口から血が噴き出していても、ニーチェスは薄気味悪い笑みを浮かべてさえいる
「それで終わりか?愚かな奴だ…」
突然ニーチェスの体に入った太刀筋が金色に光りだす。下種な笑い声を高らかに上げ、ニーチェスは大きく飛び上がった。その瞬間、体が大きく二つに裂け、中から黒い塊が飛び出し…巨大化していく。
誰もがその目を疑った。巨大化し現れたのは…龍。全身に漆黒の鱗を纏った雷龍…サンダボル。大きく翼を広げれば、ソルフレアの倍はあろうかという大きさに達した。
「グロス、危ない!」
薄気味悪く笑うニーチェスの身体から金の光がはみ出てきた瞬間、火炎龍はグロスを庇うように翼のなかに王太子を閉じ込めようとする。こいつ、人間じゃないのか…。ムクムクと大きくなる身体を睨み付けた。これは…雷龍!数千年生きていると言われる別格の雷龍が、その姿を現した。
「雷龍とお見受けする。なぜこのような…愚かな真似をなさるか?」
できるだけ静かに語りかけるが、自分より遥かに大きな相手。グロスを守らなくてはという気負いで鬣が逆立った。
穏やかに語り掛けるソルを一瞥し、雷竜は大きく羽ばたいた。それまでの雲一つない晴天が嘘のように掻き曇り、分厚い暗雲が立ち込める。次の瞬間、火炎龍をめがけて稲妻が走った。だが火炎龍はすんでのところで難を逃れる。もはや話し合いに応ずる気持ちなどないらしい。
「ソルっ!俺を乗せろっ!共に戦うんだっ!あんな奴に、俺達は負けないっ!」
雷龍が別格の龍だなんて、人間は知らない。そもそも数千年前なんて、人間はまだ誕生すらしていなかったのだ。だがグロスにとって、そんなことは関係ない。別格の龍だろうが何だろうが、父母を殺し国民を騙し、挙句ソルの命さえも手にかけようとするなんて。許せない…絶対に許せない。たとえ全能の神が許すといっても、このグロスが許さない。火炎龍の背に乗り鬣を掴む。雷龍を追いかけ、空高く舞い上がった。
「ごめんね、優しくは飛べないよ」
グロスに一言声をかけると、飛ぶ事に集中する。雷龍が翼をはためかせる度に強風がおこり、それを避けて追いかけようとすると、上に乗るグロスは振り落とされんばかり。だが、悠長なことは言ってはいられない。グロスの握力を信じて雷龍を追いかける。ファイアを投げつけてみたが、あっけなく翼でかわされてしまった。
「何を考えているの?龍が…こんな事をするなんて…」
グロスの父母を殺したのが同族だったことがショックだったし、申し訳なかった。ならば、龍の責任は同じ龍が取らなくてはならないだろう。刺し違えてもこの雷龍は屈服させる。赤い瞳が一際力強く輝いた。
雷龍はいくつもの稲妻を呼び火炎龍をめがけて落としてくる。火炎龍は巧みにかわしながら、だがなかなか反撃ができない。火炎を吹いても、雷龍はあっさりと躱してしまうのだ。
「ぐははははっっ!ソルフレア…貴様ごときヒヨッコに…儂は倒せん。身の程を知るがいいっっ!!」
ひときわ大きな稲妻が火炎龍を襲った。まともに食らってしまった火炎龍の体に、破壊的な高圧電流が流れる。グロスも振り落とされるまいと必死に鬣を掴む。が、やはり生身の人間には相当な威力で。しっかりと鬣をつかんでいたグロスの手から力が抜け、ついには離してしまった。火炎龍の背中から転げ落ち、落下していく。
「わあぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
「グロスっっ!」
落ちていくグロスを見て悲鳴をあげながら追いすがる。地面すれすれでグロスをキャッチすると、赤ん坊を抱く母のように、愛しげにグロスを見やった。
「グロス。グロリアス。貴方の国を、少しだって焼きたくないけど…手加減してたらこっちがやられる。人の言葉を捨てて、理性を捨てることをお許しください。また貴方が私から落ちそうになっても、次は救いに行けないかもしれません」
ごめんね、と優しく囁くと、翼に勢いをつけて上空を目指す。雷龍を追いかけるのではなく、太陽を目指して。ぐんぐん上昇し、雷竜が呼び寄せた黒い雲も突き抜けて高く飛ぶ。雲が晴れると太陽の光を身体に浴びた。気持ち良さそうに身体を一回転させると、雲が一部金色に光っている場所へ向けて急降下した。そこにいる雷龍を目指して。
「ソルっ!…お前…何をする気だっ!ソルっ!…ソルっっ!」
グロスの問いかけに、火炎龍は答えない。頭に火炎龍の声が響いてこない。火炎龍は雲を突き抜けた青空の下で大きな弧を描く。そしてまるで獲物を狙う鷹のような急降下を始めた。ものすごい風圧に耐えながら、必死に火炎龍の鬣を握りしめる。
「ソルーっっ!俺がついてるっっ!!サンダボルをっ!サンダボルを倒せっっ!」
火炎龍とグロスは一つになった。一つの火炎になって、雷龍に立ち向かう。その様子を騎兵隊達が、ボルタスの国民が、固唾を飲んで見守っていた。誰もが神に祈る。火炎龍と王子の勝利を。そして、母国ボルタスの失われかけた未来を夢見て。
太陽の加護を受ける龍は雷の中心に向かって一直線に降りていく。降りていきながら、憎しみに顔を歪めた。凶悪な、といった表現がぴったりと当てはまるような表情。獲物を見据えると、翼を折り畳んだ。加速するにつれて身体の周りに炎が集まってくる。
ソルフレア、即ち太陽の炎を纏うと、そのまま弾丸のように雷龍に体当たりした。飛び道具ではなく、自分の身体そのものを使った我が身を省みぬ攻撃に、さすがの雷龍も避けきれず、咆哮をあげながらのたうち回る。雷龍が暴れる度に、炎が燃え広がり森が明々と焼かれていった。ガシュッという不気味な音の後に雷龍が悲鳴をあげる。火炎龍の強靭な顎と牙に片眼を奪われたのだ)
「ぐあぁぁぁぁっっ!おのれ…ヒヨッコが…小癪な真似を…っっ!」
ソルの捨て身の一撃は、大打撃を与えるも…致命傷にはならなかったようである。失った左目の痕から黄色い体液を流しながらも覇気を纏うと…雷龍を包んでいた赤い炎が消え失せていった。
「儂の邪魔をする奴は、だれであろうと許さんっ!ソルフレアっ!貴様も…儂の咆哮に沈むがいいっ!」
大きく口を開いた雷龍。真赤な口が金色に光り始め、金色の斬撃が放たれた。雷とも違う金色の斬撃は火炎龍に襲い掛かる。火炎龍はは炎の盾を纏うが、金色の斬撃の威力はあまりにも絶大過ぎた。火炎龍の首を襲う。それはまるで鋭い刃物のように火炎龍の首を切り裂いて。緑色の体液が噴き出す。苦しげな悲鳴とともに。
「ソルーっ!大丈夫か!?ソルーっっ!」
その時聞こえてきた力強い馬の嘶き。エスペランサが追い付いてきたようだ。火炎龍は奪い取った雷龍の左目をポン、と放ってグロスに渡す。しっかり受け取ったのを見届けると、ホッとしたような表情となった。身体を大きく振ってグロスを降りるように促せば、すかさずエスペランサがグロスに近づいて。雷龍の放つ光が赤い鱗を抉っていく。切らせるままに雷龍と間合いを詰めて、黒い鱗に深々と爪を立てた。赤と黒の抱擁は、傍目には情事にも見えるような。赤い龍の傷口から溢れ出した体液は黒い龍にも降りかかっていくが、その体液こそ怒りに滾る火炎龍の象徴。流れ出た体液は、沸騰するマグマのように煙を立てながら雷龍の鱗を溶かしていく。
「私はソルフレアだ!」
灼熱の太陽をそのまま抱きしめてしまったような雷龍は悶絶の声をあげる。しかし、体液を失い火炎龍は確実に消耗していった。雷龍に喰らい付く爪が徐々に緩み始める。
「エスペランサっっ!!」
鬣を靡かせ颯爽と登場の優駿。グロスは火炎龍から受け取った雷竜の目を手に馬に跨る。雷龍は火炎龍を蹂躙したまま翼をはためかせ舞い上がった。
「ソルっ!ソルーっっ!」
グロスの悲痛な叫び声が響く。その時…両足を挙げて嘶いたエスペランサ。グロスの手の中で、雷竜の黄色い眼が眩い光を放ち始めた。エスペランサが駆け出し、大きく跳ねる。
その時…奇跡が起きた。グロスを乗せたエスペランサの体が浮かび上がり、火炎龍を追いかける。優駿には大きな翼が生えていた。天翔馬。その雄姿を見て、誰もが溜息をつく。衆人の視線を背に浴びながら、天翔馬は駆け上がっていった。その背にグロスを乗せて。
「ソルーっっ!いま行くぞーっ!待ってろーっっ!」
雷龍に蹂躙されたまま、火炎龍は大空へと連れ去られていく。首を大きく抉られて、大量の体液を流しながら。このままでは時間の問題だ。何としても助けなければ。
火炎龍は意識をすでに失いかけてはいるものの、己の怒りを相手に浴びせるべく…弱々しいながら爪をたて続けた。雷竜の硬い鱗もソルが流す体液の熱によってひどい有り様。しかし、ついに力は尽きる。持てる能力の全てを使い果たしてしまった火炎龍は、雷竜に組み付いた形のまま意識を手放してしまった。
「ソルっ!しっかりしろーっ!
呼べど叫べど、火炎龍の反応はない。雷龍に食らいつくも、ピクリと動きもしないようだった。勝ち誇ったような雷龍。唸りを上げた雄叫びは、まるで勝利を宣言するかのようで。もう一度傷口に食らいついた雷龍の牙が、火炎流の傷口を大きく抉る。
天翔馬は懸命に大空へと駆け上がっていた。絡み合う二頭の龍を追いかけて。だが、次の瞬間…雷龍は火炎龍の蹂躙を解く。火炎流は力尽きたように、落下し始めた。
自分の体液で汚れボロボロになった火炎龍は、なんの抵抗もなく空に落ちていく。意識を失った身体から流れる体液には、もう怒りを含んだ熱はない。落下しながら、意識を失った体の奥が何かが叫んでいる。本能的にうっすらと目を開けた火炎龍は最後の力を振り絞って、腹を庇うように身をよじらせた。だが次の瞬間、火炎龍の身体は地に叩きつけられていた。
「貴様…よくも…ソルを…っっ!」
怒りは頂点に達した。 普段は温厚なグロスも、この時は阿修羅のような表情を浮かべて。 許せない、絶対に許せない。 龍の眼をギュッと握り締めるとグロスの手から青白い光が出た。 龍の目から放たれる金色の光と相まって、眩しい光を放ち始める。 分厚い雷雲から稲妻が走った。何度も、何度も。
グロスは背中の長剣を抜いた。 雷竜も金色の斬撃を放つ。 天翔馬は巧みに斬撃を躱し、雷龍に立ち向かった。
「 エスペランサっ!頼むぞっ!そのまま…突っ込めっっ!」
本能的に腹部をかばい、背中から墜落したせいで翼は折れている。尻尾がヒクヒクと痙攣していた。もう死んでいるとしか思えない様相の龍の喉元、紅玉のペンダントが淡く光っている。光は徐々に輝きをまし、大きさを増し、火炎龍の身体を毛布のように覆った。
「ん…」
苦しみの中で目を開くが、自分が生きていることが不思議で。辺りを見回すと、天翔馬に乗ったグロスの姿を認める。折れた翼を必死に動かして身体を持ち上げた。はためかせる度に激痛に襲われるが、構わずヨロヨロと立ち上がる。
「ざけんなっ!ごるぁっっ!」
グロスはゆっくりと馬上に立ち上がる。天翔馬が雷龍の鼻先まで駆け上がった時、グロスは跳んだ。まるで羽が生えているかのように。大きく飛び上がり、長剣を振り翳す。両手で柄を握り、刃先を下に向けて。そして、力強く突き立てた。ソルが抉り取った左目と、爛々と光る右目の間に。
その時…ひときわ明るい稲光。そして太い稲妻が走った。雷龍の眉間に突き刺さった剣をめがけて。雷龍が…まさか稲妻に撃たれるなんて。苦しげな雄叫びを上げながら、力尽きたように落下していく雷龍。多くの騎兵隊と、火炎龍が臨む、要塞基地をめがけて。
ペンダントから放たれる光に励まされて何とか立ち上がり、空のなり行きを見守っていた。稲妻が走ったと思った瞬間、辺りは閃光に包まれ黒い巨体が落ちて来る。地響きを立てながら墜落した雷龍はそれでもまだ息があるようだ。ペンダントに意識を向け、語りかける。
「どうか、最後の力をください。この国をと我が主と、そして正義のために!」
すると、ペンダントは輝きを更に増した。血を吐くような苦しみに耐えて雷龍を睨み付けると、ありったけの声をあげて火炎龍は吠えた。それに呼応するように巨大な火柱が上がる。
ドラゴフレア。その炎が走った土地はもう草木が生えない死の土地になるとも、その炎を消すためには海の水全てを使わなくてはいけないとも、言い伝えられる業火を放つ。
稲妻に撃たれて落下し業火を纏った雷龍は、断末魔の悲鳴を上げた。燃え滾る火柱が黒い巨体を包み込み、バチバチと音を立てて。天翔馬は空中で再びグロリアスを乗せ、羽ばたきながら駆け下りてくる。天の裁きを受けた雷龍は、悶え苦しみ…そして力尽きた。
数千年を生きた龍の王者を、いったい何がそうさせたのだろう?私利私欲のために龍に刃を向けた、人間のあさましさだろうか。今となっては、それを知る術はない。




