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火炎龍と王子様  作者: ソル&グロス
第二章 西の大陸の優駿
11/34

11 誕生 Baby's birth

「ん…眩しい」


目を覚ましたソルはひどい頭痛を覚えた。酒の洗礼を受けているようだ。二日酔いの辛さに顔をしかめ、キョロキョロと辺りを見回して主を探す。まだ寝息をたてているグロスを見つけると安心したように息を吐いた。

なんとなく、昨日眠っている間に大嫌いなアレをやられた気がする。傷は昨日より疼かなくなり、腫れも引いているように感じた。また、私が動けない時に治療してくれたんだ。感謝と申し訳なさの混じった表情でグロスを見つめる。


「食事、用意したらビックリするかな?」


窓の外をそっとみると、少し離れた広場で朝市をやっているようだ。勝手に出たら怒るかしら?と一瞬思ったが、グロスの喜ぶ顔を想像すると決意を固め、ピンクのワンピースに着替えて部屋を出る。

グロスが目を覚ますと、ソルがいない。ベッドの中はもちろん、浴室にも、トイレの中にも。いつの間に部屋を出て行ったのか、全く気が付かなかった。


「どこだっ!ソルっ!どこに行ったっ!?」


 何たる油断、何たる不覚。取るものも取りあえず、部屋を飛び出した。ホテルの前から中央公園まで、朝市の店が並んでいる。腹が減って食べ物を探しに出たんだろうか?金貨は持っているようだが。

朝市は多くの人で賑わっていた。人波を掻き分け掻き分け、走る、走る。あの赤い髪と黒いマントなら、いれば一発で見つけられる自信はあった。肉や魚、野菜に果物、様々な露店が並ぶ中を探し回るが見つけられない。

その頃、ソルは独り言を言いながら店を見て回っていた。まだそんなにホテルから離れてはいないけれど、グロスの側を離れると不安で不安で仕方かった。やっぱり帰ろうかと迷っていると聞き覚えのある怒鳴り声がする


「ソルーッ!どこだーっ!ソルーッ!どこだーっ!ソルーッッ!!」


 どれだけの時間、探し回っただろう。まったく見つかる気配がない。もう諦めて部屋に戻ろうかと思っていた矢先、あの赤い頭を見つけた。肩を掴んで呼び止める。振り返ったソルには、鬼の形相に見えただろう。


「何をしてんだっ!こんなところでっっ!」


「グロス…」


明らかに怒っているマスターを前にソルは縮み上がる。言い訳を口にしようとするも厳しい目で睨まれれば、口をパクパクさせる事しかできない。その目は恐怖に震えている。グロスは慌てて取り繕うような苦笑い。ソルが笑顔を取り戻すのに、少しの時間が必要だった。


「あ…ご…ごめん。出かけたかったら…起こせばいいだろ?黙っていなくなったら…心配…、いや、俺を一人にしたら…守れないだろうが?ソルは俺の守護龍じゃなかったのか?」


くすくす笑いながら、グロスはソルの背中をポンポンっと叩いた。心配そうに上目遣いで覗き込んでくる視線が妙に可愛らしい。火炎龍も女の子に変身すると、こんな風になってしまうのか。そっと手を繋いでやると、ソルはようやっと笑顔を取り戻す。


「グロスを喜ばせたかったの。食べ物用意したらビックリするかな?と思って。グロスが起きる前に帰ろうと思ったの。でも違う意味で驚かせちゃったのね。ゴメンナサイ…」


「金貨、持ってきたんだろ?好きなの…買えよ。肉にするか?そっちのフルーツも美味しそうだな。おっっ!あそこにぺろぺろキャンディーあるぞ?買うか?!」


これが火炎龍か?と疑いたくなるような、小さな声でソルは謝った。側を離れないと誓ったはずなのに、心配かけてしまった自分に腹が立たせているかのようで。食べ物をちらつかされて、少し明るくなったものの、グロスの大きな背中に向かって呟いた。


「んー、果物がいい。でも、グロス、恐いんだね。殴られるかと思ったよ」


「強い男ってのは…女には手を挙げないんだ」


完熟マンゴーにパイナップル、バナナ、これだけあれば、朝食には間に合いそうだ。干し肉とパンと水を携行用に。ペロペロキャンディーも忘れない。また子ども扱いして…と頬を膨らませたソルも、嬉しそうにペロペロと舐め始める。そんなソルと手を繋いで歩いると、グロスの腹の虫が悲鳴を上げた。


「一度、部屋に戻ろう。お腹空いただろ?腹が減っては戦はできん。ソルも…しっかり食っとけ。今日もしっかり歩くんだからな」


「男なら殴るのね」


ぼそっと呟く。マスターは怒らせてはいけない、と心に誓う。女で良かったと心底思ったソルであった。腹が減ったのはグロリアスも同じ。我慢しきれなくて、マンゴーを齧りながらソルと歩いく。

荷物を両手に持っているグロスと手を繋げない。ソルはパンを抱え空いている手でグロスのシャツの端を握りながら歩く。抱えている焼きたてパンの香りが、改めて空腹を誘った。。


「解ってる。ちゃんと歩くよ。靴もあるからね。朝起きた時、すごく頭が痛かったけどやっと治ってきたの。あとね、私の傷って良くなってる?」


「頭が痛かったのは、ただの二日酔いだろう。気にしなくて大丈夫。 背中の方は…まだ無理はできないな。 悪くなってはいないけど、良くなってもいない。 無理はできない体なんだから…充分注意しろ」


「無理しちゃダメかぁ。私が龍に戻るのを試したら、グロスの事も運べるかな…と思ったんだけど、だめ?でも、荷物ならたくさん持てると思うの。人間になったらなぜか小さくなったけど、私はもともと龍なんだから」


威張るように言うと、ソルは嬉しそうにリュックを背負う。役に立てるのが嬉しくて、リュックの重ささえ喜ばしい。そんなソルだから、そうでも言っておかないときっと無理をするだろう。 無理をさせてはいけない。恰好は人間なれど、ソルは龍だ。 未知数な部分が大きすぎる。

ふと、昨日治療してくれた気がした事をソルは思い出した。翼が癒えているなら、グロスを乗せて飛びたい、と空を見上げる。


「もともとは龍だけど、今は小娘なんだから…それを忘れるな。行くぞ」


「小娘?私、グロスよりずっと長く生きてるのに!今は…大きく見えるけど、洞窟の中でのグロス、こーんな小さく見えたよ?」


「早く食っちゃえよ?一息ついたら、すぐに出発だからなー」


くっつけた親指と人差し指を目の前にかざし、ソルは「こーんな」をアピール。心外だ、と抗議の眼差しを向ける。可笑しそうに笑うグロスを見れば、釣られて笑ってしまったけれども。着替えと金貨、携行食、薬や医療器具をリュックに入れ、 ソルが背負う。グロスの背には長剣を。 パイナップルの最後の一片をかじって、ヘタをゴミ箱に放り投げる。 行くか…とゆっくり立ち上がった。

料金を払ってホテルを出る。太陽は既に高く昇っていた。東に向かって歩き出す。それにしても、気が遠くなるような道のりだ。馬でも手に入れられればいいのだが。


「暑いね…。」


日が高く登り、気温も上がってきた。ソルは喉の乾きを覚え、ふとグロスも喉乾いたかな?と心配になる。水筒はあるし水も持っているけど、川か湖があれば節約になるだろうか。人間よりは優れている聴覚に意識を集中させ、水の音を探す。水場には動物が集まるから、狩りだって出来るかもしれない。もし大きな動物がいたら、訓練もできるだろう。

隣国に繋がる道は今までと違って広く平たんな道。商人が多く行きかった、よく整備された道である。が、いかんせん先が長い。ソルは前に出たり後ろに回ったりしながらグロスの周りを離れない。グロスにとっても、未知の国へと繋がる道だ。


 しばらく行った先の道端で、小さな男の子が泣いていた。五歳くらいだろうか?歩み寄り、しゃがみ込んで目線の高さを合わせる。少年の頭に手を伸ばしワシワシと撫でる。


「ん?…どうした?坊主。男の子は容易く泣いちゃいかん。男は強くなくちゃ、大切なものを守れないぞ。いったい…どうしたんだ?」


「子供は泣いてもいいじゃない。人間の子供って、泣くのが仕事みたいなものでしょう?人間の子、お前は迷子か?それとも転んだのか?母親はおらぬのか?小さな子を放っておくような母親は我が許さぬ」


厳しすぎるよ、と視線でグロスに訴えた。王の子としての教育の賜物か、グロスが自分を律しようとしているのは理解できるが、小さな子供が泣いているのを見るのは胸が痛む。グロスに心は許しても、人見知りの龍は相手が子供とはいえ態度が硬い。それでも本人は出来るだけ優しく接しているつもりではある。キョロキョロと辺りを見渡したが、母親らしき女は見当たらない。


「ママがー…ママがーっっ!」


少年は泣きじゃくるばかりで要領を得ない。単なる迷子か?それにしても、泣いてばかりじゃ何も解らない。しばらくその様子を見ていたが、やがてグロスはその坊主の頬を軽く叩く。


「おいっ!坊主っっ!男がめそめそ泣いてんじゃねえっ!何があったのか、ちゃんと話してみろ」


「ママが…ママが死んじゃうっっ!!ママを助けてっ!」


叩かれた少年は、ショックのためかピタリと泣き止む。大きな目を真っ赤に腫らしながら、グロリアスを見上げた。唐突な少年の訴えに、医者としての心が動かされる。振り返ってソルに視線を投げると、小さく頷いて見せた。

この小さな子供の母親が死にかけているなら、と、当然の事のように駆けつけようとするグロスの優しさに、ソルは思わず頬を緩ませる。この男を王として戴く事が出来たら、民はもっと幸せに暮らせるだろう。さっきだって音はなかなか響いたが、ちっとも赤くなっていないところを見ると、頬を叩いた時もかなりかなり手加減して痛みも残してはいないはずだ。


「ママはどこにいる?俺は医者だ。ママのところに連れて行けっ!」


「大丈夫だ。我がマスターは名医ゆえ、安心しや。母親を助ける事に全力を尽くすはず。我がマスターの全力はすごいぞ?」


一生懸命子どもをあやそうと、励ましているつもり。むぎゅっと不器用に子供を抱き締めると、グロスを見上げた。

ごしごしと袖で涙をぬぐった少年は、「ついて来て」と走り出す。ソルがついてくるのを時折振り返りながら走った。ソルは鼻をヒクヒクさせる。家に近づくにつれて血の匂いが濃くなっていく。耳を澄ませれば、呻き声と荒い息づかいが聞こえた。やがて小さな家の中へ、少年は駆け込んで行く。母親は部屋の片隅にあるベッドの中で、全身汗だくになり悶えていた。


「先生?…う…産まれ…そうですっ!」


「坊主っ!大丈夫だぞ。もう心配するな。ソルっ!お湯を沸かしてくれ。大至急っっ!」


よくよく見れば、母親はかなり腹がデカかった。すでに破水が始まっている。医者だと聞いて安心したのか、母親の表情は和らいだようだ。ソルは薄く笑うと、ずいっとグロリアスの前に立ちはだかる。


「ここは女の戦場だ。男は見てはいけない。私にさせて?お産なら、役に立てる」


「できるのか?」


ずいぶんと失礼な言い草だが、一理ある。妊娠出産は病気ではない。ここはソルに任せた方が賢明かもしれない。ソルは産婦に近づくと手近にあった筒を産婦の腹部に当てる。簡易的な聴診器を。筒を通して胎児の心音が聞こえた。


「大丈夫。赤ちゃんは元気よ。いつから苦しんでいるの?んー、ちょっと長いね。見てみるから楽に呼吸をして」


女のスカートの中に手を入れる。探っていくが胎児の頭は触れない。


「逆子か…。いきんではダメ。赤ちゃんが苦しくなってしまうからね。グロス?まだ子宮が全部開いていない。麻酔、打てるかな?胎児を眠らせず、お母さんの苦しみだけを取りたいの」


「OK。ちょっと待ってろ」


カバンの中から薬と道具を取り出し、麻酔を打った。出てくるのにはもう少し時間がかかるだろう。幸い母親が準備をしていたおかげで、男手はそう必要なさそうだ。母親をソルに任せ、お湯を沸かす事にする。


「大丈夫か?必要なら…ちゃんと言えよ?」


「み・る・な・!」


グロスに怖い顔をむける。絶妙な薬加減で母親の呼吸は穏やかになった。 もうすぐ子宮口が全部開ききるだろう。母親の額や首筋に浮かぶ汗を拭ってやりながら、ソルは何度も母親を安心させるように声をかけた。


「しっかり赤ちゃんに呼吸を届けて。あなたが呼吸を止めると、赤ちゃんも苦しいの。大丈夫だからね」


次第に陣痛の間隔が短くなる。いよいよか。部屋の外で待っているグロスと子供に声をかけた。


「マスター、赤ちゃんのお尻が見えてきてる。いきませるよ。 一度のいきみでカタをつけるつもりだから!」


「坊主…大丈夫だ。ママは死なないよ。それよりも…坊主、お前はお兄ちゃんになるんだ」


少年は不思議そうな顔をしながら見上げてきた。弟か妹ができる…そう説明しても、きょとんとした表情。そんな少年の頭をゆっくりと撫でながら、


「いいか?男ってのは強くなきゃいけないんだ。お前には守らなきゃいけないものがある。泣いてる場合じゃないんだぞ?だから…強くなれ」


 陣痛の波に合わせるように、女のいきみを誘導する。 胎児が押し出され、腹部まで一気に出てきた。 素早く胎児の口に人差し指を入れて引っ掻けると、 顎が途中でつかえないようにしながらゆっくりと引っ張り出す。 泣かない。 焦る事なく、赤ん坊の背中をさすり、羊水を吐き出さると、 弱々しいながらも泣き声をあげた。


「頑張ったね!今、元気に泣かせるからね!」


赤ん坊の鼻と口を吸って、羊水を出させる。 されて赤ん坊はようやっと元気な産声をあげた。


「ホギャーッ!オギャーッ!」


少年とグロスを部屋の中へ呼ぶ。へその緒を糸で縛るとハサミを泣き虫少年に渡した。 少年には少々荷が重い処置ではあるが、龍は許さない。


「このへその緒を切りなさい。この子が生きていく手助けをする事を誓って」


ソルに言われるまま、赤ん坊のへその緒を切った少年。そんな様子を微笑ましく見つめる母親。少年が兄になった瞬間だった。


「ソル…お前もよくやった。偉いぞ」


手を伸ばし、頭をゆっくりと撫でた。嬉しそうに微笑むのを見ていると、ほんわかした気持ちになる。


「本当に…ありがとうございました」


「良かったですね。元気な…女の子です」


「女の子だよ。可愛がってね。たくさん愛して守ってあげてね。出血もそれほど多くはなさそうだし、胎盤もきれいに出てるはずです。よくいきまずに耐えました。」


まだ息が整わない母親が礼を述べる。グロスは少年から赤ん坊を受け取り、母親の隣に寝かせた。命懸けの分娩を手伝ったせいか、ついつい態度は柔らかなものとなる。産婦を労い、グロスに誉めてもらっているうちに、ソルの視界が歪んで…その場にへたへたと倒れこんだ。


「マスター…なんだか私…倒れそう。お腹空いたぁ」


「頑張ったから、腹も減ったろ。リュックの中の飯、食べてもいいぞ。よくやった、ソル…お前はよく頑張ったぞ。遠慮なく飯を食え。坊主…ママにもミルクとパンを食べさせてやれ。」


くすくす笑いながら、へたり込むソルに手を貸して引き起こした。パンと果実を無造作に取り出して持たせると、少年がミルクを持ってきてくれて。母親も感謝に溢れた微笑。リュックの中からパンを取り出し、少年に渡す。自分が食べたそうにしている少年の顔に苦笑いをしながら、


「坊主にもやるから、まずはママにあげるんだ。言ったろ?お前には守るべきものができたんだからな」

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