表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火炎龍と王子様  作者: ソル&グロス
第四章 東の大陸の紅玉
17/34

17 蜘蛛 Spider

「ソル…ずいぶん芝居染みてたじゃねーか。」


「いたた…結構強く縛ってくれたよ、あのお婆さん。火炎龍を縛るなんて、いい経験したろうね」


グロスが難しい表情をしていたのは、吹き出しそうになるのを堪えていたからだ。先は長くないとか、これっぽっちも思っていないくせに。もっとも、本当に思っているとしたらグロスに怒られただろうが。

二人っきりになった礼拝堂。グロスは磔になったソルを十字架から降ろす。グイグイと縄が食い込んで痛かったから、ソルもさすがにご機嫌ナナメ。一世一代のお芝居も笑われたし。縄の痕のついた手首をさする。


「それにしても…なんなんだろうな?魔物って。まぁ…どんな魔物が来ても、火炎龍にはかなわないだろうけどな。でも、あの夫婦は泣いて喜んでいたでしょう?生贄にされようとしていた娘さんが、助かったんだもの。良かった良かった」


親子を助けられたと思えば、少し気分はいい。魔物がくると言う時間が迫っているが、ソルは不思議と怖くはなかった。グロスと旅をしてきて、主が普通の人間のように弱くない事を知ったし、いざ魔物が主に牙を剥こうものなら久し振りに暴れてやろう。ドラゴフレアをお見舞いすれば…あれ?でもどうやって龍に戻るんだっけ?


「魔物なんて、いる訳ないだろ?人間が勝手に想像して作り上げた幻想さ。まぁ…俺は龍も想像上の生き物だと思っていたけど…まさか洞穴の中にいるなんて、思いもしなかったよ」


「龍だっているんだから、魔物だっているよ…きっと。まぁ、龍はだいぶ人間に狩られたけどね」


何の気なしに言った言葉は、グロスに刺さってしまったらしい。苦笑いをするグロス。ソルは焦りながらグロリアスにしがみつき、上目遣いに懸命の弁解。


「ちがうの。人間が悪いとか、そう言う事じゃないよ?グロスはいい人間だよ?」


グロスがくすくす笑えば、ソルは頬を膨らませて。ぷいっとそっぽを向く、そんな仕草も可愛らしい。夜は静かに更けていく。窓の向こうには青白い月と、いくつかの星が輝いていた。

とその時、ドアが薄く開いた。足音もなく、礼拝堂に入ってきたのは修道女。窓から差し込んでくる月明かりに照らされて怪しい雰囲気。


「おや、最期の別れを惜しんでいるのですか?そろそろ覚悟をお決めなさい。時間でございますよ」


「どうせ、そんな事だろうと思ったよ…シスター」


暗闇の中でニヤニヤと笑みを浮かべながら、グロスは振り向く。現れたのは先ほどまでここでミサを執り行っていた修道女。 おそらくはこの貢ぎ物も、全てこの老女がせ占めていたのだろう。 財宝を出せ…と言わないだけ良心的かもしれない。 だが、なぜ女の生贄を?その答えは、やがて明らかになった。

 わずかに開いたままになっていた礼拝堂の扉から、 何やらのっそりと中に入ってくる。 次の瞬間、グロスは思わず目を疑った。 魔物と言うべきか、化け物と言うべきか。 それは長い八本の足を持った巨大蜘蛛。象ほどの大きさはあろうか。赤い目が怪しく光っている。


「余所者が…余計な事をしなけりゃ、死ぬ事もなかったろうが。 まぁ、悪く思うでない。二人仲良く…天に召されるがよかろう。 イッヒッヒッヒッヒッヒ…」


「え?…蜘蛛?私、虫っぽいのは好きじゃないんだけど」


明らかにテンションの下がったソル。ため息をつくとグロスの前に立ち、蜘蛛に念を送り始めた。


「我は齢三百を超える火炎龍である。我が主に触れる事許さぬ。退けば見逃す。さもなくば、ソルフレアの業火がその身を焼き尽くすが良いか?」


背後にグロスを庇い、ソルは気の強い眼差しで魔物を睨みつける。守らなきゃ。守らなきゃ。額に汗を浮かべ、睨み合いは続く。赤い髪の毛が意思を持ったように波打ち、瞳も紅く光った。主を守りたいと言う強い思いが龍に戻ろうと力を解放している。背中のアザが疼いた。


「私の念が届かないって事は、あの蜘蛛はアホなのね」


「ソル…人間のままのお前じゃ、ちょっと分が悪いぞ。いいから…ここは任せておけ。こんな化け物、相手にするのは初めてだが…これっぽっちも負ける気しない」


蜘蛛は火炎龍の念が届いているのかいないのか、引き下がる気配なし。むしろジリジリと間合いを詰めてくる。老婆は余裕の表情。気合だけは充分なソルの肩をポンッと叩き、背中の長剣を抜いた。グロスに肩を叩かれた瞬間、ソルの集中力は切れる。ウネウネと動いていた髪も大人しくなり、背中の痣の痛みも軽くなった。

次の瞬間、グロスは中央の通路を駆け出し一気に詰め寄った。一振りされた長剣が巨大蜘蛛に襲い掛かる。確かな手応えを感じて。蜘蛛の右前脚が一本、ボトっと音を立ててちぎれた。蜘蛛の足の間を駆け抜けたグロスは、そのまま扉から外に飛び出す。


「オラオラッ!追いかけて来いっ!ビビってんのかっ!化け物のくせにっっ!」


早くも蜘蛛の足を一本仕留めた主は、蜘蛛をおびき寄せながら礼拝堂を出て行く。ソルも後に続いた。修道女が焦ったような表情で蜘蛛を追いかけていった。教会の前庭でグロスと巨大蜘蛛が対峙し、ソルと老女も火花を散らしながら見守っている。


「マスター、剣を蜘蛛に向けて!」


こちらの意図をくめなくても、グロスは言う通りにしてくれた。蜘蛛に向けたグロスの長剣の上を伝うように炎が走る。ファイアの上級魔法ファイラを唱え、長剣を道として蜘蛛の後ろ足の一部を焼いた。


「なにこれ?新しい必殺技?すごいな…ソル。いつの間に」


真っ赤な炎を携えた長剣を見上げながら、にやりと笑う。そのままの剣でも負ける気なんかなかったけど、こんな剣があれば、更に負ける気はなくなる。


「どうした?そのでかい図体はこけおどしか?そっちから来ないなら…こっちからいくぜぇっ!」


再び間合いを詰め、炎の長剣を一振り、二振り。蜘蛛の左足を二本切り落とした。バランスを崩してうずくまる蜘蛛と、血の気が引く老女の顔。さらに大きく振りかぶり、振り下ろされた長剣から火の手が伸びる。そう、まるで火炎龍のように。鋭い炎は巨大蜘蛛を真っ二つに切り裂き、その身を焼き尽くしていった。

おずおずと後ずさりをする老女を、グロスとソルで挟み撃ち。老女はその場にへなへなと座り込む。


「さてと…婆さん、どうする?この蜘蛛と仲良く天に召されるか?それとも…この町から出ていくかね?」


「私は殺すのは好きじゃないけど…逃がすなんて、生易しい事も好きじゃない。この街の人は生け贄を差し出す事を強要されてきたんでしょ?なら、街の人に返すべきよ。街の人の裁きが優しいといいね、お婆ちゃん?」


蜘蛛はすでに黒焦げになり、どうやら天に召されたようだ。この老婆も…と思ったが、ソルはどうやら情けをかけるつもりのようで。ソルにを十字架に縛り付けていたロープで老婆を縛り上げる。どうやらもう抵抗する気はないらしい。


「明日…町の人たちに引き渡そう。後の事は…みんなに任せればいいさ」


それにしても…ソルの力には驚く。いつの間にこんな事ができるようになっていたのだろう?これはいつか、グロスにとっても大きな力になるに違いない。主を得た龍の力…恐るべし。


「ところで…ソル?剣を鞘に納めたいんだが…。まだ燃えているんだ。どうすれば?」


「剣…燃えてるね。あのね、どうやって消したらいいのか…知らない」


グロスは「これ、どうするんだよ。」と、やたら元気に燃える剣を見つめている。一応火が消えるイメージを浮かべながら、労うように剣を撫でてみた。触れたところから火が消えていく。良かった。


「さっきの…あれ、冷静に考えたら実は賭けだった。私の火は、普通の火ではないから…普通の体力と精神力の人間が、普通の剣で受け止めたら…体巻き込んで燃えカスになってたかも」


申し訳なさそうに言うが、グロスなら受け止めるだろうとある種の確信はあった。予想通り、いや予想を遥かに超え龍の炎を使いこなした主を嬉しく思う。


「でもね、炎の使い方…段々思い出してきたよ。もっともっとすごいの、使えるように思い出すから。ね?グロス!」


チラリ、と冷たい眼差しでソルは老婆を見る。恐らくリンチに遭うだろう。龍の業火で一瞬でカタつけてやった方が苦しまずに済むだろうが、ソルはそこまで優しくはない。真っ二つに切り裂かれ黒焦げになった巨大蜘蛛は、もうピクリとも動かない。その横で捕らわれの身となった老婆を、二人は蔑んだ視線を向けた。


 翌朝、教会はちょっとした喧騒に包まれた。町民からシスターと崇められていた老女は両手両足を縛られ、黒焦げになった巨大蜘蛛の隣で項垂れている。ある者は渾身の蹴りを入れ、ある者は棒で叩きまくり、多くの者が我も我もと老女を取り囲む。町人達を騙し続け、搾取し続けた悪党の末路。

そしてグロスとソルには最大限の感謝と賞賛が向けられた。エスペランサの背中から左右に取り付けられたバッグには、これでもかってくらいの食料と薬、衣類、そして…なぜかラム酒。エスペランサのちょっとげんなりしたような顔が笑いを誘う。


「最初に婆さんが怪しいって気付いたのはソルだ。蜘蛛を退治できたのも、ソルの協力があってこそだよ」


そんな説明に町人たちは喝采し、ソルの胴上げを始める始末。小柄なソルの体が宙に舞う。ソルは宙を舞いながら冷ややかな視線を老女に送った。悲劇的な最期ではあると思うが、同情はない。今まで子供達を捧げさせられてきた親達の事を思うと辛い。でもこの老女を殴り殺しても子どもは生き返らないのだから。リンチされる老女より、むしろ操られていた蜘蛛の方が可哀想だ。蜘蛛の冥福は祈ってやろう…ソルはそう思った。


「いろいろありがとう。それじゃ…皆さん、お元気で。おーい…ソルっ!そろそろ行くぞー」


「降りたいんだけど、降りられないのー!」


町長と固い握手を。この町もこれで穏やかになるだろう。ソルは…といえば、まだ宙に舞っている。感謝の意を表した町人達は笑いながら、そんな悲鳴で街の人はやっとソルを降ろしてくれた


「それじゃっ!皆さん、お達者でっっ!」


 横腹を軽く当てられたエスペランサは走り出す。ソルはしっかりグロスにしがみついているが、重たい荷物のせいで速度が出ないエスペランサの背中でうつらうつら。そんな背後からしがみ付いているソルの胸が背中に押し付けられ、悶々とした心情が湧き上がってきたりもして。

しばらく山道を登っていくと、見晴らしのいい頂に到達する。エスペランサは草を貪り、グロリアスはバックの中からパンとハムを取り出した。


「俺達も飯にしよう。夜には…麓まで降りられるだろ」


「なんか疲れちゃった。変な魔法使ったから…。あのね、あの教会が変だよって教えてくれたのはエスペランサなの。だから…ご褒美を…あげておいてね。ありがとね、エスペランサ」


「そっか。こいつもなかなか利口な馬だな」


一心に草を貪る馬を軽く撫でると、ソルと二人…木陰に座ってパンを頬張り始めた。もっとも、ソルはすぐに寝息を立て始めたけれど。天を仰げば、白い雲がゆっくりと流れていく。母国に平和な時間が流れていた頃、城から仰ぎ見た空と同じだ。

いまの母国の空はどんな眺めになっているのだろう?あの悪徳大臣ニーチェスが王になったとなれば、今まで通りに平穏安泰という訳にはいかないだろう。一日も早く、国民のために…。なんて考えているうちに、グロリアスもいつの間にか眠ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ