24 土産 Gift
「ふふ。ずっと旅してきたんだ。途中で蜘蛛退治したり、背中の傷治療してもらったり。いろんなもの食べたし、いろんな人に会ったの。人間に混じってみると、決して悪い人間ばかりじゃないのが解った」
グロスより一足さきに目覚めたソルは、水を操る青龍にお願いしてシャワーを浴びていた。シャワーが終わると青龍によじ登ってお喋り。かつて自分にもあった大きな翼や硬い鱗を撫でて、楽しそうにしている姿は兄妹のようですらある。
「グロスが起きたら、シャワーさせてあげてね」
昨日に比べて、背中の痛みが全然違う事は起きてすぐに気付いた。毒が消えつつあるのだろう。
エスペランサのくしゃみに揺られてグロスは目を覚ます。ソルはいつの間にか青龍に寄り添い、楽しそうに何やら話をしていた。姿は違えど、同じ龍。通じ合うところがあるのだろうか。
「ソル…背中を見せてみろ」
先にシャワーだと釘を刺されて苦笑い。仕方なく全裸になってシャワーを浴びる。「今までより痛くない」と微笑ながら近寄ってきたソルの背中を見ると…痣がおよそ半分ほどの大きさに。しかも色がだいぶ薄くなってきていた。
「マジか…まさかここまで効果が…。これなら、あっという間に治りそうだぞ。良かったな…ソル」
腫れによる炎症も見られない。もっと早くこの薬草を使えていたら。これなら膿みを絞り出す必要はないだろう。消毒して昨日作った軟膏を塗りつけるだけで治療は終わった。
「ずっと痛かったのがこんなに簡単に無くなると、なんか変な感じだね。この薬、本当にすごい…。あんなに苦しんだのに。なんでここだけでお花育てて、人間に分けてあげなかったの?こんなにすごい薬なら、苦しんでいる沢山の人を救えたのに。私は元々が龍だから体力もあるし、ずっとお医者と過ごしてたからいいようなものの…特効薬待って、待ちきれずに死んでしまう人も居たでしょ?」
ソルは青龍を睨みつけ、捲し立てるように責める。これには青龍もタジタジ。申し訳ない…としょんぼりした青龍がちょっと滑稽だった。そしてソルは振り返り、グロスを真剣な目で見つめる。
「早く…妹君のところへ、これを届けようね」
「男よ。夜を待て。この島が再び水面に現れる時…儂がお送りしよう」
そんな唐突の申し出を笑顔で受け取る事にする。この調子なら、ソルの傷も予想以上に早く完治しそうだ。となれば、グロスには一刻も早くやらなければならない事がある。そんな想いが沸き上がればゆっくりと目を閉じ、何日も前に飛び出した母国の懐かしい風景を思い出していた。
「そうだな。早く戻りたいものだ」
小さく息を吐き、小さく頷き、小さく呟いた。が、瞼が開いて現れた瞳には強い光が宿る。両親を失い、それでも国民のために強い指導者になりたいと願う男の目。そんなグロリアスの瞳を、ソルも、青龍もまたじっと見つめていた。
「アクアってやっぱり優しい!私も龍に戻る方法が解ればいいんだけど…。アクア知ってる?私、勢いで人間になっちゃったからさぁ…」
全開の笑顔を青龍に向けて硬い鱗を撫でる。言い訳のように呟く少女に昨日の覇気はない。残念ながら、青龍はその手段を知らなかった。それどころか、人間に変身したことさえも。それなら仕方ないね…とソルも苦笑い。そしてグロスのそばに駆け寄って、
「グロスは私を本当に助けてくれたんだね。信じてはいたけど、やっぱりグロスは私が主に認めるに相応しい人間だった。グロス…私、すごく嬉しいよ」
ありがとう、とグロスの耳元で囁いて抱き締めた。そのままゆっくり地に膝をつける。
「御前を離れず、命令に背かず、忠誠を誓う事を誓約申し上げます。今度は私がグロスを助ける」
ソルの誓いを、青龍は穏やかな表情で見つめていた。
太陽が西の空に傾き、入れ替わるように月が東の空に現れる。まるで青龍の眼が空に浮かんでいるような。それまで微動だにしなかった青龍がむっくりと頭をもたげた。
「男よ、火炎龍よ。馬と共に、そこの横穴に入っているがいい」
突然、青龍がグロスの脳裏に語り掛けてきた。言われた通り横穴に入り、事の次第を見守る。青龍はやおら天井を見上げ、大きく口を開けると…青い斬撃を放った。青い光は天井を砕き、大きな岩がいくつも落ちてきた。舞い上がっていた土埃が収まると、青白い月の光が差し込んでくる。
「さぁ…儂の背中に。月明かりが注いでるうちにっ!」
ソルが一目散に駆け出し、エスペランサとグロスが追う。二人が青龍の背中に乗り鬣を握ると、青龍は両翼を大きく広げ…ゆっくりと羽ばたき始めた。
「アクアって…大きいね。もう少しで千年生きてるんだもんね」
愛しげに青龍の鬣を撫でながら、頬に感じる風を楽しむ。月が明るい。久し振りの空だ。ビビるエスペランサを念で鎮めて、と言うより「じっとしてないと落ちて死ぬよ?」と脅しに近いだろうか。リラックスして青龍に身を任せる。
「本当は私がグロスを空に連れてきてあげたかったのにな」
口調は拗ねていても、再び空へ舞い上がれた喜びは隠しきれない。そうこうしているうちに、陸地が見えてきた。小瓶の中に土と一緒にブルーロズが一株。土地に落ち着いたら植えて増やしてみるのだ。上手くいくかどうかはわからないけど…。
月明かりの中を青龍は飛ぶ。海にも見えた大きな湖も、何日も彷徨った奥深い森も、空から見下ろせば小さく見えた。森を抜け、国境を超えたところで龍は舞い降りる.
「儂が送れるのはここまで。この先は皆で進むがいい」
跳ねるように青龍の背から降りたソルの懐から小瓶が落ちた。青龍の目がギロリと光る。
「黙って抜いてきたのか。仕方のない奴だな。それを植えたところで、枯れて終わりだぞ」
ギョッと目を見開くソル。おそらくは一株拝借が露見した事よりも、「育たない」と言われた事が驚きなのだろう。
「ブルーロズは奇跡の花だ。龍の加護がなくては育たない。これを持って行け。遠く離れた地でも、儂が加護の雨を降らそう」
ソルの足元に、小さな巾着袋が舞い降りる。開けるとそこには種。黒く小さな種が袋一杯に入っていた。ブルーロズの種。この種が芽を出し、花を咲かせれば…多くの患者が助かるだろう。
「青龍よ、ありがたく頂戴する。これで多くの患者が助かるだろう。この恩は代々語り継ぎ忘れない」
「ありがとう、アクア。久し振りに龍に会えて嬉しかった」
ソルは青龍の頭におでこをくっつけて名残を惜しんだ。青龍は再び翼を広げ、夜空の中に消えていく。その姿が見えなくなるまで、ソルと並んで夜空を見上げていた。あんなに苦労した森も空を越えれば容易い。早く龍に戻る方法を探さなきゃ。手元には小瓶と青龍からもらった種。大切にしなきゃ…とグロリアスを見上げる。あれ?睨んでる?
「と…盗ったわけじゃないよ?草花は商品じゃないでしょ?」
私も一応龍なんだけど、私の加護ではダメなのかしら…。と手の中の花に話しかける。 エスペランサが元気に嘶いて、早く乗れと言ってくれているようだ。
「ねぇ、傷よくなったからラム酒二杯までの縛りはナシ?」
「お前な…」
苦笑いをしながら、グロスはエスペランサに跨る。追いかけるようにソルもエスペランサの背に乗り、グロスの背中をぎゅっと抱きしめた。エスペランサは駆け出す。もと来た道を、西へ、西へ。ボルタスに向かって。




