02 邂逅 Chance meeting
龍は果たして、もうどれくらいこうしているだろう?間断なく苛む痛みに苦しみつつも、自死を選べないのは誇り高き龍が故。毒の染みた矢を抜く事できず、痺れた体を動かす事もできずに、この祠で「その時」を待つしか道は残されていなかった。敵の接近を察知出来なくなる事を恐れ、もうしばらく眠ってすらいない。
ふと、気配を感じた。敵か?龍まだ炎を使えるだろうか。追い払えなければ、とどめを刺されて終わるだろう。この長かった苦しみが終わるのは悪くないが、ちっぽけな人間なんかに終わらせられるのは矜持が許さない。持ち合わせている全ての覇気を纏い、
「一人で来たのか?馬鹿にされたものだ。来るなら来い。返り討ちにしてくれる」
龍は視線を気配のする方へに向ける。手負いとは言え空を統べる龍の一族を狩るのに一人とは、余程の使い手?にしては、邪悪な気配を感じない不思議な相手。警告として振るってみた長い尾は、痛みと痺れで上手く動かない。ひたひたと地面を打ち、軽い土埃を上げるに留まっている。
暗くてよく見えないが怪獣クラスのでかさに、グロリアスの表情にも緊張が走る。だが、グロリアスとておいそれとここで死ぬ訳にはいかない。シャクッと音を立て背中の鞘から剣を抜くと、勇猛果敢に飛び掛かった。
「くたばれぇぇぇっ!この化け物がぁぁぁっっ!!」
高いところにある穴から漏れてくる太陽の光に、その刃はキラリと光った。勢いよく間合いを詰め、振り翳した剣を振り下ろし…かけたところでぴたりと止まる。この化け物は手負いだった。よくよく見れば爛々と光る大きな眼に無数に白く光る牙。鹿とは比べ物にならないくらいに長く立派な角。甲冑のような朱色の鱗を全身に纏い、鋭い爪が鈍く光っていた。背には大きな翼を携えているが…その根元に何かが刺さっている。ちょっとした丸太ほどもある矢のような。トカゲか何かの化け物だと思っていたそれは、改めて見てみると…龍だ。その時、グロリアスは思い出す。幼い頃より何かにつけ聞かされた、伝説の火炎龍の話を。
「そう言えば…長老に聞いた事がある。この山には龍が棲みついていると。お前が…その龍か?」
「そう言うお前は何者だ?まずは自ら名乗るのが礼儀であろう?無礼な輩だ。たった一人で何をしに来た?我に喰われにきたか?」
それは声として聞こえてきたのではない。まるで龍の念がグロリアスの脳に語り掛けているかのようだ。いきり立つほどではないにしても、爛々と赤い目を光らせ、威嚇の唸り声をあげる。 迷い込んできただけの人間なら、唸り声で逃げ出すか気絶しただろう。
「お前ごとき、一飲みにして噛み砕いてやるぞ」
龍は小さな剣の反射する光を小うるさそうに見やり、果敢にも単身で自分に斬りかかってくる男を観察する。果たして龍にはこの男を倒すだけの力が残っているのだろうか。カチカチと歯を合わせ、爪を鳴らし、必死に強い怖い龍として、出来るだけ怖がられるよう唸りながら語りかけた。
「龍って…理解できるのか?人間の言葉が」
そんな問いかけに、龍は小さく頷く。いや、頷いたように見えた。唸り声はまだ響いているが、剣を振り翳した自分に対し闘争心と言う物を全く感じない。どうやら龍の方から仕掛けてくる気はないようだ。それにしても、気になるのは翼の根元に刺さっている丸太である。ただの矢かと思えば、先端に金属のパーツがついている。鋭い返しが付いたフック針だ。こんなのが刺さっていたら、さすがの龍も自分で抜く事はできまい。傷口が紫色に化膿している…という事は、毒が塗ってあるのだろう。
「お前…どうした?これは。人間に…やられたのか?可哀想に。これでは飛ぶ事もできまい。幸い…俺は医学の知識もある。おとなしくしているなら…治してやれると思うが…どうだ?」
龍は警戒心をまだ解いていない。しかし初めて見る攻撃を仕掛けてこようともしない人間に、どうしたものかと思案していた。体が言う事を聞かない分、ありったけの力を込めて睨み付けるが、男が自分の傷口に視線を移した事に気付いて問いかける。
「治す?私を?お前の言う事は理解できるが、その行動の意味が解らない。我を哀れむのか、人間の子よ。今は動かぬが、我を治療した後に我が牙爪が閃くとは思わぬのか?我を恐れぬのか?」
精一杯の威嚇をこの不思議な人間に。だがやがて男が纏っていた殺気が消えた事に気付いて、唸るのを止める。この男、只者ではない。そんな気配をひしひしと感じていた。何がそう感じさせるのかは、劉にもまだ理解できていない。だが、長い間この洞窟で孤独と痛みに耐えていた龍にとって、この男の差し伸べる手が救いになる…そんな予感を感じていた。