13 出航 Sailing
「三日間の船旅だ。乗るぞ」
港は朝からにぎやかだった。定期的に発着する貿易船が、出航を今や遅しと待っている。その船体の大きさに気圧されながら、ソルを乗せた馬の手綱を引く。多くの荷物が積み込まれ、多くの人達が乗船した。馬は荷物扱い。他の馬やラクダと一緒に専用室へと誘導される。グロスとソルは二等船室に部屋を取った
「本当は…一等を取りたかったんだがな。満室では仕方ない。我慢しろよ、な。退屈かもしれないが、あまりうろうろするなよ?後で飯を食いに行くから」
二等とはいえ、船室は快適だった。ソルにとっても夜間雑魚寝になる三等船室よりは安心できるだろう。船はゆっくりと岸壁を離れ、大海原へと出発する。大きな帆が風を受け、波に揺られながら舵は東へと向けられた。
「ねぇ、波が追いかけてきてるみたいに見えるんだね!船って地面が揺れるね。風が街より強いんだね」
ウロウロするなと言われてはいても、ソルには珍しい船の中。じっとしてはいられず、舳先から海を見下ろす。船の回りに白波が泡立っているのが面白くて、こんなに面白いもの何で見ないの?とグロスに視線をむけた。すごい事を発見したような表情で、逐一グロスに報告に行くが、苦笑いで髪をクシャクシャと撫でられるだけで一緒に驚いてはくれない。そうだ…力試しをしよう、と考えていた事を思い出す。
「ねぇ、グロス。アームレスリング、しよう!」
「アームレスリング?」
何の前触れもなく叩きつけられた挑戦状。だが、ソルの目はどうやら本気だ。まぁ、いいだろう。船旅は退屈との戦いだ。初めのうちは物珍しい風景も、見慣れてくればやがて心動かされる事もなくなってくる。そんな中で、ソルが最初の退屈しのぎを見つけたようだ。
「まぁ…少しくらいは手加減してやるよ」
テーブルを挟んで差し向かいに座り、テーブルの上に肘をつく。人差し指をちょいちょいっと動かして、ソルを挑発するように。ニヤリと笑い勝負に乗ってきたグロスの前に、ソルはドンと音をたてて座った。
「ふぅーっ。どうする?一本勝負?ルールとか、戦いかたはわかったよ。この前の勝負みてたから」
首をポキポキ…鳴らなかったけど、この前の元チャンピオンの仕草を真似て肩を回す。グロスの大きな手を掴むと、キッと睨み付けた。
「フルパワーでいくからね?ごめんね?Ready Go!」
火炎龍ならいざ知らず、少女のソルなど、敵になるはずもない。歯を食いしばって力を入れても、腕は微動だにせず。余裕の表情で、笑みすら浮かべている。
「どうした?もっと頑張れ。両手を使ってもいいぞ?」
…びくとも動かないグロスの腕を倒すべく、ソルは青筋を立てて力を込めた。片手で倒れなければ両手。ソルは両手で立ち向かうが、グロリアスの腕は岩のようにびくともしない。
「ほらほら、どうした?頑張らないと、負けちゃうぞ?」
「んぐーーーっっ!」
二人の腕が傾き始めた。グロリアスの腕がゆっくりとソルの腕をねじ伏せていく。ソルは懸命に抵抗するが、敗色濃厚、風前の灯火。
両手でさえダメなら、と、片足をテーブルに乗せた。渾身の力でグロスの腕に挑む。歯を食いしばり、気の強い目で威嚇するようにグロスを睨みながら。敗色濃厚である事を無視するように睨み付け、全身の力で腕を引く。
「この…馬鹿力!火炎龍を甘く見るなぁっ!」
視線だけは負けない。もはやテーブルに乗っかって腕に力を込めた。元々龍であるせいか、ソルの目力は確かに強かった。だが、目力だけでは腕相撲は勝てない。更にソルの腕は傾き、顔を真っ赤にして抵抗するが…やがてソルの手の甲がテーブルに触れた。ソルに余裕の笑みを見せながら、その手を放す。悔しそうなソルであるが、こればかりはどうしようもない。
「まだまだ…俺の敵じゃないな。負けたんだから…今日はお酒、我慢しろよ?」
「グロス…いま、イカサマ、でしょ。肘が、テーブルから、離れない、魔法とか。腕が、石に、なる、とか」
ふぅ…とため息を吐くと、悔しそうに主を睨み整わない息で文句を言う。魔法使ったでしょ?と、抗議の眼差し。腕一本に全身で挑んだルール無視は、ちょっと考えない事にした。それでもぶつぶつと文句は続く。お酒を賭けたつもりはなかったのに。禁酒を言い渡されて大変不機嫌なソルは、盛大に頬を膨らませるとゴロン、とベッドに横になった。
「まさか。腕相撲なんて…イカサマのしようがないよ」
苦笑いを浮かべながら、ふて寝をするソルの横に腰を下ろし、赤い髪の毛に手を伸ばした。昨日もきちんと洗った長い髪は、とても指通りが良くなっている。
「いいか?ソル…。どうやら酒は、お前の傷には良くないようだ。飲むな…とは言わない。でも、少しだけにしておいた方が、傷のためにはいいだろう。俺も…あまり飲みすぎないようにするから、解ったな」
「解ってますー。…って言うか、キズ…痛いです。アレをやってください」
ソルは膨れ面のままうつ伏せになった。本当は嫌で嫌で仕方ないけど、全力を出したら傷が疼いて仕方がない。マスターのためにベストコンディションでいるには、耐えるしか無さそうだ。
「力入れたからだね。普通にしてる時は痛くなかったんだけど、テーブルに乗っかった辺りからズキズキしてきて」
「どれ、見せてみろ…」
この痛むキズを抱えてたら、今日は飲めそうにないから…早く治してもらいたいところではある。うつ伏せになったソルが無防備にさらす背中。ファスナーを下して広げると、痛々しく見える紫痣。相変わらず腫れは引いていない。そっと撫でるグロスの右手が青白く光る。
「痛みがあるのか。なら…少し絞ろう」
メスを取り出し、患部を少しだけ切開。ソルの反応を見ながら、膿を絞り出す。もっと早く…手当できていれば、ここまで悪くはならなかったろうに。塗り薬を塗り、ガーゼを貼り替えた。しばらくガーゼの上から手を当てていたが、やがてワンピースのファスナーをゆっくりと上げて、
「辛かったな。許してくれよ?愚かな人間達を。早く…よくなるといいな」
「うぅ…全ての人間が悪いわけではない事は解ってるの。恐かっただけ…なんでしょう。人間って、自分が持ってないものを欲しがるし、持ってない力は恐れる生き物なのね。でも貴方は違ったから…グロス、貴方が導く国が見たい」
治療の痛みから気を紛らわせるように話続ける。暖かい光を当ててもらうと気持ちがいい。
「ねぇ、この道具は何て言うの?」
「おいおい…気をつけろよ。そのメス、切れ味はピカイチだからな」
今さっき自分を切ったメスを手に取る。不用心に切っ先に手を触れれば、手入れのいい刃先は音もなくその指の皮を薄く切り裂いた。ぱくっと、血のでた指先をくわえつつ、今度は軟膏瓶の蓋を開けて匂いを嗅ぐ。
うっかり指先を傷つけてしまったソルを窘めるように。ちょうど匂いを嗅いでいる瓶の軟膏を塗ってやる。そして錠剤を取り出すと、ソルの前に差し出して、
「これは…痛み止めだ。我慢できないほどに痛くなったら、一粒飲むといい。でも痛みが薄くなるだけで、傷が治るわけじゃないからな。ラム酒は…二杯までにしておけよ?」
「メス…よく切れる刃物。これはつまむもの、ピンセット。痛み止めに、化膿止め。炎症止め。止血剤…」
ひとつひとつ道具をグロスに示しては、名前と役割を確認していく。たくさんの医療道具は形も不思議で覚えるのは大変だったが、グロスが医者の顔になる時に足手まといにならないように、物の名前くらいは覚えておいた方がいいような気がした。誰かの苦しみを和らげる手伝いが出来たら、それはそれで嬉しいし。そして、医療道具を眺めているうちに疑問がわいてくる。
「ねぇ、…そもそも何で王の子が医術を学んでいたの?」
興味津々で薬や器具をいじっているソル。メッツェン、コッヘル、ゾンデ…鉗子の種類多すぎ…これがなんだっけ?グロスの話を聞きながら、それはそれで微笑ましかったりするけれど。
船は順調に東に進んでいる。見渡す限り海ばかりでどれだけ進んだかなんて見当もつかないけれど、確実に船は東の大陸を目指していた。
「ちょっと…甲板に出ないか?」
ソルを誘って甲板に出ると、どこまでも広がる青い空と青い海。その境目の水平線が見渡す限り続いている。爽やかな潮風がソルの髪を揺らした。部屋でグロスにアームレスリングを挑んだり、治療してもらっているうちに、随分船は進んだようだ。
「陸がない!ねぇ!グロスっ!陸が見えないよ!」
「人間は…弱い生き物だ。だからこそ、力を欲しがる。絶対的な力。でも、そのためにお前を苦しめてしまったのなら…謝らなくては。済まなかった。だから俺は、お前の傷を治してやる。伝説の薬草を手に入れてな」
「グロス?…マスター?」
真摯に謝るグロスを不思議そうに見つめる。グロスが悪い訳じゃないのに、と。でもこういう男だから、この火炎龍の怒りも解いたのだろう。慈愛に満ちた表情とも言えるような微笑みを浮かべて、グロスに礼をとった。ソルと二人、潮風に吹かれながら水平線を眺めている。なんとのどかな風景。祖国で起きたクーデターも、獲物を追いかけ山を駆け回った日々も、遠い日の夢のようだ
「前に話した事があるが、俺には妹がいる。その妹が…体が弱くてな。親父もいろいろ手を尽くしたが、まだ完治には至っていない。その妹の病気を治してやりたくてな。長老に医術を学んでいたんだ」
「そっか。妹君は病弱だったんだね。いつかキズが癒えたら、私の背に乗せて故郷に向けて飛んあげる。グロスを母国に送ってあげたいの」
「そうだな。人間は、空を飛ぶ事はできない。だからこそ空にあこがれるんだ。ソル…お前の背中に乗って空が飛べたら、さぞかし気持ちいいだろうな。俺がお前の傷を治してやる。だから…いつか、俺を乗せて飛んでくれよな」
「私は貴方に従う事を決めた。龍の忠誠は、人間の比ではないの。空はね、キレイだよ。鳥達も避けて飛んでくれるから、人間が矢を放ってきたりしない限り…遮られずに飛べる」
必ず故郷へ、とグロスの瞳に頷く。グロスを背に飛んでいる自分を想像し、気持ち良く風を浴びながら。どれくらい水平線を眺めていただろう。太陽が少しずつ水平線に近づき、空が青から橙に変わり始める。赤い髪が風に遊ばれ、夕焼けでさらに赤く輝いていた。風が少し冷たくなってきたと思い始めた頃、夕食を告げる船内アナウンスが聞こえて来る。
「ご飯だー!今日は何かな?二杯、は、飲んでも良いんだよね?」
ラム、と声に出さずに、口の形で伝える。ソルの気持ちはすっかりラム酒と食べ物に支配されたようだ。あからさまな苦笑いをソルに向ける。えへへ…と照れ笑いが可愛らしい。「二杯までだぞ」と念を押して、ソルの手を引き食堂へと向かった。丸三日かかる船旅だ。せめて食事くらいは楽しくやりたい。
「さぁ、食おうぜ。どれも美味しそうだ」
「ラムは火の味。甘い火の味がするの。二杯しか飲めないなら、少しずつだね」
相変わらずテーブルに溢れそうなくらいの料理が並ぶ。二人の手にはラム酒が注がれたジョッキ。それだけで嬉しそうなソル。乾杯…とジョッキを合わせると、ゴクゴクと喉に流し込んた。ソルも負けじとグビグビ飲んでいたものの、「二杯まで」を思い出し惜しむように舐めるように味わう。そんなソルを見て、グロスも少しピッチを落とした。飲みたいソルを前に我慢させて、自分だけ飲むのも気が引けた。そんなグロスを見てソルも、ちょっと嬉しそうにニヤリと笑う。お喋りしながら、食事もいいペースで食べ進めた。グロスを真似していて、いつの間にか上達したテーブルマナー。少し時間はかかるものの、ナイフも使えるようになった。
「そう言えば、グロスは全然酔っぱらわないんだね?
「多分…体に合っているんだろうな。今までどれだけ飲んでも…酔っぱらった事はない。」
さも当たり前…とでも言いたげな。実際どれだけ飲んでも酔う事はなかったし、気持ちが高揚する事はあったけれど。食べるのがずいぶん上手くなったソルを眺めながら、自分も料理を次々と平らげていく。周りのどのテーブルも賑やかだ。のんびりとした雰囲気の中、船は進んでいく。
「いつかグロスを潰してみたい。キズがなおったら好きなだけ飲んでもいい?」
ちろり、とラム酒を嘗めながら、酔いつぶれたグロスを想像してクスクス笑った。でもこんな大きなグロス…倒れられたら一人じゃ運べないかもしれない。引きずる?ううん、龍になったら爪の先に引っ掻けて、運んであげられるから大丈夫。勝手な妄想をしながら料理をつまんでいると、グロスが何やら言い淀んだ。
「東の大陸についたら、そこからさらに東に向かう。とりあえず馬も手に入ったし、だいぶ早く辿り着けそうだ…だが…」
「ん?…だが?どうしたの?」
「その薬草には…守り神がいるとかでな。今までに何人もの人間が採取を試みたが、誰も成功しない。それどころか…戻ってきた者もいないという話だ。まぁ…ソルが一緒に来てくれれば、大丈夫だろ。期待してるからな」
そんなたいそうなものを、簡単に手に入れられるなんて…そんな虫のいい話はない。それでもグロスは一人で採取に向かうつもりではあったが、ソルがついてきたのは結果的に良かったのかもしれなかった。
「えっ?…神様?怖いじゃない!神様は怒らせちゃダメだよ。ね?薬草くださいってお願いしてもくれないのかなぁ…。ちょっとケチな神様なのかな?私に神様倒せって言うつもりだったの?人間よりは強いと思うけど、相手は神様でしょ?全知全能のアレでしょ?」
あからさまに怯えている少女が、かつて討伐隊を片っ端から蹴散らした火炎龍だと思う者はいないだろう。グロスもポカンとした表情になってしまった。ソルはむすっとした表情でグロスを睨む。
「まぁ…治療に使うんだ。本当の神様なら、ちゃんと分けてもらえるさ」
「でも、グロスに意地悪するような邪神なら…。そう、邪神なら焼き尽くす。火炎龍ソルフレアの名に恥じない闘いを…してみせますよ。仰せのままに、マスター」
一抹の不安がよぎった。が、そこはあえて笑顔。二杯目のラム酒を飲み干し、料理をきれいに平らげると…二人で船室に戻る。船室には風呂などついていない。トイレすらもなかった。ベッドとテーブルがあるだけの狭い船室。ホテルの部屋のような訳にはいかない。
「ソル…この船、風呂は男女別だ。大浴場があるらしいが…一人で行けるか?」
「お風呂別なの?なんでよ。私もグロスのお風呂に入るよ?」
「ソル…ダメなんだ。それが、ここの風呂のルールなんだ。一人で入れないなら…部屋で体を拭こう」
さすがにソルを男湯に入れる訳にはいかない。年端もいかない幼児ならともかく、幼い感じがするとはいえ見た目は男湯には入れないお年頃。本人は気にしないかもしれないが、さすがにソルの裸体を衆人に晒すのは気が引ける。据えられていたシンクからは幸いにも湯が来る。タオルを絞って体を拭けば、何もしないよりはマシ。お湯に浸したタオルをソルに渡した。
「これで体を拭くんだ。背中は…あとで俺がやってやる」
「大きいお風呂、グロスと入るの楽しみだったのに。変なルールがある船なのね。人間と一緒にお風呂入っても、私…食べたりしないよ?」
渡されたタオルで身体を拭きながらため息を吐く。熱いタオルで拭けば確かに気持ちいいけど。潮風に遊ばれた髪の毛、パサついているから洗いたかったのに。三日もお風呂なしは悲しすぎる!体はタオルで拭ける。だが、髪の毛はそういう訳にはいかない。せめてシャワーでもついていればいいのだが、それを二等船室に臨むのは無理なようだ。
「うー…。グロスと別のお風呂は…怖いところじゃない?
「怖くないよ。女の人しかいないし。さすがに三日も風呂ナシはきついだろ。この機会に、一人で入る練習をしておくのもいいかもしれんぞ。今からでも…行ってみるか?」
「行ってみる。やっぱりお風呂は入りたい…」
龍だった頃は気にしなかったかもしれないが、人間になったからには人間のルールに適合していく事が必要で。そのために必要な事を教えていく事も、それはそれで楽しそうだ。
グロスの手を握ると、ソルは決死の覚悟といった表情をみせた。その表情にグロスは吹き出していたが…。短時間とはいえ初めてグロスと離れて「何か」をする緊張感。女の人が一杯いるお風呂?なんでみんな一緒に入らないんだろう。様々な疑問がうかび、緊張感も増していく。
「離れちゃうけど、グロスが危険な時はすぐに行くからね。遠慮しないで呼んでね?」
「ああ、そうさせてもらうよ」
もちろん、入浴中に呼び出すなんて事はないと思う。でも、そんな返事がきっとソルを安心させるだろう。改めて大浴場に来れば仕切られた入り口の前に立って、屈んでソルト目線を合わせながら一つ一つ丁寧に諭す。
「解らない事があったら、周りの人を真似したり、教えてもらえ。髪もちゃんと洗って来いよ?三十分後にここで待ち合わせだ」
「行ってきます」
ソルが先に入っていくのを見送って、グロスも入浴。中は結構混んでいた。大きな浴槽に浸かって、大きく息を吐く。ふぅ…。ソルはちゃんと入れるだろうか?洗えるだろうか?考えてみればグロスの体を洗ったことはあったけれど、自分の体を自分で洗ったことはない。一抹の不安を感じながらも、何とかなるだろ…と楽観もしている。
一方ソルは死地へ赴くような、あるいは今生の別れと言うような表情で、グロスにしばしの別れを告げる。足取りは重かったが、思いきってドアを開けると、女達が気持ち良さそうに湯あみをしていた。女達の警戒心のない表情に安心し、グロスが洗ってくれたように髪を洗い、身体を清め、湯に浸かる。とても気持ち良かった。親切なおばちゃんが、長い髪を編み込んでくれたのも嬉しくて。しっかり温まると、風呂への恐怖はなくなっていた。足取りも軽く浴室から出ると、グロスが一足先に上がっていたようだ。
「マスター!気持ち良かったよ。髪の毛、珍しい色だねって、編んでもらった!」
「良かったじゃないか。なかなか似合うぞ」
二人で並んで歩き、船室に戻る。食堂は酒場へと変わりつつあったが、ソルにとっては目の毒だ。足早に通り過ぎる。
「どれ、背中を見せてみろ。」
気が進まないらしいソルをベッドに寝かせ、ワンピースの背中を開いた。酒を控えたせいか、背中の腫れもいつもほどじゃない。指先で触れてもあまり痛がらないし、今日は絞らなくても大丈夫そうだ。
「やっぱり…酒は控えたほうが、傷にはいいみたいだな」
「ラムを飲めないのと、痛いのと…どっちがましなんだろう?」
ソルは頬を膨らませたが、そんな表情にくすくす笑う。背中の痣も一回り小さくなったような気がした。
ソルにしてみれば背中のキズが痛くないのは嬉しいし、またアレをやらなくてもいいのはとても喜ばしいけど…なんとも言えず寂しい。
と、その時廊下の方が騒がしくなった。警備隊が部屋を一つ一つ調べているらしい。
「どうしたんだろう?」
ドアに近づこうとすると、グロスに視線で止められ耳をすます事にした。逃亡者が船に乗り込んでいるとの情報で警備隊が動いているらしい。グロスを追っての者達とも限らないが、緊張が走る。
「ソルっ!隠れろっ!」
部屋のカギを内側から閉める。すでに国境は超えているが、新国王の追手が来ているのかもしれない。ベッドのマットを上げると、そこにはちょっとした収納スペース。とりあえず、ソルをそこに押し込んだ。
ドアが激しくノックされる。息を飲み声を潜めて、じっと反応を窺っていた。しばらくノックは続いたが、諦めたのかやがて静かになった。