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火炎龍と王子様  作者: ソル&グロス
第五章 東の果ての国ジャポネス
21/34

21 湖岸 Lakefront

 国境を越えた途端、鬱蒼とした森の中へと進む事になった。かつてこの国にいた住人達は、神の怒りを買い絶滅させられたという。人の気配など微塵も感じず、ただ獣道が続く森の中を歩いた。


「聞いた話じゃ…湖があってだな。その中央にある島に洞窟があって…その中に群生しているんだと」


医学の師である長老から、耳にタコができるほど聞かされていた話。そして、命を救ってくれた海賊船の船医に見せてもらった図鑑の絵。手掛かりはそれだけだが、必要にして充分。とにかく今は前に進むのだ。


「お任せくださいな。私は火炎龍。大抵のモンスターは私の元の姿を見たら逃げ出します」


「頼もしい限りだな。頼んだぞ…ソル」


見てくれは可愛らしい少女だが、姿を変えたとはいえ元々は火炎龍。頼もしい存在である。万一の時には、底知れぬパワーが…発揮されたらいいのだが。少し大きく広げられたワンピースの襟元で、真っ赤なルビーが揺れている。

ソルはクスクスと笑った。伝説の秘境を前にこれっぽっちも不安がないのは、主を信頼しているから。人間の体にも慣れてきた。人間の体は男の方が力が強く、ごく普通の人間の女になった今としては、力で守るのは勿論無理な事は解っている。今までのピンチも事ごとくグロスの“力”に頼ってきたが、その力の差を埋めるべく火を操る術は訓練してきた。まぁ本気のピンチになったらどうにかして龍に戻って、主の盾になろう。主の腕に縋りつくように腕を絡め、遅れを取らないように必死について歩く。

どこまでも続く森の木立ち。かろうじて陽の光が漏れてくるから昼間だと解るが、鬱蒼とした森の中はどうにも薄暗い。時折ガサゴソと木々の枝葉が音を立てるのは、動物の痕跡か…それとも生暖かい風が吹く所以か。


「それにしても…どこまで行っても森だな。抜ける気配がこれっぽっちもない。湖なんて…どこにあるんだ?」


少し広くなっている場所を見つけて休憩。エスペランサは暢気に草を食べている。グロスとソルは例によってハムとパンをバックの中から取り出し、水筒の中に入れたラム酒を一口。むしゃむしゃと頬張る。


「背中…大丈夫か?痛くないか?もうじきだからな。きっと…薬草、見つかるからな」


「あまり焦らないでね。でも、グロスなら見つけ出せるって信じてる。国の妹君のためにも」


まだ蒸し暑い季節。暑さに耐えかねて髪をポニーテールに結い上げた。襟を大きく広げてワンピースを着てるせいで、背中の痣も見え隠れする。


「ねぇ、エスペランサ。水の音は聞こえる?」


愛馬に問いかけるも、答えは否。ふぅ、とため息を吐く。


「ごめんね。私が普通の水属性の龍だったら、水場を見つけるのは容易い事なんだけど」


不意に木々が鳴らす音に驚いて、グロスに身を寄せる。ビックリしすぎて、グロスの腕を離せなくなった。二つの柔らかい山でグロスの腕を挟み込むような形でしがみついた。


 どれほど森の中を彷徨っただろう?あるいは、同じところをぐるぐると回り続けていたのかもしれない。何度となく食事をし、何度となく眠った。獣らしい獣に遭遇する事もなく、食べられそうな果実も見当たらない。まさに「死の森」だったのではなかろうか。

たくさん準備しておいた食料が底をつきかけ、いささか心細くなり始めていた時…突然目の前の視界が開ける。


「う…海?」


その果てしないスケールの光景に、思わず息を飲んだ。だが、風に潮の匂いを感じない。水辺に歩み寄り、水に浸した指先を舐める。


「海水じゃない…これは…湖だっ!」


エスペランサが駆け寄り、その水を貪るように飲む。相当喉が渇いていたようだ。ここ数日は相当無理をさせていたから、これは仕方のない事。


ソル…お前も喉が渇いているだろ。ゆっくり…飲むんだ。慌てずに、ゆっくり…な」


水ならエスペランサが反応したはずなのに、なにも教えてくれなかったところを見ると、本当に気づかなかったんだろうか。本当に不思議な森。


「エスペランサ?そんなに急いで飲まなくても。グロス、ここ、本当に気味が悪いね。匂いのしない水なんて、初めて見た。なんか…怖い。ここに薬草があるの?」


人間になったとは言え、もとは龍。第六感が警鐘を鳴らしている気がする。でも何に?取り立てて恐怖を呼び起こす景色や魔物に出会った訳でもないのに、緊張して体が震えてくる。

水を飲むエスペランサに、特に変わった様子はない。両手で水をすくい、口に運んでみる。無味無臭…少なくとも体に害はないようだ。ソルは何やら違和感を感じているかのようだが、少なくともグロスには気になるようなところをなかった。強いて言えば…湖の中央にあるはずの島が見えなかった事だ。


「そんなに…だだっ広い湖なのか?」


もしかしたらここじゃない湖なのか。しかし、あれだけ歩き回ってようやく見つけた湖が外れだったとなると、落胆も激しくなるだろう。霞がかってよく見えない水平線の先に目を凝らしても、それらしいものは認められなかった。


「なぁ…ソル、お前には…見えるか?」


「ここ、生命を感じないね…」


グロスに倣って、両手で水をすくって口へ運ぶ。生で飲むのはやめた。カップに水をすくうと、カップごと炎で包んでお湯を沸かす。お茶の葉を浮かべて出来上がり。


「どうぞ、マスター。島、あの靄の奥?ごめんなさい。私の目も何も見せてくれない」


背伸びしてみても景色は変わらない。この湖、深いのかしら?手近にあった小石を放ってみる。静かな水面に同心円状に波紋が広がった。


「そうだな…ちょっと見てこよう。ソルはエスペランサと一緒に待っててくれ」


言うが早いか服を脱ぎ、ざぶざぶと湖の中へと入っていく。心配そうに見守るソルに何度も振り返っては手を振っていたが、しばらく歩いた先でグロリアスは急に姿を消す。

「え?」と目を点にしたソルは泳げない。ただおろおろと右往左往し、立ったりしゃがんだり。そんなソルの心配をよそに、やがて「ぷはっ」と声を上げながらグロスが水面に顔を出した。


「ダメだな…ちょっと先に逝くと急に深くなる。ソルも…エスペランサも足はつかないよ。しかし…どうしたもんかな…」


「翔んでみようか?」


今まで何度か提案して、その度に止められてきた力の解放。たぶんエネルギーを使う分だけ傷は酷くなるけど、現状を打開するには、グロスのためになるなら、躊躇ってなんかいられない。ソルは自身の使える力は全部使うつもりでいた。


「もう…一人で行くなんて危ないよ?もし湖に何か危ないのが居ても、私、水は苦手だからね?」


ザブザブと湖から上がってくるグロスにタオルを渡す。グロスは苦笑いを浮かべながら、丁寧に体を拭いた。


「ねぇ、グロス。ちょっとだけあっち向いてて」


服を脱いで泳ぐ主を見て、ソルはお風呂に入りたくなったようである。そう言えば、この国に入ってからずっと風呂に入っていないどころか…水浴びさえもしていなかった。これはソルにとってかなりの苦痛だったのだろう。


「べ…別に構わんが」


今まで自分の裸を晒す事に何の抵抗もなかったのに、どうした心境の変化なのだろうか?そんな事を言われたら、こっちまで気恥ずかしくなってしまう。エスペランサに歩み寄り、水を飲むのにしなだれた鬣を撫でていると、


「エスペランサも!あっち向いてて!」


「あいつ…いったい何を考えているんだ?」


そう問いかけたところで、馬から答えが返ってくるはずもないけれど。帰ってきたとしても、その言葉はグロスには届かない。


エスペランサに鋭く命じると、ソルは湖の縁に座って水面に向かって炎を当てる。 ほどよく温かくなったところで、石鹸を取りだし、 もう一度エスペランサの顔の向きを確認すると服を脱いだ。


「少しぬるかったかな…」


汚れてしまった体は見せたくなかったし、なんかちょっと恥ずかしい。 体を洗い清めると、気持ちがスッキリした。肩まで浸かって程よく温まったところで、笑顔で主の元へ戻る。


「すっきりしたか?」


満面の笑みは久し振りに体を綺麗にした爽快感からだろうか。グロスも結果的には水浴びをしたのと同じだし、ソルもやりたかったのだろう。


「ちょっと考えたんだがな…筏を作ろうかと思うんだ。俺は樹を切り出す。ソルはエスペランサと一緒に…蔓を集めてくれ。あまり太すぎなくて…丈夫そうなやつな」


「筏?王の子なのに、そんなの作れるの?」


歩いてきた森の中には、手ごろな木や蔓が山ほどある。バッグの中には小さいけれど鋸もあった。筏くらいならこれで作れるだろう。この湖に島があるかどうかなんて、今の時点では解らない。だがとにかく湖は現れたのだ。ならば、先に進まないという選択肢はあり得ない。

それにしてもこの王子様は、本当に器用でサバイバル能力が高い。甘やかされたお坊っちゃまではないらしい。自分の方が圧倒的な力を持った龍という事に慢心して、その力を使えなくなったら子供のように何もできなかった。でも最近は努力して練習して、火の扱いもだいぶ慣れてきている。今度は蔓をたくさん集めてびっくりさせてやろう。


「うん、たくさん集めてくるからね」


言うが早いか森の中へ駆け出した。後ろからエスペランサが駆けてくる。静かな深い森は景色がどこも似ていて…。蔓を一抱えほども集めるうち、いつの間にかずいぶん遠くまで来てしまったようだ。


「あれ?帰り道…。エスペランサ、解る?グロスー??グロスー?どこー?」


人が二人と馬が一頭乗れる筏…そこそこの大きさが必要だ。なかなか捗らない小さな鋸を手に、どれほどの樹を切っただろうか。ふと気づけば陽が西に傾き、薄暗くなりかけている。だが、ソルはまだ帰ってきていない。どこまで探しに行ったのだろう。この辺に生えているのを刈るだけで充分なはずなのに。


「ソルーっ!おーいっ!ソルーっっ!」


呼べど叫べど、返事は帰ってこない。まさか…何かあったのか?長剣を背中に背負い、ゆっくりと歩き出した。何度叫んでも、返事もなければこだますら帰ってこない。さすがにちょっと不安になってくる。


「おーい…ソルー!どこだー!聞こえてたら、返事しろーっ!」


「後先考えずに走るからだよ。帰り道が分からなくても、居場所知らせる方法ならわかる。火でも起こせば煙が見えるでしょ?」


エスペランサが送ってきた念。あ、そうか。と頷いてソルは火を興した。なるべく煙がたつように、枯れ葉を燃やしていく。この鬱蒼とした森の中で、グロスが煙を見つけてくれればいいけれど。


「グロス、ここを見つけてくれるかな?」


エスペランサと二人で立ち上る煙を見上げると、その場に座り込んだ。辺りはだんだん暗くなってきている。エスペランサの提案は素晴らしいものだった。もしここが陽の光もろくに届かない森の中でなければ…の話だが。たとえ煙が上がったとしても、グロスの目に届く可能性なんて…どれほどあっただろう。実際、森の中へと分け入るグロスの視線は、左右に大きく振られるばかりで、上を見上げる事はなかった。見上げたとて木々の枝葉が視界を遮り、煙など発見できそうにない。


「まいったな…ソルだけに行かせるんじゃなかった」


後悔しても後の祭。とにかくソルを探さないと。しかし…どうすれば…。その時ふと思いついた妙案。試してみる価値は…いや、試せる事は何でも試さないと。グロスは指を口に咥え、高らかに指笛を鳴らす。この音が、エスペランサの耳に届いてくれればと祈りながら。


「Pieeeeeeeeeeeee!」


グロスの鳴らす音に瞬時に反応したエスペランサ。「大丈夫だ。戻れる。ご主人様が呼んでる」慰めるようなエスペランサの念に頷いて、馬の背に跨る。つけた火の回収も忘れない。


「本当にこの森は怖いね。エスペランサがいてくれて良かった」


エスペランサの首を撫でると、馬は音に向かって走り出した。その足の速い事速い事。振り落とされないように、しっかりとしがみつく。しばらく走ると、会いたかった人影が見えてきた。


「グロス!待たせてごめんね。迷ったけど、エスペランサが賢かったの!」


「でしょ?落とさないように頑張ったんですよ?手綱、意味ないからね。動く椅子ですよ」


集めた蔦を馬上からグロリアスに向かって、「こんなに集めたの。すごいでしょ?褒めて!」と言わんばかりにドヤ顔で差し出す。一人でもちゃんと馬に乗れるようになったらしい。成長だ。いや、ソルじゃなくて、エスペランサが上達したのかもしれない。もさっと放られた蔦は結構な量があったが、多分これでも足りない。もう一度、今度は二人で探しに行ってみよう。

誉められたエスペランサは誇らしげにブルルンと鼻を鳴らしてアピール。撫でてもらおうとグロリアスに頭を擦り付ける馬を、ソルは複雑な表情で見つめている。


「悪かったな。俺も一緒について行けば良かったよ。それにしても…エスペランサ、なかなか優秀じゃないか。頼もしいよ」


切り出した丸太を並べ、蔦でまとめ括り付けていく。そこそこ大きな筏を作らなければいけないし、ここは腕の見せ所だ。ちょこんと腰を下ろしたソルがワクワクしながら、グロスの手元をじっと見つめている。


「ところでさ…食べられそうな物…何かあった?木の実とか…獣とか。まだ食料はあるけど…補給できるなら、しておきたいしな…」


「食べ物になりそうな物?キノコは生えてたけど、あれはダメ。動物も見なかった…水は確保出来たにしても、これじゃ…」


「た…食べるなよ?」


植物しか見ない森。木の実をつけている樹もなく、花も咲いてはいない。エスペランサが何故か慌て始めた。大丈夫だよ。あなたは食べません。ソルがぽんぽんと首を撫でたエスペランサが、一瞬動揺したのはグロリアスの目にも明らか。苦笑いを浮かべながらエスペランサの鬣を撫でる。


「良かったな…食べないってよ」


くすくす笑えばソルはちょっと頬を膨らませて。それにしても…食料がないのは困ったもんだ。ストックもそれほど多くはないし、この湖に魚でもいれば釣りなんて方法もあるだろうけど。視界に島がない以上、何日湖の上にいなければいけないのか…想像もつかないからだ。とにかく明日、蔦を探しながら食料も探してみよう。どのみちソルとエスペランサだけで行かせるには不安がある。もう少し丸太を切り出したいところではあるのだが。


「エスペランサは本当に賢いの。森ではぐれたら火を焚きなさいって教えてくれたり、蔦はかさ張るからまとめなさいって言ったり。ちょっと偉そうだけどね。」


エスペランサは誉められると得意気な顔をしながら、鼻をブルブルっと鳴らした。


「丸太、ずいぶん沢山切り出したんだね」


グロスの切り出した丸太の山に比べると、ソルが集めた蔦はいかにも少ない。結構頑張ったつもりではいたのだけど。ふと見るとグロスの手はマメだらけ。小さな刃物で木に挑んだのだから、当然の事だろう。マメだらけの手をそっと包み込むと、ソルは癒しの呪文を唱える。

ソルが包み込んでくれたグロスの両手。かなりの木を切り出したから、両手はマメだらけだった。破けたりはしていないけれど、指の付け根がカチカチに固まっている。


「ありがとな。痛みが少し引いたよ」


ソルだって、治療魔法が使いこなせる訳じゃない。そもそもマメに治療も何も。でも、そんなそルのさりげない気配りが嬉しかった。


今日はパンなし。フルーツと…ジャーキーな。ソル、火をつけてくれ。たき火をしてジャーキーを少し焼くと…美味いぞ」


パンは魚釣りの餌にするべき。用心に越した事はない。考えられる全ての可能性を洗い出し、対応を考えるのはさすが元一国の作戦参謀。ジャーキーを裂き、火にあぶる。美味しそうな匂いが漂い始めた。

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