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火炎龍と王子様  作者: ソル&グロス
第六章 復活と成長と愛
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26 復活 Recovery

「ど…どうしたんだ?ソル…」


キョトンとするのは、今度はグロスの番だった。突然突き飛ばされ、もんどりうってひっくり返る。その体格差をものともしない、見事な突きであった。


「別にいいよ。怒ってはいない。明日も早いんだ。今夜は…もう寝よう」


並んで腰を下ろし、二人でエスペランサに寄り掛かる。右手を伸ばし、左側にいるソルの頬に伝った涙の後を拭う。ソルの頬は龍の物とは思えないくらい、柔らかくて…温かかった。

ソルはしゃくりあげながら体を横たえる。隣にグロスが横になる雰囲気にピクリ、と肩を震わせた。結んだのは主従の関係だ、と自分に言い聞かせようとする度に、新しい涙が頬を零れ落ちる。エスペランサに助けを求めても、今日に限って何も言ってくれない。無理矢理作った笑顔をグロスに向けた。


「マスターも、早く休んでくださいね。いつも無理しすぎですよ」


「ソルが俺の守護龍だと言うなら…俺もお前のマスターだ。マスターとして…お前を守る義務がある」


何度も溢れ零れてくる涙を、何度も指先で拭った。でも、ソルの涙は止まらない。なぜ泣いているのだろう。どうして涙が止まらないのだろう。一体俺はどうすればいいのだろう。気が付けばそのままソルの頬を引き寄せ、唇を重ねた。

一瞬、ピクン…と体を震わせるソル。でも抵抗はせず、されるがままに。ゆっくりと唇が離れると、ソルに穏やかな微笑みを向けなが呟く。


「これはね…キスっていうんだ。愛し合う人間同士が…お互いの愛を誓い合う儀式なんだ」


「キス…」


焚き火の爆ぜる音がやけに大きく聞こえるほどの静寂が辺りを包む。唇が触れ合ったのはほんの一瞬か、数秒間。それでも永遠に続くかと思えるような濃密な時間だった。体が蕩けてしまいそうで、発熱したようで、極上の酒に酔うような感覚。


「マスターが愛を誓うの?」


戸惑いながら発した声はとても小さく、焚火の音に掻き消されたか。心臓の鼓動がグロスに聞こえてしまうくらい大きな音で鳴っている。エネルギーの塊をお腹の底に感じて、ソルは苦しげに呻いた。


「そうだ…誓うんだ。ソル…俺は…お前が…好きだ…」


ソルの頬を撫でていたグロスの右手がするりと滑り、指先がソルの顎にかかる。指先に引き上げられた顎。指先がソルの顎の下の、ざらっとした手触りを感じていた。そして近づく唇と唇。


「ソル…」


その名をもう一度呟き、引き寄せられた唇と重ねる。その瞬間、突然ソルの体が光りだした。眩しさに目を開けていられないほどに。


「え?なに?どうしたんだ?ソルッ…!」


「…っ!」


グロリアスの指が顎にかかり、唇が触れた途端、お腹の底にあったエネルギーが身体中を駆け抜けた。ソルの体はみるみる大きくなり、少女だった体は龍の姿を取り戻していく。雷にでも打たれたような激しい痺れを感じ、ついで空をも翔べそうな力の充実を感じ。信じられない光景だった。金色の光を放っていた身体が、やがて赤い炎を身にまとう。びっくりしたエスペランサは、思わず大木の蔭へと身を隠した。グロスはただただ見上げるばかり。炎のような赤い鱗を持った、火炎流の復活を。

あ、飛べる、と独り言。首を空へと伸ばし、確かめるように翼を持ち上げ力強くはためかせた。意識を尾に向ければ、鋭く鞭のようにしなる。完全復活。ふと下を見るとあんなに大きく見えたグロスとエスペランサ。龍に戻った喜びに、グロスの体をガシッとつかむと、後ろ足で思い切り大地を蹴る。その勢いで翼を動かすと、大木を見下ろすくらいまでは、簡単に飛び上がる事が出来た。グロスを落とさないように注意しながらくるりと空中を舞って、ゆっくり地上へ降りる。


「うひょーっっ!すげぇっっ!飛んでるーっっ!」


ソルの手にガシッと掴まれたのは息苦しかったけれど、ソルが逞しく羽ばたく姿を見る事ができたのは感激だった。再び舞い降りたソルを見上げながら、寄り添うように隣にあったソルの尻尾の先端をさわさわと撫でる。またも火炎龍の体は金色に光り始め、シュルシュルと縮んで元の少女の大きさに戻った。


「な…何?いったい…何が…どうなってるんだ?」


「戻った!私…翔んだ!」


空を飛んでもなお信じられなくて、キョロキョロ辺りを見回す。グロスに尻尾を撫でられると、穏やかな気持ちになりそのままエネルギーが落ち着くのを感じた。龍から人間に戻り、裸で野原に立ち尽くす。


「戻れた!すごいよ!」


そのままグロリアスに抱きつき、ぴょんぴょん跳び跳ねる。上を見上げれば、やっぱり大きなグロス。目を合わせると、幸せそうに微笑んだ。


「ちょっと…もう一回、試してみようか?」


何かの偶然だったかもしれない。もし偶然でないのだとしたら、龍や少女に姿を変える方法を確立しておく必要がある。もし意のままに変化できるのだとしたら…それはとんでもない力になる。


「ソル…自分の顎を触ってみろ」


ソルが自分で顎のあちこちに触れるが、少女のままだ。今度はグロスがソルの顎に触れる。しかし、何の変化も見られない。


「やはり…これか…」


顎に触れて引き寄せながら、そっと唇を重ねる。するとソルの体は再び金色に輝き始め、火炎龍へと変化を遂げた。もう一度尻尾の先端を撫でる。シュルシュルと縮んだソルの身体は、再び少女の姿へと戻った。


「なんだか…漫画みたいだな」


「もうっ!私で遊ばないでよ!」


喜びに満ちたキスを受けて、元の姿に戻れて。歓喜しているところへ実験的なキス。体は大きくなったり小さくなったり。むくれた龍は、素肌にマントを羽織って主を睨む。そんなソルを見つめながら、グロスはくすくすと笑った。これでソルはいつでも龍になれるし、少女にも戻れる。それは心を通わせる二人が起こした奇跡だったのかもしれない。


「と…とにかく、今夜は寝よう。ぐっすり寝て、疲れをとって…すべては明日からだ」


「これで…グロスの祖国までつれていってあげられるね」


「そうだな。一刻も早く、ボルタスに帰らないと。頼りにしてるからな。明日から…頑張ってくれよ」


やっと落ち着き膝を折って首を垂れたエスペランサ。寄り添うように背を預け、焚火を前にソルの肩を抱き寄せる。甘い香りが漂ってきて、ドキドキと胸が高鳴るのを感じた。左腕で枕を差し出しながら、右手は指先を絡めるようにソルの手に繋ぐ。ごつごつした武骨なグロリアスの指先と、細く柔らかいソルの指先がしっくりと馴染む不思議。


「おやすみ…ソル…」


「おやすみなさい…グロス…」


転変を繰り返したせいでひどく疲れてしまった。姿を変えると言う事は、エネルギーは相当使うようだ。くたり、と身体を預けて時折パチパチと爆ぜる炎を前に、ゆっくりと瞼を閉じる。猛々しいドラゴンになったとは思えない、無害そうな無防備な姿。エスペランサは納得できず、フンと鼻を鳴らしていたけれど。今夜は充分休養を取っておいてもらわなくては。明日から、母国に向かって羽ばたいてもらうのだから。


「ホントに…空が飛べるってすごいな。龍の背中に乗れるなんて…思ってもいなかったよ」


「出来るだけ高いところを飛ぶね。人間にまた矢を射られるのはごめんだもの。私、人を乗せて飛ぶの初めてだからね?エスペランサ捕まえておくので精一杯だから、グロスは自分で掴まっててよ?」


 羽ばたくというよりは、大きく翼を広げて滑空する感じ。そう、鳥というよりはグライダーのようだ。かつて人類が龍を虐げたという歴史があるのは事実だ。ボルタスに伝えられる逸話としては、龍は神の使いであり、龍自体も神聖視されている。そんな国に育ったから、グロスにとっても火炎龍は神だ。そんな神を従えているなんてちょっと変な感じだけど、今のソルを見ていればそれで良いと思う。


「日が暮れたら降りてくれ。宿を探すぞ」


ソルは久し振りの空を楽しみ、急上昇や急下降を試してグロスを辟易させた。近くを鳥が飛ぶと、ひと睨み。それで鷹も道を開ける。空の王者としての自分を完全に取り戻した。夕日に向かって飛び続けていたが、もうすぐ日は暮れそう。太陽の沈み具合を見ながら、目立たず降りられる場所を探す。人気のいなさそうな山を選んで着地した。

ソルが少女の姿に戻ったら、そこから先はエスペランサが走った。町に入って食事を貪り、ラム酒を煽る。ソルの機嫌はすこぶる良く、背中の具合も良いようだ。


「明日から海だが…一気に行けそうか?途中島らしい島もないし…船に乗れば三日で行ける。やっぱり…船にしておいた方がいいか」


東の大陸の西の港町。以前麦わらの海賊船に送ってもらった港町だ。ちょっと大きめの宿屋を見つけ、今夜はここに泊まる事にする)


「風呂、ちゃんと入れよ。出たら…背中を見せるんだ。もう大丈夫だとは…思うけどな」


「船はお金もかかるし、追われた時に水に放り込まれるの怖かった…。だから空から行こう。余裕だよ、飛べる。この火炎龍様に、任せておきなさい!」


片目をつぶって余裕を見せつけたつもり。正直不安がないと言えば嘘になるが、何だって出来そうな気分だから…何とかなるだろう。浴室を前に。一緒に入ろう、とはもう言わない。素直に入浴を済ませると、グロリアスの前で背中を露にした。


 晒された白い背中に小瓶からすくった軟膏を塗りつける。これが最後になるだろう。瓶の隅に残っている軟膏を丁寧にすくい、ソルの背中に塗り付けた。


「痣はすっかり治ってる。痛みも出なければ、もう薬を塗らなくても大丈夫だ。ラム酒も好きなだけ飲んでいいが…飲み過ぎには気をつけろよ」


「本当に治してくれたね。グロス…ありがとう」


鏡で背中を確認。あれほど腫れていた背中は綺麗に腫れが引いている。ラム酒解禁の言葉が何よりのご褒美だった。ガーゼを当てたソルの背中をポンポンっと軽く叩き、グロスはゆっくりと立ち上がった。


「じゃあ…俺も風呂に入ってくる。明日も一日飛んでもらうんだ。先に寝てろ」


手際よく服を脱ぎ、湯船に身を沈めた。小さく溜息を一つ。胸が昂り、心は逸る。一日も早く母国に戻らんがために。国民のため、妹のため、ソルのため、そして何より…自分自身のために。

浴室からはグロスが湯船に入ったのか、水の溢れ出す音。今日はグロスにもしっかり休んでもらわなくては。硬い鱗に覆われているから平気だが、人間が風の中を飛べば風圧だけで体力を持っていかれてしまう。


「人間が龍につけた傷は、人間のグロスが治した。だから私は全ての人間を許します。私を刺した人間も…許しましょう」


窓から見える月に向かって、何となく語りかける。浴室からは、グロスが浴びるシャワーの音が聞こえてきていた。


「なんだ…まだ起きてたのか?先に寝てろって言ったのに」


苦笑いをしながらソルの頭をポンポンっと叩いた。目を細めて嬉しそうに微笑む少女が、さっきまで大空を羽ばたいていた龍だなんて、誰が信じられるだろう?なんだかおかしくて、グロスもくすくすと笑う。


「もう…寝るぞ。ソル…おやすみ」


ベッドに腰を下ろしたまま、こちらを見つめているソル。何か言いたげな…そんな風にも見えた。二つのベッドの間にそっと手を伸ばし、膝頭をつんつんと指先でっ突っついて、ポツリと呟く。


「一緒に…寝るか?」


コクンと頷くと、ソルはグロスのベッドへ潜り込む。石鹸のいい香りのするグロスの胸に顔を埋めた。


「もうすぐボルタスに着くね。…大丈夫?」


母国であり、王子としてなんとしても守れと教育させたであろう国。その一方で父母を殺され、自分の命さえ奪われかけた国でもある。グロスの心が乱される事は想像に難くない。ならば寄り添うしかない。人間の姿になれば与えられるのは肌の温もりだけだから。


 心は騒いでいた。薬草を見つける旅を続けながら、時折聞こえてくる母国の噂。徴兵年齢を下げ戦力増強しているとか、裏山を切り開き国防拠点を作っているとか、良くない噂しか耳にしない。クーデターを起こし国王に成り上がった大臣はやりたい放題のようだ。


「ボルタスに帰ったら…何としても新国王を討たないと。国民のため、世界平和のために…な…。ソル…力を貸してくれ…」


すり寄って来たソルをぎゅっと抱きしめた。体をぴくっと震わせるが、それだけ。じっとしている。


お前を襲った人間も、邪な思いを持っていたのはほんの一握りだ。ほとんどの人間は、お前を襲いたくて襲ったんじゃない。それだけは…解ってくれよな」


抱きしめる腕に力を込める。甘い匂いがむせ返るように立ち上った。頬に手を添えると、まるで差し出されるかのような唇。軽く触れるようなキスを一度。そして、もう一度ゆっくりと唇を重ねた。



     ◇          ◇



 どれほどの時間が流れただろう?二人は繋がったままピクリとも動こうとせず、ただ抱きしめ合ったままお互いの鼓動を確かめていた。


「大丈夫か?」


そっと耳元で囁く。そこには破瓜の証である鮮血が滲んでいた。


「風呂に…もう一度入るか」


心地よい気怠さに浸る体をゆっくりと起こした。全裸のまま、全裸のソルを横抱きに抱き上げる。そのまま湯舟まで運び…少し温くなった湯にその身を浸した。

温いお湯がソルの興奮を鎮めていく。身体からグロスが抜かれてしまった喪失感。ホッとしたのと、体が離れてしまった寂しさと。グロスの目の優しさに、どうしようもない感情が沸き上がるが、女として扱われる事を体が歓んだ事にも驚いた。火照りを鎮めるように、湯船のお湯を両手ですくって、じゃぶじゃぶと顔を洗った。


「明日…ふにゃふにゃになって飛べなかったらごめんね」


腰が抜けたようになってしまって、上手く歩く自信すらない。ペタリとグロスに寄り添って、興奮のあとの安心感を楽しむ。抱き寄せられ、唇が重なる。人工呼吸じゃない、愛情あふれるキス。とろけるようなキスに応えるように、ソルはグロスの体を抱きしめた。

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