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火炎龍と王子様  作者: ソル&グロス
第四章 東の大陸の紅玉
18/34

18 雨天 Rainy day

 ソルは獣の気配とエスペランサの怯えたような嘶きで目を覚した。いつの間にか眠ってしまい、太陽は少しずつ西に傾いてきている。どうやら狼の群れに囲まれたようだ。グロスを起こそうか…でも、昨日の魔法の精度を上げればソルでも倒せるかもしれない。そーっとそーっとグロスの長剣を掴むと、鞘から抜いた。でもこの長剣、重すぎて振り回す事はちょっと難しそうだ。仕方がない…とグロスを突っついて起こす。


「グロス、狼が来てる」


「狼…?」


ふと我に返ったようにパチッと目を開け、視線を張り巡らせた。いつの間にかエスペランサがソルの隣に来て、怯えたような表情を見せている。鞘にしまっておいたはずの長剣を手に、ゆっくりと立ち上がった。


「大丈夫。このくらい…ソルに力を借りなくても俺一人で充分さ」


低い唸り声と忍ばせる足音。徐々に間合いを詰めてくる。大方、エスペランサを狙っているのだろう。五頭の狼が鋭い目を光らせながら。西に傾いた陽の光に当てられ、刃渡りが赤く光る。次の瞬間、二頭が飛びかかってきた。振りかざされる長剣が狼に襲い掛かる。こんな雑魚程度、ソルの炎がなくても問題ない。次々に襲い掛かってくる狼をめった斬り。悲鳴を上げながらも怯まず襲い掛かってくる狼。ソルとエスペランサを守る…グロスはそう思った。

グロリアスに戦闘を任せるのが恒例になっている気がする。ソルはそんな自分がもどかしかった。昨日は上手く魔法が使えたけど、あれ、何だったんだろう。たまたまだったのか、強く念じたら出来るのか…自分の能力をいまいち掴めず。こういう時のグロスはすごく頼りになる。なにせ、グロスは洞窟に猪やら熊やら運んできてくれた実績があるのだ。


「エスペランサ、大丈夫だよ。グロスが追い払ってくれるからね」


ご自慢の長剣を三振り四振りすれば、ある狼は長剣の犠牲となり、ある狼は恐れをなして逃げ出す。ちょっと手間はかかったが、狼を追い払う事ができた。少し悩んだが道がしっかりしているし、太陽や月明かりを遮る高い樹々もない。山の中で野宿するよりは、麓まで下りた方が安全だろう。エスペランサには無理をさせるが…きっと力になってくれるはずだ。


「そろそろ…行くぞ」


ソルと馬に跨り、手綱を操っての早駆け。頑張ってくれ、エスペランサ。麓の村に着いたのは真夜中になりそうな時間。やっとやっと宿を見つけ、エスペランサの餌と水、二人の寝床と風呂を確保した。


「おーい…ソル、風呂に入って来い。寝る時間、無くなるぞ」


「ホントに疲れたね…」


グロスに風呂に入れと言われて素直に従う。本当は一緒に入りたいけど、この宿の風呂には二人一緒に入れない。仕方なく交互に入る事にした。入浴を終えると、入れ替わりでグロスが浴室へと入っていく。ソルは手に布を持って、グロスがお風呂から上がるのを待っていた。長剣の汚れを拭こうとしているのだ。


「お手入れしておくね。触っても良い?」


返事を待たずに鞘から剣を抜く。ずしり、と重たい剣。柄をしっかり握っても、その重さで剣先が定まらず、結局座って膝の上に乗せて拭く事にした。

浴室から戻ると、ソルは笑顔を見せた。ちょっとひきつった笑顔。解っているのだ、これから例の儀式が始まるのだと。

膝の上に乗せていた剣を鞘に戻し、ソルはベッドの上で横になる。晒された背中にはくっきりと紫色の痣が浮かび上がっている。今日は一日ラム酒を飲んでいないせいか、いつもより腫れていないし紫色も濃くはないが。


「これが終わったら…一杯だけ飲んでもいいぞ、ラム酒。だから…大人しくしてろよ」


メスが小さく切開すれば体をピクリと振るわせ、膿を絞り出すたび身体が小刻みに震える。きっと痛みが増しているのだ。普段は平気な顔をしているけど、相当辛いものがあるのだろう。さすがは火炎龍。その強さに応える最高の治療をしたい。今はまだ…こうして進行を抑える事しかできないけれど。


「痛いだろ?ソル…もうちょっと…我慢しろよ…」


「今日はラム酒いらない。その代わり、グロスにくっついて寝てもいい?」


痛みのために押し出された涙を指先で弾くと、ソルは無理矢理笑顔を作った。自ら言い出した事とは言え、あの教会で十字架に縛り付けられ、自由を奪われた事で、洞窟の中を思い出す。動けるようになったのは主のおかげ。でなければ、縛られたように動かない体で…ただ天井の穴を見上げ続けていただろう。


「グロス、ありがとう。おやすみなさい」


ソルはグロスにむぎゅっとしがみついて、胸板に耳をつける。その鼓動を聞くのが好きだ。安心して眠れるような気がするから。

ツインの部屋のベッドは、二人で寝るにはちょっと狭い。小柄なソルの体格を差し引いたとしても、グロリアスの体格が差を埋めて余りある。それでも…グロリアスはソルをぎゅっと抱きしめ、瞼を閉じた。


「俺が…お前の傷、治してやるそ。おやすみ…ソル。明日も…朝、早いからな」


抱き寄せたソルが小さく頷いたのが伝わってきた。シャボンのいい匂いがグロスの鼻をくすぐる。二人の体温がベッドの中を温め、それがまた二人を温かく包み込んだ。東の果ての国はまだまだ遠い。あとどれくらいかかるのだろう。こうしている間にも、祖国の国民と残してきた妹は…。胸が締め付けられる。


 窓を叩く雨の音。暖かい微睡の中でソルは目を覚ました。隣のグロスの寝息に安心しながら、するりとベッドを降りる。肌寒い。自分の体を抱き締めるようにしながら、カーテンを開けると外はどしゃ降りだった。これでは出発は出来なさそう。ぶるり、と震えると温かい寝床へ戻る。グロスの脚に冷えきった爪先をくっ付けて暖をとると、突然氷のような足を当てられて驚いたのか一声呻き声をあげた。


「あ、起こしちゃった?雨がすごいの」


「雨…か…」


寝ぼけ眼を擦りながら、視線を窓に向けた。黒に近い灰色の雲。そしてガラス窓に叩きつける雨粒。先を急ぐ旅ではあるが、自分一人ならともかく…この雨の中をソルを連れて先に進むのには抵抗を感じる。


「少し…様子を見るか」


ふと気づけば、ソルが再びベッドの中へと潜り込み…ぴったりと寄り添ってくる。ソルが龍だった時には寄り添うのはグロスの方で。こうしてソルに抱き付かれるのはなんだか照れくさい。じり…と壁に向かって身をよじり、今更のように距離を置こうとしたら…ソルが寂しそうな視線を向けてくる。


「どうして離れるの?」


体と体の間にできた隙間に不満を漏らす。主を湯たんぽ代わりにしようとしている無礼に気づくはずもなく、離れた距離を追いかけるように体を擦り寄せた。


「グロス温かいね。朝ごはん、私作ろうかな?パンを切って、チーズを火で溶かすと美味しそうでしょ?フライパンはなくても何とかなると思うの」


素泊まりのホテルってやつは、何かとめんどくさい。簡易キッチンはついているものの、使い勝手はあまり良くなさそうだ。大丈夫だろうか。いささか心配ではあるが、ソルの表情を見れば「あたしがやるっ!」的なやる気満々。こんな瞳をしていれば、止めても聞かなそうだし。やらせてみるのも面白いかも知れない。


「じゃあ…頼もうかな。ただし…火を使うなら、気をつけろよ。お前の火は強すぎる」


パンをナイフで切る。切り口が斜めになったけど気にしない。二枚切って、それぞれ厚さが違うのも気にしない。大きい方をグロスにあげるんだから。ラクレットチーズの表面を少し炙って、チーズがとけだしたらパンに乗せようと言う計画。火加減がキモになる。


「今、美味しい朝ごはんが出来るからね!」


満面の笑みでグロスを見ると、不安げな笑顔が返ってきた。出来るだけ小さな火をイメージ、チーズの断面に炎を這わせるように…。そーっと、そーっと。大きな火を出すなら遠慮はいらないが、小さな火を出すのは難しい。

一方グロスはのそのそとベッドから起き上がり、窓辺へと歩み寄った。まだまだ雨はやみそうにない。こんな土砂降りの雨は久し振りだ。これは神が「少し休め」と言っているのかもしれない。ずっと洞窟に閉じ込められていたソルが急に表に出る事になったのだ。疲れも溜まっているのだろう。


「ちょっと…フロントに行ってくる。すぐに戻るから」


砥石を借りるつもりだった。手入れを怠れば、剣はすぐに切れなくなる。切れない剣など、無用の長物だ。本来なら研屋に出すところだが、時間があるなら…たまには自分でやってみるのもいい。部屋に戻ると、チーズの匂い。程よく溶かす事ができたのだろうか?


「お…帰り…なさい。ごはん、できま…した。火加減、甘く見てた。大きい炎を出す方が簡単」


瀕死状態に近い元龍の前には、お皿に乗った不揃いなパン。その上には程よく溶けたチーズが乗っかって、まだジュクジュクと美味しそうな音を立てている。とろ火は難しかった。息を絞るようにすれば消えてしまうし、ちょっと油断すれば部屋ごと焼いてしまう龍の力。制御を学ぶのは難しいが、上手くできた朝食には満足だったし、主のためなら楽しくもあった。


「ありがとな。美味しそうだ。冷めないうちに食べよう」


パンの切れ目がギザギザなのは、きっと包丁の切れがあまり良くなかったせいだろう。それでも苦労して溶かしたというチーズはまだ湯気を立てていて、とても美味しそうである。頬張るにはちょっと分厚いパンも、ソルが焼いたと思えば。一枚頬張ったところでまだ腹は膨れない。バッグからフルーツを取り出し、皮を剥いた。一口サイズにカットして、皿に並べる。


「ん…美味いな。でかしたぞ。ソルも食え。美味いぞ」


おかしな魔法の使い方をして疲れてしまった。でもそれは、この主の隣にいて足手まといにならないための、ソルにとっては必要な練習。小さい火から業火まで操れないと、グロスには釣り合わない。いつまでもグロスに守ってもらうだけではダメだ。剣を持つ事を許されないなら、主が握る剣に力を与える事。これがソルの出した結論だった。

美味しそうに食べてくれた事に満足して、フルーツを見る。当然のように口を開いて、甘えたおねだりを繰り出した。


「そのオレンジちょうだい?あーん…」


「自分で食え」


鼻を鳴らしながら、グロスの呆れたような一息。しかしソルは、口を開いて万全の待機だ。仕方ない…とオレンジをひとかけら、ソルの口の中へと放り込む。龍の時の姿を思い出せばちょっとピンと来ないが、こんな甘えたなところは嫌いじゃない。妹の幼い頃の事を思い出す。見た目はともかく…似ているような気がしていた。


「雨…なかなか止まないな」


久し振りに剣の手入れをするのはいいが、簡易キッチンで剣を研ぐのはちょっと勝手が良くない。砥石の上に水を垂らしながらの作業だから、テーブルの上で研ぐ訳にもいかないし。しゅるっ…しゅるっ…と小さな音が規則正しいリズムを刻む。グロスは時折研ぎ具合を確かめるように剣をかざし、目を細めて見つめた。

一方ソルがフルーツを食べながら、飽かずに窓を叩く雨粒を見ているとノックの音がする。


「洗濯物が出来上がっております」


宿の洗濯係りの声。グロスのシャツも、ピンクのワンピースもマントも戻ってきた。運んできたのは片田舎にしては艶のある女性で、キチンと髪を結い上げ、制服の胸元から谷間を大きく覗かせて、応対したグロスに微笑みかける。その微笑みにグロスが丁寧に対応する姿を見ていると、なんとなくムシャクシャして。ソルはオレンジをやけ食いした。

ソルはまだオレンジを食べている。どうやら気に入ったらしい。よくよく考えてみれば、龍の好物なんて…想像もつかなくて。持ってきてもらった洗濯物を受け取れば、ちょっと不機嫌な表情のソル。オレンジを頬張る速度が明らかに速い。


「おいおい…そんなに慌てて食べなくても、オレンジは逃げないぞ。それに…オレンジだけじゃなくて、リンゴも食え、リンゴもっっ」


受け取った洗濯物をしまうと、再び剣を研ぎ始めた。城にいた時はほとんど使う事もなかったのに、ここ最近の歴戦でだいぶくたびれてしまっている。まだまだ研ぐのに時間はかかりそうだ。


「雨…なかなかやまないな。こりゃ…連泊になるか?」

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