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火炎龍と王子様  作者: ソル&グロス
第六章 復活と成長と愛
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25 恋慕 Falling in love

 二人でエスペランサに跨り、夜の街道を駆ける。月明りでも充分明るい。やがて街道沿いの町で宿を見つけ、風呂と寝床を確保した。


「いいか?ソル…。病ってもんは、治りかけが一番危ないんだ。もう一度薬を塗って、痣が消えて…二杯のラム酒を飲んでも、翌日痣が出なかったら…縛りを外してもいい」


頬を膨らませるソルを風呂に押し込めようとしてびっくりした。こんな急遽見つけた宿の、たまたま空いていた部屋に…こんな大きな部屋風呂がついているなんて。ヒクヒク頬が震える苦笑い。気づけば、意味深な笑みを浮かべながらソルが視線を投げかけてくる。


「グロスも入ろう?大きいお風呂だから、もったいないでしょう?これならエスペランサも入れてあげてもいいくらいだね」


ソルの手はすでにグロスのシャツのボタンを外しにかかっている。円形の大きなバスタブには乳白色のお湯。温泉だという触れ込みだ。


「せっかく人里に戻ってこられたのに、祝杯が二杯までなんて寂しいけど、このお風呂に免じて許してあげるよー。ね?だからー…早く早く」


主を守るために青龍に立ち向かったソル。頼もしくカッコよく見えたソルが、再び甘ったれに戻ってしまった。がっかりしたような…でも、ちょっと嬉しいような。されるがままに服を脱ぎ、ソルと二人でバスタブに浸かる。


「明日は…祝杯をあげような。俺も…さすがに腹が減った」


大食漢であるグロスが、丸二日…少しの果実しか口にしていない。ソルに栄養を取らせるためとは言え、正直なところちょっときつかった。開いてる店があれば飛び込んでいただろうが、さすがに時間が遅すぎる。宿を確保できたのでさえ奇跡に近かった。


「ソル…、身体…洗ってやるから。上がって来い」


一足早くバスタブから上がり、両手でシャボンを泡立てながらグロスが誘った。一緒に入ろうと言ったものの、ソルは体を洗われるのが恥ずかしくて、 乳白色のお湯の中に体を沈める。 どこかの町にいたあの嫌な洗濯女の胸には及ばない胸を晒すのが、 悔しいような…恥ずかしいような…。


「ん…、体…自分で洗う事にするの。それより、私が洗ってあげようか? 背中とか届かないでしょ?」


それも心身の成長の証なのだろうか。「主の言う事が…」と言いかけたのを慌てて飲み込み、それもいいかと苦笑い。背中を流してくれるなんて、ソルなりに気を遣っているのだろう。


「じゃあ…頼もうかな」


小さな浴用椅子に腰を下ろす。大きな背中をソルに向けた。やがて体中が白い泡に包まれていくだろう。


「腕にも足にも傷の痕があるけど、グロスの背中って綺麗だね」


泡をつけたタオルでスベスベと背中を撫でる。傷ひとつない、大きな背中。母国のクーデターから、この背中でいろんな苦労を背負ってきたんだなと思うと…そのまま背中に抱きついた。


「頑張ったね。グロス、ずっと頑張ってきたね」


「ソ…ソルだって…いろいろ頑張ったじゃねぇか」


グロスの体の泡をお湯で洗い流して、二人で大きな湯船に浸かる。久し振りのお風呂は気持ちいい。本当にいろんなことがあった。二人で経験したいろいろな事が、ソルの頭の中に浮かんでは消えていく。龍として生まれてからの記憶よりも、グロスと出会ってからの記憶ばかりが。

乳白色のお湯の中に唇まで沈みこんで考え込んでいるうちに、視界が歪んできた。のぼせたソルはぶくぶくと沈んでいく。


「それより…ソル、背中を見せてみろ」


ソルの頭の中を駆け巡っている妄想など知る由もなく、呟くように。だが、返事は帰ってこない。不思議に思って視線を投げれば、ソルの姿が見えなくなっていた。


「ソル?…どうした?ソル?」


よくよく見れば、湯面に小さな泡が一つ、二つ。更に目を凝らせば湯の中に沈んでいる火炎龍。


「なにやってんだっ!おいっ!ソルッ!大丈夫かっっ!」


慌ててソルを抱き起す。しかし呼べど叫べど、何の反応もない。ぐったりしているソルを担ぎ出し、ベッドの上に横たわらせた。頬を軽く叩いてみても、何の反応もない。というか、呼吸も止まっているようだ。顎を突き出させ、鼻をつまんで人工呼吸。一定のリズムを刻みながら、唇を重ね息を吹き込む。何度も、何度も。


「…ごぼっ!ごほっ…ゴホゴホっ!」


さすが医師。グロスの対応が素早く、苦しげな咳き込みと共にソルの呼吸は戻った。完全にのぼせて視線は定まらず。グロスが飲ませてくれた水でようやく一心地。


「やってんだ。さっさと身体を拭け。ちゃんと身体を拭いてローブを着たら、こっちのベッドに来い。寝るぞ」


「ごめんなさい。なんかのぼせちゃって。お湯が熱かったよね…」


放り投げられた白いバスタオルが、ソルの頭からふぁさっ…と包み込む。濡れたままのソルを寝かせたベッドはびしょ濡れだ。これでは寝られるはずもないだろう。ツインの部屋で良かった。濡れてない方のベッドにもぐりこみ、布団をかぶって瞼を閉じる。体を拭いて寝支度を整えると、ソルはグロスのベッドへ潜り込む。


「ベッド、ひとつダメにしちゃってごめんね」


「ったく…仕方ねぇな。気をつけろ」


背中をぴったりとグロスにくっつけるように横になった。シングルサイズのベッドではそうしなければ、布団は掛けられないし、ベッドからも落ちてしまう訳で。足をグロスの脚に絡めて、ぬくぬくを楽しむ。二人でベッドで寝るのも、久し振りだ。

ソルがベッドに潜り込んでくる。シングルベッドに二人で寝るのはちょっと狭い。ましてグロリアスの体はでかくソルはぴったりと寄り添うしかない。背中をギュウギュウと押し付けてくるのは、まるでバックハグを強いられているかのような。苦笑いをしながら両腕でぎゅっと抱きしめ、足を絡ませた。しかし、そこでふと気付く。


「ソル…お前、もしかして…溺れた振りか?」


「う…。何の事かな?」


グロスに背中を暖めてもらってご機嫌だったところに、鋭い質問。慌ててはぐらかそうとするほど、わざとらしくなってしまう。


「むにゃむにゃ…すぅ~、すぅ~…」


薄目を開けて狸寝入りをしてみたけど、視線が痛い。胸の中がざわざわする。人工呼吸…という名のキスに、ソルは顔を赤くしていた。なぜ顔が赤くなったのか、ソルには解らないけれど。


「ちょっとのぼせたのは事実だよ。でもどんな顔して上がったら良いのか分からなくなっちゃったんだもん」


「こいつ…確信犯かよ」


そう呟いたのは胸の中で。苦笑いもバックハグをしていれば見える事はないだろう。立て始めた寝息が狸なのは解っていたけど、それはそれで可愛らしかったりして。いざとなれば力強い味方になるソルだけど、そんな可愛らしい一面がたまらなく愛おしく思えた。


「おやすみ…ソル…。明日は…とにかく、飯だからな」


おやすみ…とは言ったものの、眠れるはずもない。腹の虫が悲鳴を上げないのが不思議なくらい空腹だったし、それにソルと一つのベッドで寝ているのだ。甘酸っぱい匂いと柔らかさ暖かさ。再び全身の血が一か所に集結する。グロリアスも十九歳の男。聖人君子ではいられない…かもしれない。


「明日はラム酒ね?ポン酒でもワインでもいい。とにかく祝杯ね」


「飯」の言葉につい反応してしまったソルの狸寝入り。あわてて目をつぶってなかった事にしてみたら、クスクスと笑う声が聞こえてきて顔を赤らめた。背中を向けていて良かった。背中を抱かれながら「おやすみ」と囁かれると、耳に吐息がからまってドキドキして、切ないような気持ちになる。気持ちを鎮めるように深呼吸。深呼吸。そして、ゆっくりと瞼を閉じた。


 結局、グロスは一睡もできずに朝を迎えた。いつの間にかスースー寝息を立てていたソルが恨めしい。珍しくどこか呆けたような表情。眠れなかった理由を、グロスは自覚していた。昨夜の入浴の時にソルが見せた恥じらい。そして人工呼吸という名のキス。今まで全然気にならなかったのに、ソルが意識するとこちらまで意識してしまう。

まだ眠っているソルをベッドに残したまま、もう一度風呂に入る。爽やかな朝日に包まれながらの入浴は格別だ。ソルが目を覚ましたら、まずは飯を食いに行こう。腹が減っては戦は出来ぬ。


「そういえば、東の果ての国に入る前…この近くにうまい店があったっけ。どこだったかなぁ?」


「んぎゃっ!痛ったーい!…あれ?グロス?グロス?どこぉ?」


グロリアスが出たベッドでもしばらくは幸せに眠りを漂っていたが、温もりを求めてベッドを転がるうちに縁まで到着。甘い夢を見てごろんと寝返りをうったら、床に叩きつけられていた。

耳をすますと浴室から音がする。朝の入浴をしているのだろうか。昨日の恥ずかしさを思い出して枕に顔を埋めると、べしべし布団を叩く。そんな事をしていると、グロスが入浴から戻って来た。


「おはよう、マスター!早くラムを買いにいこうね!」


「開口一番に酒かよ…。ラム酒を買いに…じゃなくて、飯を食いに行くんだ。早く支度しろ…髪、ボサボサだぞ?」


苦笑いを浮かべながら、備え付けのブラシを渡して。すでに心はラム酒に釘付けらしい。容姿から察する推定年齢は、酒を飲める年齢に達しているとは思えない。だがそれを言えば「三百歳だもん」と悪びれもせず言うに決まってるし、そう言われてしまえば言い返す事もできない。もう傷に対する影響は心配ないだろうけど、それでもあまり飲みすぎるのは感心できないのだ。


「おーい、まだかーっ!?早くしないと、置いてくぞーっ!」


ボサボサの髪を見られてしまうとは迂闊だった。取り返さないと…。ソルはブラシで艶が出るまで髪をとかすと、邪魔にならないよう編んでしまう。少年用のシャツにショートパンツを着て、動きやすい服装でまとめた。ワンピースは洗濯しておいた。もちろん洗濯係りになんか任せず、広い浴室で頑張って洗ったのだ。


「待ってー。置いてかれたらラムのお店買い占めるよ?」


何の気なしに放った言葉は、苦笑いするグロスの足をしっかり止めてくれた。


 見覚えのあるその料理店は、割とすんなり見つかった。「とりあえず、何でもいいから持ってきてっ!」と言うむちゃくちゃなオーダーに首をかしげるウエイトレスの前に、金貨が入った袋をドンっと置く。


「腹が減ってるんだ。とにかく何でもいいからっ!食べられる物っっ!あとラム酒もっっ!」


相当嫌な客に見えたかもしれない。しかしグロリアスの空腹は限界を超えていた。何でもいいから、とにかく食べたい。料理の皿がテーブルの上に置かれるのももどかしく喰らい付く。まるで空腹のライオンが獲物にかぶりつくように、次から次へと。ソルは料理よりもラム酒をご所望らしい。店員が呆れた視線で見守る中、次から次へと料理を平らげ続けた。


「グロス!いけません!仮にも一国の王子様が、こんな召し上がりかたをするものじゃありません!」


空腹に耐えかねて手掴みで肉を食べようとしたグロスの手の甲を叩いて、メッと睨む。グラスに注がれたいい香りの液体に気をよくして、優雅に食事を進めた。グロスが食事を貪っている隙に杯を重ね、気持ちよくなってきた。


「君、まだ成人してないね?こんなに飲んではいけないよ?」


「あたし、すごく年食ってるので大丈夫なのです」


恐ろしいほどの食欲で、開店早々の店の料理を食べまくった。何杯もラム酒を煽るソルに「ほどほどにしろ」といったところで聞くはずもなく。やがて主も「ちゃんと支払ってもらえるなら」と諦め顔。二人は昼過ぎまで店を占拠し、あらかたの食料を食べつくし、あらかたのラム酒を飲み干してしまった。飲酒を咎める店主に対しても平然としたソルの態度は、グロスの苦笑いを誘う。グロスがとりなしに入れば、新種も渋々…といった様子で。あまり不審がられないうちに…と店を出た。


「ふぅ…満腹だ。満足満足。ソル…お前、さすがに飲み過ぎじゃねぇのか?」


「ふふふ。ブルーロズのおかげで、背中痛くならないから良いんだよ。でも、エスペランサ…もうちょっと優しく歩いてね。揺れると目もグルグルするから」


エスペランサの背に跨り、一路西へ。グロスは背中に二つの柔らかい膨らみを感じながら手綱を操る。腕をグロリアスの腰にまわして、ソルはグロスの背中に頬をくっつけながらの馬の上。


「店に入る前から比べると確実に重くなったな…。どんだけ食べたんだよ?んな事言われたら走るけど吐くなよ?」


そんな馬のボヤキは、幸いグロスには聞こえてこない。一路西を目指して駆け抜ける。越えられると思って登り始めた山道を、思いの他手間取って山の中腹にいるうちに陽が落ちてしまった。


「仕方ないな。今夜は…野宿だな」


寝られそうな場所を見つけ、焚火を始めた。ラム酒もあるし、食料もある。エスペランサは暢気に草を食べていた。


「お前が飛べたら…あっという間にボルタスまで帰れるんだろうなぁ…」


龍の翼は千里をあっという間に翔けると言う。馬では何日もかかる道のりも、龍の翼なら数日で辿り着けるだろう。一刻も早く母国に帰りたい気持ちはあったが、ソルも龍に戻りたくても戻れないのだ。責める訳にはいかない。

野宿に抵抗はないが宿に泊まるよりは寒い。自然に体をくっつけ合うような感じになった。揺れる炎を見つめながら、ソルは時々グロスの横顔に目を向ける。


「ごめんね。私が飛べたらいいのにね…。ちょっとやってみる!」


思い立ったが早いか、急に立ち上がって両手を握りしめて集中し始めた。目をつぶって龍の自分を想像してみる。でも、…グロリアスの手…下から見上げた喉仏…暖かくて大きな背中。声。笑顔。次々と浮かぶ映像は集中を乱すものばかりだった。雑念を振り払うようにブンブン頭を振って、もう一度。浮かんだ映像に赤面して座り込む。


「ダメだ…戻れないや」


「そんなに…焦らなくてもいいさ。そのうち元に戻れば…いや、もうずっとそのままでも…」


どんなに力強く念を込めても、ソルは少女のまま。それも致し方ない事。グロスだって、その方法が解っている訳じゃない。キョトンとした表情で見つめてくるソル。小首を傾げる仕草が可愛い。こっちにおいで…と呼び寄せ、ぎゅっと抱きしめた。今夜は…もう眠ろう。ボルタスはまだ遠い。


「ソル…おやすみ…」


「イヤっ!…ダメっ!」


グロスに抱き寄せられた瞬間、血が沸騰した。恥ずかしさと、幸福感と。自分をコントロール出来なくなりそうな感情の渦に戸惑い、思わずグロスを突き飛ばしてしまう。


「あ…ごめん。こんな事するつもりじゃなかったのに。どうしたんだろう?私おかしいよね…。背中、やっと治ったのに。おかしいよね…」


どうしてそんな事をしてしまったのか、ソルには解らなかった。どうやらコイゴコロに支配された龍は、初めての感情に完全に呑まれている。涙させ溢れてきてしまった。

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