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火炎龍と王子様  作者: ソル&グロス
第三章 遥かなる海を東へ
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14 追跡 Chase

ゴトゴトと収納スペースに押し込められ、ソルはじっと息を殺す。誰を追っているんだろう?外の様子を知る術もなくやきもきしていると、やっとマットが動いた。グロスも笑顔を見せてくれてはいるが、恐怖の一瞬だった。


「悪かったな。大丈夫か?」


ベッドの下からソルを引っ張り出す。とりあえず一息つけたが、またいつぞややってくるかもしれない。とは言え、ここを飛び出してもその後をどうするかなんて…全く想像もつかない。東の大陸まで泳ぐ?さすがにそれは無理だ。


「グロスを追ってるの?グロスの事は絶対に守るからね。安心して」


心配そうにグロスの髪を撫でる。頭に触れるなど無礼なのかもしれないが、そうしないではいられない。足音を忍ばせ、ドアに耳を当て廊下の様子を探る。警備隊は近くには居ないようだった。


「解らない…が、もし探しているのが俺だとしたら、ちょっと面倒だな。でも、仮に捕まったって…船が港に着くまでは、どうする事もできないさ。大丈夫」


俯いて考え込むグロリアスの頭を、ソルの小さな手が撫でている。元気づけようとしているのだろうか。それはそれでちょっと嬉しくて、拒む事もなくそのまま触らせていた。そっと伸ばした手が、ソルの頬に触れる。クロスカウンター。見つめ合う、瞳と瞳。短い沈黙が流れた後、二人でふっと微笑んだ。


「今日は…もう、寝よう」


「絶対にマスターを捕まえさせたりしないよ。お酒、あんまり飲まなくて良かったよ。頭が痛いまま翔ぶのは…ツラいから」


グロスをむぎゅっと抱き締めると、恐怖を振り払うようにグロスの胸に耳をくっつけた。グロスの力強い鼓動を聞いていると、何よりも落ち着く事ができる。いざとなったら翔べる。対岸までどれほどあるか解らないけど、多少無理しても大丈夫だ。意味深な事を呟きながら、ソルはグロスの腕の中で眠りに落ちていった。


「おはよう…ソル」


 ふと目が覚めると、船室の丸い窓から明るい光が差し込んでくる。気が付けばソルがくりくりとした瞳で、ベッドのそばにしゃがみ込み、自分の顔を覗き込んでいた。寝ぼけ眼のまま笑顔を作る。ソルも柔らかな笑顔を見せた。食堂に行こうと誘われ、自分も空腹を自覚する。


「朝はラム酒、抜きだからな。ジュースで我慢しろ」


頬を膨らませる表情も可愛らしい。それは医者として的確な助言だった。焼き立てのパン、新鮮なサラダ。卵料理。グロリアスにしてみれば明らかに少量の食事を、ソルと一緒に頬張る。


「なんかグロスの言い方だと、私がいつでもラム酒ばっかりおねだりしてるみたいじゃない?」


「違うのか?」


ねだってるんだけどね…とソルは心の中で。まだ湯気のたつ温かいパンは素朴な味わいが癖になるし、サラダも美味しかった。まず間違いなく満足な朝食だったが…王宮の食事って、これよりすごいんだろうか?ソルはふと疑問に思う。背筋を伸ばしてコーヒーを飲む姿は王子と納得できる風格があった。ただ、王族が民衆に紛れて楽しそうにしているのが不思議といえば不思議だ。

厚切りのトーストは、バターとイチゴジャムを塗って食べるのがグロスの自己流。王宮でもよく食べたメニューだ。今頃王宮はどうなっているのだろう?メアリーはどうしているだろうか?考えても答えの出ない思いが、グロスの頭の中をぐるぐると渦巻いていた。


「あ、グロス…ほっぺにジャムついてる」


「あっ…あれは…」


ソルがグロスの頬についたジャムを指でこすると、ぱくっと嘗め取った。その瞬間、食堂の入口がざわつき始める。その甲冑には見覚えがあった。見覚えがあるどころじゃない。自分を追いかけて来ている傭兵部隊だ。冷汗が背中を伝う。


「殺気…?」


「ソル…ゆっくり立ち上がれ。ここを出るぞ」


傭兵部隊は五名。狭い船の中で相手にするには分が悪すぎる。視線を合わせないように立ち上がった。部屋に戻って剣やら荷物やらを取りにいかないといけない。

ガチャガチャと言う甲冑のぶつかる音。町中やまして船のなかでは聞かない音に、和やかな食堂の雰囲気が一変。ソルは音を立てないようにグロスの側までいくと、往生際悪くゆで卵を口に詰め込んでから入口の方へ何気なく移動を始める。

ここで私が暴れたらこの船沈んじゃうかな?とソルは半分本気で考え、グロスを見やる。固く真剣な表情のグロスから、相手が誰を狙っていてどのくらい厄介な者達なのか、ソルは推し量る事ができた。不穏な雰囲気のなか、グロスに隠れるように、静かにゆっくりと歩き食堂を出ようとしたその時…


「いたぞっ!あそこだっっ!!」


甲冑の男達は二人を追いかけ始める。グロスはソルの手を掴んで走り出した。ここまで切羽詰まった表情をソルは見た事がなかった。食堂に向かってくる人達を掻き分け、走る、走る。船室に飛び込み鍵を閉めた。恐ろしい勢いで叩かれるドア。そして怒号。


「まずい…完璧に追い詰められた…」


ソルは医療道具を纏め、路銀の入った袋を体に縛り付けた。グロスは鞘から抜いた長剣を二振り、三振り。窓ガラスは割れ、破片が飛び散る。高まる怒号。今にもけ破られそうな勢いだ。


「逃げるぞっ!こっちだっ!」


戸惑いの表情を浮かべるソルの手を引き、抱きしめ、グロスはそのまま窓枠を蹴ってその身を宙に躍らせる。グロスの体はソルをぎゅっと抱きしめたまま、綺麗な放物線を描きながら海面へと落ちていく。ドボンっ…と大きな入水音とともに、水しぶきが上がった。グロスの腕に抱かれたソルが、何かをつぶやいたような気がする。


「グロス…わた…お…げな…」

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